アペリティフ

 クリスマスもいよいよ近くなり、道行く人の歩みも自然と早くなる。

 冷えた体を暖めようと、今宵もアムールは定連達で賑わっている。

 この時期は一見さんのカップル客も多く、売り上げに貢献してくれるのは有り難いのだが、彼女いない歴○年の俺には目の毒だ。

 何せあいつらは、いや失礼。紳士淑女の皆様は、お互い見つめあっちゃったりして、キッスオブファイヤーとかビトウィーンザシーツとかプロポーズとか、恥ずかしげもなく頼んじゃったりするもんだから、目のやり場に困る。

 勿論バーテンダーとして最高のカクテルを提供するが、中には彼女にいい格好見せようと、ステアが甘いとか、シェイクの腕の角度が違うとか、素人の癖に絡んでくる客もいる。こっちはプロなんだと、唇を噛み締めて笑顔で接客するが。


 トゥルルルル…

 電話の音で、現実に戻された。

「お電話有難うございます。アムールでございます」

「仕事だ」

「へい」

「今回の依頼は少しばかり厄介だからな」

「え、マジっすか。何系の仕事っすか?」

「着いてから話す。それと失礼なこと考えてんじゃねぇぞ」

「そ、そんなこと考えてないっすよ~やだなぁもう」


 いつも通り閉店後に向かうと、何やら不穏な空気が漂っている。

「お疲れっす。オーナーどうしたんすか?」

「ああ着いたか。ちょっとそこに座れ」何やらヤバそうな展開だ。言われた通りソファに腰かける。

「今回の依頼だが、ある男を捕まえてほしいという内容だ」

「げ。それマジのやつじゃないっすか」捕らえろなんて依頼は、はっきり言ってろくなもんじゃない。

「依頼人は、とある組の若頭。自分のフロント企業の社員が売上金を持ち逃げしたらしい。そいつを探し出せとのことだ」

「持ち逃げって…そいつ頭おかしいっすね」

「あぁ。一般人がヤクザの追い込みから逃げ切れる筈がない」

「捕まえた後どうするんすか?」

「お前がそれを知る必要はない」

 まぁ良い結末にはならないのは確かだ。


 ターゲットは遠藤雄大(32)勤務態度に問題はなく、借金もない。彼女がいるみたいだが最近は音信不通。調べても怪しい部分は見当たらない。

 一般的なサラリーマンだが、まさか自分がフロント企業に勤めていたなんてことは知らなかっただろう。

 さて、頭のおかしいオーナーからの依頼をどうこなそうかと悩んでいると、一人の女性客がやって来た。

「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」

「マティーニを」

「かしこまりました」

「奇遇ね。こんなとこでバーテンダーやってるんだ」

「知ってて来たんだろ。何しに来た性悪女め」目の前に座ってるのは、○年前に別れた元カノの麻里だ。嫌な思い出ばっかの性悪女。誉められるのはそのモデルみたいな顔くらいだ。

「どこで知ったか知らないけど、俺がここで働いてるの知ってからかいに来たんだろ」麻里は無視するように話題を変える。「お店流行ってるみたいじゃない。廃れてるかと思ったわよ」

「お陰さまで。これでも体張ってやってるんでね」

「……心配して損したじゃない」

「あ?ところでわざわざ何しに来たんだよ」

「そんな言い方ないでしょ。あ~も~実はね、彼氏が問題起こしてて」

(なんで営業中に元カノの今カレの話など聞かなきゃいけないんだ)

「実は…彼が会社の売上金持逃げしたって連絡来たの」

「は?それって…いや、それでなんて返したんだ」

「何も知らないって答えたわよ。すごい真面目で正義感のある人なのに、どうしてそんなことしでかしたのかさっぱりよ」

 真面目なら売上金持ち逃げなんかしないだろうが、至極当たり前なツッコミは避けた。何言われるかわからんからな。

「ったくよーなんでそんな男と付き合ったのかね」

「うるさいわねぇ。あんたより良かったからよ。ってそんな事言いたいんじゃなくて、その、助けてくれない?」

「そりゃ無茶だ。俺はただのバーテンダーだぞ」

「そうよね…あなたに頼ったのが馬鹿だった。帰るから。お釣りはいらないわ」

「おい待てよ」相変わらず自分勝手な女だな。出した酒に口もつけずに帰ってったよ。てかどう考えても彼氏って遠藤の事だよな。どうすっかなー。


「オーナー。遠藤の件ですけど」

「それがどうした」

「もしかしたら国外に逃亡するとか考えられるんじゃないんですか?」

「有り得ないな。顔が割れてるんだぞ。今頃国内の傘下団体に顔写真が出回って空港もマークされてる筈だ。無論国内なんてもってのほかだ。逃げ場なんてない」

「ですよねー。とりあえず探してみます」

(今回はオーナーには頼れないな。自力で何とかしねぇと)

 それから遠藤の周囲を当たってみたが、親戚友人の家には立ち寄ってないようだ。

 一ヶ所に長居することは想像出来ないから、車を使って逃げているはずだ。だがレンタカーやマイカーになると個人で行き先を特定するのは難しい。

 こんなときに警察の力が使えたらなー助けてードラえもん。なんて妄想しながらオープンの準備をしてると、華代が遊びに来た。

「やっほー。須田さん元気ー?」

 あの一件から、華代はちょこちょこ店にやって来るようになった。母親とも少しずつ会話は増えてきてるらしいし、学校でも友達が出来たみたいだ。

 バーに来るのは誉められたことじゃないが、こうやって明るくなったのは素直に良ったと思う。

「あれ? 何か元気ない?」

「あぁちょっとな」それから話をぼかして伝えた。

「要するに警察の力が必要ってことね」

「まぁそうだけど、そんなことしたらバレちゃうからな」

「それならバレないように頼めば良いんだよ」

「は?どうやってだ?」

「うちのお父さん警視庁のお偉いさんなんだよ」

「マジで!?」華代の父親は警視庁の警視監らしい。以前、華代の身辺調査をしたときに父親の事は調べなかったが、まさかそんな大物だとは。

「私には激甘だから、頼み込めばなんとかなるよ」

 それには素直にお願いした。権力を使うことに抵抗は無いのだ。

「助かるよ。ありがとな華代」

「ううん。須田さんの役に立ちたいし」

 そう言うと、華代は照れたように顔を赤くした。(風邪か?)


「まだ見つかんねぇのか遠藤のヤローはっ!!」

「も、申し訳ありません!目下捜索中です」

「見つからなかったら、お前達も破滅だからな」

 電話を乱暴に切って、男は煙草に火をつける。

「あれだけは絶対に本部の幹部連中に見つかるわけにはいかねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る