番外

 一度事務所に帰り、ポーンを取ってから協会へ足を運ぶ。人でごった返しているのを見たい訳ではないが、あまりに自分以外の客を見ないため経営が苦しいのではと不安になる。

 受付へ向かうといつものお姉さんではないことに気づく。特に支障はないが、なんとなく緊張しながら話しかける。


「すいません、依頼を遂行して呪物を回収しましたので、引き取りお願いします。あと支部長に報告したいことがあるので、アポ取りたいんですけど」


 差し出したポーンを受け取ったおばちゃんが、込められている霊力を感じて目を見開くと、一応聞いておくけど、と前置きして聞いてくる。


「呪い足しとかは、してないのよね?」


「そんな馬鹿なことしませんって。まともにやりあったら苦戦したかもしれませんけど、騙されやすい相手だったんでチョロかったですよ」


「まあそうよね……わかりました、危険物回収手当として5千円お渡しします。それと支部長にアポですね、内容をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「その呪物に関係する話なんですけど、詳しいことは直接話そうと思ってまして」


 少し怪しいか、と思ったが特に気にする様子もなくなにやらモニターで確認している。十中八九支部長のスケジュールだろう。

 無言でモニターとにらめっこしているおばちゃんの返答を待っていると、横から声をかけられた。


「今から聞いてもいいですよ、予定もないので」


 そっちに顔を向けると、そこにいたのは40代半ばと思われる男。ライトグレーのジャケットに白いシャツ、黒のスラックスというシンプルな装いをした色男。第七支部・支部長、加賀美龍典たつのりである。


「じゃあお時間よろしいでしょうか……お疲れみたいですけど」


「ここ最近少し忙しくてね。とりあえず移動しましょう、私の執務室でいいですよね」


 有無を言わさず歩き出す背中を追う。普段は誰に対しても気を配る温厚な人で、今日は少しらしくないように思える。それだけ疲れがたまっているのだろう。




 部屋に入り、応接用のソファを勧められて深く座る。沈みすぎて腰が痛くなりそうな感触がして、思わず顔をしかめる。それに気がついた加賀美が口を開く。


「買い換えたほうがいいかな、それ。中古で半額以下だったからつい買っちゃって、座った人全員そういう顔するんだよね」


「仕事で使うものケチっちゃうと後々損しますよ」


「君が言うとめちゃくちゃ説得力ないけど一応素直に聞いとくよ、買い換えよう……さてそれじゃあ、話を聞こうか」


 加賀美が仕事の目に変わったのを見て居住まいを正し、話し始める。相談所に依頼が来てとある村でそれを遂行したこと。事件の経緯と、村を襲った男の特徴について。

 順を追って説明するのを静かに聞いていることを確認し、本題に入る。


「あのポーンを作ったのは村を襲ったやつとは別人だと思います。強力な呪物を手に入れるために徒党を組んでいるんじゃないでしょうか」


「……根拠を聞いてみてもいいかな」


「犯人は最初から蔵の中の守り神が狙いだった、そして牛頭馬頭と戦って牛頭を倒すことに成功した。存在を滅したのか、霊力を何かに移して奪ったのかはわかりませんが。

 重要なのはその後。守り神に対しての人質として生け捕りにしていた村長と、ポーンを置いてさっさと逃げた」


 加賀美は表情を変えず、高瀬に続きを促すようにただ黙っている。


「なぜ回収しなかったのか。自分の霊力で作ったのならその霊力を自分に戻せる。混ぜ物をしてあるならそのまま戦力として使うしかありませんが、それでも役に立たないわけじゃない。顔を知られないよう対策してあるなら、さっさと村長を殺して回収すればよかった。

 でも、回収できない理由があったらその行動も変じゃない。例えば、ポーンはただの借り物で、迂闊にも命令権を手放してしまったのだとしたら。もはや自分も近づけない、だから置いていった」


「うん……納得のいく話ではあるね。それで全部? 他に気になったことはあるかい?」


 今となってはなぜそんな仮説を立てたのか、思い出すこともできない。しかしそれこそが疑念を抱いたきっかけであり、隠す必要もない。


「疑問に思ったのは、犯人が顔を隠すのに使った手段です。村長さんの話では犯人は複数の道具を用意していた。その中に認識を阻害する結界を張るものがあった、そう考えるのが自然なんでしょう。

 ただ、そうじゃないとしたら。その結界を自分で張っていたなら。霊能者の能力は偏るものがほとんどで、だからこそ札師という職が成り立つ。なのに結界も張れて霊体のデザインもできるというのは考えにくい、どちらかは犯人の力じゃない可能性が高い」


 話しているうち、ふと思った。もしかすると犯人の能力を疑い始めたのは馬頭の仕業かもしれない、と。

 村を守る怪物への猜疑心を強めていると、話を聞いた加賀美が数回頷いてから口を開いた。


「なるほどね、そこから推理を発展させてさっきの話に繋がると。わかった、君の話を信じるよ」


 あまりにすんなり受け入れられて少し拍子抜けする。それが顔に出ていたのか、苦笑いを漏らし説明し始める。


「私が忙しくしていたのは、ある情報が寄せられたからでね。それはある新興宗教が乗っ取られた、というものだったんだ」


 曰く、農作物の販売促進のために独自に生み出した農耕の神を信仰するだけの、無害で穏やかななんちゃって宗教といったものだったと。

 しかしいつの間にか、何者かに乗っ取られていた。元の教義は化学合成農薬を使わないことくらいだったが、素晴らしさを世に知らしめるため神を顕現させる必要があると、誰かが言い始めたらしい。


「しばらく集まりに参加してなかった信者の一人が事態に気付いて、助けを求めに来た。だから会員に依頼して潜入してもらってたんだ。

 そしたら3日前、信者14名が集会所に集められた。その内の1人の代わりにそこにも参加してもらったところ、信者たちが突然集団自殺を実行しようとした」


 速やかにその場にいた全員を制圧。同時に呪物を捜索し、これを無力化して信者たちに聞き取り調査を行った。結果としてわかったことは、誰かに助言をされて変わっていったはずだがその人物について誰一人、何一つ覚えていないということ。


「それともう一つ。回収された呪物が、これ」


 加賀美が懐から取り出したのは、封印札が貼られたひどく見覚えのある像。歪な手製のポーンと思われるものだった。


「私が受付で渡した呪物を見て、声をかけたんですね」


「まあ、そういうことだね。偶然通りかかって本当によかったよ。こっちは受付に渡してないから、呪物の保管庫で見つけるまで気づかない可能性もあったからね」


「ああ、証拠だから使われたら困りますよね。なるほど……あれ? 集会所に犯人はいなかったんですか?」


「その場にいたのは被害者の信者だけだね。あんまり大きな声では言えないけど、しっかりしても本当にいなかったんだよね。終わってから回収しに来るつもりだったのかな……」


 ふう、と息をついてから加賀美は話を続ける。


「2つのポーンから察するに村を襲った犯人と、宗教乗っ取りを企てた犯人は同じ勢力だろう。でも同一人物とは思わない。一方は顔だけを隠し、もう一方はほぼ全てを隠し通した。最初から直接自分につながる情報は隠そうとしていたのか、それとも立ち去る時に、記憶を消したのか」


 自分に関する記憶だけを的確に消した、もしそれが本当ならかなりの腕だ。戦闘力の低さを補って余りあるその力に、強力な式神のようなもの。


「めちゃくちゃ厄介じゃないですか?」


「だろうね。もしかしたら構成する人数が多いのかもね、分母が大きければ逸材も見つけやすいってことで……だとしたら大変だなぁ」


 そう言って項垂れているのを見て、少し気の毒に思っていた。光を取り戻した瞳が、こちらに向くまでは。


「高瀬くん、当然協力してくれるよね。君も回収しちゃったもんね、ポーン。これは骨が折れそうだなー、力を合わせて頑張ろう」


 サムズアップしている姿が非常にむかつく。恨めしさを視線で伝えていると、加賀美はわざとらしく顔を作ってのたまう。


「どうしたんだい高瀬くん。もしかして断ろうというわけじゃないよね? 高瀬くんは恩師の頼みを突っぱねたり、しないよね?」


 確かに、恩はある。そもそもこの世界に入ったのは加賀美がきっかけで、たまに稽古をつけてもらうし、独立するときにも力を貸してもらった。

 それにポーンを回収した時点でこの件には既に関わってしまったと言える。


「はあ……わかりましたよ。協力します」




 協会からの依頼という形で協力を求めるのでできる限り引き受けてほしいというので、それを了承して協会を後にした。

 金は払うから、というのでできるだけふんだくってやろうと決意する。


「あーあ、めんどくさいなー」


 事務所でひとり、夕暮れの茜色に染まった町を眺めながら、ぼやく。久々に依頼をこなしたと思ったら、大事に巻き込まれた……かもしれない。まだわからないことだらけだが、ささっと片付けられるようなものではない気がする。

 とりあえず心を落ち着けようと、インスタントの味噌汁を啜って一息つく。味噌の香りに癒され、わかめと油揚げのハーモニーを噛みしめる。どんどん暗くなる景色と引き換えに姿を現す星々が、お疲れ様、と労ってくれているような気がして、精神的にやばいのかなと思った。

 そのとき、事務所の固定電話が鳴った。時計を見ると6時半を過ぎている。一応営業時間としては6時までとなっているが、当相談所には営業時間などあってないようなもの、気にせず受話器を取る。


「はい高瀬霊能相談所です。……はい、そうです。……お受けできるかどうかは詳しいお話を聞いてから、判断することになります……はい。ではお時間は……なるほど、では土曜でよろしいでしょうか。はい、では土曜の午前9時頃、お待ちしております。はい、失礼いたします」


 受話器を置いてスケジュールを手帳に書き込む。まだ本決まりではないが、立て続けに依頼が来るというのはなかなかないことで控えめに言って超テンション上がる。

 一気に味噌汁を飲み干し、電話を留守番に設定する。ウキウキで事務所を後にして家路を駆ける。喜色満面で走る男の姿は怪談として語り継がれそうなものだが、そんなことも気にならないくらいに気分がよかった。




 英気を養うための前祝いに寿司を買って、男は帰る。彼はきっとこれから幾多の悪霊を打ち倒すことだろう。そしていつか、巨悪と対峙する日が、来るのかもしれない。

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怪異の縄張り 葛(くず) @kuzu_no_sono

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