恋の方程式は既に解けた

阿誰青芭

恋の方程式は既に解けた

勉強、スポーツ、芸術。今まで僕が攻略できなかったものなど存在しない。

全てを攻略し、全てで一番になってきた。

それが僕、完臣さだおみレイだ。


そんな僕が次に攻略するのは彼女、姫野ユキだ。彼女は学園一のマドンナと噂され、彼女に告白して玉砕した男子は数知れない。サッカー部のキャプテン、野球部のエース、さらに教育実習で来た大学生にまで告白されているという。


だが、それら全ては彼女の固い信念の前に敗れ去った。

「生涯で一人だけを愛す」

これが彼女の信念だという。彼女に告白するということは、もはやプロポーズである。これが彼女が難攻不落たる所以だ。


今となっては一種の度胸試しのような扱いになっているというが、これは実に面白い。難攻不落と言われたら攻略せずにはいられないのが僕なのだ。

必ず彼女を落として見せる。完臣レイの辞書に「不可能」と「失敗」の文字はないのだ。



まずは下準備をしっかりとしておかなくてはならない。僕は完璧ではあるが、それは僕の完璧な準備の上に成り立っている。「人事を尽くして天命を待つ」これが僕の座右の銘だ。


巷には「恋の方程式」なるものがあるらしい。なるほど、この方程式が解ければ恋は必ず成就するということだ。これは一般には解けないと言われているが、方程式と名が付れば、この僕に解けないものなどあるはずがない。


まず解くための条件を調べなくては。第一の条件は彼女の好みだな。

僕は彼女の所属するグループの会話に耳を傾けた。

「ねえ、ユキ。あんた昨日、サッカー部のキャプテンの告白断ったんだって?キャプテンめちゃくちゃイケメンだって人気なのにもったいない」

「ええ!?マジ??あの人でもダメなの?じゃあユキはどんな人が好きなのよ」

「そうねえ、・・・大人っぽい人かな?」


『大人っぽい人』と。なるほど、大人っぽい人か。まだ定義が曖昧だな、もう少し話を聞かなくては。


「あのキャプテンも十分大人っぽいと思うけどなあ」

「全然駄目ね。私は子供だとしか思えないわ。昨日だって即断ったのにしつこく言い寄ってくるし。大人の魅力なんて欠片もない人だったわ」

「じゃあ芸能人で言うと誰?」

「う~ん、森野内豊とか?」

「え~誰それ。全然知らないんだけど」


『森野内豊』。知らないな、調べてみるか。ふむふむ、これは確かに大人だが年齢は45歳だぞ。これくらいの大人の魅力を出すことができなければ彼女のお眼鏡には適わないという事か。これは重要な課題になりそうだ。


「ねえ今までの告白でちょっとでもいいなって思った人はいなかったの?」

「そんなのもちろんいないわよ。みんな軽すぎるんだわ。私、生涯に一人の人しか愛さないって決めてるの。中途半端な覚悟の告白なんかで私の心は揺らいだりしないわ」


『相当な覚悟が必要』か。それなら問題ないな。僕は必ず彼女を落とす。僕に失敗はあり得ない、この覚悟は全世界の誰よりも強いものであるからな。


彼女の好みについてはおおかた大丈夫だろう。おそらく彼女に小手先のテクニックは通用しない。しかし、俺は未だ告白というものをしたことがない。これでは致命的なミスを犯す可能性が拭いきれない。即座にサンプルを集めなくては。


僕は恋愛ハウツー本、恋愛ドラマ・映画、少女漫画、SNSでのリアルな意見などなど多数のサンプルを集めた。それらを彼女の好みと合わせて考慮する。


「見えてきたぞ、攻略の糸口が!」


だが、まだ100%の確証を得られるほどではない。科学的な方向からも詰めていかなくては。


心理学、言語学、生物学、最高の告白をするためにあらゆる学問を身に着けた。あとはシミュレーションあるのみだ。なるべく現実に近いシミュレーションが必要となるな。


僕はこうして確実に恋の方程式を解き進めていった。

そしてついに・・・。


「解けたぞ!これこそ恋の方程式の解だ。この解を僕たちの条件に当てはめると、この日だ!11月17日、午後3時45分、学校の中庭で告白すれば僕の告白は確実に成功する」


僕は完璧な計画を立てることに成功した。告白の言葉選びから自分磨きまで全てが完璧に組み合わさった計画である。難攻不落のマドンナは既に我が手中にありと言っても過言ではない。


僕は11月17日に向けて計画の通り準備を進めていた。

そして11月17日当日、僕は風邪で寝込んでしまった。


「くそっ!僕としたことが体調への意識が足りなかったか。これでは計画が狂っていしまう。何とかしなければ」



そして、そのまま僕は告白することなく卒業を迎えた。だが、僕は決して諦めたわけではない。タイムマシンを作るのだ。そして過去に戻り彼女に告白する。そうすれば僕の告白は必ず成功する。恋の方程式は完全に解けているのだから。


大学は宇宙工学を専攻し、ブラックホール理論についての研究を進めた。そして僕はついに10年の研究の末、ブラックホール理論を解明し、タイムトラベル技術を確立した。それらは瞬く間に世界に衝撃を与え、史上最年少でのノーベル物理学賞受賞者となった。


「完臣さん、史上最年少でのノーベル物理学賞受賞おめでとうございます。長年、解かれることのなかったブラックホール理論をわずか10年程で解明してしまうという偉業に全世界が驚いていますよ。ご自身ではこのことについてどのように思われていますか?」

「これはあくまで僕の計画の一部にすぎません。だから特に何とも思ってませんね。重要なのはこれからですから」

「計画とはいったい何なのですか?」

「告白ですよ。僕は告白を成功させるためにタイムマシンを完成させたんです」

「・・・告白ですか。そのためにタイムマシンを開発したと」

「そうです。何かおかしいことがありますか?」

「いえ・・・」

「それでは僕は過去へと向かわなければならないので、これで失礼します」


やっとだ、やっと完成した。ここまで15年の計画は順調に進んだ、あとは過去に戻って告白するだけだ。

僕は世界初のタイムマシンに乗り込み、目的地を15年前の11月17日、3時45分の学校の中庭に設定する。


ビュン、と一瞬で15年前に戻ってくる。

「タイムトラベルも味気ないものだな」

そう言って降りると、そこには彼女、姫野ユキが立っていた。15年前の僕はあらかじめこの日に中庭に来るように伝えてあったのだ。

彼女はいきなり現れた15年後の僕に驚いて目を丸くしていた。


「急に現れて驚かせてしまったかな。僕は君に伝えたいことがあって未来から来たんだ」

彼女はまだ状況が理解できないと言ったようだ。それも無理はない、15年後の世界でだってタイムトラベルは普及してないのだから。


「それじゃあ単刀直入に言わせてもらうね。

 僕と結婚してもらえませんか?」

「え?結婚?あの、えっとごめんなさい」

失敗してしまったのか?これが失敗する気持ちか、初めて味わったな。


予想外の返答に僕は肩を落として、彼女に背を向けた。

「待って!さっきのは違うの、急なことでまだ頭の整理ができてなくて。そのプロポーズ本気なのよね?」

「もちろんだ、僕はこのために15年費やしたのだから」

「15年・・・。わかったわ、あなたの気持ち受け取った。私と結婚してもらえるかしら」


やはり僕に失敗はなかった。15年前の今日、風邪で寝込んでしまったときはどうしようかと思ったものだが。あのとき寝込んだせいでタイムトラベル技術の完成が少し遅れてしまった。だが、その分自分磨きを入念に行うことができた。結果オーライという事か。


それにしても15年の計画を実行するのは大変だった。未来から戻ってきたとき用の偽造戸籍に住居、生活資金等々、骨の折れることが多かったが何とかやり遂げることができた。さすが僕と言ったところか。


「そういえば、あなた名前は何ていうの?」

「完臣レイだ」

「え?完臣くん!?同じクラスの?」

「そうだ、その完臣だ。15年後の、だが」

「15年もの間、私に告白するためだけにタイムマシンを?」

「そうだ、人事を尽くすのは当たり前だからな」


「ふふっ、あなたのそういうところずっと好きだったわ」


「ん?何か言ったか?」

「何でもないわ、気にしないで」

彼女は何と言ったのだろうか、成功の喜びを噛みしめていたら聞き逃してしまった。


やはり、完臣レイに失敗の文字は無いようだ。これまでも、これからも。

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