第1話

 決して広いとは言えぬ殺風景なビルの一室で一人、わら人形を見つめ続けている。長机に人形を置き、込められた呪いを分析しているのである。

 わら人形は彼が所属する協会から預かったもの、解呪して返却することで少額ながら現金がもらえるため不得手とわかった上で慎重に作業を進める。


「……これなら反応しない、か? 頼む頼む頼む」


 内部に存在する核とも呼べるものを刺激せず、信管にあたる部分のみを的確に破壊することで蓄えられた霊力を保ったまま無力化することができる。危険な爆弾を電池に変えるようなものだ。それはこの男にとって苦手な、繊細な作業。


「ああ、できたぁ……5千円獲得! 大・勝・利!」


 しかし、滅多に依頼が来ない高瀬にとって貴重な小遣い稼ぎであり修行の一環でもある。来る当てのない客を待ちながら、4時間以上もかけてようやく解呪に成功した彼は達成感に酔いしれていた。

 集中力を傾注していたため気がつかなかったものの、ちらと時計を見ると正午を過ぎている。昼食を取ろうと衣装ケースからカップ焼きそばを出したと同時、ドアが開いた。


「あの、高瀬霊能相談所というのはここであってますかね」


 手に持っているものを投げ捨て、入ってきた中年男性のもとへ駆け寄り、強引に手を掴む。そして絞り出すように言った。


「い、依頼……依頼……なんですね……そう、ですよね?」


 目の前で実演された気味の悪い行動の数々に、ここに来たのは間違いだったかと後悔しそうになる男。しかし変人が待ち構えていることなど覚悟の上だったろう、と思い直し用件を伝えることにした。


「はい、解決していただきたいことがあるんです。引き受けてもらえますか」


「もちろん……と言いたいところですが詳しいことを聞かないことには、自分の手に負えるかどうか判断もできません。まずはお掛けになってください」


 久々の依頼に二つ返事で引き受けそうになったが、鋼の精神でなんとか持ちこたえ、詳しい話を聞くことにした。うまくて.太くて.大きい.焼きそばを衣装ケースに戻してから、男の正面に腰掛ける。


「当相談所にお越しいただきありがとうございます、所長の高瀬宗治と申します。今回の相談内容についてお聞かせ願えますでしょうか」


 依頼人はあまりの切り替えの早さに面食らったような顔をしたものの、気を取り直して自己紹介を返す。そして、山野太一と名乗った男は話し始めた。


 ――私の実家がある村のことなんですが、先月の中頃あたりから村長の様子がおかしいと、母が言い始めて。

 最初はそんなこともあるだろう、ただのストレスじゃないかと思ってたんですが……今月に入って、今までの祭りをやめて全く新しいものにしようと言い出したんです。準備は自分一人でなんとかするから、必ず出席してほしい。移住者を募るアピールとして、観光資源を作ろうということで。

 でも、今までの祭りをやめる理由を聞くといくつか理由を話してくれるんですが、どうも腑に落ちないんです。

 予算の話をするなら、元々ほとんど金なんてかけてなかった。二つ祭りをするのは大変だと言うなら、元の祭りに工夫を加えればいい。歴史が浅いといっても50年以上やってきたんです、誰もやめたいなんて思ってなかった、それなのに!


「山野さん、落ち着いてください。大丈夫ですから」


 高瀬はなにが大丈夫なのか自分でもわからなかったが、とにかく熱くなっている相手を落ち着かせようと声をかける。


「ああ、す、すみません。つい」


(村長だけではなく、山野さんにも何か憑いてるな。悪意はないようだが、村長に取り憑いた何かに腹を立てている、ということか。そうであればおそらく鎮守神の類いだろう)


「話を聞いていて一つ気になったのですが、今までやっていたお祭りというのはどういうものなんですか?」


「村を守ってくれる鬼に感謝を捧げる、みたいな感じだったと思います。村長さんのお宅に蔵があって、その中に置かれている神像を使うんです」


 高瀬はすぐに、その神像を狙われたのだろうと悟った。しかし山野に憑いていることから鎮守神はまだ消えてはいない、像を盗むのに失敗して呪いを置き土産に去って行った、ということだろうか。


(おそらく鎮守神は霊能者との戦いで弱っている。事が起きたのは村長の様子が変わった先月の中頃。内部犯や犯人が今も村に潜んでいる可能性を除外すれば、霊能者が去った後も村長に憑いた何かを抑えていた。しかし力は衰え、劣勢となり助けを求め村人を動かした)


 口を挟みながらメモを取り、頭の中で情報を整理して、推測しながらより詳しい話を引き出す。


「なるほど。それでは新しい祭りについて何か知っていることはありますか」


「今月に入って話を聞いたあと、私たちの反対も聞かずに村長は『準備をしておくから』と言って帰ってしまったんですが……その次の日、突然ウシガエルを捕まえるための罠をいくつか買って村に置いたんです」


「……そのウシガエルを祭りで振る舞う、とかですか?」


「いえ、村長は捕まえたウシガエルを生きたまま庭に置いていたんです。鳴き声もうるさいですし、なによりウシガエルの飼育は違法ですから、それを注意したんです。そしたら――祭りで生贄として使うんだ、と」


「生贄、ですか……なるほど」


 想像してしまい、鳥肌が立つ。生きるために、食べるためにでもなくただ殺すために捕まえ、おぞましい儀式を執り行う。……まるで悪夢だ。


「それを聞いて、村長の異変を確信してここに来たんですね?」


「ええと、実はそれだけではなくて。そのときもまだ、その……霊の仕業、とは思ってなかったんです。心を病んでしまったんだと。しかし私の娘がいわゆる、霊感というやつがあるらしく。娘が言うには『村長さんに悪いやつがひっついてる』と」


「そうでしたか、わかりました。……それでは、依頼内容をお願いします」


 ここまで話してなお、非現実的な内容に言うのをためらっているようだった。しかし自分の娘がおびえている姿を思い出し、腹を決めた。


「村長に憑いている悪霊を祓ってください。お願いします!」

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