第二話:迷わぬ答え

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◆6.嫌い人はいますか?

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 これもまた定番ではあるが。

 好きな人同様、他人に見せると流石に色々火種を生みそうな質問でもある。


「あなたって、性格悪い人とか嫌いよね?」


 先程の雰囲気を吹き飛ばすべく、フェルミナがそう尋ねると、彼も釣られるように、


「それって、皆一緒じゃないの?」


 普段通りの表情を見せつつ、さも当たり前のようにそう応える。


 確かに。

 性格が悪い人を好き、と答える者など、一般的には皆無といって良いだろう。


「大体の人はね。でも、あなたに嫌われるって相当よ」

「え?」

「だってあなた、今嫌いな人とかいないでしょ?」


 突然の問い掛けに、雅騎は首を傾げ考え込むと。


「まあ、特には」


 そう、短く返す。

 予想できた返事に、フェルミナはカウンターに両肘で頬杖を突くと。


「でしょ? 早々人を嫌いにならない。そういう所がほんと、お人好しなのよ」


 そんな言葉と共に笑顔を添えた。

 本当に優しい時に見せる笑みだと分かり、何処か気恥ずかしくなったのか。

 雅騎は視線を逸らすと。


「そんな事ないって」


 照れ隠しながら、そう否定するので精一杯だった。


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◆7.自分のイメージカラーは何色ですか?

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 雅騎は次の質問を見て、迷うことなく『深緑』と書き上げた。


「今回は迷わないのね?」

「まあね」


 ちょっと不思議そうに尋ねるフェルミナに、彼は短くそう返す。


「確か『素朴』とか『自然』とかの象徴だったわよね?」

「そうなんだ?」


 そういう意味で選んだのかと思っていたフェルミナの言葉に、雅騎は何故か疑問を返す。

 それを見て、思わず彼女も不思議そうな顔をする。


「随分曖昧ね。さらっと答えた割に」

「まあ……。ぱっと思いついただけだからさ」


 雅騎は少しだけ間を空けてそう答えるも。


  ──本当の意味を話すのは、ちょっと恥ずかしいしな……。


 そんな内なる理由で嘘を付いていた。


 彼の選びし色。

 それは、そうありたい心の色だった。

 尊敬する者達が皆同じく持っていたその色こそ。

 彼が憧れし、勇気と決意心の色なのだから。


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◆8.どこに住んでいますか?

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 これにも雅騎は迷うことなく。神麓市かみふもとし下社町しもやしろちょうと記入した。


「そういえば、何で引っ越す時、この辺を選んだの?」


 ふと、フェルミナは彼にこう尋ねた。


 実は。雅騎は小学四年の頃から中学三年になるまでの間。二人は同棲していた事がある。


 元々仕事の都合で海外を渡り歩いているの雅騎の両親が、息子を預けられる知人として頼ったのが天野家だったのだが。

 その頃既に一人暮らしし、引退した両親より喫茶店を任されていたフェルミナに白羽の矢が立ったのだ。

 幼い頃から彼はフェルミナに懐いており、彼女もそんな雅騎を実の弟のように可愛がっていたのもあり。それを了承するのに迷うこともなかったのだ。


 だが。流石に中学ともなると、雅騎とて思春期に入りし年頃。

 一緒に暮らす中で色々と遠慮したり、気にすることも増えたため、自身の両親に話し、一人暮らしを始めたのだが。

 彼は、当時通っていた中学や将来通おうと目指していた神城かみしろ高校こうこうが近い上社町かみやしろちょうではなくここ、下社町しもやしろちょうを選んでいた。


 質問に対し、どう迷おうか考えていた雅騎だったが。


「まあ、住み慣れてるから、ね」


 そう、やや端切れ悪く答える。


「本当に、それだけ?」


 フェルミナがにんまりと笑みを浮かべ、じっと彼を見る。

 何か言い訳をしようかと、目を泳がせる雅騎。

 だが。観念したのだろう。


「ここにも、通いやすいからね」


 ため息をいた後、諦めたようにそう口にした。


「へぇ。気を遣ってくれるのね」


 してやったり。

 雅騎からの本音に、満足そうに微笑んだ彼女に。


「そんな事ないって……」


 またも照れを隠すように。

 彼は目をそらしながら、心を落ち着けるように、紅茶を口にした。


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◆9.最近、楽しかったことはなんですか?

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 新たなる質問に。

 彼が書き込んだ答えは『新作ゲーム』という、なんとも短い答えを書いた。


「最近だと、例のゲームセンターのゲーム?」

「そそ。あのガンシューティング、めっちゃ楽しいんだよね」

「流石にゲーム好き公言するだけあるわね」


 先程の質問にゲームを挙げただけのことはあると、フェルミナもその答えに納得してみせた。

 彼の言うゲーム。

 それはACADEMY of The DEAD』と呼ばれる、株式会社MEGAのガンシューティング。

 これより以前から、ガンシューティングも含めゲームを色々していたのだが、最近はもっぱらこれがお気に入りらしく。近くのゲームセンターに行ってはプレイをしているとは聞いていた。


「ちなみに、ランキング入ったりはするの?」

「まあ、それなりには」


 質問に返されし、満更でもない答えを聞き。フェルミナは彼のプレイする姿を思い浮かべる。

 真剣な表情で銃を撃ち敵を倒す雅騎。それは彼女にとって、新鮮かつ魅力的に感じるものだったのか。


「じゃあ今度見せてもらおうかしら?」


 思わずそんなそんな事を口にするも。


「そ、そこまで上手いわけじゃないからさ」


 慌てて両手を振り、雅騎は彼女の申し出を必死に断った。


 なお、ここだけの話であるが。

 彼はこのゲームに関しては、相当の……いや。屈指の実力者である。


 常連として通っている、お婆さんの経営するしがないゲームセンターの厚意もあり、目立たずに遊ばせていただいているのもあるのだが。

 実は彼こそが、このゲームのインターネットランキング一位である。


 これを知る人は、そのゲームセンターの関係者くらいなもの。

 ただ。雅騎はそれをひけらかし、自慢するような性格ではない。

 そして何より。あまり人に見られてプレイするのは好きではない。正直、気恥ずかしいのだ。


 断る時に見せた動揺が面白かったのか。


「え~!? いいじゃないの。折角なんだし」


 フェルミナは悪戯っぽく笑うと、まるで楽しい玩具を見つけたと言わんばかりに、少しの間、雅騎にこの話題でちょっかいを掛け続けたのだった。


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◆10.身長はどれくらいですか?

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 目に見えて不機嫌さを見せた雅騎が、片肘で頬杖を突き、ただ静かに『百七十センチ』と紙に書き込む。


「ごめんごめん。私が悪かったわ」


 流石にやり過ぎたとはっきりと感じ、必死に謝るフェルミナに。彼女をちらりと一瞥した雅騎が、大きくため息を漏らす。


「まあ、いいよ。別に……」


 実は二人の間で、こういった事はちょくちょくある。

 大体の場合は今回のように、フェルミナが雅騎をいじりすぎて怒らせてしまい、彼女が平謝りする光景となるのだが。

 今回も例に漏れず、同じ展開。


 雅騎が心を切り替えようと、頬杖を止めカップを手にすると。

 気づけばその中身は殆どなかった。

 そこに、すっとフェルミナが新たにティーポットから紅茶を注ぎ足す。


「……ありがと」

「いいのよ」


 雅騎は、彼女の悪戯心を知っている。

 そして。彼女の優しさも、知っている。


 だからこそ。

 その気遣いでそのことをなかった事にし、ふっと笑顔を見せ。フェルミナもそれに、笑みを返す。


「でも、随分大きくなったわよねぇ」

「これでも高校だと普通位だけどね。フェルねえも結構身長あるよね」

「百六十はあるわよ」


 二人は普段の関係に戻そうとするように、他愛もなく会話を重ねる。

 そんな中。ふと雅騎はこんな事を口にした。


「フェルねえだったら、モデルとかもいけたんじゃないの?」


 それを聞いてフェルミナは。


「ないない。そもそもそういう柄じゃないの」


 手を振ってそれを否定する。

 だが。


「ふ~ん……」


 雅騎はそう短く返すも、そこにある表情を見て、思わず苦笑していた。


  ──その割に、まんざらでもない顔してるじゃん……。


 モデルになれる。


 この言葉。

 身長もさることながら、スタイルの良さや、顔の良さなど、ある意味で女性を褒める要素が沢山詰まった魔法の言葉である。

 それを雅騎に口にされたフェルミナの、否定しながらも嬉しそうなにやけた表情。それは紛れもなく、女性として褒められた喜びを醸し出すものだった。

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