OVER –100回生まれ変わって恋人を探す話–

七種夏生

前編


  照明薄暗い中で桜の花弁が舞っている。

  中央に蹲っている直哉。

  警報の鐘を鳴らす音、逃げ恐れる人々の声。

  直哉、顔を上げて正面を向く。


直哉  「待ってろ、絶対に見つけるから。何度生まれ変わっても俺は、君を探し出す」


  暗転


  舞台には直哉と遥がいる。

  直哉が遥の腕を掴み、遥は必死に逃げようとしている。


直哉  「待って、ちょっと待ってってば!」

遥   「しつこいっ!」


  遥が振り向き、反動で直哉が倒れる。


直哉  「いてて。急に離すなよ」

遥   「なんなの、あなた。道ですれ違っただけの人に『俺のこと覚えてる?』なんて声かけて! ナンパ? 今どき流行らないわよ、そんなの」

直哉  「ナンパじゃない、俺は君だから声をかけたんだ! 俺のこと覚えてない?」

遥   「覚えてない、あなたと私は他人、知らない人!」

直哉  「嘘だぁ。本当は覚えてんだろ?」

遥   「ナルシスト? よっぽど自分の顔に自信があるみたいね」

直哉  「えっ、そんなにかっこいい? まぁ、自分でもうすうす気付いて……ってちょっと!」


  直哉、去ろうとする遥を引き止める。


遥   「なんですか、ナルシストさん」

直哉  「そうだな、小さいころは可愛いだの神童だの言われたし、大学生になった今の俺がかっこいいってのは認めるけど」

遥   「大学生!? 年下!?」

直哉  「四回生なんで来年から社会人です! 千恵は会社員? スーツ似合ってる」

遥   「じろじろ見ないでよ! ナルシスト!」

直哉  「ナルシストって呼ばないで!」

遥   「はいはい、もう呼ばないから。サヨウナラ、永遠に」

直哉  「いやいやいや、ちょっと待って!」

遥   「しつこいっ! 一分だけ話聞いてあげるから、さっさと用件言って」

直哉  「ナルシストってのはさ、自意識過剰なやつのことで俺は……」

遥   「その話題!? 聞きたくない」

直哉  「違う! なんか反射的に……ちゃんとするから、話聞いて!」

遥   「一分だけね。あと三十秒」

直哉  「えっと、えーと」

遥   「一分経った。はい、時間切れ」

直哉  「早すぎない!?」

遥   「私の体内時計は人より少し早いの。じゃ、さようなら」

直哉  「単刀直入にいう、好きです」

遥   「どうもありがとう」


  逃げようとする遥だが、直哉に腕を掴まれる。


直哉  「人が勇気を出して告白したのに!」

遥   「勇気なんかちっとも伝わってこなかったけど」

直哉  「本気なんだ、ずっと探してたんだ」

遥   「誰に頼まれて?」

直哉  「頼まれてとかじゃなく、俺が会いたかったから!」

遥   「あなたと私は初対面でしょ? さっき道ですれ違った、これからもう絶対会うことのない他人!」

直哉  「違う! 俺はずっと昔から君を知ってる、ずっと探してたんだ」

遥   「人違いよ」

直哉  「俺が千恵を間違えるはずない」

遥   「間違ってる!」

直哉  「え?」

遥   「ほら、間違ってるじゃない」

直哉  「何が?」

遥   「名前。さっきから千恵って呼んでくるけど、私の名前は辻本遥。千恵じゃない」

直哉  「……あ」

遥   「さようなら」

直哉  「千恵っていうのは前世の名前なんだ」

遥   「前世?」

直哉  「そう、生まれ変わる前の。そうか、今は遥って名前なのか。わかった、そう呼ぶ! 遥!」

遥   「いきなり呼び捨て!? 馴れ馴れしすぎない? もういいわ、私これからデートなの」

直哉  「デート?」

遥   「そう、デート」

直哉  「俺と?」

遥   「なに言ってるのナルシスト。彼氏とよ」

直哉  「だから彼氏って俺のことだろ?」

遥   「あなたじゃなくて年上のかっこいい男の人。男らしくて誠実で優しくて」

直哉  「そいつより俺の方がかっこいいと思うよ?」

遥   「あなた、自分が思ってるほどかっこよくないからね? ナルシストくん」

直哉  「ナルシストって呼ばないで!」

遥   「あぁ、もうこんな時間。急がなきゃ」


  遥退場。


直哉  「なんで俺以外の男に。待ってるって言ったのに……裏切り者ー! 俺は諦めないからな!」


  直哉、遥を追う。


  照明変化

  遥と武本が歩いている。


遥   「ごめんなさい、遅れちゃって。変な男に捕まって」

武本  「構わないよ、来てくれただけで嬉しい。僕に愛想が尽きて約束すっぽかされたかと思った」

遥   「そんなことない! 私は武本部長が好きよ。ずっと傍にいたい」

武本  「ありがとう。そうだな、ずっと一緒にいよう」

遥   「……ねぇ、結婚の話、どうかな?」

武本  「あぁ、待たせてすまないね。妻と話し合っているが、なかなか決着がつかなくて」

遥   「……大丈夫よね?」

武本  「大丈夫さ。ちゃんと話し合って、妻と離婚することが出来たら君と結婚するよ」

遥   「ありがとう。信じて待ってる」


  遥、武本の腕にしがみ付く。


武本  「ところで、変な男に捕まったっていうのは?」

遥   「そう、それ! 道路で急に声をかけられて、私のこと昔から知ってるとか、前世で約束したとか言って」

武本  「前世?」

遥   「俺たちは前世で恋人同士だったんだ、君を探して100回生まれ変わった、みたいなこと言ってて」

武本  「100回? 果てしないな、ロマンチックだ」

遥   「そんな言葉で女がついて行くなんて思ってるのかしら? ほんと、ナルシストなんだから」

武本  「知り合いかい?」

遥   「えっ? だから違うって。今日初めて会っただけの知らない人よ。どうしてそんなこと聞くの?」

武本  「いや、なんだかまるで……そんなことより早く行こうか、店の予約時間に遅れてしまう」

遥   「そうね、早く行きましょう」


  二人、去る。

  反対側から直哉がやってくる。


直哉  「くっそー、見失った。やっと、やっと見つけたのに。なんで覚えてないんだ、千恵は……あ、今の名前は遥か。かわいい名前だよな、はるか……今はそんなことどうでもいいだろ、俺のバカ! とにかく、遥には前世の記憶がないのか? でも諦められるか、ずっと探してたんだ。これが最後のチャンスなんだ。絶対に諦めない」


  直哉、走って去る



  照明変化

  直哉がふらふらとした足取りで歩いてくる。


直哉  「もう夜が明けたのか、どこ行ったんだ」


  遥が電話をしながら直哉の後ろを通り過ぎようとする。

  直哉、遥に気付き、腕を掴む。


直哉  「見つけた」

遥   「きゃ! あなた昨日の……(携帯に)あ、大丈夫です。……はい、失礼します。(携帯切る) なに? まだなにか用が……どうしたの? 大丈夫?」


  遥、直哉の様子がおかしいことに気付き顔を覗き込む。


直哉  「やっと、やっと見つけた」

遥   「見つけたって。もしかしてあれから一晩中、私を探してたの? そういえば、この服昨日も」


  直哉、倒れる。


遥   「えっ、ちょっと! 大丈夫? ねぇ!」


  遥の声と共に照明FO



  照明FI 薄暗い

  警報の鐘を鳴らす音


村人1 「敵軍が攻め入ってきた。逃げろ!」

村人1 「ダメだ、ここはもう終わりだ。女と子どもだけでもなんとか逃げ……ぐあっ」


  村人1切られる


女   「あなた!」

村人2 「なにしてんだ、あんた、早く逃げろ!」

敵軍(声のみ)「村のもの全員殺せ、逃がすな!」

女   「きゃ……」


  女、倒れる


村人2「ダメだ、もうダメだ」


  村人2逃げる。



  照明変化

  桜の木の下で遥がしゃがみ込んでいる。

  手を合わせ、祈りを捧げている仕草。

  背後から直哉がやってきて、振り向こうとする遥だが、


直哉  「待って」


  直哉、遥の髪に触れる。


直哉  「花びらついてる……はい、とれた。もう顔上げていいよ、千恵」

遥   「ありがとう、直哉」


  振り返って微笑む遥の隣に座る直哉。


直哉  「千恵の髪って綺麗だよな」

遥   「嘘言わないでよ、もう三日も洗ってないのに」

直哉  「……隣の村がやられたらしい。次はうちだ、夕方には移動するぞ」

遥   「うん、わかってる」

直哉  「大丈夫、千恵は俺が守るから」

遥   「……どうして戦争なんか起こるんだろう。なんで私、こんな時代に生まれたんだろう」

直哉  「仕方ないよ、こういう時代なんだ」

遥   「生まれ変わったら、もっと平和な時代にいけるかな?」

直哉  「そうだな、生まれ変わるころには戦争も終わって、きっと幸せな生活が送れてる」

遥   「私、その時代に生まれたかった。平和に暮らして、直哉と一緒に幸せになりたかった」

直哉  「なれるよ。今はこんなだけど、生まれ変わったら一緒に幸せになろう」

遥   「一緒になんて無理よ。生まれ変わったら今の記憶は無くなるって巫女様言ってた。今の私たちとは別人になって、違う人生を歩むって」

直哉  「昔、父さんが言ってた事なんだけど……人間って本気で生まれ変わりたいって思った時から、自分の意思をもったまま100回生まれ変わる事ができるらしいんだ。知ってる?」

遥   「知らない。自分の意思をもったまま100回?」

直哉  「俺が千恵に会いたいと強く願って死ぬだろ? そしたら、生まれ変わったあと今の記憶がちゃんと残ってて、千恵のことを覚えてる、死ぬまでずっと。その輪廻転生が100回続くって話。いいか、100回もチャンスがあるんだぞ。もし一回目で別々の時代に生まれて会えなかったとしても、二回目がある 。二回目で遠い場所に生まれてしまったら千恵を探しに世界中を駆け回る。それがダメなら三回目、四回目。100回目になるまで、俺は何回でも生まれ変わって千恵を探し出す」

遥   「そんなことできるの?」

直哉  「できるさ。人の絆は時代を超えるんだ」

遥   「じゃあ、生まれ変わったら私と直哉は、幸せになれる?」

直哉  「なれる!」

遥   「でも、もし会えなかったら……」

直哉  「大丈夫、俺は絶対に千恵を探し出す。絶対見つけるから、安心して待ってろ」

遥   「……わかった、信じる。直哉を信じて私、待ってる」


  照明変化 暗く

  警報の鐘を鳴らす音


村人(声のみ)「敵軍が攻めてきたぞ、逃げろ!」

直哉  「そんな、こんなに早くうちの村にも。千恵、こっちだ」

遥   「うん!」


  直哉、遥の手をひいて逃げようとするが、敵兵に出くわしてしまう。


直哉  「逃げろ、千恵! 裏道を通ったら山の向こうまで逃げれる。覚えてるよな?」

遥   「覚えてるけど、でも……」

直哉  「早く逃げろ! 大丈夫、約束しただろ。絶対に見つけるから、待ってろ。だから今は逃げて、俺の前で死なないでくれ!」

遥   「直哉……直哉も死なないで……待ってる、待ってるからね! 生まれ変わった先でずっと、直哉を待ってるから!」


  遥、逃げる。

  直哉、武器を取り出し敵兵と戦うが、途中で切られて蹲る。

  桜の花弁が舞う。

  直哉、顔を上げて正面を向く。


直哉  「約束……待ってろ、絶対に見つけるから。何度生まれ変わっても俺は、君を探し出す」


  暗転


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