ジグソーパズル人間の相互補完

ちびまるフォイ

完全なる不完全な人間

「このできそこない!!」


いつもの常套句で父親の拳が命中した。

顔を殴られた拍子に顔のピースがいくつかはじけとぶ。


「お前のパズルの組み方を間違えた!!

 俺はもっとうまくパズル人間を組めたんだ!!」


父親は酒を煽っては怒鳴り散らしていた。

飛び散った自分のパズルを拾ってはみたが、一部はすでに変形して自分の体にはめ直すことができない。

鏡を見ると不格好な隙間ができていた。


学校へ行くと顔のピースが欠落していることを冷やかされる。


「なんでお前ピース欠けてんの?」

「やーいやーい! 不完全人間~~!」


殴られた、と告白するのは父親を悪者に吊るし上げるようで嫌だった。

父親はどうしようもない人間でも、誰かを貶めるような自分になりたくないと思っていた。


「無視すんなよ、不完全人間!」


家でも殴られ、学校でもいじられるようになり地獄だった。

陰湿ないじめで心は乱れ、体のピースはボロボロといつの間にか落ちていく。


体中が欠損だらけの自分を見た教師は触らぬ神にととおざけた。

誰だって今の生活をなにごともなく続けていきたい。

あえて地雷に飛び込むことはしたくないのだろう。


「はぁ……帰りたくないな……」


その日も公園でなんとなく時間をつぶしていた。

家にいる時間を極力短くすることで殴られる頻度を減らしたかった。


「〇〇くん?」


呼びかけられて顔をあげると、クラスメートが立っていた。


「家に帰らないの?」


「この姿を見られたら、また何言われるかわからないし……」


学校でも体のピースが欠損しているのがわかったら、

父親は「いじめられるような息子を構成した自分」に耐えかねて暴力を振るうのはわかっていた。


「私のピースをあげるよ」


「え、ちょっ……」


クラスメートは顔の1ピースを抜くと、欠損した部分へと当てはめた。


「そんなことしたら、君まで欠損したとからかわれるよ」


「かもね。でもこのまま何もしないよりはいいでしょ」


受け取ったピースで埋まった自分の頬を指でなぞった。

自分の不完全な部分が埋まって嬉しかった。


「……ありがとう」


「帰ろうか。私の家もこっち側なんだよね」


帰り道もなんとなく話が続いた。

自分のピースの1部を分けたことでどうこうしてほしいという打算もなく、

等身大の友達として一緒にいるのが楽だった。


「ただいま」


家に帰ると、部屋からは漏れ聞こえるテレビの音。

その前に銅像のように横たわる父親の後ろ姿があった。


「……どこ行ってたんだ」


「ちょっと……学校で委員会の仕事があって……」


「ふぅん」


そそくさと逃げるように離れるつもりだったが、

父親が運悪くこちらを見てしまった。


「お前、その顔のピース、なんだ」


「これは……」


クラスメートからもらったピースは自分の荒い肌の中で悪目立ちしていた。

みるみる父親の顔が怒りにひん曲がっていく。


「このできそこない!! 俺が作ったピースの構成に文句あるのか!! ああ!?」


自分は常に完璧で、作り上げたものに何のミスもない。

にもかかわらず、自分の子分である息子が欠損を補うピースを手にしている。

それは自分の創作物への否定だと感じたのだろう。


殴られてまた新しく自分の体のピースが飛び散っていく。

せっかくクラスメートに補ってもらったピースも衝撃でボロボロ落ちる。


こぼれていく自分の体のピースを見て耐えられなくなった。


「いいかげんにしろーー!!」


できたのはせいぜい押し返すことだけだった。

不意をつかれた父親はふらふらと後ろに倒れ、机の角に後頭部を強打すると体のピースすべてがばらばらになった。


足元にはかつて父親の体を構成していたパズルが散っていた。


「だ、大丈夫……?」


顔をあげるとクラスメートがこちらを見ていた。


「大きな声が聞こえたから……その、入っちゃって……」


「見てたんだ」

「うん……」


頭はぼーっとして何も考えられなかった。

床に散るパズルを見てクラスメートは言った。


「これ、私達の体に組み込めばわからないんじゃない」


「え……」


「こんな出来事で人生を棒にふる必要なんてない。

 欠損している部分をこのピースで埋めようよ」


かつて父親だったピースを手に取ると、自分の欠損している部位へと当てはめていった。

それでも人間ひとりを構成するピースは余るため、パッと身でわからないような背中や足の裏、脇腹のピースを外して父親ピースをはめていった。


ひとりでは無理だったが、ふたりがかりで体に父親ピースの残骸を隠すことができた。


「これはふたりだけの秘密ね」

「もちろん」


クラスメートと話したのはこの日が一番多かった。

自分の思っていることや好きなことをめいっぱい話した。

本当に楽しかったのを覚えている。



そして、自分の欠落部分にはめたピースが徐々に皮膚に馴染んでくるころ。

これまで感じたことのない焦りや怒り、不満が湧き出して自分でも制御できなくなる。


仲が良かったクラスメートとも口論が絶えなくなった。


「このできそこない!!!」


クラスメートが吐き捨てた。


その顔は自分の父親の面影を感じさせ、その瞳に映る自分もすでに父親同然の怒りに歪んだ顔になっていた。

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