第6話「よろずの町医者 After Story」
「私、あなたのことが大好きです!」
何年も、何十年も秘めて閉ざしてきた想い。
ようやく、ようやく言えた。いや、言ってしまったの方が正しいのかもしれない。
私は、彼の胸にうずくまっている。だから、彼の表情を窺うことはできない。
どんな顔をしているのか、気になった。
だけど、それ以上に、自分の情けない顔を、彼に晒しだす方が嫌だった。
だから、私は彼の胸にうずくまることしかできないのだ。
「せ、先生?」
彼は、私の両肩を押さえ、多少強引に、抱きつく私を引き離す。
「まだ、先生って呼ぶんですね」
「先生は先生でしょう」
「本当に、分からないのですか?」
「何がですか?」
そういう反応をしているということは、本当に気づいていないのだろう。
残念だ。悲しすぎるよ・・・。
「本当に、覚えてないんですね」
「心当たりがないのですが」
「いいのです。それなら」
「は、はぁ・・・」
彼は煮え切らない様子だ。
「お返事、今すぐじゃなくていいので、聞かせてくれると嬉しいです」
「もちろん、大歓迎ですよ」
「はい?」
「僕も先生のことは、一人の女性として、少し意識していました」
「で、でも・・・」
「学生の頃の女の子ですか? あれは、もう諦めてますよ」
その出来事は覚えているのに、私は覚えてないんですね。いや、気づいていないだけなのかな?
「私と、付き合ってくれるんですか? 私なんかと」
「なんかではありません。先生は、とても魅力的な女性ですから」
「そう言ってくれると、なんだか頬が緩んでしまいます」
「笑っている方が、素敵ですよ」
彼は今もこれからも、私が“あの時の女の子”だとは気づかないだろう。
だけど、こうやって新しい形で、私は幸せを手に入れたんだ。
私も彼も、幸せに生きる。
大事なのは、そういうことなのかもしれない。
何がともあれ、愛しています、森野さん・・・。
よろずの町医者 有栖川 天子 @yozakurareise
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます