エピローグ 《魔女》の茶会に
『何を言ってるのかちょっとよくわかんない』
そう言うと思ってたよ。
あの直後に力尽きた真那さんの「……恥ずかくて死んでしまいそうです。今日はもう帰ってください……」という言葉に従った俺はまた明日と言い残して保健室を出た。ついでにそのまま学校からも出た。さすがに受業を受ける気分ではなく、愛車に跨がってぶらぶらと時間を潰し、帰宅するなり椿姉から着信。その後を問われ――説明した結果がこれだ。
『もう一回説明して? このあと部活に行かなきゃいけないから手短に』
「だから、先輩がもう《魔女》は嫌だって言い出して」
『うん』
「説得ロールで俺のダイスが火を噴いて」
『うん』
「明日はマカロンを食わしてくれるらしい」
『そこ。そこがおかしい』
「どこ?」
『お前マカロンって……意味わかってる?』
「インスタ映えするやつだろ?」
『……あのな、確かに二人で話し合えとは言ったよ。だけどな、私の職場をピンク色に染め上げろとは言ってないんだよ。お前私が必死になってお前の停学を回避する為の神口上を頭の固い連中にお見舞いしてるときになにしてくれてんの?』
「え?」
バレてる?
「……なんで?」
『女が男にマカロンをプレゼントするのにはな、あなたを愛していますって意味があるんだよ』
「……そうなの?」
『うん』
あの言葉にそんな意味があったのか。あの人なら知っていて言っているだろう。勇気が要っただろうな。だからあんなに素っ気なく言ったのか……可愛いな。
「……椿姉がそんな女の子っぽいこと知ってるなんて思わなかった」
『お前ホントいい加減にしとけよ……』
電話の向こうから殺気が漏れ伝わってくる。しかし椿姉は嘆息し――
『……まあ、伏倉がお前でいいって言うならそれでいいか。お前伏倉泣かしたら全身の関節逆に曲げてやるからな』
すげえ脅し文句だ。椿姉が言うと三割ぐらい本気に思えるのが逆にリアルで怖い。
「前向きに善処する。っていうか、やっぱ俺の名前出てるんだ?」
『芝木がお前を恫喝したと申し出たそうだ。逢坂が第三者として公平に説明したのは伏倉にとってはプラスに働いたが、お前の方から芝木の胸ぐらを掴んだことも説明してしまっている。それはまあ、嘘ではないから逢坂を責めることはできんが……しかし結局今回の件に関しては芝木に原因があるという線で落ち着いた。実際胸ぐらを掴んだだけだし、お前はお咎めナシだ。伏倉もな』
「芝木は?」
『反省文の提出と部活動の無期停止だ。まあ一週間というところだろう。お前に試合組手を強要した件は部に持ち帰って改めて追及する』
「なあ、椿姉。頼むから高体連には――」
『……悠真、お前はそれを気にしていたのか』
全国高等学校体育連盟――通称高体連。早い話がインハイを取り仕切る組織だ。空手部の暴力事件などもってのほか――あの件が高体連の耳に入れば出場停止は勿論、部の存続さえ危ぶまれる。
俺のせいで椿姉の古巣に疵がつくのは控えめに言って最悪だ。
「頼むよ、姉さん」
『――……、芝木よりお前の方がよっぽど卑怯者だよ。顧問にはお前が内々での処理を強く望んでいると伝える。私も尽力する』
「サンキューな」
『もう少し重みのある感謝はできんのか』
「サンキューな」
『……もういい。お前はお咎めナシではあるが、お小言はあるぞ。明日は早めに登校して生徒指導室へ顔を出せ。わかったな』
「あいよ」
『……私もお前といろいろ話したいよ。だけど今は時間がない。しばらくは無理だろうが、落ち着いたらまたお前の家に行くよ』
「……ああ、わかった」
『うん。じゃあ切るぞ。もう時間だ』
「まった、椿姉。もう一つ頼みが――」
『――うん?』
◇ ◇ ◇
翌日の昼休み。俺は開放的な環境で昼食を楽しもうとする生徒で賑わう進学科の校舎の屋上を訪れていた。あまり大っぴらにしたい訪問ではない。放課後を選ぶべきだったかと後悔するが、どの道放課後はだめだ。放課後は保健室で《魔女》の茶会の予定がある。マカロンも待っているし。
生徒がそれぞれ昼食を、おしゃべりを楽しむ中、俺は目的の顔を探す。
ほどなく目当ての人物を発見。歩み寄って声をかける。
「――こんにちは、逢坂先輩」
「! 君は――」
急に声をかけられて驚く逢坂さんだったが、すぐに何かに気づいたように表情を改める。
「……こんにちは、羽瀬くん」
「……昨日は助かりました」
「そんなこと……私がしたこと考えたら、あのくらい」
そういう逢坂さんの顔には陰りがあった。この人も色々と抱えているんだな。
「花村先生に一人でここに来るように言われたのだけれど……もしかして君が私を呼び出したのかな?」
その通りだ。彼女の連絡先を知らない――どころか昨日一度だけ顔を合わせただけの俺には彼女に連絡をする術がなかった。だが、彼女のカウンセリングをしていた椿姉なら――
そして結果はこの通り。
「理解が早くて助かります。先輩に尋ねたいことがあって。すみませんね、昼休みにお呼びだてして」
「……ううん、構わないよ。私、花村先生から聞いて君のことを知っている。伏倉さんと仲が良いんだよね。尋ねたいって話の内容も大体わかる……と思う。隠せる立場じゃないし、なんでも聞いて」
そう言う逢坂さんの顔は諦めの色が濃かった。いや、哀しみだろうか。多分自責の念からくるものなのだろう。
話の内容も大体わかると言っているが、それはどうかな?
「……話しにくければ場所を変える? 下の実験室なら多分人もいないと思うけれど」
「いえ、すぐに済むんでここで」
「――すぐに?」
過去の所業を糾弾されるとでも思っていたのか、逢坂さんは怪訝そうに問う。そんなつもりは毛頭ない。
俺は彼女の言葉に頷いて。
「ええ。聞きたいことは一つだけです。逢坂先輩――《魔女》の友達になるつもりはありませんか?」
「――え?」
「逢坂先輩さえ良ければ、折りをみて《魔女》の茶会にお招きしたいと思ってるんですけど、どうでしょう?」
《了》
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