第6話 もう一度

siriに聞いたらこの状況を打開できるだろうか。

それともGoogle先生に聞こうか。

無論本気ではない。

しかし、本当にこの状況を打破できるのなら本気で試したいところだ。

好意を無下にするのは本意ではないが、これはちょっと質量たっぷりというか、唐突すぎるというか。

私に何を求められているのか全然わからない。

とりあえず確かなことが一つある。


「泊まるのは厳しいかな…」


そもそも私たちがどういう関係であるかも測りかねているところだ。

それなのに、いきなりそこまで親密な関係になるのはなぁ、と思う。


だからそんな悲しそうな顔をしないで欲しい。

これじゃあ私が体育館裏に呼び出してきついことを言っているみたいじゃないか。


「なら私の家に来てください。 あの、お礼がしたくて」


「それならまぁ」


返事をしてすぐに自分の安直な答えを後悔したがもう遅い。

これからやっぱりやめた、なんて言い出したら美冬がどんな顔をするか考えて心の中で息を漏らす。

目の前の大輪の花を散らすのはあまりに惜しから。

そんな、もっともらしい理由を付けて自分に喝を入れる。


「本当ですか! あと、その、先日はありがとうございました」


「私はその言葉だけで満足だけどね」


「こんなものでは私の気が済みませんから!」


「私の」か。

分かりやすくて逆に安心する。

つまり、借りを作ったような気がして心持が悪いといったところだろう。

返すべきものを返してそれでちゃんと一段落させようと思っているはずだから、気負うことはない。

弱っているときは少しだけ恩を大きく感じるものなのかもしれない。

そう結論付けて、最後に言葉を返す。


「分かったから、その口調だけやめてください」


ちょっとした冗談のつもりで言ってみたのだが、あまりに冷たい響きで私が驚く。

美冬が使うと可愛らしい後輩のような印象なのに、私が使うと本気で拒絶しているように聞こえる。

最後の最後に空気が凍り付く。

居たたまれなくなって「じゃ、行こうか」と言ってその場から逃げるように歩き出す。

その後彼女が私に敬語を使うことはなかった。



気が付いたら家に付いていた。

もちろん私の家ではない。

そんな簡単に人を家に上げていいのか?

私とは相容れない価値観だ。

いくら自分の部屋にやましい物がなくても自分の部屋に人を上げるのは抵抗感がある。

心の中に踏み入られている感触がして心地が悪くなる。

まだ人を招いたことはないので、おそらく。

人間関係と隔絶した考えを持つ自分に呆れる。

しかし、こんなまま十数年やってきたという変な自負も持ち合わせているのが、どうにもならない私たる所以だ。


私は美冬に連れられて二階にある部屋に入る。

可愛らしい部屋を想像していたが、意外に普通だなというのが率直な感想だ。

これですごく個性的な部屋だったら反応に困るし、お世辞を言えるような性格でもないので正直助かった。

手慣れたように座布団を出して、勉強机とは別にある小さい机に向かい合って座る。

ここからどうしようかと思っていると美冬が口を開く。


「あの日は本当に精神的に参っていてどうしようもなくて、そんな時に春香が来てくれてものすごく嬉しくて、それで私は救われたんだよ。だから私がすごく感謝してることを知ってほしくて、できれば友達にもなってほしくて今日家に来てもらったの。春香がそう思っているか分からないけど救われたっていうのは大袈裟じゃなくて、文字通りの意味。あの時の春香は私にとってのヒーローそのもの、じゃなくて、ヒロインそのものなの。だから、その、何が言いたいかというと、私は本当に春香に感謝してることを知っておいて欲しくて、友達になって欲しいの。こういう誘いが迷惑ならもうしないし、話しかけて欲しくないなら…… なるべく話しかけないようにする。ほかにもこうして欲しいっていうことがあったら言ってくれれば、私にできることなら何でもするよ。だから、友達にしてくれないかな。」


息を吐き出すように言い切る。

男主人公ヒーローではなく女主人公ヒロインねぇ。

私を過大評価しすぎな気がする。

その一方で、美冬の気持ちは十分に伝わった。

正直そこまで伝わっても欲しくなかったがそれはもう十分に。

好意を向けてくれるのは悪い気はしないけど、ちょっと私に受け止められるか心配な重さだ。

返事に悩む。

ここまで言われて「嫌です」と返す気はないが、あんまり期待をかけて欲しくもない。

どんなに私が大きく見えたところでできることは変わらないし、人付き合いがうまくなるわけでもないからだ。

ならこうしよう。

そのままの私が返事をすればいい。

いずれ熱が冷めたときにもっと自然な関係になるだろうと願って。


「いいよ、友達にしてあげる。 でも私は私だからヒロインでもなんでもないけどね」


「してあげる」なんてどの口がいうのだろう。

まともに友達がいたこともない癖に。


「 本当に嬉しい! 私の中ではヒロインなんですからね!」


少しだけ時を遡ってあの日のことを考える。

彼女に植え付けてしまった幻想と軽率な行動に、少し責任めいた感情を覚えた私は笑って誤魔化す。

この子の幻想をなるべく守ってあげようか。

もう泣いてる姿を見たくはないから。


「これから何かする?」


このまま座り続けるわけにもいかないので少し聞いておく。


「私の手料理でも食べていかない?」


「いかない」


「そこをなんとか」


「親御さんが帰ってくるでしょ」


「一緒に食卓を囲もうよ」


「何を言ってるんですかねこの子は」


私たちの関係は少し巻き戻って、全く違うところから始まる。

それが良いか悪いかなんて知る由もない。

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無責任な!! なべ @None00

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