第四話:知るからこその優しさ

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◆16.自分の好きな所はどこですか?

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 これまた、ありきたりの質問ながら、答えに迷う質問の代表が飛び込んでくる。

 雅騎は思わず、先の姿勢のまま頭を悩ませた。


「正直、あんまり考えたことないんだよなぁ」

「自分の事、嫌いなの?」

「そういう訳じゃ、ないんだけどさ……」


 フェルミナの瞳に映る、片手で顔半分を覆った雅騎の、少しだけ憂いを秘めた悩みし表情。

 それを見て、彼女も釣られるように、少しだけ淋しげな顔をした。


  ──あなたって子は……。


 本当は彼女も気づいている。

 彼が、決して自分を好きではないことを。


 それは、性格がどうこうではない。

 雅騎はずっと、自分が助けたくても助けられなかった少女のことを忘れられずに、心に罪悪感を持ち続けている。

 ずっと。自分に力がなかったと。自分が関わらなければと。そんな後悔をし、己を責め続けている。


 そんな自分を好きになれと言われても。

 それはとても、難しい。


「……少しは自分を許してあげなさい。そういう所が心配なのよ」


 呆れるように口にするも、漏れ出すのは彼の気持ちを知る同情。

 当時を知るフェルミナだからこそ、自分の気持ちを理解してそう言ってくれる。

 その優しさに感謝しつつも。


「ごめん」


 雅騎は受け入れられぬ否定を短い言葉に込めながらも、心配を掛けまいと必死に笑うのだった。


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◆17.目の前で泣いている人を見かけたら、なんて声をかけますか?

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「随分、曖昧な質問だね」


 雅騎はまたも、別な意味で難しい質問にぶつかり困った顔をする。


「まあ、泣いているって言っても、色々あるものね」 

「そうなんだよね。掛ける言葉って、泣いている理由にもよるし」


 そう言って、両腕を組み悩む彼に、ふとフェルミナはこう聞いてみた。 


「じゃあ、自分のために誰かが泣いてたら?」

「それは流石に謝ってるかな」


 質問に、雅騎はフェルミナを見てそうさらりと応える。

 確かにその反応は、普通の人でもそうだろう。


「相手が自分の為に謝って、泣いてても?」

「う~ん……。まあ、そうさせちゃったのは自分かもしれないからね。慰めながら謝るかも……」


 続けて掛けられた問いにも、彼の返す答えは

 それを聞き、「ふ~ん」とフェルミナは納得したような反応をするも。


より、、じゃないのね?」


 突如彼女はにこりと笑みを浮かべ、その言葉を返した。

 雅騎は瞬間。心によぎる想い出にはっとする。


  ──「折角お礼も言いたいって思ってくれたなら、俺はそっちを口にしてくれたほうが嬉しいかな」

  ──「そっち?」

  ──「そう。より、、ってね」


 それは以前、ここで自分が佳穂に掛けた言葉。

 ひたすらに口にされる謝罪に対し、そう言って自分を責めないように促した一言であったが。改めて他人より聞かされると……。

 それはかなり、恥ずかしい。


「そ、それは今じゃないだろ!? 大体あの時、綾摩さん泣いてないし!」


 慌ててそう取り繕う雅騎だったが。


「そうね。でも自分の為にあの子が泣いてたら、あなたはこれ言いそうだけど?」


 またも鬼の首を獲ったように話すフェルミナの自信満々の表情に、彼は思わず言葉に詰まった。


 確かに、言う。


 直感的にそう理解し、思わず顔を真赤に俯く彼を見て、フェルミナが表情を和らげ、小さく笑う。


「冗談よ。でも、あなたも人にそれを口にするんだから、少しは前向きになりなさい」


 そう言われてしまえば、元も子もない。

 彼はふぅっとため息をくと、紅茶を口にした後。


「悪かったって」


 ちらりとだけ視線を彼女に向けた後、少しの間不貞腐れるように他所を向いていた。


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◆18.座右の銘を教えてください!

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 どうしてこうも、質問とは人を悩ませるのか。

 残る質問も僅かとなったのだが、毎回のように雅騎が頭をひねるようになってきた。


「こういうのも考えたりしないの?」


 フェルミナが意外そうに声を掛けると、雅騎は困った顔を向けた。


「あんまり考えたことないんだよね。フェルねえはあるの?」


 ふと気になって、雅騎がそう彼女に尋ね返すと。彼女は少し自身の肩に掛かる金髪を背に払い、少し考えた後。


「『毎日楽しく』、かしらね」


 何ともシンプルな答えを返した。

 ある意味フェルミナらしいと、ふっと笑みを浮かべる雅騎に。


「とりあえず『笑顔が一番!』とでも書いておいたら?」


 フェルミナが、自身の座右の銘と同レベルの、何処か雑な座右の銘を提示してきた。


「それは適当すぎでしょ……」

「そう? そういう方が親しみありそうだけど」


 呆れる雅騎に向けられた、やや真面目そうな顔と言葉に彼女の本気を感じ。


  ──でも、フェルねえらしいかな。


 そんな事を考えつつ。結局彼女の言葉をそのまま回答に記入した。


 雅騎は気づいていない。

 フェルミナがふざけたように言葉にした、その座右の銘こそ。

 迷わず皆を笑顔にするため、ただ必死に行動してきた彼を知っているからこそ選んだ、本当の彼に贈った物だという事に。


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◆19.自分の人生に満足してますか?

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「これ、十六の俺が答えるべきなのかな?」


 そう苦笑する雅騎だったが。フェルミナはまたも重い質問に、内心彼が気落ちしてないか心配で仕方なかった。


 結論として、それは当たっていた。

 だが、自身がそれを見せては彼に気を遣わせてしまう。それが分かっているからこそ、雅騎はもうその心を表には出すのは止めた。


「まあ、まだまだ未来ある若者だものね。それに、中々人生満足なんて、言えないわよね」


 しみじみと語るフェルミナ。

 雅騎はその裏にある気遣いを感じ、ふっと笑う。


「まあ、辛い事も結構あったけどさ。今は満足っていうか、満更でもないかな、とは思ってるけどね」

「昔は色々大変だったもんね」

「うん。でも、フェルねえもいてくれたし」


 その言葉に少し驚きつつ雅騎を見ると。

 彼は頬を掻きながら、視線を逸し冴えない笑顔を見せていた。


 フェルミナもよく目にする彼の癖。

 雅騎は照れるとすぐ、そうやって無意識に頬を掻く。

 つまり今の言葉は、彼なりの本音。


 思わずにやけそうになる表情を抑え。彼女は自信満々の顔で、カウンターに両腕で頬杖を突き、彼に顔を寄せ覗き込む。


「本当にそうよね。私と出会ってなかったら、今頃どうなってたかしら?」


 突然距離を詰められ、思わず間近に彼女の顔を見てどきっとした雅騎は、一瞬視線を合わせると、気まずそうにまたも、視線を逸らす。

 勿論。顔は照れのせいで真っ赤なのだが。


「……流石にそこまでじゃないと思うけど。でも、感謝してるよ」

「素直でよろしい」


 彼の言葉ににっこりと微笑むフェルミナ。


「まったく……」


 対する彼も、視線を合わせずとも、その空気の変化を感じたのだろう。

 呆れながらも、優しい笑みを浮かべていた。


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◆20.最後に、自由に一言どうぞ!!

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「最後はやっぱりこうなるのか」

「そりゃあね」


 俗に言うフリースペース。

 思わずそこに書きたくなる言葉といえば。


『特になし』


 これではないだろうか。


「何も書かないのも悪いよね?」


 雅騎がそう言って、フェルミナにアイデアを求めると。


「紅茶が好きな方は、是非喫茶店『Tea Time』まで足を運んでください! 美人な店長とイケメンの自分がお待ちしてます! な~んてのは、どう?」


 これまた自信満々に、彼女はそんな向上を口にした。

 だが、雅騎はそれを聞いた瞬間、一気に怪訝そうな顔をする。


「いやいや。イケメンとか過大広告だろ」

「あら、最初に言ったじゃない。あなた目当てのお客さん、案外いるのよ?」


 そう言ってフェルミナはにっこりと笑みを返す。

 未だに疑いの眼差しを向ける雅騎だったが、彼女の表情は変わらない。

 だが、それでも彼は素直にそれを信じる気にはなれなかった。


「そんな嘘いらないって。大体、フェルねえは美人かも知れないけど、俺はそんな事ないし」


 何処か困ったように、そんな言葉でお茶を濁す。

 フェルミナが美人だという感情は、雅騎にも偽りはない。ないのだが。


 ……彼の言葉選びが、悪かった。


「ふうん……。、ねぇ」


 突然。フェルミナの目がジト目に変わる。それは間違いなく、何か悪い予感しかさせない。

 瞬間。自分の言葉が悪かった事を強く思い知らされる。


「あ。いや、その、さ……」


 しまったという表情で、戸惑いを見せる雅騎に。


「やっぱり、バイト料はいつも通りかしらね」


 刹那。

 フェルミナが、いやらしい笑みを浮かべ、そう告げた。


「嘘だろぉ!?」


 思わず両手で顔を覆い、大げさな反応で絶望を見せる雅騎。

 予想以上の反応に、思わずフェルミナが吹き出した。


「うふふ。嘘よ。安心なさい。ここまで頑張ってくれたんだから」


 そう言って、労うようにぽんっと肩を叩いた彼女は、最後の回答を書く前の紙を手に取った。


「え? 最後の回答は?」


 はたとそれに気づき、思わずそんな声を上げる雅騎に。


「ここは自由なんだし。店の宣伝でも私が無難に書いておくわよ。ありがとね、雅騎」


 そう言って、彼女はまた、優しい笑みを見せた。

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