中編


  遥が電話をかけている。


遥   「はい、まだ病院にいます。彼の意識が戻るまではここにいようと思って……や、そういう関係じゃなくて。自分でもよくわからないけど、傍にいてあげなくちゃいけない気がして……だから、そういうのじゃないですってば! すみません、三時の会議には戻ります。はい、失礼します」


  遥、電話を切ってため息をつく。

  遥が背を向けている方から、直哉が出てきてじっと遥を見つめる。


直哉  「髪、相変わらず綺麗だな」

遥   「えっ、何やってるの? ちゃんと寝てなきゃ」

直哉  「俺なんでこんなところに、ここ……病院?」

遥   「急に倒れるんだもん、びっくりしちゃった。救急車なんて初めて乗ったわ」

直哉  「千恵、あ、いや。遥が助けてくれたのか?」

遥   「助けたっていうか、まぁ一応ね」

直哉  「ありがとう」

遥   「ねぇ、もしかして一晩中私のこと探してたの?」

直哉  「え? うん、あれからずっと探してた」

遥   「どうして? なんでそこまでして私に構うの?」

直哉  「約束したんだ。生まれ変わったら一緒に幸せになろうって。人は100回生まれ変われるって話、覚えてる?」

遥   「知らない。100回生まれ変わる?」

直哉  「人間は本気で生まれ変わりたいって思ったときから、その意思をもったまま100回生まれ変わることが出来る。父さんの話は本当だったんだ。俺は何度も生まれ変わった。だけどどの人生でも遥に会うことが出来なくて……諦めかけたときやっと見つけたんだ。やっと会えた、この時代で」

遥   「……そんなの困る」

直哉  「どうして?」

遥   「私、彼氏いるの」

直哉  「別れろよ、俺はずっと探してたんだぞ。何度も、何度も生まれ変わって」

遥   「勝手なこと言わないで! 私が好きなのは彼なの。私のために悩んでくれて、やっと決断してくれて……彼を裏切りたくないの。だからあなたとは付き合えない。100回生まれ変わることが出来るんでしょ? だったら今回は諦めて、次生まれ変わった時にまた……」

直哉  「無理なんだよ!」

遥   「無理? どうして?」

直哉  「これが最後のチャンス……100回目なんだ。九十九回死んで100回生まれ変わった。次はないんだ、俺が俺として生きることができる最後の時代。もし死んで生まれ変わっても次は、千恵と一緒に幸せになりたいっていう意思は持っていない。忘れちゃうんだよ。そうしたら、もう千恵と一緒に幸せになることはできない」

遥   「だから名前違うってば! とにかく、私は私なの。今の生活もあるし。彼が」

直哉  「なんだよ彼って。どんなやつだよ? そんなにいい奴なのか? 俺より? 俺は絶対ち……遥のことだけ好きだぞ? どうせたいしたやつじゃないだろ、今どきのやつなんか浮気とかも平気で」


  遥、直哉を叩く。


遥   「何も知らないくせに、彼の悪口言わないで!」

直哉  「……そうだな。俺は、今の千恵のことは何も知らない。名前さえも、知らなかった」

遥   「……私、会社に戻らないといけないから」

直哉  「待って」

遥   「……なに?」

直哉  「ごめん、言いすぎた。ごめん……遥は今、ちゃんと幸せ?」

遥   「……うん、幸せよ」

直哉  「彼氏はいい人? 遥のこと、大切にしてくれる?」

遥   「いい人よ、私のこと真剣に考えてくれて……私、彼を信じてついていこうと思う」

直哉  「そうか……なら仕方ないな。仕方ない……」

遥   「ごめんなさい」

直哉  「謝るのは俺のほうだ、探し出すの遅くてごめん……って、遥の中の千恵に伝えといて。それで遥は、残りの人生幸せにな」

遥   「…………」

直哉  「でも、俺はずっと遥のこと好きだから。遥が困ってたり泣いたりしたら一番に駆けつける。それくらいは許してくれる?」

遥   「それくらいは、いいけど」

直哉  「やった、約束な。遥が泣いてたら俺、飛んでくるからな? だから泣かないように、幸せに生きてくれ」


  直哉、去る


遥   「なによ、ナルシストなんだから……ごめん、なさい」


  照明変化

  夜


  遥が電話をかけている。

  何回もかけるが繋がらない様子。

  やっと繋がったらしく、話し出す。


遥   「もしもし武本部長。今仕事終わりました。いつもの場所でいいんですよね? え、今日は行けないかも? 大丈夫ですよ、私も昨日遅刻したし、遅れても……え、今なんて……奥さん? ………え?」


  電話をしながら去る。


  暗転


  直哉が玄関のベルを押している。


直哉  「すみませーん、宅配便です」


  反応がない。もう一度押してみるが、やはり反応はない。


直哉  「留守かなぁ。くそっ、今日はついてないな。急にバイトの代打頼まれるし、留守だし、ふられる……し」


  直哉が帽子を深く被り、荷物を持って帰ろうとしたとき、ものすごい音がしてドアから武本が飛び出て来る。


直哉  「えっ、大丈夫ですか? いったい何が」

清美  「ふざけないでよ! あんたなんてもう離婚よ!」


  続いて、清美がドアから出てきて、封筒を武本に投げつける。


武本  「痛っ! なんだよ、こうして謝ってるだろ?」

直哉  「うわぁ、厄介なことに巻き込まれそうな予感」

清美  「謝れば許されると思ってるの?」

武本  「すみません!」

清美  「謝るしか脳がないようね、このハゲ! 出て行け!」

直哉  「あ、ドア閉めますか? その前に受け取りのサインを」

清美  「なにあんた? 空気読みなさいよ、ナルシスト!」


  清美、直哉をふっとばしてドアを閉める。


直哉  「ナルシストって……」

武本  「くそっ、こっちが下手に出てりゃぁ。ハゲとか言いやがって」

直哉  「ズラですか、これ?」


  直哉、武本の頭を引っ張る。


武本  「いてて、ひっぱらないでくれ! 地毛だよ!」

直哉  「そうですか」


  髪の毛が数本抜けたらしい。

  直哉、ちょっと嫌な顔で手を見た後、髪の毛をふるい落とす。


直哉  「何したんですか?」

武本  「浮気だよ! 三年目の浮気くらい多めに見てくれてもいいじゃないか」

直哉  「あー、結婚三年目ですか?」

武本  「六年目だよ」

直哉  「…………とりあえず荷物の受け取りを」

武本  「浮気した僕も悪いけど、そこまですることなくないか?」

直哉  「開き直らないでください。どーでもいいんでサインください」

武本  「なんだ君、僕のファンなの?」

直哉  「そっちのサインじゃないです。やっぱズラですよね、その頭」

武本  「地毛だって! それより聞いてくれよ!」

直哉  「一分だけなら……」

武本  「探偵を雇ってた、ここんとこずっと僕を監視してたらしい!」

直哉  「そりゃ監視したくもなるでしょ。浮気してんだから。残り十秒です」

武本  「君の体内時計おかしくない!? そんなことより聞いてくれ、写真まで撮られてたんだ」


  武本、封筒の中から写真を取り出す。


直哉  「はい一分。時間切れなのでサインを……」


  立ち上がる直哉だが、武本が持っている写真に目を奪われる。


直哉  「その人……」

武本  「可愛い子だろ? 浮気相手だよ、会社の部下」

直哉  「はるか……」

武本  「ん、遥ちゃんの知り合い?」

直哉  「じゃぁ、あんたが遥の彼氏?」

武本  「彼氏? いやいや、付き合ってないから、彼氏とかそういうのじゃ……」


  直哉、武本の胸倉を掴む。


直哉  「さっきの人、奥さんですよね?」

武本  「あぁ、そうだよ?」

直哉  「じゃあ遥は……浮気?」

武本  「あぁ、そうか。君、遥ちゃんの知り合いなんだっけ?」

直哉  「遥はあんたのこと本気で好きで……信じてついていくって、幸せになるって」

武本  「幸せになれるわけないだろ? というより遥ちゃん、そんな事いってたのか……確かに最近結婚がどうとか煩かったな、冗談だと思ってたのに」

直哉  「冗談?」

武本  「だってそうだろ? 既婚者の僕とあの子が幸せになんてあり得ないよ。うちは毎度のことだから奥さんもそのうち許してくれる……」

直哉  「許すわけないだろ!」


  直哉、武本を突き飛ばす。


直哉  「あんた、奥さんの顔ちゃんと見たか? 毎度のこと? 今まで何度も繰り返してきたのか? そんなの許すわけないだろ!」

武本  「ははっ、君はまだ若いからわからないかもしれないが、夫婦というものは……」

直哉  「死ぬ時まで互いを愛することを誓った相手だよ! 他にわき目をふらず、相手を一途に愛する、その約束を交わした相手……周りから祝福されて、幸せを築いていける関係なのに……奥さんに謝れ!」

武本  「いやだから、妻は僕がこういうやつだってわかってるんだ。今は怒ってるけど、時間が経てば許してくれる」

直哉  「怒ってなんかねーよ、泣いてただろ!」

武本  「泣いてた?」

直哉  「さっきあんたを追い出したとき、泣いてたんだよ、あんたの奥さん!」

武本  「何いってる……涙なんて……」

直哉  「あー、もう! 100回も生まれ変わったけど、あんたみたいな頭おかしいやつ初めてだよ!」

武本  「100回って……あ、もしかして君……」

直哉  「あんたの何倍も生きてる俺の経験から言って、その歳でズラって滅多にいない。かなりヤバいっすよ」


  直哉、駆け足で去る。


武本  「どうして僕がズラって……妻にさえ隠してるのに……あれ? そういえばさっき、ハゲって言われたような……」


  武本、立ち上がって直哉と反対の方向へ走り去る。

  反対から遥が歩いてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る