第25話 俺だけの光を奪う奴は絶対に許さない

「我が名はセルケト。愛の守護者の名において、汝らに祝福を与えよう」


 ええ!?

 魔法の力が込められた剣を持っているけど、魔法が使えないからと考えていた私は甘かったようだ。

 セルケトと名乗った人と蠍の合成体は私を嘲笑うかのように両手に握っていた剣を束の部分で繋げ、一振りの双刃剣に変えた。

 双刃剣を片手で構え直したセルケトは空いた右の掌を私達の方に翳す。


「アンドレ! まずい、避けるよ」

「メルこそ、しくじらないでくださいよ」


 セルケトを起点として、地面が何者かに食い破られていくかのように亀裂が生じている。

 もし二人とも避けずにその場にいたら、ズタズタに亀裂の入った地面と同じ目に遭っていただろう。

 大地の魔法・重破撃グラビティブラストとみて、間違いない。

 レベルは確かIIIだから、上級魔法じゃないか。

 どうする?

 魔法で勝負しても剣で勝負しても攻撃が通るか、怪しいな。


「魔法まで使えるとは予想していなかったよ」

「神の眷属とでも言うんですかね。どうします?」

「うーーーん、策思いつかず! 吶喊あるのみ! ぐぇ」


 勢いよく、駆け出そうとしたところ、アンドレに首根っこを掴まれたせいで変な声が出てしまった。

 蛙が潰れたような声というやつだろうか。

 少なくともお姫様が出していい声でないのは確かだと思う。

 今は家出? 出奔? とにかく、国を出ているから、お姫様じゃないから、いい……訳ないっての!


「メル! 無策で無謀に突っ込んでいくのは勇気じゃないですよ」

「匹夫の勇というやつだね」

「分かっているなら、やらないでくださいよ。メルに何か、あったら、俺は……」


 何かを思い詰めるようなアンドレの表情に妙な胸騒ぎと不安を覚えるのはなぜだろう。


「手があるとしたら、上のあの人は手強いから、まず下の蠍をどうにか、するしかないかな。足さえ止めてしまえば、いくら上が強敵でもどうにかなるんじゃない?」

「メルらしい作戦ってのは分かりました。ただ、メルの剣であの蠍に攻撃が通らないと思いますよ。だから」

「攻撃を任せればいいんでしょ? 私は全力でアンドレを守る!」

「了解です、いきます!」


 合図を送った訳でもないのに揃えたように足並みを揃え、セルケトに迫るとアンドレがまず、上段から構え、振り下ろすように斬裂技パワースラッシュをその足へと放つ。

 セルケトはそれを受けて立つとでも言うかのように鋏の一振りで打ち消してしまう。

 アンドレの斬裂技パワースラッシュは単なる牽制で撃っただけだから、その間に出来るだけ接近することが目的だからね。

 そこまでは成功した。

 予想通り、懐に入られたのを嫌がるセルケトはアンドレを狙ってくる。


「風の刃よ、我が敵を切り裂け!」


 ウインド・カッターを発動させ、アンドレに迫る毒の尾が疑似・風の障壁で動きをやや止まった瞬間を狙い、サーベルを振るって、弾き返した。


 『アンドレ、止まったよ』と言おうとして、気付いた。

 彼に双刃剣の刃が迫っていて、間に合いそうもないことに。

 魔法を発動させている暇なんてない。剣でもどうにもならない。

 だったら、私に出来るのは!


「メル……嘘だ……そんなの嘘だ……」


 私はどうなったんだろう?

 アンドレが遠くに見えているから、かなり吹き飛ばされてしまったのかな。

 でも、無事なようだね……良かった。

 右目が霞んでくると思ったら、頭から出血したのかな……これ、助からないかも。

 私は静かに意識を手放した。

 最後に聞こえたのはアンドレの『許さない……お前だけは絶対に』と何かを呪うような言葉だった。


 👿 👿 👿


 俺はずっと闇の中でもがいていた。

 ヴァイスリヒテン王国は排他的なことで知られるエルフの国だ。

 そんな国になぜ、普通の人間の俺が入れたか。

 簡単なカラクリだ。俺がエルフの血を引いているから、それだけが理由だった。

 父は準男爵で一応、爵位を持つ貴族の一員だから、普通の人間。

 母がハーフエルフなのだ。

 俺の記憶の中の母はいつも儚げに微笑んでいる人で父のことを悪く言ったことは一度もなかった。

 それどころか、『お父様のように立派な騎士になるのよ』といつも言っていた。

 俺はあまり喋らない寡黙だが優しい父と儚げで美しく、優しい母が大好きだった。

 自慢の両親だったんだ。

 それが崩れたのは父が戦場で名誉の戦士を遂げたと一報を受けてからだ。

 それがショックだったのか、元々身体が弱かった母は瞬く間に体調を崩し、一月もしないうちに後を追うように儚くなった。

 両親を失った俺を守ってくれる者なんて、誰もいやしなかった。

 財産は奪われ、手元に残ったのは家宝として継がれてきた呪われし両手斧だけ。

 おまけに最悪だったのはあんなに仲が良く見えた両親の悪口を言われたことだ。

 執着した亜人の娘を手籠めにして情婦にした男、それが俺の父の正体だと。


 俺は慄いた。

 そんな呪われた血を引いた自分自身に。

 まだ、幼かった俺は重くて、仕方ない両手斧を抱え、国を捨てた。

 親父がそんなに執着し、恋焦がれたエルフとやらを見てみたかったからだ。

 苦労して、辿り着いた割にすんなりと騎士団見習いとして、潜り込めたのはメルと出会ったからなんだろう。

 俺が彼女を初めて、見た瞬間、これが親父を狂わせたものだと気付いた。

 まだ、子供だったのに変な話だとは思うが全身を貫かれるような激しい衝撃を受けたのだ。

 この子が俺の光だ。

 俺だけの光だ。

 俺は己の闇を隠して、ひたすら優等生として振舞おうとした。

 失敗したことがないって訳でもない。

 一度、取り返しのつかなくなるような失敗をしたことがある。


 今、それと同じ状態になっている。

 俺の……俺だけの光を奪う奴は絶対に許さない。


 👿 👿 👿


「貴様、一体……?」


 メルツェーデスを双刃剣の一撃で重傷を負わせ、勝利を確信していたセルケトの顔に初めて、焦りの色が見えた。

 目の前で身動ぎもせず、自分を睨んでくる男の気迫ではなく、その底知れない恐ろしい力を感じていたのだ。


「お前は許しを乞おうが絶対に許さないぞ……」


 アンドレアスの身体からは青い炎が立ち昇り、その瞳は空を思わせるきれいな青ではなく、血を連想させるような紅色に輝いていた。


「このステインスナウトの名にかけて、お前を……殺す!」


 構えた両手斧からも紫色の炎が噴出し、やや暗い鍾乳洞の中で紫と青の炎が揺らめいて見えるさまは幻想的な美しさを醸し出していた。


「人風情が生意気なことを。身の程を知るがいい」


 セルケトの毒の尾針がアンドレアスの頭目掛け、凄まじい速度で繰り出されたがアンドレアスは両手斧を片手で構え直すと余った片手でいとも簡単に止めて見せた。


「笑止! この程度で俺を倒せるとは思わないことだ」


 そう憎々し気に言い放つとアンドレアスはまるで雑草でも抜くかのようにセルケトの尾を引き千切った。


「くっ、ば、ばかな……何だ、何が起こったのだ」

「俺を怒らせたからだ。俺は自分が傷つこうが気にしない。死ぬ? そんなのを恐れたこともない。だが、彼女を失うのだけは耐えられないんだよ!!」


 引き千切った尾を興味なさげに放り捨てると再び、両手でステインスナウトを構え直し、一瞬のうちに間合いを詰めるとセルケトが驚く暇も与えず、その右の鋏と右足を文字通り、粉砕した。

 片側の足を完全に失ったセルケトは体勢を崩し、その苦痛と屈辱に顔を歪ませる。


「まだだ、こんなもので許されると思うなよ」


 紅色の瞳を爛々と輝かせ、青い炎を纏ったアンドレアスの姿はまるで悪魔そのものだった。

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