第5話
山野が障子をぶち破りながら飛び出すのと同時に村長が座卓を乗り越え飛びかかってくる。結界札を起動すると村長を裏拳でいなし、素早く展開された結界の外へ出る。
「山野さん、大丈夫ですか。できれば念のため近くに住んでいる方を村の外へ避難させて欲しいんですが、お願いできますか」
「はい……大丈夫です、わかりました」
思っていたよりも痛かったようで、苦悶の表情を浮かべながら這ったまま出て行った。なんとか家から出て行くのを見送ると、結界を殴りつけている村長へ向き直り言葉をかける。
「村長さんに取り憑いて妙なことしようとするから、こんなことになるんですよ。村長さんの体から出ていってくれるなら、この結界解いてあげますよ」
なんとか楽ができないかと思ってもいないことを口にしてみるが、騙されてはくれないようで何かを呟きながらひたすら殴り続けている。
「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ……」
山野が見れば無表情で異常な行動をとる近しい人の姿に、恐怖したことだろう。しかし高瀬の目に映るのは、うっすら黒いもやに包まれながら村長の体から半身を乗り出す化け物の姿。
表情などまるで見えない、全身をプレートアーマーで覆った戦士であった。
「馬はどうした、騎士が着るもんだろそれ。まったく、誰に創られたんだか」
村長の体を操りながら自らも結界を殴りつける戦士に、あえて毒突く。
「お前をデザインしたやつはセンスが無いな、剣も馬も持たせずに鎧だけかよ」
西洋の鎧を着た悪霊、というのはいないわけでは無い。鎧を依り代とした、いわゆるリビングアーマーというやつだが、目の前の存在はそれとは違うことがわかる。
そもそも人間に取り憑いていて鎧に憑いているわけではないこと、霊体そのものが鎧姿であること。依り代が欲しくて鎧を欲するのであって、元から鎧を着けた体を持っているのは違和感がある。
そして結界を起動した際、僅かにタイムラグを感じた。山野を見送った後結界の様子を観察した結果、一部が閉じ切れていないことがわかった。
拳1つ分のその穴は絶えず締め付け続けているが、その穴が示すのはこの霊体と、この結界の外にある何かが繋がっているということ。
(つまりこいつには本体がある。村長の体から追い出して、本体に戻した後その本体を封印する必要がある……面倒くさい)
追い出した霊体に直接封印札を貼って終了だと思っていたため、やらなければならない工程が増えてしまったことに落胆する。
しかし仕事は仕事。きっちりこなそう、と自らを奮い立たせる。
「本体は蔵の中か? ならさっさと壊すとするか」
「……コロス、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロス」
挑発に乗ったか、溜め込んでいた霊力を放出しぶつけ始めた。途端、結界にヒビが入り何度目かのテレフォンパンチによって、まるで網入りガラスのようにぽっかりと穴が開いた。
「おーおーいいのか、せっかくの霊力が台無しだぞ」
(流石は五番札、強度もいまいち。とはいえ想像以上に壊されるのが早い、こいつそこそこ手強いな)
煽りつつ考えていると、やがて結界は瓦解していく。自由になった霊体は再び村長の体に潜り込み、結界札の残骸を苛立たしげに踏みつけている。少しは溜飲が下がったのか、ゆっくりと顔を体ごとこちらに向ける。
そしてぶちかましのように突進してくると、霊体が飛び出し右ストレートを放つ。二重の勢いを利用した一撃を交わすことはできず、体をずらし肩で受けながら村長の体に前蹴りをねじ込む。
「ぐっ……くそ、痛えなぁ!」
吹き飛ばされながら繰り出した蹴りは浅く、体勢を崩した程度でダメージはほとんど無いようだった。村長はすぐさま立ち上がり追撃を仕掛けてくる。
振り下ろされるガントレットを転がって避け、座卓を蹴り飛ばして村長のすねを強打する。霊体にダメージは無くとも村長の体がまともに動かない状態になれば、自分から出て行くだろう。村長さんには後で謝ろう。
しかし痛覚を遮断しているのか、気にした様子も無く近づいてくる。うまく決まったことに味を占め、今しがた見たとおり村長の体に潜り込み突進してくる。
「はっ、バカが!」
真横に飛ぶそぶりを見せ、相手を誘導すると全力で駆けだし、一拍遅れて走り出した村長の足をスライディングで刈り取る。わずかに浮いた村長の体はまっすぐ押し入れの襖に吸い込まれ、襖に大きな穴を開ける。
頭から突っ込んだのを見て、今のはやばいかもしれないと思い始める。もし村長が死んだら、言い逃れはできない。
「ほらほら、そんなのに籠もってる限りどうにもなんねえぞ」
明らかに事件性を感じるその見た目に、内心戦慄しながら挑発をしてなんとか追い出そうと試みる。すると村長の体から黒い塊が出て、家の外へ飛び出していく。
「村長さん! 大丈夫ですか! 本当にすいません!」
声をかけるが反応は無い。呼吸はしているが素人判断で命を危険にさらす訳にはいかず、家に入った時には倒れていたことにして警察と救急車を呼ぶ。
山野一家と話を合わせておく必要があることを頭に叩き込み、決着をつけるために蔵へと向かった。
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