第75話:エピローグ 後編

   *   *   *


十五時三十二分ひとごーさんにー、対象を確保。……なんだか最近、この手の方々が増えたような気がしますね……」


 はぁ、と小さく溜息を吐きつつ、エルは漆黒の《魔導蒸気装甲スチームアーマー》――《ファフニール改》の複座式後部座席から男を眺めた。

 ここ最近、零番街ロストナンバーに違法薬物をばら撒いていた売人の男だ。彼は《ファフニール改》の手指に鷲掴みにされつつなにやら大声で喚き立てたが、エルの前席に座るレウシアがそちらを一瞥すると「ぐぇっ!?」と声を漏らしたきり黙り込んだ。どうやら失神したらしい。


「……あな、た、には、もくひ、けん? が、ある、よ?」

「あの、レウシアさん、それはそういう意味ではないです……」


 まあ確かに、無駄な抵抗や言い逃れをしないほうが被疑者にとっても良いのだが、無理やり黙らせるのは黙秘権の承認とは違うだろう。

 そんなことを考えつつ、エルは男の飛び出してきた路地の奥へ視線を移した。リリィとツヴァイが揃って駆け寄って来る姿を発見し、僅かに頬を緩めかけ、


「我がとやかく言うのもなんだがな、今月に入って五度目だぞ。あの二人が捜査対象を逃がすのは」

「……っ」


 直後に響いた指摘の言葉に、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、小さく舌打ち。声の主である《ファフニール改》の計器盤を半眼で見据える。


「今回に関しては任務失敗ではないですよ。華麗なチームプレイです。大体、逃げた被疑者がこの路地から飛び出して来るって、そう演算結果を出したのはあなたではありませんか、《メモリニア》さん」

「あまり身内びいきはよくないと思うが……」

「ちょっとくらい別にいいじゃないですか。二人とも、私の可愛い娘ですもの」

「――ッ、アタシまで、アンタの娘になった覚えは、ないわよっ」

「あら?」


 不機嫌そうな声のほうへと視線を向けると、両手をフリルドレスの膝に当てたツヴァイが荒い息を吐きつつエルを見上げていた。その背中を擦ってやっているリリィと彼女を目を細めて眺めながら、エルは「時間の問題だと思いますけど……」とぽつりと呟く。


「どういう意味よ!」

「いえ、別に。それよりツヴァイちゃん、今朝の〝同期シンクロナイズ〟がまだですよ。任務に出発する前に、格納庫に寄るように言っておいたじゃないですか」

「うっ……」

「まったく、しょうがない子ですね。早くリリィちゃんと二人でお出かけしたかったのはわかりますけど」

「それは断じて違う!」

「……水色、リリィと一緒はイヤなの?」

「!? っ、う……ッ」


 思わずといった様子で怒鳴ったツヴァイの横顔を、悲しそうにリリィが覗き込む。ツヴァイはうつむきそっぽを向きつつ、水色髪の隙間から「違うってのは、そうじゃなくて……」ともごもご漏らした。


 あれは多分、わかっていてわざとやっているな――と、ついこの間まで幼女といっても差し支えなかったはずの愛娘リリィの成長(?)を複雑な気持ちで確認しつつ、エルは計器盤へと視線を戻す。――余談だが、リリィのあれは恐らくレウシアの影響だろう。確信犯かどうかの違いはあるが。


「ともかく。命に係わることなんですから、ちゃんとしないとダメですよ。〝聖剣システムイコライザー〟の準備はしてきたので、いま済ませてしまいましょう」

「…………なにも毎日やらなくたって、そうすぐに死んだりしないわよ」

「ダ・メ・で・す!」


 たっぷりと逡巡したのちに言い訳じみた言葉を述べるツヴァイの前に、気絶した男を握っていない側の《ファフニール改》の腕部が差し伸べられる。エルが操作し動かしたものだ。ごうん、と重苦しい音を立てて開いた手指パーツを唇を尖らせ睨みつけてから、ツヴァイは不承不承といった仕草でその掌に腰を下ろした。


「あっ! リリィも! リリィも乗るっ!」

「ぎゃぁッ!? ちょっ、アンタ! 急に飛び乗って来ないでよッ! 危ないでしょうが!」

「へ? なんで? 危なくないよ。……水色、もしかして機体アーマーが怖いの?」

「こ、こ、怖くないわよ! 少し、その、トラウマなだけよ……」


 発言の後半部分を尻すぼみに小さくしながら、ツヴァイはそそくさとエルの居る後部座席へと四つん這いで移動する。リリィは「んん?」と首を傾げてその光景を見送ってから、レウシアの居る前席へ跳躍。


 後ろから抱きしめるような形でツヴァイを腕の中に納めつつ、エルは操作盤に手を伸ばした。相変わらずこういった装置の扱いは苦手だが、最近は《ファフニール改》に組み込まれた〝聖剣システムイコライザー〟を起動するのも手間取らなくなってきた。先ほど披露した通り、ゆっくりであれば腕部を動かすことも可能だ。


「――おい、元聖女。出力制御ユニットの操作順が違うぞ。我を自爆させる気か?」

「えっ!? あ、あれ!? そうでしたっけ? ええっと、あ、あらら?」

「……わたしが、やる、ね」


 ――可能だが、でもまあ、こういうのは得意なひとに任せるほうが賢明だろう。

 自爆はさすがに《元魔導書メモリニア》の冗談だと思うが、ただでさえややこしい仕様の特注機体に、ややこしい出自の自己意識まで宿っているのだ。エルは操作盤から手を離し、頼もしい伴侶レウシアに機体の操作を任せることにした――ぷくっと頬を膨らませつつ。


「……〝同期〟かい、し」

「っ、」


 レウシアが告げると同時、体の中からなにかが抜き取られ、そして流れ込んでくる感覚。


 水のような、気体のようなそれは、エルたち三人の魔力であり、魂だ。人族であるエルの〝器〟から溢れたそれは、改良された〝聖剣システム〟により出力・変換され、ツヴァイを介してレウシアへと流れ込む。そして逆に、レウシアの魂を蝕んでいた〝白い魔力〟は、ツヴァイを介してエルのもとへ。


 これが、合成体であるがゆえに二種類の魔力オドの〝器〟を持つツヴァイを間に挟むことで確立した、均衡を保つイコライジングシステムである。さらにこのシステムは、件の事件の後遺症によって〝黒竜の魔力〟が欠乏した彼女の延命措置も兼ねている。――延命といっても、エルとレウシアの長い寿命にツヴァイも組み込んだ形になるのだが、とにかく三人はいまや運命共同体だと言えた。


「むぅ、なんかズルい。水色とエルとレウシアだけで仲良しみたいで」

「あら? リリィちゃんもちゃんと仲良しですよ。私の……私たちの可愛い娘ですものっ! ね? レウシアさん」

「……ん」


 エルから視線を送られたレウシアが、眠そうな顔でこくりと頷く。

 彼女の折れた片角は丸みを帯びて膨らんできており、薄紫色だった片方の瞳もだいぶ赤みを取り戻し始めていた。システムが正常に機能している証拠だろう。


「そういうことじゃ、なくて……」

「ふむ。ならば犬獣人の娘よ、お前も我のように機械の体を手に入れれば良いのではないか?」

「わぅ?」

「!? 縁起でもないこと言わないでくださいっ! え? り、リリィちゃん、ダメですからね? 許しませんよ!?」


 確かに〝聖剣システムイコライザー〟を《ファフニール改》に組み込むことができたのは《メモリニア》がそこに宿ったことが理由であるが、それとこれとは話が別だ。


 しかし、虚ろな眼差しで《異種族間調停管理官バランサー》本部のある方角を眺めつつ、ろけっとぱんち……などと物騒なことを呟くリリィ。本気にしてないか心配である。


 現在、本部の研究者マッドサイエンティストたちは《ファフニール》に意思が宿った件で連日緊急会議という名のお祭り騒ぎを繰り広げていたりする。もしテンション上がりっぱなしないまの彼らに「機体アーマーにして」などとリリィが告げてしまった場合、本当に取り組みかねない恐ろしさがあった。


「と、とにかく! そんなことで悩まなくても、リリィちゃんだけ仲間はずれにはしませんよ! 寝るときだって、一緒に寝てるじゃないですかっ」

「は? アンタ背は伸びたくせに、未だに一人で寝られないわけ?」

「わぅっ!? え、エル、それは水色には内緒って――」

「む? そういえばその話で思い出したがな。我に組み込まれたこの機構の件で、そこな犬獣人の娘が搭乗した場合としない場合で魔力の流れに――」


「……あ、見つけ、た!」


 会話の方向性がしっちゃかめっちゃかになりかけたとき、ふいにレウシアが彼女らしからぬ大きな声を出した。エルたちは一瞬動きを止めて、それから互いに顔を見合わす。


「――あの、見つけたって、なにをです?」

「はん……にん?」

「へ?」


 レウシアが首を傾げると、尋ねたエルも釣られてこてんと首を傾げる。

 その直後、エル側の計器盤の地図に複数の赤い点が表示され、青い線と緑の線で繋がれた。――なにかの幾何学模様にも見えるが、微妙に歪で判然としない。


「……あおいの、が、げすい、どう。まっ、て、いま、余計なの、消す、ね」


 レウシアが告げ、模様が幾分シンプルな形状へと変わっていく。

 ここにきて、エルは赤点の正体を理解した。これはいままで違法薬物の売人たちを捕らえた場所だ。及びその活動拠点。緑の線は単純にそれを直線によって繋いだもの、青い線は下水道を経由して繋いだものか。


 眺めているうち、いくつかの青色、緑色の線が消え、代わりに黄色い線が計器盤に浮かび上がる。エルからするとどういった基準で追加されたのか不思議なその線は、しかし明確に〝ある一か所〟を指し示していた。


「――港、ですね。いえ、正確には、港付近の倉庫街、でしょうか」

「…………う、ん」


 以前に行ったことのある、反王政派レジスタンスのアジトがあった場所では、ない。

 あの場所は現在『ポチ』を名乗る元反王政派レジスタンスリーダーの男と魔族のオードン老人によって、厳重に管理されているはずだ。しかし――


「なんだか、嫌な予感がしますね……。また厄介事の気配です」


 正確には、厄介事の続きの気配――だろうか。

 港、という海に面したその場所が、さらに向こうにある魔族領、ひいてはかのノーマンズガスト領を思い起こさせる。今回の違法薬物事件も、あの男の所業となにか関係があるのかもしれない。


 アルバート・ジャスパー・ノーマンズガストが起こした事件は、彼の言葉ほど大きな混乱を世にもたらすことはなかったが、それでも人族や魔族、そして獣人族の間に決して無視できない爪痕を残した。

 そして――エル自身ずっと感じていたことではあるが――あの事件の根源はまだ、きっと解決してはいないのだ。

 恐らくは、皆が生き続ける限り。

 

「……だいじょう、ぶ、だよ」


 不安とともに寒気を感じ、ぶるりと身を震わせたエルのほうへと、ひょいと振り返りレウシアが告げる。

 暢気そうな彼女の隣で、垂れ犬耳の獣人少女も、


「大丈夫。エルには、リリィがついてる!」


 そして、腕の間から、


「不本意ながら、アタシもいるわ」

「水色、なんで不本意なの?」

「うるさいっ! 言葉のアヤよ!」


 エルは「ふふっ」と笑みをこぼし、蒸気の満ちる零番街ロストナンバーの街並みを眺めた。――そうだ。たとえ先行きが見えなかろうと、この子たちと、そしてレウシアと一緒なら、なにも不安がることなんてない。


 先ほどの寒気は、あっという間に消えてしまったようだった。


「そう、ですね。……なら、せっかくレウシアさんが事件の主犯を見つけてくれたようですし、このままパパっと解決して、今夜は美味しいものでも食べましょう!」

「なぁ、我はその発言は、いわゆる〝フラグ〟というやつだと――」

「なにか?」

「…………いいえ、なにも」

「そうですか。では、任務開始です!」


 意気揚々と出発を告げるエルの姿をふわりと微笑み眺めてから、レウシアは《ファフニール改》の操作盤へと振り返る。


 彼女専用に取りつけられた装置――紙に文字を印字するための、タイプライターという道具に似ている――をカチャカチャ操作したのちに、竜の少女はブシュウッと蒸気音を響かせて、己の〝ともだち〟を発進させた。




みんな ずっと いっしょ




 ―― fin. ―― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

邪竜レウシアの日記帳 ~封印により少女になってしまった邪竜、白の聖女と旅をする~ 伊澄かなで @Nyankonomicon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ