生徒会長選挙編13-21

「決選投票の結果は……190票で一ノ瀬麗さんとなりました」 


一ノ瀬さんは花宮さんとハイタッチをしながら喜んでいる。生徒会室ではたまに見るが、大勢の前でこれほど感情をむき出しにして喜ぶ一ノ瀬さんを僕は初めて見たかもしれない。 


司会をしていた岡先生が、2年2組が集まっているところにマイクを持っていき一ノ瀬さんに手渡す。 


岡先生からマイクを受け取る一ノ瀬さんはイタズラをする前の子供のような笑みを浮かべていた。 


「ありがとうございます。選んでいただいたことに恥じないように精一杯頑張ります。決選投票を行なったこともあり時間があまり無いので一言だけ……」


僕の方を見ていた一ノ瀬さんは急に1年生の方を向き、1年2組の方を指さす。 


「副会長は2年2組の花宮葵。そして会計と書記は、1年2組百瀬心、宮森恭歌。二人で好きな方を選んでどちらにするか決めなさい」 


「はぁ!?」 


驚きのあまり全校生徒が反応するよりも早く大声で反応してしまった。 

宮森さんのイメチェンを一ノ瀬さんが手伝った時にかなり仲良くなったと聞いたので宮森さんを生徒会に勧誘するのは理解ができる。だが、百瀬さんを生徒会に迎え入れるのは到底理解することはできない。 


他の生徒からすれば決選投票までもつれ込んだ人間を生徒会に勧誘するのはおかしいことではないかもしれない。だが事情を知っている僕を含む生徒会の人間は驚いているはずだ。 


僕の大きな声で生徒から変な目で見られているがそんなことよりも生徒会の人たちがどんな反応をしているかの方が気になる。 


一ノ瀬さんの横にいる花宮さんは苦笑い、神無はいつも通りの無表情。ある程度生徒会の内情を知っている会田さんは僕と目を合わせようとせずに笑っている。 


それぞれ反応は違ったが、一ノ瀬さんが百瀬さんを勧誘すると知らなかったのは僕だけだということが分かってしまった。 


1年生の方を見ると、急に指名された宮森さんは慌てふためいているが、百瀬さんはまるでこうなることがわかっていたかのように落ち着き払っている。



そして、爆弾発言をした張本人の一ノ瀬さんはマイクを先生に返し、困惑している僕の顔を見て笑みをこぼしていた。 



波乱の生徒会選挙が終わり、現生徒会のメンバーは放課後に今期の生徒会のメンバーの慰労会と一ノ瀬さんの生徒課長就任祝いという名目で生徒会室に集まっていた。 


「一年間生徒会お疲れ様!一ノ瀬さんは生徒会長当選おめでとう。乾杯ー」 


「「「乾杯ー」」」 


生徒会室に備蓄していたお菓子やジュースを机に置き、慰労会というよりは軽いパーティのようになっていた。 


「ええっと、一ノ瀬さん。どうして百瀬さんを誘ったのか聞いてもいい?あと、花宮さんと神無はあんまり驚いてなかったけど知ってたの?」 


楽しい空気を壊してしまうかもしれないがこれは聞かずにはいられない。 


「特に理由は無いですよ。面白そうな子だから勧誘しただけです。葵には前の日に伝えてましたね。十川先輩には当然ですけど最初からバレてましたね」 


「うーん、まあ面白そうなのは間違いないけど……」 


確かに僕が百瀬さんのことが苦手なだけで次期生徒会長の一ノ瀬さんが指名する役員に文句をつけるのはおかしい気はする。


「大丈夫です。そんなに警戒しなくても百瀬さんは伊澤先輩が男だってことを誰にもばらさないですよ」 


「え、なんで?」 


ガチャ 


僕が当然の疑問をぶつけると生徒会室のドアが開き張本人の百瀬さんが生徒会にはいってきた。 


「ばらしても私に得がないからですよ。私は中学まで共学でしたし、男が学校にいても別になんとも思わないので」 


一ノ瀬さんに聞いた質問だったが百瀬さんが答えた。まさかドアの前で聞き耳を立ててたのだろうか。 


「ああ、私が呼んでおいたんですよ。新生徒会になる前にわだかまりを解いておこうと思いまして」 


 一ノ瀬さんは当然のように言うがそれなら事前に言っておいてほしい。 


「百瀬さん。得が無いっていうのは分かるけど損もないよね。なんで黙っててくれるの?」 


「損ならありますよ。私は先輩にもこの生徒会にも興味がありますから。オブザーバーの先輩には退学されたら困ります。最初は生徒会の人達が面白そうだったので冷やかしでからかっただけでした。でも、私と似た性格の一ノ瀬さんが楽しかったと言っていたこの生徒会を体験してみたくなったんです」 


百瀬さんには散々騙されてきたが、何故か今の言葉だけは嘘でないということがわかった。


「そっか。それなら改めて生徒会役員としてよろしくね」 


「はい」



初めて話した時も笑っていたが、その時の笑顔が作り物だったとわかる程に今の百瀬さんの笑顔は純粋で可愛く見えた。



「心、湊に会ったら優に勉強を教えてもらってもいいよって言っておいて」 


百瀬さんとの話合いが終わり、みんなで適当に話していると、急に思い出したかのように神無が百瀬さんに伝言を頼んだ。


「え、十川さんが勝ったのに良いんですか?」 


僕も驚いたが神無はそれで良いのだろうか。そもそも百瀬さんは賭けのことを知っていたのか。 


コクっと小さく頷き、神無は机にたくさん置いてあるチョコを取りに行き、百瀬さんと二人きりになった。 


「伊澤さんはなんで十川さんが賭けをチャラにしたのか分かります?」 


軽く下を向いて考えていると百瀬さんは僕の顔を覗き込んでくる。 


「百瀬さんは分かるの?」 


「ええ、多分ですけど十川さんは勝ち方に納得いかなかったんじゃないですかね。ライバルの評判が勝手に落ちて結果的に十川さんの票数が伸びたじゃないですか」 


「確かに神無の投票数は去年よりも多かったけどライバルの湊ちゃんは道場破りでどんどん有名になっていたし、百瀬さんの推薦人をやってさらに知名度は上がっていたよね?」 


そもそも仮に湊ちゃんの評判が下がっても学年が違う神無の票には影響がないはずだ。 


「いや、ライバルっていうのは安西のことじゃなくて伊澤さんのことですよ」 


「え、僕?」 


「そうですよ。3年生のミスコンは十川さんか伊澤さんで決まりって言われてたの知らないんですか?」 


確かに自分で言うのも嫌だが去年は僕にもかなり投票されていたらしい。 


「一ノ瀬さんを庇うためにありもしない計画のありもしないミスを全校生徒の前で謝りましたよね。あれでちょっとだけ先輩の評判が下がったんですよ。多くの生徒には後輩に無理な計画を引き継がせようとしたと見えたでしょうから」 


「な、なるほど……」 


今思い返せば、前に会田さんが言っていた『誰も得をしないが確実に神無が勝てる方法』とはおおよそこういうことだったのだろう。ミスコンの3年生の部で票を獲得しそうな僕の評判を落として神無の方に票を行きやすくする。


確かに僕が思いついていたら神無と別れたくないがために自分で自分の悪評をこっそりと流して僕に投票させないようにしていたかもしれない。 


一ノ瀬さんと花宮さんを仲直りさせることしか考えていなかったので意図したものでは無かったが、神無と会田さんが僕にやらせようとしなかった策と似たようなことを結果的にやっていたとは思いもしなかった。 


「ってやっぱりあの計画が嘘だって気づいていたんだね」 


薄々分かっていたがやはり僕の三文芝居は百瀬さんにバレバレのようだった。 


「それはそうですよ。伊澤さんは分かりやすいですし、放送演説の時に一ノ瀬さんが私の演説内容をコピーしてたのも気づいていましたから。あの時点でそんな計画は無くて只のはったりということもわかってました」 


「そんなところから気づいてたんだ。やっぱり百瀬さんは凄いね」 


「凄いというよりは一ノ瀬さんと私が似た者同士だから何をするかが分かっただけですよ。だから私が勝っても伊澤先輩が男だとばらしたり危害を加えないということは一ノ瀬さんはわかっていたと思いますし、逆に私は負けても生徒会に誘って頂けるのはわかってましたよ」 


 「え、じゃあ何のために賭けをしたの?」


「今年しか一ノ瀬さんと勝負ができないから勝負をしたかってところですかね。お互い勝負にこだわる必要は無かったと思いますけど二人とも負けず嫌いなので」


「中々分かってるじゃない」


百瀬さんが苦笑いを浮かべていると、僕らの話を少し遠くで聞いていた一ノ瀬さんがこちらに来る。


「負けず嫌いなので百瀬さんに勝ちたいと思っていたのは事実です。でも伊澤先輩や十川先輩を巻き込んだり、葵を悲しませてまで勝つ必要は無かったのにエスカレートしてしまいました。本当にすみません」


頭を深く下げる一ノ瀬さんを見て本気で悪いことをしたと思っていることがわかる。


「うん、もう謝らなくていいよ。全部丸く収まったから。たしかにただの負けず嫌い同士の勝負にしては規模が大きすぎたから気をつけて欲しいけど」


「伊澤さんの言うとおりだよ。本当に二人とも反省してる?」


僕の後ろから急に花宮さんが出て来てジト目で二人を見る。


「「はい、反省してます」」


一ノ瀬さんと百瀬さんは怒られている子供のようにシュンとする。


僕たちの代の生徒会とはまた違う雰囲気になるとは思うが、一ノ瀬さんと花宮さん、百瀬さんと宮森さんがいれば次期生徒会も安泰だろう。

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女子校に転校して男バレするが個性的な女の子に振り回されながらなんとか生活していくようです もる @morurutto

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