第5話「よろずの町医者 After Story」
「ハンカチ、いりますか?」
背後から、そんな声がした。
気配も感じず、気が付けば、私の後ろにいた。
びっくりした。もちろん、気配を殺して私に近づいてきたことに。だけど、それだけじゃない。
この声・・・見覚えがある。
誰かなんて、すぐにわかる。
そう、私の愛おしい人。想っている人。
反射で振り返る。
「な、なんで・・・」
涙ぐんだ私の目には、しっかりと、森野さんの姿が映っていた。
「どうしたんですか? こんなところで」
ハンカチを差し出したまま、そんな呑気なことを聞いてくる。
あなたのせいだよ。そう言いたかったが、今は、目の前にいる森野さんの姿に驚愕して、何も言葉が出なかった。
その場で固まっていると、森野さんは呆れたのか諦めたのか、手に持っていたハンカチを、自分の手で私の顔に押し付けてくる。
頬に伝い落ちてる涙を拭って、それから目の周りを優しく拭ってくれた。
そして、頭をポンポンと、軽く叩いて撫でてくれた。
素直に嬉しかった。
だけど、素直に喜んでいる場合ではない。
「森野さん・・・ですよね?」
咄嗟に口が開いた。
そして、本人かどうかを確認する。
「そうですよ」
帰ってきた返事は、それを肯定する言葉。
「本当に・・・」
「はい。三年前、行方不明になった森野です」
「どうして・・・今までどこで何を・・・」
「すみません。少し、出稼ぎに行ってました」
「どうして? みんな心配したんですよ?」
「そうでしたか。それはすみませんでした」
森野さんは、冷静に、淡々と言葉を紡いでいた。
私は声を震わせているというのに、この人は・・・。
出所のわからない怒りが、私の頭の中に蓄積していくような感覚を覚えた。
この人は・・・。
そう思い、行動に出る。
パチン。そんな音が、辺りを響かせた。
思いっきり頬を叩いてやった。もちろん平手だ。
冬だから、余計に痛いだろう。
だけど、これぐらいはしないと、腹の虫が納まらない。
彼は、何もしゃべらなかった。
ただ、叩かれた頬を、手で押さえてるだけだった。
それから、膝立ちしている彼に、飛びついてやった。
抱きついて、彼の胸に顔をうずめた。
彼の胸は温かった。確かなぬくもりがあった。
久しぶりだ。森野さんの姿を見て、話すことができて・・・。
「どれだけ、私を一人にさせてるんですか」
どんだけ・・・そう思うほどだが、また涙が溢れてくる。
今日は、本当によく泣く日だ。
「すみません」
「寂しかったんです」
「すみません」
「一言、言ってくれたっていいじゃないですか」
「すみません」
「どうして黙っていなくなってしまったんですか?」
「すみません」
「どんな事情があったんですか?」
「すみません」
私の問いに、彼は「すみません」の一言で全て返してくる。
それしか返す言葉がないの? そんなわけないでしょう?
そう思ったが、彼は最後の最後まで、一切の事情を話してはくれなかった。
らちが明かない。そう察するのに、時間はかからなかった。
もういいよ。そっちがその気なら、私だって言いたいことだけ言わしてもらいます。
「森野さん、聞いてください」
「はい」
「私、あなたのことが大好きです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます