第2話

 すぐにでも村へ駆けつけ、解決しなければ、という思いもあるが準備を怠っては命にかかわる。

 解呪を果たしたわら人形を握りしめ、高瀬がやってきたのは彼が所属する協会。その名も「一般社団法人 全日本霊能者協会」。

 様々な宗教団体及び個人の活動を支援する非営利法人、という名目で設立された怪しさ満点の組織だが、本部を東京に、支部を全国7箇所に開設している。


 3年前に開設されたばかりの第七支部は、ヒノキ張りのフローリングから立ち上る豊かな香りが、鼻腔をくすぐる。

 爽やかな気分、このまま昼寝でもしてしまおうか。それもいいのかもしれない。このわら人形を枕にしてぐっすりと。


「いや、んなわけ無い無い」


 入口でバカなことをしていても、それを呆れた目で見つめるのは受付の女性ただ一人。開設当初から、事務所を構えてもなお足繁く通う高瀬にとっては慣れたものである。

 冷ややかな目を特に気にすることもなく、一つしか無い受付に歩み寄る。


「呪物と契約書の控え出して」


「はい。お願いします」


 慣れっこなのは受付の女性も同じ、こちらが伝えるよりも先に用件を見抜き、手続きに必要なものを要求する。


「契約の履行を確認しましたので、報酬として金5千円をお支払いします。ご確認ください」


「1、2、3、4、5。大丈夫です、ありがとうございます」


 茶封筒に入った5千円を丁寧に数え、しっかりと確認する。そして客を見送る笑顔をこちらに向けている受付に告げる。


「封印札を一つと、結界札も一つお願いします。ホワイトリスト型、僕だけで」


「あら、仕事? よかったわね。両方とも五番札でいいのね。じゃあ1万5千円ね……はい丁度頂きます。封印札と、こっちは作業室で渡して」


 代金を払うと既製品の札と注文票を渡される。実に一ヶ月ぶりの依頼、出費こそ痛いが必要経費と割り切り、札師の待つ作業室へ向かう。




 ――ふだとは、非霊能者にも使用可能な上、非常に携帯性の高い道具であり、全日本霊能者協会にとって最大の収入源である。

 寺社にある呪符のような、神との繋がりを深め加護を願うためのものではなく、霊能者が行使する力そのものを物質に注ぎ込んだもの。西洋における護符魔術に近い。

 札を作ることを専門とする札師が、協会の定める備蓄量を基準に補充し続けるため、協会の建物内に常駐する必要はないはず。しかし特注が必要な場合もあり、各支部に最低一名は常駐しなければならない、としている。

 今回注文した結界札は、進入退出を防ぐ結界を張るためのもの。作り置きされているものであれば、札を起動した本人でさえ結界の影響を受けてしまう。そこで結界の対象外を設定するのがホワイトリスト型である。ちなみに特注は既製品の倍額となる。




 注文票を握りしめて引き戸の前に立つ。少し緊張しながら3度ノックした後、失礼しますと声をかけてから中に入る。


「おー、注文ですか。どれどれ」


 8畳程の部屋の隅、ソファの上で腹ばいになってマンガを読んでいた札師の女性が、マンガを開いたまま置いて注文票を見る。


「ふーん? 既製品1枚、特注1枚。どっちも五番札……もっと買った方がいいんじゃない?」


 心底心配そうに言われるが、それもそのはず。販売されている中で最も低品質な五番札は10枚単位で購入するのが一般的、数打ちゃ当たるの精神でばらまくものなのである。


「独立してから全然仕事が来なくて金欠なんで、少しでも節約しないと。家賃も払えなくなっちゃうんで。あと……腕は良いんで」


 サムズアップしながらの発言に、可哀想なものを見る目をする札師。これ以上話してもただ不憫なだけだと、会話を切り上げ作業にかかる。

 煉瓦色のキャビネットから解呪済みの呪物を取り出し、墨を磨って準備を整える。木彫りの面に手を乗せ、必要な霊力を補充しながら短冊形の紙に力を流し込む。

 久々とはいえ初めて見るわけでもないため、特にワクワクするわけでもない。ただ、わずかな音を立てるのもためらわれる真剣な横顔を、所在なく見つめる。そうしているといつの間にか時が過ぎていたようで、気がつくと最後の一筆を残した状態だった。


「手、出して」


 要求に応え、面の上にある札師の手に自らの手を重ねる。霊力が抜き取られていくのを感じながら、札師の仕上げを見届ける。


「はい完成。いやーちょっと緊張しちゃったなー、誰かさんが熱心に見つめてくるからさ?」


「すいません、やることなくってつい。失礼かなとは思ったんですけど」


「あははっ、いいよ冗談だから。じゃ、お仕事頑張って。いってらっしゃい」


 無礼と言われても仕方ないと思っていたが、明るく言い放つ様子に安堵する。快活なその笑顔に少しドキッとしたが、うだつの上がらない貧乏霊能者が相手にされるとも思えず、気のせいだと思うことにして作業室を出た。




 その日の夜。家具屋の入り口の近くで、閉店作業が終わるのを待つ。目を閉じて、柔らかい手の感触を思い出しながら時間を潰していると、少し焦った様子で山野が店から出てきた。


「すみません! お待たせしてしまって!」


「全然大丈夫ですよ。じゃあ、お願いします」


 駐車場にあったワンボックスに乗り込むと、山野の運転で車が走り出す。待ち受けるものを想像しながら、村へと向かった。

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