エピローグ:日の目を見ずとも

 アンケートに答えた数日後。

 店の閉店時間となり、客も皆帰った後。


「フェルねえ。そういえばこの間の紙は?」


 客の帰ったテーブルを拭き終えた雅騎がレジに振り返り、ふとそんな質問をした。

 レジ締めを進めていたフェルミナは、その声に顔を向けず。


「勿論出しておいたわよ」


 そう短く言葉を返す。


「そっか。最後は何て書いたの?」

「秘密。まあでも、これで少しは雅騎目当てのお客が増えるかしら?」

「だから。そんな珍しい客なんてないって」


 何を期待しているのかと呆れた笑みを浮かべた雅騎は、そう言い残し一度店の外のイルミネーションを落とすため外に出て行く。

 ちらりとその動きを一瞥した彼女は、少しだけ申し訳無さそうな顔をすると、再びレジ締めを続けた。


 結局、フェルミナはあのアンケートの提出を取り止めた。


 読み返すほど、彼のことが伝わる。

 だが同時に、読む程に彼の辛く悲しい想い出ばかりが、心に蘇ってしまう。


 そんなもの。実際にこれを見る人々には伝わらないだろう。

 だが。彼女はどうしても、それをみなに見せる気持ちになれなかった。

 例え、彼の努力を水の泡とする行為であっても。


 ドアが開き帰ってきた雅騎がふと、フェルミナを見て首を傾げる。

 彼女が、何処か思い詰めたような顔をしていたように見えた気がした。


「どうしたの?」


 思わずそう尋ねる雅騎に、彼女ははっと顔を上げると、いつもの笑みを浮かべる。


「いやね。今晩のご飯どうしようかと思ってね」

「……たまには一緒に、何処か食べに行く?」


 返す雅騎の言葉にある気遣いに、彼女は少しだけにんまりとすると。


「あら珍しい。それはあなたの奢りかしら?」


 意地悪そうに言葉を返す。

 瞬間。しまった、と言わんばかりの顔を雅騎は……しなかった。


「何時もお世話になってるから。でも安いとこで」


 優しく笑みを浮かべると、彼は店の奥のカウンターに入り、水回りを掃除し始めた。

 彼を目で追ったフェルミナは、呆れ顔でひとつため息をくと。


「じゃあ、お店選びは任せるわ。ちゃんとエスコートしてね」


 冗談交じりに、そう笑うのだった。


                ~Fin~

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日常だって日常茶飯事 ~並びし言葉に想い出ありて~ しょぼん(´・ω・`) @shobon_nikoniko

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