第三幕「一難去ってまた一難」
踊る体操服は水に弱いと、いう仮説を確かめるには、梅雨明けを待つ必要があった。
体操服は雨の日にはナップザックから出ようとしなかったからだ。ボクとしては、下校する前に満タンにした水筒が、ただの重りとなって恨めしかった。
梅雨明けのあと、初の体育の授業では、汗だくになって本当に「生気」を吸い取られたみたいな気分だった。疲れた体を引きずりながら電気屋さんの前に行き、アイドルグループの映像を見て、住宅街に入る。
おばさん二人が歩いてくる。ボクには気づかない様子だ。
待ってましたとばかりに、ボクの背中でナップザックが動き始めた。
ボクも待っていた。カバンからそっと水筒を取り出して蓋をゆるめる。体操服がナップザックから抜け出たタイミングで、勢いよく振り返った。
水をかけると、体操服はアスファルトに崩れ落ちた。
変なものを見る目をしているおばさんたちを無視して、濡れた体操服を詰め込むと、桧山さんのもとへ報告に向かった。
「どうだった?」
門先に立ったら、いきなり質問された。
「はい、うまくいきました」
「良かった良かった。せっかくだから、お菓子食べてきなよ」
「ありがとうございます」
中にはいると、奥で洗濯機の音がしていた。
「あの、もしかして…」
「いや、私の服は踊ってないよ。ただ最近忙しくてさ、洗濯物溜めちゃって。期末試験の準備とさ、踊る体操服の件が重なったわけ」
「すみません」
「いやいや、責めてるわけじゃなくてね」
「はあ」
「それにしても暑いねー」
桧山さんが冷房のスイッチを入れる。
ちらっと見たら二十三度に設定していた。エコとかなんとか教わった世代のはずけど、ボクはとりあえず黙っておいた。
「ほら、とりあえず座って。地図出しっぱだけど、気にしないで」
「あ、はい」
桧山さんは普段より多くお菓子を出してきた。アイスコーヒーまで出してくれた。地図にべったり水滴が着くけど、気にする様子はない。
ボクを置いてきぼりにして、すっかりお祝いムードだ。
「ガムシロとミルクは?」
「いえ、そのままで」
「おお、大人だねえ」
「いや、別に…」
照れが表情に出たのか、桧山さんがニヤッと笑う。
「今の子はどうだか知らないけど、中学生ともなると、大人っぽい水着とか欲しくなるよね。あっ、これセクハラで訴えられるやつ?」
そうだ、来週からはプールの授業があるのだ。もしも水着が踊りだしたら、水で止められるのだろうか?
M中学の七不思議「踊る体操服」 糸賀 太(いとが ふとし) @F_Itoga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます