6.顛末

 果たして運が良いのか、悪いのか。

 夫は激戦の繰り広げられた南方戦線において、単身突撃した事が怪我の功名となり、米軍の捕虜となったらしい。

 とは言え、全身いたるところに銃弾を受け、爆風に身を晒したせいで死体同然の状態だったそうだ。

 殆どの場合、そんな状態の敵兵は「温情」として止めを刺されてしまうものだが、一体何があったのか、夫は捕虜となったばかりか、治療さえも受けさせてもらったらしい。


 けれども、日本軍は捕虜の辱めを許さない軍隊だった。夫は戦死扱いにされ、日本側から返還要求がくることはなかった。

 夫は解放されることなく、そのまま米軍の収容所に入れられたのだが、そこからは更に紆余曲折あったらしい。


 あちらこちらの収容所をたらいまわしにされた挙句、最終的にアメリカ本土まで運ばれ、戦争が終わるまで収監。戦争が終わった後も何だかんだと理由を付けられ、拘束。

 けれども、その扱いが国際法上うんたらかんたらで、夫は「いない者」として扱われることになり……長らく身分の保証もないまま、アメリカの地で暮らす羽目になったらしい。


 それが先頃ようやく解消されて、日本政府の役人に保護され、念願の帰国が叶ったという訳だ。


「――本当に、運が良いのか悪いのか」


 夫の長い長い回想を聞かされた私の口からは、感心ともため息ともつかぬ、そんな言葉が漏れていた。

 けれども夫は、そんな私の言葉に心底不思議そうな顔をしながら、こう言った。


「そりゃあ、運が良いに決まってるじゃないか。こうして生きて帰ってきて、お前にまた会えたんだから」

「――っ」


 その言葉に、再び私の眼から感情が溢れ出す。

 ポロポロと涙を零す私を前に、夫がまたもやオロオロとするばかりだった事は、言うまでもないかもしれない。



(了)

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薄情者の涙 澤田慎梧 @sumigoro

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