第4話

 懐中電灯で行く道を照らしながら歩く村長を観察しながら、少しでも情報を引き出そうと話しかける。


「そういえば村長さんのお名前をまだ伺ってませんでしたね」


「ああ、これは失礼しました。山野三治さんじと申します」


「ええと、珍しい名前ですね。それに山野ということは、その、こちらの山野さんと」


「いえ、このあたりには山野というのが多いんですよ、それと名前はこの村でやっていた祭りが由来なんですよ。まったく、嫌な名前です」


 不機嫌さを隠そうともしないその表情も、顔にへばりついた何かに遮られてよく見えない。まあ、ただでさえ暗くて人の顔などうっすらとしか見えないのだが。


「そうなんですね……ああ、祭りといえば。カエルを捕まえて祭りに使おうとしていたんですよね? まだお庭にいるんですか」


「どうやら飼ってはいけない外来種だったそうで、太一君に怒られましてね。とっくに処分しました」


(処分、ね。ということはつまり、既に使ったということだろう。山野の話では、すぐに指摘したから捕まえたウシガエルは10匹程度の成体のみ。罠はすぐに撤去されたから、得られた霊力はさほど多くはないはず)


 鎮守神を倒すには足りなかった、だからもっと欲しい。生贄は一人でも多い方がいい、だからわざわざやってきた余所者を逃がすわけにはいかない。そう思ったからすぐに接触してきた。

 で、あれば。霊能者とは知らず一般人だと、いいカモだと思われている。うまくやれば、油断して手を出してくれるかもしれない。


「そうですか。しかし暗いですね、そういう懐中電灯がないと私なんてまともに歩けませんよ」


「ははは、田舎ですからねえ。悪い人だってこんな辺鄙なところには来ませんし、防犯灯すら置いてないんです」


 互いに白々しく虚言を吐きながらヒビだらけのアスファルトを歩いていると、村長が照らす先に日本家屋が見えた。瓦屋根にガラスの入った引き違い戸で、いかにもといった様相。しかしより強く目を引くのは、その奥にある蔵。


(結界の中心はあそこだな。中にいるのは敵か味方か、村長の目を盗んで覗きたいが難しいだろうな)


 照らしてもいない蔵を眺めているのを不思議そうに見る山野だったが、村長は高瀬の様子に何かを疑い始めていた。


「高瀬さん、どうぞ上がってください。その蔵はただのガラクタ置き場ですから、お宝なんてありませんよ」


 冗談めかして言ってはいるが、気づかれたかもしれないと自分の失態を悔やむ。過ぎたことは仕方がないと気持ちを切り替え、警戒を強め敵の縄張りに足を踏み入れた。

 客間に通されて座布団に座ると、村長はお茶を淹れに行った。好機とみるや、結界札を確認しながら小声で山野に指示を伝える。


「山野さん、今から戦闘になるかもしれません。そうなったら合図として大声で名前を呼びますから、直ちに私から離れてください」


「わ、わかりました」


 あからさまに緊張し始めた山野、しかし今から演技指導などできようはずもない。露骨におびえておりお前を警戒していると公言しているようなものだが、ここまで来て今更取り繕っても仕方がない。何より、家の前で既にバレているようなものだ。

 開き直って機をうかがおうと決めると同時、村長が戻ってきた。


「お待たせしました、茶菓子もありますからよろしければどうぞ」


 言いながら、個包装のまんじゅうや煎餅を木製の丸い平皿に乗せて差し出す。そして湯飲み茶碗を2つ、高瀬と山野それぞれの前に置いたそのとき。ほうじ茶の香ばしい香りの奥に、かすかに生臭さを感じた。

 お茶を飲もうと手を伸ばしかけた山野の腕を掴み、アイコンタクトを取ると建前を告げて何も口にしないよう押しとどめる。


「山野さんのお宅で奥様の手料理を頂いたんですが、少し食べ過ぎてしまいまして。これ以上何か口に入れるとちょっと」


「ですが、少し歩いて喉も渇いたでしょう。お茶だけでもどうぞ」


(そのお茶が飲めないって言ってんだよ。言いくるめられて山野さんが飲んだらまずい)


「そういえば、話というのはなんでしょう」


 お茶を飲ませてしまえば、としか考えていなかったのか、村長は高瀬の言葉にぽかんとしていた。山野が流されないように主導権を握る必要がある、そう思い言葉を続ける。


「挨拶をするだけであれば、山野さんのお宅で済んだ話ですから他にもなにかあったんですよね?」


「ああ、そうですね……ええと……祭りについてなんです。外から人を呼びたくて新しい祭りをしようと思っているところなんですが、アイデアを頂きたくて。何をすれば来たいと思ってくれるのか、村の外にいる方にお聞きしないと、と思いましてね」


「なるほど。もう誰かに聞いたりしたんですか? 村に来た人に話を聞きたいんですよね、最近来た人とかは」


「人なんて滅多に来ませんよ」


 だからわざわざ家に呼んだのだ、と言う。


「でも、市役所の方も来たんですよね? 山野さんのお母さんが、電話で話してくれたんですよ。背広を着た人が村長さんに会いに来たと。ですが不思議なことに、顔をよく思い出せないらしいんです」


 口を閉じたまま、少しずつ表情を失っていく村長に、なおも畳みかける。


「滅多に来ない余所の人間、しかも背広を着てよほど目立ったでしょうに。村長さんもお会いになったんですよね? 村長さんも、思い出せませんか」


「……どうでしょう、よくわかりませんね。そんなに話して、喉は渇きませんか」


 不穏な雰囲気に、山野が逃げる準備を始める。


「そうですね……あ、そうだ。胃薬があったんだ。ちょうどいいですし山野さん、山野さんのお宅に忘れてきてしまったので取りに行ってもらえませんか」


「は、はい! わかりました!」


「ちょっと待ってください、まだお話したいことがあるんですよ。それに、胃薬くらいならここにもありますから」


 すぐさま立ち去ろうとするのを引き止められるが、山野にいいから行け、とジェスチャーで伝えると、障子へ数歩寄った。


「太一君!」


 立ち上がり、血走った目で叫ぶ村長に、どうすればいいのかと視線を向けてくる山野。仕方がないか、と思い結界札を取り出しながら、言い放つ。


「いやーすいません、胃薬の話は嘘なんですよ。もうお気づきとは思いますけど、あなたが村長に取り憑いた化け物だってわかってて。何が入ってるかわからないものを飲むなんてまっぴらごめんだ、と思ったんです」


 黙りこくったまま、ゆっくりと顔をこちらに向ける。座ったまま村長の顔を睨みつけ、今か今かと頃合いを計る。そして村長が一歩踏み出そうとした瞬間、叫んだ。


「山野!」

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