後編
遥 「終わった……ううん、これで良かったの。わかってた、私なんて相手にされてないし、こんなことダメだって……」
遥の歩む方向から、探偵の男出てくる。
探偵の男は不自然に、遥の前に立って歩みを邪魔する。
遥 「あの……どいてくれません?」
探偵の男「別れたんですよね?」
遥 「え?」
探偵の男「会社の、あの上司と別れましたよね? あ、すみません。僕、個人で探偵事務所をやっている者で。今回、あなたと上司の関係を調べていました」
遥 「探偵……あぁ、そっか、慰謝料ですか? そうですよね、悪いのは私ですもんね」
探偵の男「違います、そうじゃなくて……」
探偵の男、じっと遥を見つめる。
探偵の男「あの、僕のこと覚えてませんか?」
遥 「えっ?」
探偵の男「この二週間ずっとあなたのことを追ってました。毎晩一緒に夜道を歩いて、朝も一緒に通勤して、同じお店に入って……隣の席に座ったことだってあります」
遥 「あの、なに言って……」
探偵の男が遥の両手を握りしめる。
驚く遥だが、咄嗟のことに振り解けず探偵の男を見つめる。
探偵の男「調査しているうちに、あなたのことを好きになりました。付き合ってください」
遥 「……ちょ、なに言ってるんですか!」
遥が手を離し、不審な目つきで男を睨む。
探偵の男「わかってます。こんな時に、別れたばかりなのにすみません」
遥 「それもあるけどそれより、私あなたのこと知らないわ。そんな人に言い寄られても怖いだけで……」
何かに気がついた遥、胸に手を当てる。
遥 「私、怖くなかった……あの人に話しかけられたとき、怖いなんて思わなかった。むしろ……今だって、武本部長に別れを切り出されたのに、裏切られたのに、こんなに落ち着いてる……私、あの人のこと……」
一人で話す遥に探偵の男が近づき、鞄の中から写真を取り出す。
探偵の男「僕と付き合ってくれますよね?」
遥、写真を奪い取って目を見開く。
遥 「この写真、私と部長が会ってる時の……」
探偵の男「他にもたくさんあります。これ、会社にバレたら困りますよね? 僕の言うこと聞いてくれますよね?」
遥 「脅してるの? こんな事して付き合っても意味ないでしょ?」
探偵の男「そ、そうなんですか? 僕、誰かと付き合ったことなくて……こんな気持ちも初めてだし」
直哉の声「ちょっと待った、ちょっと待ったー!」
直哉飛び出してきて、遥と探偵の男の間に立つ。
直哉 「(探偵の男に向かって)なんだ、あんた! (遥に向かって)なに、こいつ」
遥 「なにって……探偵事務所の人?」
直哉 「探偵事務所? もしかして何か相談してた? ごめん! 絡まれてると思って飛び出してきたんだけど」
遥 「いや、絡まれた……って解釈で間違ってないというか、告白されたというか」
直哉 「告白!? 俺というものがありながら!」
探偵の男「おまえ、昨日から遥ちゃんに付きまとってる男……」
直哉 「遥ちゃん!? 馴れ馴れしく名前呼びやがって! 遥、こいつとの関係は?」
遥 「ついさっき、道端で声をかけてきただけの他人、知らない人」
直哉 「出会って二十四時間も経ってないじゃないか! そんなやつに遥ちゃんなんて呼ばせるなよ!」
遥 「あなた、出会って五分で私のこと呼び捨てにしたわよね?」
直哉 「しかもいきなり告白だなんて! 100回生きた俺だけど、そんな色ボケてるやつ初めてたぞ!」
遥 「あなた、巨大なブーメラン突き刺さってるけどわかってる? 出会って三秒で私を口説いてたわよね?」
直哉 「とにかく! あいつとの縁は切れたんだろ?」
遥 「あいつ?」
直哉 「浮気の……あ、いや、遥は本気だったんだよな、でもあいつにとっては浮気で……ごめん、うまく言えないけど、フリーになったんなら俺ともう一度、恋人になってください!」
直哉の気迫に押されて遥、探偵の男は言葉を失っている。
遥 「あは、あははっ」
お腹を抱えて笑う遥、目尻の涙を拭って直哉を見上げる。
遥 「もう一度って……私、あなたと恋人になったことないから」
直哉 「えっ? あ、いや、だから前世で……」
遥 「覚えてないから知らないわよ、ふふっ」
直哉 「えぇー……じゃあ、俺と恋をして……付き合ってください」
直哉、遥に手のひらを差し出す。
遥 「約束、守ってくれたのね」
直哉 「約束?」
遥 「私が困ったり悲しんだりしたら飛んでかけつけるって、ついさっき約束したでしょ? 前世がどうのの事だって100回も生まれ変わって必死に、私を見つけ出してくれた」
直哉 「俺じゃないよ、遥だ」
遥 「私?」
直哉 「俺と交わした約束は全部守りたいって昔、遥が……千恵がそう言ってくれて、頑張ってくれて。千恵の姿を見てたから俺は、ここまで頑張ることができた」
遥 「そっか、頑張り屋さんは私の方だったのね」
遥、直哉に一歩近づき手を伸ばす。
探偵の男「待ってください!」
手が触れる直前、探偵の男が叫んだことで直哉と遥、振り返る。
探偵の男「そ、そいつと出会ったのは昨日ですよね? 僕は二週間前から遥ちゃんを知ってる。僕の方が付き合い長いんですよ?」
直哉 「えっ、知り合い?」
遥 「だから知らないって。一方的に好かれてただけ」
直哉 「なんだそれ! 遥の気持ちも考えずに!」
遥 「ブーメラン……」
探偵の男「僕……僕の方が、遥ちゃんのことを知ってる! 写真だっていっぱいあるんだ!」
遥 「そうだった、写真! 返して、それ!」
探偵の男「僕と付き合ってくれるなら……」
遥 「だから、そんなことしても意味ないって……」
直哉 「あの写真の遥かわいいな。でも別の男と一緒の写真か。欲しいけど悔しい、でもリビングに飾って毎日眺めたい……」
遥 「なに言ってるの!? あなたちょっと黙ってて!」
探偵の男「ぼ、僕と付き合ってくれないなら、この写真、遥ちゃんの会社に送りつけるからな!」
探偵の男、写真を収めた鞄を抱えて走り去る。
呆然とする直哉と遥だが、少しの間を置いて遥が男を追う。
遥 「その写真返して!」
直哉 「あっ、待て遥! 走ったら危な……遥!」
照明変わる。
車のブレーキ音と衝撃音。
床に倒れている直哉と、直哉の側に座る遥。
運転手の声「す、すみません! すぐに救急車を……」
喧騒、人々の声。
通行人1 「事故?」
通行人2 「男の人がトラックに轢かれた」
通行人3 「でも今の、女の人が道路に飛び出して、男の人がそれをかばう感じで……」
遥 「直哉?」
遥が顔を覗き込むと、直哉が目を開ける。
直哉 「なまえ……」
遥 「えっ?」
直哉 「俺、遥に名乗ってなかったよな? なんで俺の名前知ってるの?」
遥 「……病院の、受付で」
直哉 「俺の今の名前、直樹。直哉は生まれ変わる前、千恵と一緒に生きてたときの名前」
遥 「……わたし、無意識に……」
直哉 「やっぱり千恵だった。やっと会えた。ち……ごめん、今は遥だったな。はるか」
遥 「……なお、や?」
直哉 「うん、そうだよ。やっと俺を見てくれた」
直哉、遥に手を伸ばそうとするがすぐに落ちる。
遥、直哉の手を握りしめる。
遥 「ごめ……ごめんなさい」
直哉 「なんで謝るの? むしろ俺はお礼を言いたい、振り向いてくれてありがとう」
遥 「だってこんな……痛いでしょ、私のせいでこんなに血が出て……あっ、ごめんね。もう喋らないで、すぐに救急車が来るから、安静に……」
直哉 「無理だな、今回はここで終わりだ。わかるんだ、死ぬ瞬間には慣れた。この人生は今日で終わりだ」
遥 「そんなこと言わないで……」
直哉 「不思議だ。あと少しで死ぬってのに、それ程の痛みなのに、すげー喋れる。最後だから、神様が時間くれてるのかな……100回も生きた最後のご褒美がこれなら、まぁ、悪くない」
遥 「し、死なないで! 大丈夫だから、すぐに救急車来るから!」
直哉 「遥、泣かないで」
遥 「泣いてない、泣いてないよ!」
直哉 「100回も生きてたらさ、心がどんな表情してるかわかるようになるんだ。いま、遥は、泣いてるよ……遥と交わした約束は全部守りたかったのに、一緒に幸せになるって約束は守れなかった、ごめん」
遥 「……その約束、私が引き継ぐ」
直哉 「えっ?」
遥 「知ってる? 人間って自分の意思をもったまま100回生まれ変わることが出来るのよ」
直哉 「知ってるよ、俺が言ったことだから……えっ?」
遥 「本当はわかってた、自分の気持ち。私は最初からあなたに惹かれてた、だけど素直になれなくて……不思議なの。昨日出会ったばかりなのに私は、あなたのことが……きっと私は、この気持ちを持ったまま生まれ変わることができる。それだけの意思がある」
直哉 「どうかな。だって明らかに、俺のほうが遥のこと好きだもん」
遥 「その答えは、次会ったときに教えてあげる。直哉、私を見つけてくれてありがとう」
直哉 「……また会えるかな?」
遥 「会えるよ。だって100回もあるのよ? 絶対にあなたを探し出す」
直哉 「100回って意外と短いぞ?」
遥 「だったら101回目で見つける」
直哉 「ははっ、オーバーしてるよ」
遥 「大丈夫、私の愛は制限を越えるの」
直哉 「俺、次生まれ変わっても遥のこと覚えてないと思うけど。それでも探してくれる?」
遥 「大丈夫。何があっても、絶対に諦めない」
直哉 「……約束」
直哉が小指を突き出し、遥はそれをとり自分の小指と絡ませる。
直哉 「生まれ変わったら、幸せになろう。信じていいか?」
遥 「うん、信じて。約束」
直哉、目を閉じて遥の膝の上に倒れる。
遥 「待ってて、絶対に見つけるから。何度生まれ変わっても私は、あなたを探し出す」
救急車のサイレンの音
暗転
スポット、上手に遥が立っている。
遥 「それから私は彼を探して何度も生まれ変わった」
歩き出す遥をスポットで追う。
遥 「何度も何度も……たくさんの時代、たくさんの時を生きた」
台詞を言いながら上着を脱ぎ捨てていき、たくさんの人物になったことを表す。
遥の向かう先に武本がいて、手を差し伸べる。
遥 「ときには恋もしたくなった」
その手を振り払い、また歩き出す。
遥 「でも違う。私が探してるのは……」
男たちの手を振り払って歩き、客席に向く。
遥 「何度でも、たとえ100回目で見つからなくても、101回で、102回目で103回目で200回目で。約束したの、遠い昔に……」
遥、最後の上着を脱ぎ、制服姿になって立ち止まる。
照明変化。
桜の花弁が舞っていて、遥と同じ制服をきた清美がやってくる。
清美 「はるちゃん!」
遥、気付かず上を向いている。
清美 「はるちゃんってば!」
清美、遥の腕を掴む。
遥 「わっ、びっくりした」
清美 「何してたの?」
遥 「うーん、ちょっと、昔のこと思い出してた」
清美 「昔? はるちゃんて時々、ボケてるよね」
遥 「感慨に浸るって言ってくれる?」
清美 「わぁ、難しい言葉! はるちゃんって物知りだよね! 学校ほとんど来てないのに成績いいし!」
遥 「もう何度も高校生やってるからね。授業なんかより、全国を回って探し出す方が大事だし」
清美 「はるちゃんは将来トラベラーだね! はっ、そういえば昔の時代がどうこうって時々言ってるよね? はるちゃんってもしかしてタイムトラベラー?」
遥 「それとはちょっと違うけど……意識がタイムスリップする時はある、かな」
清美 「今もそうだったの?」
遥 「うん、今は……0回目の時のこと思い出してた」
清美 「0回目?」
遥 「その人生での私はね、清美とすごく仲が悪かったの」
清美 「はるちゃんと私が?」
遥 「私が悪いんだけどね。清美の男に手を出しちゃって」
清美 「ええっ! 武本くんに!? やめて! 私の彼氏なんだから!」
遥 「大丈夫、今は全く興味ない。将来ハゲるしね、あの人」
清美 「えっ、武本くんハゲるの?」
遥 「ていうか私も今の名前は遥だし、武本部長の奥さんも清美って名前だった。あの時と同じ……なんの因果だろ」
遥、上を向いて桜を見つめる。
清美は遥を見つめていたが、しばらくして何かを思いついたようにポンっと手を叩く。
清美 「そういえば、今日から赴任する先生の話知ってる?」
遥 「知らない。どんな人?」
清美 「若い男の先生でね、かっこいいって噂になってるよ」
遥 「女子高生のかっこいいはあてにならないなぁ」
清美 「私さっき見ちゃったんだけどね、かっこいいって言うより……」
遥 「言うより?」
清美 「ナルシスト、って感じだったな」
遥の背後から、スーツを着た直哉登場。
遥と清美、気づかない。
手鏡で顔を気にしていた直哉だが、遥たちに気がついて歩みを進める。
遥 「ナルシストって、初対面の印象がそれって……」
清美 「あっ……」
清美、直哉に気がついて指差す。
遥が振り向こうとするが、
直哉 「待って」
その声に、遥は動きを止める。
直哉、遥の髪に触れる。
直哉 「花びらついてる……はい、とれた。もう顔上げていいよ」
遥が振り返り、直哉と向き合う。
直哉 「君、綺麗な髪してるね。はじめまして、今日から君たちの先生になる奥田直哉です」
照明落として遥と直哉にスポット
直哉 「遠い昔の約束」
遥 「待ってて、私は必ず」
直哉 「俺は君を」
遥 「あなたを」
直哉・遥「探し出す」
照明戻る
遥 「ふふっ、そっちは直哉なんだ」
直哉 「えっ?」
遥 「はじめまして、ナルシスト先生」
直哉 「だからナルシストって呼ばないでっ! えっ、あれ?」
照明落として、再び遥にスポット。
遥 「誰かを強く思う気持ちは、人の絆は時代を、制限さえも越える。お待たせ、直哉。ずっと待ってた……あの時の答え、あなたが思っている以上に私は、あなたのことが大好きです」
終わり
OVER –100回生まれ変わって恋人を探す話– 七種夏生 @taderaion
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