第6話
玄関を出てすぐ、少し先に見える蔵の戸の前。もやが薄くなり今までとは違うはっきりとした輪郭、まさにリビングアーマーのようなその姿に辟易とする。
正攻法での突破には相当な霊力が必要になりそうな、見るからに頑丈な鎧。攻略するなら、小手先で誤魔化しながら意表を突くしかない。
「悪いけど時間ないから、さっさとやり合おう」
ファイティングポーズをとりながら煽り立てる。しかし負けるとは露ほども思っていないようで、憤慨する様子も無くゆったりとした足取りで近づいてくる。
大振りを誘ってカウンターで体勢を崩したい高瀬にとっては、相手が落ち着いているのは都合が悪い。
(仕方ない、よな……消耗とか考えてる暇はない。最初から全開で、やるか)
目を閉じ深く息を吐いて、精神を研ぎ澄ます。体の奥底に渦巻いていた力を引きずり出す。鎧は標的の無防備な姿に、兜の奥で嘲笑を浮かべる。
荒れ狂う大波を一切制限することなく、表出させる。地を揺らすことはない、風を起こすことはない、それでも確かに感じる霊威。
「ア? ……ナンダ、コレハ」
いつでも殺せる取るに足らない小物、今の今までそう思っていた。苦戦していたのは人間の体が枷となっていたせいだと。
違う。こいつは敵だ。力量としては恐らく五分、気を引き締めて戦うべき脅威だ。
歩みを止め、肩幅程度に足を開き半身で構える。目を閉じ立ち止まったままの高瀬に対し、歩幅を小さく刻み慎重に近づく。もう油断することはない、目を閉じていても見えているという可能性を考慮し、迂闊に手を出しそうになる自分を抑える。
あえて隙をさらしても飛び込んでこない鎧に、舌打ちしそうになる。一刻も早く殺すべきと思わせるため霊力を放出したが、少しやり過ぎたかと反省する。
気持ちを切り替え、目を開けしっかりと鎧を見据える。隙の少ない徒手空拳の構えが憎たらしい。もっと短絡的にかかってきて欲しい。
(今まで蓄えてきた霊力を全て使ってしまえば、勝てることは間違いない。でも小物のためにそんなもったいないことはできないし、呪物の価値が下がるからなあ)
力を失うということは稼ぐ手段を失うということ。それだけは、回避せねばならない。
自らを奮い立たせると、放出していた霊力を抑え拳に集中させる。鎧を睨みながらすり足で近づき、間合いを詰める。
じりじりと近づく。世界から音が遠のき動きは遅くなる。一挙手一投足その全てを見逃してなるものかと傾注する。まだ届かない、まだ、まだ、まだ。
もどかしさに狂いそうになる鎧は、確かに見逃さなかった。まだ届かないはずの拳を、突きだそうとしている相手の姿。
牽制のためか、そんなふうに考えたのはまだ油断があったからだろうか。だから、拳から撃ち出された霊力の塊を避けることができなかったのだろうか。
「ガッ……」
想定しなかった距離からの攻撃に兜を揺らされ、鎧は一瞬気を散らす。その瞬間高瀬は一気に距離を詰めると、胸にかかとを押し込むように前蹴りを叩き込んだ。
よろめき数歩下がる鎧に、追撃することもなく声をかける。
「どうした、かかってこい。構えてんのはポーズだけか」
なおも挑発し続ける、頭の中で救急車が到着するまでの時間を考えながら。意識不明と伝えてあるからサイレンを鳴らしながら急いでくるはず。時間をかけすぎている、主に自分のせいではあるが。
挑発が功を奏したか、鎧は構えなおし間合いを詰めてくる。そのままインファイトに持ち込んだ。ジャブ、ストレート、ローキック、リズムを読ませないよう変則的に放つ。
しかし上体を反らして避け、裏拳でいなして掌底で兜を打ち上げ、膝を踏み抜くようにしてストッピング。悉くを防がれ徐々に冷静さを欠いていく。
高瀬は待ち続けた、ひたすら防御に徹した。ごり押ししてしまえば、何度もそう思ったが耐え続けた。
その苦労はついに実る。カウンターを嫌ってフェイントを交えるも精度が低く、顔を狙ったストレートはやや大振りになる。それを、膝を落とし素早く身をかがめることでかわし、拳を腰に溜める。
とどめの一撃に相応しい膨大な霊力、存在を消滅させるほどではなくとも、もはやろくに抵抗もできなくなることを鎧は悟った。
これを食らうわけにはいかない。空振りによって無防備をさらす自分の体勢、ガードは間に合わない。瞬時に判断した鎧は一か八か、賭けに出た。前に出る勢いを利用して飛び込む。この一撃さえ避ければまだ、戦える。
顔が、体が、地面へ吸い込まれていく。強烈な一撃がその身を襲うことはなく、なんとかなった、そう思い宿敵へと顔を向け……唖然とした。
「バカが見ーるー! 豚のケーツー!」
そう叫びながら戸を破壊し、蔵の中へ入っていく姿。阻止しなければならないはずなのに、理解が追いつかず見送ってしまう。
我に返るが、ただ追いかけるのでは間に合わない。繋がりをたどり一度本体へ戻ると、再度飛び出そうとした。鎧が最後に見たのは、下卑た顔で札を貼り付けようとする高瀬の姿だった。
「一丁上がりぃ」
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