第43話 番外編-3

「なるほど」

 兼彦叔父さんがぽつりと漏らす。こんな場にいたくないと言っていた叔父さんだけど、今は感心した口ぶりだ。

「どこに行くにせよ、図書館なんかで自力で調べるのんじゃないのなら、小学生が頼んでいきなり見せてもらえるものじゃないだろうな」

 お父さんが顎を撫でながら上目遣いになり、考えるポーズ。少ししてから言った。

「おばあちゃんの診断書と動画を持たせよう。洋介は未来に着いたらそれをお医者さんに見せる。日付を見て色々聞かれるかもしれないから、そのときは過去のカルテを見てくれと頼んでみるんだ。病院で保管されているかもしれないから。だめなときは……過去から来たことを匂わせるだけにしておく」

「洋介君みたいにかわいらしい男の子が行けば、無碍に断れないわよ」

 兼彦叔父さんの奥さんが楽観的に述べて笑った。そうだね、気楽さも大事かもしれない。

 このあとも細かい打ち合わせと準備をして、カードに名前を書き込もうかというときになって、お母さんが言い出した。

「本当にいいのね? 一度書いたら、もうあなたしか使えないんだよ、洋介」

「分かってる。もう決心したから」

「そう。……それじゃあ提案があるんだけど」

「何だおまえ、急に」

 お父さんがびっくり眼をお母さんに向ける。僕を含めて他のみんなも驚いていた。

「さっき思い付いたのだから、仕方がないでしょう。万々が一、洋介が六十一歳になる前に亡くなっていたときのことを考えて、何かできないかしらってずっと頭を悩ませていたのよ」

「妙案でも思い付いたのか」

「妙案かどうかは分からない。ほら、時間を行き来できることで起こり得る矛盾――タイムパラドックスというあれになるのかしら。やっても無駄になるかもしれないんだけど」

「いいから早く言いなさい」

「洋介が未来に行って、そこで三時間ぎりぎりまでいたとしても、戻って来るのは出発した時間の直後なんでしょう?」

「うむ。そのようだね」

「万々が一にも洋介が戻らなかったら、それは未来へのスキップが失敗したっていうこと。そうなったときに備えて、保険を掛けられるかもしれない」

「保険? 生命保険とかどういう意味じゃないよな」

 首を傾げるお父さんに対し、お母さんはため息をわざとらしくついた。

「あなた、気が急いているのは分かるけれども、とぼけたこと言わないで。保険金なんかじゃないって決まってるでしょ。洋介には先に、三分後の未来に行かせるの」

「三分後……」

 お母さんの言いたいことをみんな、まだ掴めていない。僕も同じだ。

「そこから洋介は一旦今に戻り、改めて五十年後に出発する。さっき言ったようにもしも仮に洋介が五十年後からすぐ戻って来なかったら、私達は三分後に備える。三分後に現れた洋介を、もうどこにも行かないように言うのよ。Sカードの力で三分前の出発時点に戻っても、五十年後に行ってはいけないって」

「ははあ……」

 お父さんも他の大人達も、考え込んでしまった。お母さんの言った通りになるのか、頭の中で検討してるみたい。けど、当然、確かな答えは出て来なかった。

「洋介君が五十年後に一度は旅立っているのに、なかったことにする訳か……何か行けそうな気がしないでもないな。分からないけど」

 兼彦叔父さんが言い、お父さん達も首を縦に振った。

「やらないよりはやっといた方がいいな。気休めでも、後悔はなるべくしたくない」

 お父さんの決断。僕は今度こそSカードに名前を書いた。それからお母さんの考えた通り、三分後に行ってみることにした。



 行けた!



 出発した時刻――0時を過ぎていたなんて知らなかった――に戻って来て、僕はSカードが本物の未来旅行の道具だったよとお父さん達に伝えた。そしていよいよ、ちょうど五十年後に跳び立つ。

 お世話になっている病院と五十年後の日時を思い浮かべつつ、スキップと唱える。

 それからSカードをはらりと足下に落とし、時空が変わるのを待つ。その間、僕は思った。このスキップが失敗して、お母さんの言う保険がちゃんと有効に働いて、戻って来られたら、残りの二回、どう使うんだろう? おばあちゃんを治すためなら、僕が今からでも医師を目指した方が近道になるのかな、と。


 五十年後の世界に到着した。

 途端に僕は驚かされることになる。

 目の前には一人の男の人が、大きなソファに座っていた。中年よりももう少し歳を食っていて、白髪もちらほらある。ほほ肉がちょっと垂れているけれども、嫌な感じはない。白衣を羽織っていて貫禄はあるけど、親しみも覚える。僕が来るのを知っていたみたいにたいして驚きもせず、にっ、と笑うのが分かった。

「よく来たね」

 彼からの歓迎の第一声を聞いた瞬間、僕は何故だか分からないけれども悟った。

 目の前の男。彼は僕だ。

「僕は五十年後の君だ」

 相手もそう言った。どうして未来の僕がこの病院にいるのかさっぱりなんだけど、お互いに自分であることは一発で理解した。

「あ、あの、五十年後の僕ならもう分かってると思うけど、時間があんまりないんだ。三時間経つ前に戻らなくちゃ。この時代に、おばあちゃんを治療する方法は見付かってる?」

「見付かっている。と言うよりも、僕が見付けた」

 茶目っ気のある年寄りの僕の言い方。こっちは喜んだ直後に激しく驚かなきゃいけなかった。

「え、僕が?」

「医者になっておばあちゃんを治したいと念じただろう? それが叶うんだ」

「……すげえ、僕」

 何かちょびっとだけと泣きそうになった。目尻をこする。

「僕一人の手柄じゃないんだがね。主要な開発メンバー三人の内の一人だ」

「本当に? だ、だったらすぐに教えて。治療する方法を。薬で治るんだったらその作り方を」

「慌てる必要はないぞ」

 焦りが顔や仕種に出まくりであろう僕に対し、五十年後の僕は悠然としたものだった。

「ど、どうして。あ、そうか。僕が来ると分かっていたから、資料とか薬とか用意してくれてるんだ?」

「いや、違う。準備はしていたが、薬で治せる病じゃないんだ、おばあちゃんの病気は。熟練した医者の手術に拠らなければ治せない」

「手術? じゃ、じゃあ、どうするのさ? 手術のやり方を聞いて帰ったとしても、それをできる人がいないってことに――」

「心配ない。僕も五十年前に行く」

「うえ?」

「考えるまでもないだろう。僕は君なんだから、君の名前を書いたそのSカード、僕に対しても有効に働く」

「……確かに、理屈だ」

「あと一回、権利があるからそれを使えば、僕は五十年前に行って帰れる」

「そうか、そうなるね」

 三年過去のおばあちゃんに会いに行って、注意を促すっていうのをやらないでよかった、と心底思ったよ。

 僕は安心したせいか、その場にがくっと片方の膝をついていた。

「大丈夫か。僕も今の君みたいにした記憶があるが」

「おばあちゃんが助かるって分かって、ほっとした。よかった。これからすぐに行く?」

「いや」

 僕は僕にいたずらげな目配せをしてきた。

「すぐさま戻ってもいいんだがね、三時間丸々、この時代に滞在できるのに惜しいとは思わないか。未来観光と洒落込むのはいかがかな、小学五年生の僕?」


 番外編.終わり

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Sカード 小石原淳 @koIshiara-Jun

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