幕間 《魔女》の趣味


   魔女の茶会は放課後の保健室で


   幕間 《魔女》の趣味


 その日、保健室を訪ねると真那さんは上機嫌だった。


「やあ。いらっしゃい、悠真くん」


 すでに《魔女》化した真那さんが満面の笑顔で迎えてくれる。


「どうも。なんだか今日は機嫌がよさそうですね」


「わかるかい?」


「そりゃあそんなに嬉しそうにしてたら。笑顔が輝いてますよ」


「見苦しいかな」


「まさか。華やかで素敵ですよ」


「ふふ、口が上手いじゃないか。褒めても何もでやしないよ」


 言いながら真那さんは嬉しそうにティーポットを手にする。何もでないと言いつつ、紅茶は出して貰えるようだ。


「何かいいことがあったんですか?」


 寝台に鞄を置いて俺の指定席になりつつあるラウンドテーブル――真那さんの正面に座って尋ねると、真那さんはお茶の用意をしながら答えてくれた。


「まあね。まあ、実に子供っぽいことであると自分でもわかっているのだけれど」


「聞いてもいいですか?」


「勿論――ただし、話を聞いても笑わないと約束してくれるならね。いや、悠真くんが人の趣味を聞いて笑うような男の子じゃないというのは承知しているよ。だが、我ながらちょっと私らしくないものなのでね――いや、かえって私らしいのかな?」


「そりゃ笑ったりしませんけど――趣味、ですか? いいことってのはその趣味で?」


「うん。まあね。悠真くんはゲームをするかい?」


 ゲーム? 真那さんの趣味はゲームなのか? 意外と言えば意外だな……イメージ的には家でも紅茶を飲みながら詩集とか呼んでそうな感じだけど。というか呼んでいて欲しい。


「……俺はほとんどしないすね。昔は空手一色でしたし、今もスマホのアプリを適当に触るぐらいで。ウチにPS4はあるんすけど、親のなんすよ。夜やってるのを見ますけど、俺は……」


「そうか。では言ってもぴんとこないかもしれないな。悠真くん――君は○○というゲームを知っているかい?」


「ああ、聞いたことあります。ゲーセンにある格ゲーですよね。昔友人がやってるのを見たことあります」


「そうか。実は私は○○が好きでね」


「マジですか。女子も格ゲーとかするんですね」


「……正直、そう言われてもどう答えていいかわからないな。他の女子がどうなのかわからないのでな」


 ……残念なことを言わせてしまった。申し訳ない。


「――それで昨日、○○をプレイしていたんだが」


「え、先輩ゲーセンに行ったんすか? 女子が格ゲーをプレイしてたら目立つでしょ、大丈夫だったんすか?」


「まさか。私が一人でゲームセンターになど行けるわけないだろう」


 俺の問いに真那さんは胸を張ってそう言った。


 ……なんだかなぁ。


「自宅で遊んだよ。PS4でオンライン対戦ができるんだ」


「へえ。そういうもんなんですか」


「……君は君でゲームのことを知らなすぎないか? 友人と話をしていて合わないんじゃないか? 大丈夫かい?」


「話すような友人がいないんで平気っす」


「……そうだったね。すまなかった」


「お互い様です」


 俺も真那さんに負けず劣らず残念だった。


「――……で、その対戦が楽しかったとか?」


「それは勿論そうなんだけどね。それだけじゃない」


 紅茶を注いだカップをソーサーごと俺の前に置いて、真那さん。


「さあ、どうぞ」


「あざます」


 礼を告げてカップに口をつける。柔らかい香りが口の中に広がった。


「……オンライン対戦にランクマッチというものがあってね。プレイヤーで勝敗を競い、その結果でポイントが変動して自分の段位が変わっていくというものだ」


「なるほど」


「そのランクマッチで、昨日ついに最高段位に到達したのだ」


「おめでとうございます。それがいいことだったんすね」


 そう告げると、真那さんはなんだが拍子抜けしたように目をぱちくりさせた。


「……なんか変なこと言いました?」


「あまり驚かないのだなと思ってね」


「ゲームが趣味ってことにですか? 人それぞれじゃないですか。別段変な趣味だとは思わないすよ」


「……多分、君が考えているより私はコアプレイヤーだと思うぞ」


「そうなんすか?」


「うん――最高段位のプレイヤーはそう多くない。世界で二千人に満たないほどだ」


「それは……正直どれくらいすごいかわからないです」


「ゲームの出荷数が五百万本と聞いている」


「は? 五百万? ってことは――ええと、上位0.04%? 先輩はそんなすごいプレイヤーなんですか?」


「プラットフォームはPS4だけではないし、購入した全てのプレイヤーが現在もアクティブとは思えない。そういう意味で0.04%とは言えないわけだが……それでも、自分で言うのも面映ゆいが最上位層である、と思う」


「マジすか、そんな才能があったんですね。ええと――今はゲームのプロとかあるんですよね。先輩はプロになるんですか?」


「eスポーツだね。確かに○○は競技タイトルに挙げられているし、国内にプロ選手も何名かいる。だが私などではプロにはなれんな。そこまで甘い世界ではないよ」


「……そうなんですか?」


「うん。プロ選手はまた一段上だよ。オンラインでプロ選手と対戦したことがあるけどね――いい勝負が出来たのは最初の二、三戦だけだったよ。向こうは私に慣れたらすぐに対応してきた。それからは一方的だったよ」


「ああ――ありますね、そういうの」


 俺にも憶えある。かつて空手をしていた頃の経験だ。対応した側の経験だが――


「そういった悔しい思いをすることもあったけれどね――とうとう上り詰めた。それが嬉しくてね」


「よかったですね。おめでとうございます。それにしても先輩にそんなにすごい才能があったなんて知りませんでしたよ」


 改めてそう告げると、真那さんは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう――私に才能なんかないよ。好きで続けていただけさ。むしろ才能なら君の方があるんじゃないかな?」


「俺ですか? いや、俺も好きでのめり込んだ口なんで――」


「そうじゃないよ。いや、日本一になったのだ。少なくとも空手に向いていたのだろう。だが今私が言ったのはゲームの才能のことさ」


「ゲームの才能、ですか?」


「ああ。あると思うよ。空手で鍛えた運動神経、反射神経、精神力はゲームでも活きる。君が本気になればプロ選手になれるかもしれないぞ」


 そんなこと考えたこともなかった。大体ゲームなんてほとんどしたことがない。父さんがプレイしているRPGをちょっと覗いたり、母さんにパズルゲームの相手をせがまれて相手したり――その程度だ。


「いや、無理ですよ。ゲーム――それも格ゲーなんてしたことないし」


「なんだ、君らしくもない」


「俺らしくない、ですか?」


「私にはそう見えるよ。したことがないのに無理と断言するのは自信家の君とは思えないね」


「むう」


「……良かったら今度一緒に遊んでみるかい? 私で良ければ教えて上げよう」


「――え?」


 これは自宅に招待されているのか? 真那さんにゲーセンは無理だろうし――


 彼女の言葉の真意を考えていると、それに気づいたらしい真那さんが顔を真っ赤にする。


「い、いや――私の部屋に、というわけではなくてね? ああ、こういう言い方では君に来て欲しくないように聞こえてしまうな。ああでも是非来て欲しいというわけでも――もう! つまりだね、単に一緒に遊べたら楽しいかなと思ったゆえの発言で――」


 目をぐるぐるさせて真那さんがまくし立てる。


「――先輩がもう少し《魔女》に慣れたら、一緒にゲーセンに行ってみますか」


「そう、つまり私はそう言いたかったわけで――」


「どんまいです」


「……うう。言葉選びを間違えました。恥ずかしいです……」


 素に戻った真っ赤な顔でそう呟く。


 一緒にゲームセンターに行けるようになるのはもう少し先のようだ。



〈了〉


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魔女の茶会は放課後の保健室で ―学校一の美少女先輩は友人ゼロのコミュ不全― 枢ノレ @nore_kururu

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