ディジェスティフ
華代(パパ)のファインプレー(親バカ)のおかげで、遠藤の居場所が割れた。
控えめに言って越権行為な気がするが、そこはまぁ親子愛ゆえということにしておこう。俺は悪くない。
どうやら遠藤は東京都内を転々としているらしい。
組の連中も同じようにしらみ潰しに探しているはずだから、どちらに先に捕まえるかでやつの運命は変わる。
「カシラっ!!新宿班ですが現状遠藤のヤローは見つかってないです」
「カシラっ!!こちら江戸川班です。まだ足取りは掴めてません」
「お疲れ様ですカシラっ!ヤローはまだ見つかってないですが、三鷹班が捕まえてやりますよ」
電話がひっきりなしに掛かってくるが、全くと言っていいほど有力な情報はない。この一件が片付いたら無能な部下は一掃するか。源田会白刃組若頭の権堂は、紫煙をため息と共に吐き出す。
現在遠藤の立ち寄りそうな場所に目を光らせているが、なかなか尻尾が掴めない。捜索範囲を関東かそれ以上に広げたいが、身内には秘密裏に動かなければならないので、そうもいかない。
何しろあいつが持ち逃げしたものは、売上金ではなくもっとヤバい物だからだ。
アレが別の奴の手に入ったら不味い。もし上層部にバレたりしたら、粛清の対象になるのは間違いない。なんとしても見つけなくては。
何コール目かわからない着信音に、苛立ちながら電話に出る。
「やりましたよカシラっ!!世田谷の満喫で遠藤を見かけたって情報が手に入りまし」
「ご苦労」情報が手に入れば興味はない。どうやら、神は俺に微笑んだようだ。
「ごめん…。これ以上はお父さんにも無理みたい」
「よくやってくれたよ。ありがとな華代。おかげで助かった」
電話を切り、バイクに跨がり世田谷に向かう。間に合えば良いが。
幸い渋滞にはまることなく、教えてくれた付近に到着した。遠藤が逃げてないことを祈る。
辺りを確認していると、祈りが通じたのか、雑居ビルのエントランスから周囲を確認する遠藤の姿を捉えた。
すぐさまバイクを加速させ、遠藤の正面につける。
「お前が遠藤だな」
「――っ!」
「勘違いするな。麻里の為にお前を助けに来たんだよ」
「ほ、本当ですか?」
疲労困憊の遠藤を落ち着かせて、バイクの後ろに座らせた。先ずはここから離れるのが先だ。バイクを走らせる。
その背後に黒いセダンが止まっているのに気が付かなかった。
「やつらの後を追え」
「なぁそれは一体何なんだ?」
「こ、これは……。権堂と兄貴分の二人でやっていたとされる覚醒剤の裏帳簿です。どうやら本家では薬は御法度のようなので、バレると不味いんでしょう」
「そんなもん抱えてどうすんだよ」
「何なんでしょうね…。悪事を白日のもとに曝したかったとか、正義のヒーローになりたかったとか、そんな理由ですかね」
こいつは本当の大馬鹿だな。まぁそんな大馬鹿なところにあいつも惹かれたんだろうが。とりあえずこれから先は逃げ切るしかない。
スマホを取り出して遠藤に渡す。
「オーナーに電話しろ!そんで事情を説明するんだ!きっと何とかしてくれる!」
「わ、わかりました」
これで打てる手はもうない。アムールに一旦戻ろう。
到着すると、オーナーが待っていた。何やら飲んでるんだけど…。
勝手に山崎の25年物開けちゃってるよこの人!なかなか手に入らないのに!って怒ったところで雇われ社長は口に出来ないのだが。
「さっきの話は本当なのか?」人も殺せる視線で遠藤を睨み付ける。
コクコクと頷くと、「それなら話は変わってくる」オーナーは何処かに電話をかけた。「源田さん。どうやら賭けは私の勝ちみたいですよ。そちらで好きなようにしてください」
源田さん?あー何も聞こえない。本家と同姓の人とか知らないもーん。
オーナーの人脈は深淵の如く計り知れない。
「おらっ!ここにいるのはわかってんぞ遠藤!」
扉を蹴破ってきたのは、若頭の権堂とその取り巻き達。一人だけ厳ついオーラを出しているのが権堂だろう。あとはキャンキャン吠えてるだけだが、この人数はさすがに厳しい。
「よう。会いたかったぜ遠藤。見つけ出すのに随分手間取ったが、それを返せば無事に返してやるぜ」
そんな事は万が一にもあり得ない。面子を第一にしてるヤクザが許すはずがない。
だがこっちだって考えはある。力には力。権力を使うことに抵抗は無いのだ。
「お前ら何やってんだ!全員そこを動くな!」
「な、なんだてめぇら!?」
店内に刑事達が雪崩れ込んできた。
そう。スマホのスピーカーをオンにして、華代に電話を掛けていたのだ。察しの良いあいつなら、きっと警視監に伝えるはずと踏んでの賭けだったが、上手くいったようだ。
何なんだ。目の前で一体何が起きてやがる。
あいつらが逃げ込んだ先が判明した以上、こちらの王手が掛かっていた筈なのに、気付けばこちらが窮地に立たされている。
「さぁ!大人しくしろ権堂!」
もう少しすれば兄貴が援軍に来るよう手配をしている。それまでしのげば、まだ勝ちの目はある。
「権堂電話だ」それまで黙って見ていたオーナーは、権堂にスマホを投げ渡した。「権堂よ。砂川は先にいっておる。お前も大人しくしておるんだな」
完全に見切られたな。だが自業自得だ。虚ろな目でへたりこんだ姿は、もはや脱け殻だ。
それから全ての組員が連行されると、華代が急いで来てくれた。
どうやら、パパも最初は渋ったようだが、幾つか写真を見せると素直に言うことを聞いてくれたらしい。
俺よりよっぽど探偵だろ。悪徳の。
それと伝言があるらしい。『大事な娘がここまで働きかけたんだ。今回の事は目をつぶるから、ちゃんと責任は取れ』とのこと。
華代はニヤニヤしてるけど、そんな司法取引みたいな真似勘弁してくれ。
それはさておいて、「あのーもしかして最初から読んでました?」
「何の事だ。俺は知らん」
オーナーのツンデレとか誰得だよと心の中でツッコんだが、源田組長は、うすうす権堂達の取引に気付いていたらしい。
それで今回の騒動を利用して、事実を炙り出そうとしたわけだが、利用された感は否めない。でもオーナーが手助けしてくれなかったら、俺は無事では済まなかったろう。
「酒の代金分だ」なんて言っちゃって、ニヤニヤしてたら睨まれた。解せぬ。
――今年はホワイトクリスマスとなった。
町田も雪が深くなる予報だが、どれくらい積もるだろうか。
夜も深まり、アムールから一人また一人と減っていく。客のいなくなった店内。彼女は最後にやって来た。
「まだやってるかしら」
「ええ。閉めるにはまだ早いです」
ギムレットを出してやり、思出話に華を咲かせた。どうやら彼氏とは春に結婚するらしい。
嫌な女だったが、門出を祝ってやろう。
冬も終われば、春になるのだから。
彼女は帰り支度をし、未来に向けて扉を開く。
振り向いて、「ありがとう」の一言を残し、去っていった。
さてさてこれで今日も店仕舞いだ。
俺も一杯飲もうか。
クリスマスには
バーテンダーにお任せあれ きょんきょん @kyosuke11920212
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