第三話:余計なことは、言わぬに限る

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◆11.最近、ハマっていることはありますか?

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「う~ん……」


 新たな質問に、雅騎は少し考え込む。


  ──ゲームもそうだけど、ハマっているってより、好きでやってるんだよなぁ。


 人によっては好きになってハマる、というのが当たり前かもしれないのだが。

 彼にとってはハマるのは好きとは多少非なる物なのか。


 何処かしっくりこない雰囲気の彼に、フェルミナはふと、ある事を思い出し手をぽんっと叩く。


「ケーキ作りとか最近頑張ってるけど、ハマってるんじゃないの?」


 それを聞き、雅騎も「ああ」と納得して頷いた。


「それは確かにそうかも」

「そういや最近妙に頑張ってるけど、将来パティシエでも目指すつもり?」

「いや、そこまで考えてるわけじゃないけどね」


 別に夢があるわけではない。

 ただ。雅騎は少しだけ、ケーキを作るフェルミナに憧れていた。


 佳穂が見せた表情もそうだったが。彼女の作るケーキは本当に美味しく、客を笑顔にしてきた。

 側でずっと見てきた雅騎にとって、それは羨望に値するもの。


 だからこそ興味を持ったと言っても過言ではないのだが。それを口にすれば、また図に乗りそうかと思い、敢えてそれは口にしなかった。

 それを知ってか知らずか。


「私にはまだまだ及ばないけど、中々上手になったわよね。そろそろお店で試供品として出して、皆の反応を聞くのもいいかもしれないわね」


何処か納得しながら、そんな褒め言葉を口にした彼女だったが。雅騎は逆に、それが気になってしまう。


「何か珍しく褒めるけど、悪いものでも食べた?」


 鎌をかけるように、やや皮肉めいた言葉を掛けてみると……。


「そんな事ないわよ。ただ言いたかっただけよ。ってね」

「……そんな事だろうと思ったよ」


 返ってきた言葉に、やっぱりと言った顔で呆れた顔をしたのだった。

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◆12.悲しいことがあった時、どうしますか?

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「……」

「何か、ごめんね」


 一度振り切ったはずの感情を改めて蘇らせる質問。

 沈黙に耐えかねたのか。先にそう口にしたのはフェルミナだった。

 自身が気落ちした顔をしたのに気づいていなかったのか。はっとした雅騎は慌てて笑みを浮かべ、首を振る。


「あ、気にしなくていいって。俺が勝手に受けたんだから」


 だが。フェルミナの心苦しさが拭い去られる事はない。

 どこか痛々しい笑顔に、思わず無理しないよう声を掛けるか迷うも。


  ──多分、引かないわよね。


 それを長年の経験から知っている彼女は、言葉を無理に飲み込んだ。


「あなたなら、どうするの?」


 彼の決意が揺らがぬよう腹を決め、敢えて話を進めるように質問をすると。雅騎は少し考えた後。


「あくまで俺だったら、だけど。自分が悲しんでる顔で、周りまで悲しませるのは嫌だから。無理にでも前向いて、笑ってたい……かな?」


 そんな理想を口にした後。


「今、うまくできなかったのに。何言ってるんだって感じだよね」


 少し自虐的に、苦笑しながらそんな現実を付け加える。

 彼の心の内を察し。


「人なんてそんなものよ。気にしないの」


 諭すように優しく声を掛けるフェルミナ。

 彼は、そんな彼女を安心させるように、にっこりと笑みを浮かべた。


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◆13.最近、泣いた事はありますか?

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 続く質問もまた、やや心苦しいもの。

 だが、先程フェルミナに慰められた後だからだろうか。

 そこまでの悲観さを見せず、雅騎はこの質問をじっと眺めていた。


「こういうのって、答えにくいよね」


 そんな苦言をする雅騎に。


「そう言うってことは、って事よね?」


 察しのよいフェルミナがそう尋ねてる。

 自ら墓穴を掘った事に気づいた雅騎が思わず苦笑いと共に、


「まあ、一応」


 そんな曖昧な肯定をしたのだが。

 それが、フェルミナの好奇心を疼かせた。


「あら? どんな話で?」

「それはちょっと言えない」


 何度も心配をかけられないからこそ、敢えて表情には出さなかったが。

 雅騎の中に過ぎったのは。天使達との戦いで命を落としかけた時。深空みそらに助けられたのを知った、あの時の夜の一幕。


 涙した事は伏せた。しかし残念ながら、その悲しみを表情に出さなければ、雅騎を前にして彼女は止まりはしない。


「お姉さんにも言えないのかしら?」

「当たり前だよ!」

「ふ~ん……。じゃあ後で教えてもらうわね」

「だから教えないって!」

「ちぇっ。意地悪」


 わざと不貞腐れた顔をそっぽを向く、年甲斐もない態度のフェルミナ。

 彼女らしい悪戯っぽさを強く感じる反応に、雅騎は呆れた顔をしながらも。暗い気分にならぬよう振る舞ってくれた彼女に、内心感謝するのだった。


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◆14.戦ったりしたこと、ありますか?

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 この質問の答えを思い浮かべるのは、雅騎も流石に迷うことはなかった。

 神名寺流みなでらりゅう胡舞術こぶじゅつを習い、時として人成らざる力も駆使する。


 ただ。それを世間で言葉にするのは難しいもの。

 彼は少し考えた後、『一応。』と、短く記入した。

 それを見て、フェルミナはふと彼と暮らしている頃の事を思い出し、


「そういえば、数年前にも私が変な男たちに絡まれた時、相手を追い払ってくれたものね」


 懐かしそうにそんな事を口にした。


 まだ彼が中学に上がりたての頃。

 たまたま夜、一緒にスーパーに買い出しに行った帰りに、ガラの悪い酔っ払った若者二人組に絡まれた事があった。

 フェルミナに絡みだす男達。その時にはっきりと見せた、彼女の嫌悪の表情。

 それを見て、雅騎は迷わず舞った。


 フェルミナの手を無理矢理掴んでいた男の手を取ったかと思えば、瞬間床に投げ伏せ。驚いたもう一方の若者の脚を身を低くした素早い水面蹴りで払うち、仰向けに転倒した男の顔の脇ぎりぎりの歩道を踏み抜く。


「酔って誰かを困らせるなんて、最低です」


 年下の相手にも関わらず。その迫力に男二人は思わず顔を青くし、慌ててその場を立ち去っていき。周囲で事を見守っていた野次馬達が、思わず感心し拍手する中。

 気恥ずかしくなったのか。彼女の手を取り、二人で走り去ったあの日の出来事。


 それはフェルミナにとって、とても大事で、とても嬉しい想い出なのだが。

 当の本人が同じとは限らない。


「……そんな事あったっけ?」


 まるで作り話でも聞かされたかのように返す雅騎。だが、少し赤くなった顔に、それは事実だとはっきり書いてある。


「何照れてるのよ。恥ずかしがらなくてもいいのよ?」

「そ、そんなんじゃないって」

「あの時の雅騎、格好良かったわよ」

「だ、だから! そういう事言わなくていいから!」


 わざとその羞恥心を煽り、雅騎の強い戸惑いを誘った彼女は、その反応を楽しみながら、


  ──だから、お人好しなのよ。


 思わず嬉しそうに目を細めていた。


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◆15.面白いと思うエピソードを教えて下さい。

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 いきなり毛色の違う質問が登場し、雅騎は思わず首を傾げるも。


「お店の宣伝的にはやっぱり、フェルねえの事かなぁ?」


 そんな事を口にする。


「あら? 私にそんな話あったかしら?」

「いや、だって。毎年クリスマスの二十五日は彼氏と過ごすから、って堂々とお知らせに書いて店閉めてるのとか。何時も思うけど変わってない?」


 残念ながら。

 天野フェルミナには彼氏などいない。

 にも関わらず、クリスマスは二十四日はケーキ販売だけの営業をするが、二十五日は、毎年こんな理由を付け、店を閉めていた。


 そして毎年、その日に一緒なのは雅騎。

 毎年恒例の家族行事のようなものと思っている二人としては、その行為自体に違和感もないのだが。彼からすれば、理由づけに関しては毎年、変わった理由だなと感じていた。


 だからこそ、素直にそう口にした雅騎だったのだが。


「あら、そういう話しちゃうんだ? いいのかしら?」


 気分を害したのか。

 彼女は両腕を組み、わずかに不貞腐れた顔をする。


「だって面白い話ってあるし……」

「ふ~ん……」


 腕を組んでいた彼女が、じ~っと雅騎を見つめていたが。

 その表情を一転。悪魔のような微笑を浮かべ、にやりとする。


「じゃあそこに書きましょっか。小さい時雅騎は寂しがりやで、私と一緒じゃないと寝られなくて、なんなら風呂も──」

「わぁぁぁぁっ!! それはダメだろ! 絶対ダメ!!」


 突然語られし黒歴史に、雅騎は今までで一番の動揺を見せ、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「でしょ? だったらもう少し、回答に気を遣いなさい」


 フフン、と雅騎を鼻で笑うフェルミナ。

 その態度を目にし、ため息を漏らしつつ、肘を突いた片手で顔半分を覆った雅騎は、


「分かったよ。まったく……」


 あっさり降参すると、そのままの悪い姿勢で、自身のケーキ作りを失敗した時のエピソードを、代わりに書き始めるのだった。

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