結果
吉沢瞳は学校を出ると、落ち着かない様子であたりを見回しながら、帰宅を急いだ。
友人が一緒に帰ろうと言ってきたが、一人になりたいからと断った。
実験のときに気を失ったのが恥ずかしかったということもあるが、じぶんのやっかいごとに友人を巻き込みたくないという気持ちもあった。
歩きながらも今日の出来事が頭から離れない。なにか嫌な予感がしてしかたないのである。
自分がなにかに呪われている――そんな考えが頭から離れない。
自動車のナンバープレート、看板に書かれた数字、表札に書かれた地番。一に関すること全てが自分に悪意を持っている気がする。
空から誰かに監視されているようで、首を伸ばし空を仰いだ。きれいな青空が広がっているだけだ。
夏も終わりだというのに制服の内側から寒気が這い上がってくるようで、両肩を抱いた。
電柱に書かれた町名が一丁目ということに気がついた瞳はいつもと違う道を選んだ。
自分の家が見えたときには、安心のため息をついた。
駆け足になって玄関に向かう。後ろを振り返りながらドアを開けた。
家に入ると、母親が驚いたような顔をして立っている。
「どうしたの。そんな青ざめた顔をして」
母親の言葉に瞳は「ちょっと急いだら、息が切れて」と答えた。学校で起きたことを話して余計な心配をかけたくなかった。
「それよりも、瞳。すごいことがあったのよ」
そう言った母親は、リビングのテーブルからハガキを持ってくると瞳の目の前でひらひらさせた。
ハガキの宛名は「吉沢瞳 様」となっている。
今時ハガキと思ったが、内容を読んで思わず飛び跳ねた。
有名企業が主催する俳句コンテストに応募した俳句が、中学生部門で入賞していたのである。
祖母が趣味だった俳句を子供の頃から一緒にやっていた瞳は、さほど期待もしないで送っていたのだ。
全国から中学生部門だけでも何十万句も集まるのだ、まさか自分が入賞するとは。うれしくて、踊り出したいほどだった。
その日の夕食はごちそうが用意された。食後のデザートは瞳の好きなケーキだった。
祖母も同じコンテストに一般の部で応募したが、ハガキは来ていない。それでも孫が入賞したことを喜んでくれて、さっそく俳句仲間に自慢をしたらしい。
瞳は興奮してなかなか眠れなかった。学校での出来事も家に帰るまでは悪いことが起きるかもと不安だったが、「一」が出なかったのは、入賞したのが優秀賞で大賞ではなかったことを暗示していたのだ。
勝手に悪い方へと自分を追い込んでいただけなのだ――そう考えると心の底から安堵感を覚えた。
次の日、学校では俳句コンテストのことを黙っていた。応募要領に正式な発表があるまでは作品を公表しないようにとあったからだ。
正式な発表はホームページで来月初めころにあるらしい。それまでは黙っていて、友人たちにはホームページを指さしながら、自慢しようと考えていたのである。
帰り道、瞳は友人と別れ、一人きりになって家に急いだ。
そういえば、明日からは冬服の制服に切り替わる。母親はちゃんと制服を用意してあるだろうか。
塗装工事をやっている民家を素早く通り過ぎようとしたそのとき、強風が吹いた。吉沢はスカートを両手で抑えた。
塀に立てかけられた鉄パイプが風にあおられ倒れてくると、先端が吉沢の胸に突き刺さる。
白いブラウスに染みだした血が凹みにたまると赤い丸を作った。それはサイコロの一の目そっくりに見えた。
「そうか、私に一日はやってこないという意味だったのね」
薄れゆく意識のなかで瞳はそう思った。
完
少女よサイを振れ 羽鳥狩 @hadori16
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