最終話
ずいぶん手こずってしまった気もするが無事解決、最後に少しだけ出てきていたようだが本体に吸い込まれて封印されたので問題なし。セーフ。
ほっとしながら、依り代となっていたものを見る。手製と思われる像、歪な卵形の頭に、底が広がったラッパのような円錐台の台座。鍵穴のマークのようなシルエットではあるが、頭のすぐ下にある平たい膨らみによってチェスのポーンだろう、とわかる。
「なるほど、ナイトじゃないから馬がなかったと」
納得こそするが、得られた情報から無意識的に仮想する。
これを作った人物はチェスを基にしており、チェスの駒はプレイヤーに対して計16個用意されている。もし創造主たる自分をキングとしているならば、ここにあるポーンを除き残り14体。1体だけでも手強いと感じたのに、あと14体いるかもしれない。
ありえないとは言い切れない、霊力を供給する手段があるなら可能ではある。例えばどこからか呪物を手に入れて、それに込められていた霊力を当てにしたり。
「……そういえば、あるんだよな?」
今なお村を覆う結界を張っている、守り神。周囲の存在に対し禍福をもたらす物体として、その神体も呪物といえる。
蔵は2階建てであり1階には古くさいリヤカーや
ならばと階段を上った先、小さな地蔵堂のような祠があった。観音開きの戸を開けて中を見る。
「なるほど、だから結界が張られたままだったのか……もう少し待っててくれ。村長が帰ってくるまで」
戸を閉め、蔵を出る。村長宅へ戻りお茶を捨てて証拠を隠滅すると、サイレンを鳴らしながらやってきた救急車に同乗して病院へ向かった。
どうやって口裏を合わせようか、と考えていた車内で村長が目を覚ました。これはまずい、と思ったがどうやら村長は取り憑かれていた間の記憶があったようで、高瀬の仕業ではないと言ってくれた。
病院へ着き、中へ入る前に山野に連絡すると安心したようにため息をついていた。診察が終わり病室に入ると首にギプスをした村長がほんの少し手を上げて迎えてくれた。
「高瀬さん、でしたよね。ありがとうございました、見ていましたよ」
「怪我をさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
詫びる高瀬を止めて、命が助かっただけでもよかった、と言う村長にもう一度だけ頭を下げて、退院したら話を聞きたいと連絡先を渡して病院を去った。
数日後、入院は不要と判断され退院した村長から連絡を受け、また山野の運転で村に戻り話を聞いた。
「ということで、犯人は市役所の職員と名乗った男だと言ってありますのでご安心ください」
「ありがとうございます、本当に助かりました。手伝えることがあれば何なりと仰ってください」
出迎えてくれた村長が蔵に向かいながら話してくれた。首のギプスはもう無い、しかし室内用歩行車と松葉杖を使い分け、非常に歩きにくそうにしているのが気にかかる。
「首はそこまでひどくなかったようなんですが、脛にヒビが入っていたようで」
「誠に申し訳ございません! 本当に、できることがあれば、本当に何なりと!」
大して時間稼ぎもできなかったため、本当にやる必要は無かったと思う。再び頭を下げる高瀬を笑いながら許し、話を本題に戻す。蔵から無くなったものは無いか、ということだったが高瀬の読み通り、それはあった。
「ご神体を守ってくださるようにと、鬼のお面が飾ってありました。しかし太一君にも探してもらったんですが、見当たらないと」
「おそらくご神体の身代わりになったんでしょう。犯人は鎮守神を無力化した、しかし用意した戦力は潰えた。だからご神体の代わりに鬼の面を持ち帰った……まさか二人いるとは思わなかったんでしょう」
許可を得て1階に持ってきた、牛の頭を持つ鬼と馬の頭を持つ鬼、二体の像を指して言う。
「これは
「はい、父からは村を守ってくれる守り神だと聞いていました」
「牛頭馬頭とは仏教に伝わる獄卒、地獄で咎人に責め苦を与える鬼です。その悪を許さぬ存在としての面を、守り神に相応しいと捉えたのでしょう。
そして牛頭馬頭を鎮守神として迎えた方はさらに牛頭を攻めとし、馬頭を守りとして役割を分けた」
つまり今も無事なのは結界を張り続けている馬頭のみ、敵と直接戦った牛頭の像からは霊力を感じられなくなっている。犯人はギリギリまで霊力を消耗し、牛頭を倒したあと馬頭を倒すことを諦めて鬼のお面を奪って立ち去った。
そこまで考えて、疑問が浮かぶ。なぜポーンの霊力を回収しなかったんだ? 馬頭を諦めるとしても、既に体を奪っていた村長を殺してポーンを回収すればよかったのに。それでも少しは足しになっただろう。
警察の捜査を恐れて? 呪い殺してしまえば言い訳はできる。霊能者が嗅ぎつけると思ったか? 顔を認識されないように対策してあるなら、それも難しい。
(……認識の阻害?)
やがてたどり着いた可能性、高瀬はそれに自信を持った。まず間違いないだろうと。
黙って考え込んでいたことを詫びて推理を中断すると、村長に話しかける。
「電話で話した通り、犯人が置いていった像は私が持ち帰りました。それで、この牛頭馬頭はどうされますか?」
「高瀬さんが仰るなら、本当にもう牛頭はいないのでしょう。ですが私には、役目は果たしたのだからもう用済みだ、なんてとても言えません。私の命の恩人なんですよね?」
「そうだと思います。牛頭は犯人を撃退し、馬頭は村長に取り憑いた霊体を抑え続けていた。だから祭りを変えるなんて回りくどい方法で、馬頭を倒そうとしたんだろう、と」
「そうですか……それならやはり、これからもこのお二人に守ってほしい。新しい像を2つ作って、馬頭には移っていただけるようお願いしてみます」
そう言った村長の声からは強い畏敬の念を感じた。しかしそれだけではなく、その目から少しだけ狂気を滲ませてもいた。
(そういえば村人に取り憑いたりしてたよな、こいつ。村人や村そのものに対する愛は本物なんだろう、それがちょっと強すぎるだけで。
供儀でもしない限り牛頭が宿ることはないだろうけど、こいつが
「わかりました。彫刻家とか仏師とか、紹介しましょうか?」
「いえ、太一君に頼んでみます。彼、ああ見えて腕の良い木工職人さんなんですよ」
村長さんにはどう見えているのか、考えないようにしながら噂の山野さんの家に来た。
「本当にありがとうございました。何かあった時にはまた、依頼しに行きます」
「ありがたいとは思いますけど、できればそんな日は来ない方がいいと思いますよ」
「確かに、そうですね……では、こちらが今回のお支払いです、お受け取りください」
「確認いたします」
差し出された無地の白い封筒の中を見ると、万札が5枚。家賃4万6千円を払ってもお釣りが来る。今月もまた、なんとか生き延びた。
「5万円、確かに受け取りました。それでは失礼いたします」
頭を下げて、山野さんの家を出る。今回は車で送ってもらえるわけではないので、バスを乗り継いで帰ることになる。
頭の中で運賃を計算しながら、結界を抜けてそのままバス停に向かって歩く。鬼が住む村に思いを馳せ、お茶請けのまんじゅうくらい貰っておけばよかったと、肩を落として帰る背中はさながら亡者のようだった。
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