第5話 優しさのご利用は計画的に

泣いている女の子に一番必要なものは何か。

その夜私は考えた。

高野美冬が泣いていた日の夜だ。

あの日、私はたまたま日直で、普段は特にないような仕事をたまたま頼まれ、筆箱を忘れていたことに気が付いて教室に戻ってきた。

それだけだったら、家に帰って「今日はちょっとめんどくさい一日だったな」と思い返して、明日になれば全て忘れてしまうような。

そんなありふれた1日になるはずだった。

教室の扉の先が異次元につながってさえいなければ。


泣いている高野美冬は儚げで、今にも消えてなくなってしまいそうな様子で自分の座席に座っていた。

それは、教室で見かける人気者ではなく、ちょうど一週間前に一緒に帰った嘘つきさんでもない。

むき出しの姿の高野美冬がそこにはいた。

私はそのまま泣いている彼女を気遣うふりをしてその場から立ち去ることもできたはずだ。

そして、あたかも昨日のことなど見なかったように次の日からを過ごす。

そんな未来もあったはずだ。

けれど、そんなことは出来なかった。

だって、誰かが触れないとそのまま消えて行ってしまいそうだったから。

その輪郭が形を失って、もう戻ってこれなくなるような危うさを孕んでいる彼女に触れないわけにはいかなかった。

頭をなでて、抱きしめて。

彼女に触れるたびに私を余さず受け入れているのが伝わる。

頭の片隅では、これが彼女にとって良くないものだとわかってはいるのだ。

しかし、甘える彼女に抗うことはもうできなかった。


話を少し戻そう。

泣いている女の子に一番必要なものは何か。

おそらく、ありったけの優しさなのだろう。

もういらないと言われるくらいのものを注いであげることなのだろう。

私はそうだっただろうか。

いや、きっと違う。

もっと自分本位でつまらないものを押し付けただけだ。

それを自分に都合のいい名前で呼ぶことはエゴを凝縮したような気がして、気持ち悪いなんてものじゃない。




そんな夜を過ごしたものだから、翌朝の気分は芳しくない。

でも、学校に来てすっかり回復した様子を見せている美冬を見ると、悪い気はしなくなった。

何事もないならそれでいいんだけどね。

そう思って今日は穏やかな日を満喫する。

若干視線を感じるが、まぁ、特に気にすることでもない。

一言いいたいなら声をかけてくれるだろう。

そうして、今日が終わる。


次の日も何事もなくすぎて、その次の日も。

そろそろ耐え切れなくなって、本当に珍しく私から声をかける。

接しずらいのは分かるけど、そんなに毎日熱視線を浴びせられたらさすがに居心地が悪い。


「こっちを見てたけど、どうかした?」


そう美冬に声をかける。

ちょっと白々しい。

大方何を言いたいかなんて予想はついているから、一言言ってもらってそれでおしまいだろう。


「ちょっと人気のない所行きませんか!」


なんて誘いだ。

放課後だからといえ教室で話したくないのは分かるが、何というか、新手のナンパみたいな感じだ。

声をかけたのは私だけど。


「いいけど、どこにしようか。 裏庭とか?」


「それでもいいんですけど、体育館裏でどうですか?」


何というニッチなチョイス。

それと、私が今すごーく気になっていることがある。


「いいけど、なんで丁寧語なの?」


「あっ、ごめんなさい。 じゃなくて、ごめん」


なんか調子狂うな……

私が前に話したときはからかい返してくるような快活さを持ち合わせていた気がしたんだけど。

今日の美冬は何というか、いきなり恋心を自覚した乙女のような様子だ。

体育館裏という選択も相まっているのかもしれない。

私たちはちょっとぎこちない空気のまま体育館裏に到着する。

美冬が呼吸を整えているのを見て、なんだか私まで緊張してきてしまう。


「今日私の家に泊まりに来ませんか!」


あれ?

私の予想していた言葉とは大分違う。

脈絡のない誘いに困惑している間にも答えを求める視線が刺さる。

どこで何を間違えたかわからないルートに突入した瞬間だった。

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