第3話
依頼人、山野太一の住む村へと向かう車中。日が沈みすっかり暗くなった空を見て高瀬が口を開く。
「本当に泊まっちゃって大丈夫ですか? 奥さんも娘さんもいるんですよね?」
「危険なことをお願いしてるのはわかってますから、それくらいはさせてください。妻も電話したらわかってくれましたし、娘もきっと大丈夫です」
夜が明けてから交通機関を利用して向かおうと思っていたが、うちでよければと泊めてくれることになり、閉店作業を待つ間に慌てて着替えなどを用意する羽目になった。しかし助かるのは事実、厚意に甘えることにしたのだった。
運転の邪魔にならない程度に雑談を交わしていると、道が山間に差し掛かる。長い長い一本道を行った先、窪地に点在する光が見えた。外灯もなく、家屋から漏れる明かりと月光が頼りの、ありきたりな村の景色。しかし高瀬のような霊能者にははっきりと見えていた。
(村全体を覆う結界。鎮守神が外敵を防ぐ為に張っていたか、それとも村長に取り憑いた何かが村人を逃がさないように……か?)
前者であればこれを破るために生贄を欲した、ということだろうか。もし後者であれば、村人全員の魂を奪って力を蓄えようとしているのだろう。山野が村を出ることができたのも、鎮守神が力を貸したのだとすればおかしくはない。
考えている高瀬をよそに車は村の中へ、結界の中に進入していった。幸いにも結界は高瀬の進入を拒むようなものではなかったようで、何事もなく山野の家に着いた。
「いらっしゃいませ、高瀬さんですよね! 大したおもてなしはできませんけど、どうぞ上がってください。ご飯はもう食べました? まだなら召し上がってください、遠慮なさらずに」
玄関で待ち構えていた奥さんにたたみかけられ、挨拶すらできず食卓に誘導される。思っていた以上の歓迎っぷりに少し戸惑うも、空腹には耐えられずご馳走になることにした。
「はいどうぞ、生ハムのカルパッチョとトマトリゾット、マカロニのフリッタータ、しめじのソテーです」
出てくる料理も思っていたものではなかった。イタリアンのコース、それがテーブルいっぱいに並べられている。言っては悪いが、こんな田舎でしっかりコース料理が出てくるとは思わなかった。
え、これ? こんなのを普段から食べているのかあのおっさんは。和風美人が作ったこんな豪華な晩飯を食べているというのか。俺が来ることになったのは突然で、慌てて用意したにしては出すのに手慣れている。奥さんの顔もどうかしましたか? とでも言いたげな表情で、つまりこれは特別豪華ではないと。
「あれ、今日はずいぶん豪華だね。いつもはもっどぉ!」
部屋着に着替えて戻ってきた山野が言ってはならぬことを口走り、腰の入ったリバーブローを叩き込まれ悶絶している。
「うぐぅ……な、夏美……どうして……」
「さあ高瀬さん、お気になさらず召し上がってくださいね。私は主人と話がありますので、少し失礼します」
引きずられていく山野。最期かもしれないその姿に手を合わせ、せめて安らかにと願う。そしてそのまま美味しいイタリアンを楽しんだ。
なんとか生還した山野と共に夕飯を食べ終わり、村長について話を聞いていたとき呼び鈴が鳴り響いた。
「夏美、僕が出るよ。ちょっとすみませんね」
断りを入れて電話を切った山野が玄関に向かうのを見送って少しすると、困ったような声が聞こえてくる。奥さんも気になったようで、少し見に行ってきます、と言ってドアを開けたとき少しだけ玄関の様子が見えた。
「私も行っていいですか」
「え? ええ、構いませんけど」
奥さんに確認を取って玄関に向かう。ただの見間違いかどうか、確かめるために。
(見間違いじゃない、か)
「ああ、あなたが太一君が連れてきてくださった方、ですね。どうもどうも」
「高瀬さん、こちらが村長さんです。どうしても高瀬さんに挨拶したいとおっしゃって……もう遅いのでとは言ったんですが」
「山野さん、大丈夫ですよ。はじめまして、高瀬宗治と申します」
村長にではなく、村長の顔にへばりついたどす黒い何かを睨みつけながら言う。
(間違いなく何かが取り憑いてる。でも顔だけで、体全体にまで及んでいるというわけじゃない。まだ引き剥がせるか?)
「村長さん、主人の言う通りもうこんな時間ですし、また明日ということで」
「ああいや奥さん、ご迷惑はおかけしませんので」
(夜遅くに押しかけている時点で既に迷惑だろう。まあ、そのあたりの判断はできないわけだ)
冷静に分析を進めていた高瀬だったが、階段を降りてくる足音に気づきそちらを見た。そこには眠たげに目を擦る幼い少女、山野の娘がいた。
「お母さん、どうしたの? 誰?」
「ごめんね恵美、うるさかったね。なんでもないから、上で寝ようね」
奥さんが言外にお前のせいだ、と村長に苦言を呈すとようやく気づいたようで、提案を持ちかけてきた。
「ここで長々話すのも迷惑でしょうから高瀬さん、うちに来てお話しましょう」
明らかにまともとは思えない言動に奥さんの怒りが増していくのがわかる。そして抱きしめられている娘の顔が強張っているのに気づく、本当に見える体質のようだ。
(今俺が単独で乗り込むのはまずい。どんな罠があるかわからない、それに……)
考える間にも村長の無礼な言葉の数々は衰えることを知らず、ついには山野さんまで怒りに震え始めた。とにかく早く動くべきだと判断し、答える。
「わかりました、行きましょう。ですが面識のない方の家に突然お邪魔するというのは、どうも苦手なので……山野さんも一緒に来ていただけますか」
「私も、ですか? わかりました」
自分の家に上がるときは特に躊躇するような様子もなかったのにと思い、何か事情があるのだろうとすぐに了承する山野。
(万が一のときは、山野さんに動いてもらうことにしよう。すまん、山野さん)
心の中で謝罪を済ませるとリビングに置いていたショルダーバッグを取りに戻り、山野とともに村長の家へと向かった。
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