第3話

 気が付くと、さゆみは病院のベッドの上だった。


 病室を訪れた家族や警察官から、バスは事故にあい、崖下に落ちたのだと聞いた。奇跡的に枯木の覆った上だったので被害が軽く済んだそうだ。何人かの軽症の乗客は、事故直後に降りて自力で人道に戻ったと言う。バスの運転手も軽症だが入院中らしい。一人の老人は元々の心臓病があり、それで救急車に運ばれる前に亡くなっていたと言う。老人は普段から用もないのに一日中バスに乗っていたらしい。



「『本当にいい迷惑』って家族の対応でしたよ」と警察官。

 さゆみは孤独感を匂わせる老人の姿を思い出していた。

「被害者の中に、小学生や私以外の十代の男女はいませんか?」と聞くさゆみに彼はすぐ否定した。

「いいえ、バス会社によると他の乗客は無かったですよ。運ばれた乗客は、お嬢さんだけです」



 さゆみは大きな家の話をした。

「バスの運転手さんも一緒に避難してたんです」

 警察官は少し同情するようにさゆみを見て、「運転手からはそんな証言は出てませんね。きっと夢を見たんでしょう」と言った。



 ――え? あの家で過ごした事全てが夢だったの? あの優しい人達は存在してなかった?――



 その時、看護師がさゆみを訪ねてきた。

「これ、怪我をした腕に巻かれていたんだけど、ずいぶん汚れているわね。まだとっておく?」

 それは、赤いネッカチーフだった。 

 さゆみはベテランらしい看護師に尋ねた。

「ねえ看護師さん、あの山道で昔、家族が事故にあったりしましたか?」

 看護師は、思い出すように言った。

「家族の交通事故は聞かないわね。山を降りたところで小学生の男の子がバスの下敷きになった悲惨な事故はあったわ。あ、でも昔、大雨で土砂崩れにあった家族がいたわね。山の中腹で自営業をしていた家族で、救助隊を待つ間に崩れた土砂で生き埋めになったの。あの地蔵塚は、その5人家族をまつったものよ」






 今日は引っ越しの日。朝から快晴だ。家族の乗った車の中で朝の海を見ていて、あの日バスの窓から見た黄昏たそがれの海の風景をさゆみは思い出した。

「きれい。今度いつ見れるかな……」


「でもこの山は再開発されるそうよ。え? もしかして涙?」とお母さん。



 さゆみはあの山の道でお父さんに車を停めてもらった。

 ポンポンと地蔵塚につながる石段を上る。


「何してるんだ、さゆみは。地蔵塚の前に何か置いてるぞ。あんなに気味悪がってたくせに」さゆみの父が言うと、母もうなずいた。

「気まぐれな子なのよ。そういえば2番目のお地蔵さんだけ、前掛けがないわね、どうしたのたしら?」


「ああ、そうだな」さゆみの父はこれからの道のりが長いので時計ばかり気にしている。


「おーい!さゆみ。グズグズするなよ」


「はぁい。今行く」


 さゆみが編みかごのお饅頭の前に置いたのは、手作りのハートのカゴに入れたたくさんのドーナツ。それにリボン結びにした赤いネッカチーフだった。








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迷子のバスに乗った秋 秋色 @autumn-hue

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