第4話 改悟
12月に入り、いよいよリード&ライト小説大賞の募集が始まった。
特設のランキングページが作られ、野々坂のラブコメ戦隊ものという訳の分からない作品が早々に1位に踊り出た。
クラスタの能力を結集すれば当然の結果だが、ここを維持できるかが問題だろう。
応募開始から3日、4日と時間が経過すると、やはり実力派書籍化作家の新作がグイグイと順位を上げてきた。
複数のクラスタメンバーから評価投入の要請が届き、中には懇切丁寧にネットカフェを利用した複垢評価のやり方をレクチャーしてくれるユーザーまでいた。
勿論、全ての内容はスクリーンショットで記録しておく。
そして、いよいよ野々坂の作品がランキング2位から3位に転落、そのタイミングを狙ってSNSのダイレクトチャットで協力を申し出ると、評価の依頼を送って来た。これで、野々坂クラスタを潰すための証拠は手に入った。
後は、証拠を押さえていないクラスタの幹部と思われるユーザーに接触して、淡々と証拠集めをしていけば全てが終わると思っていた。
ところが、新設されたレボリューション部門で澄河ささらの『視線』が1位に踊り出たのだ。
どうやらWEB小説を紹介するサイトで取り上げられたのが切っ掛けのようだが、瞬く間に読者を増やし、評価を積み上げていった。
元々、不人気部門を統合したようなレボリューション部門なので、他の部門よりも参加作品も少なかったのも幸いしたのだろう。
俺の心の中に、また葛藤が生まれた。
まだ澄河ささらの名前が含まれたクラスタのリストは報告していない。
相互依頼の証拠であるスクリーンショットも、俺のパソコンに入っているだけだ。
俺が澄河ささらをリストから消せば、アカウントをBANされることもなく、おそらく受賞、担当編集者が付いてアドバイスを受けて改稿すれば、十分商業作品として通用するだろう。
俺は葛藤を抱えつつも野々坂クラスタの幹部どもの証拠を押さえ、更に協力関係にあるクラスタの主催者や協力者とも接触を図り、証拠のスクリーンショットを集めていった。
日々更新されるランキングに一喜一憂し、クラスタの構成員達は憑りつかれたように評価を求め狂奔し続けた。
一年の終わり大晦日を迎え、年が明けて新年が始まっても、馬鹿騒ぎは続けられた。
当落線上にいると思われるメンバーを押し上げるための工作や、ランキング上位にいる作品を掲示板サイトなどで貶める工作までが行われていた。
当然、そうした工作についても、証拠のスクリーンショットを押さえ、報告リストに入れる。
俺が証拠を押さえるために奮闘している間も、『視線は』レボリューション部門の1位を守り続けていた。
幸い、クラスタではひ孫に連なるような末端だったおかげか、掲示板サイトにも澄河ささらの名前は上がっていない。
対する俺のユーザーネーム雲野鋭狗はクラスタの黒幕扱いまでされるようになった。
どうやら、掲示板ユーザーの中に野々坂クラスタに潜り込んでいる人間がいるらしく、かなり詳しい内容までが書き込まれていた。
それだけ詳しいならば、サイトの運営に通報しろという指摘に対しては、応募期間終了と同時に通報する。
読者選考通過確実と思わせておいてBANされた方が楽しいだろうという書き込みには少し笑ってしまった。
誰しも考えることは似たり寄ったりなのだろう。
応募期間終了迄あと2日となり、俺は報告する資料をまとめ始めた。
もうSNS経由での評価依頼も下火になっている。
来週からユーザー応援期間が始まるので、また一気に依頼が増えるのだろうが、俺の業務期間は明後日までだ。
勿論、俺のアカウントも削除されるだろうが、こんな馬鹿馬鹿しい仕事はもう懲り懲りだ。
小説を書くなら、沢山の人に楽しんでもらえるように書きたいし、いくら潜入捜査とは言えども不正を助長するような行為はやりたくなかった。
「まぁ、今週末までは俺は不正の権化のような存在だからな、この程度は良いだろう……」
俺は、澄河ささらの告発を止めることにした。
既に証拠を押さえた人物のリストから外し、スクリーンショットも削除するつもりだ。
ただ一つだけ証拠が残っているとすれば、幹部から渡されたリストのスクリーンショットには澄河ささらの名前が載っている。
これを児島達が、どう判断するかだろう……と思いながら掲示板サイトの書き込みを見ていたら『視線』が話題に上がっていた。
澄河ささらは野々坂クラスタの末席に連なるものだと、例の事情通らしき者が書き込んだのだ。
掲示板の意見は二つに割れていた。
一方はクラスタの構成員として不正を糾弾する者達、一方は『視線』を読んで評価し擁護している者達だ。
擁護している者達の言い分は、クラスタの作品とはPVと評価の上がり方が全然違うから、これは正当な評価によるものだというものだ。
確かに、他のクラスタ頼みの作品とは、評価の入り方が異なるし、感想の書き込みもクラスタ要員以外によるものの方が多い。
俺は、報告書の提出期限ギリギリまで迷ったあげく、クラスタの幹部から渡されたリストには名前を残し、スクリーンショットは消すという日和った報告をした。
報告書を提出すると同時に、俺は移動願いを出して元の編集部へと復帰した。
俺の業務はあくまでも潜入捜査だったので、その後の処分や審査結果については知らされなかったし、こちらからも確認しなかった。
ただ、SNSの通常アカウントにも大量BANの話題が流れてきたので、予定通り大鉈が振るわれたのだろう。
そして5月の終わり、リード&ライト小説大賞の最終結果が発表されたが、レボリューション部門の大賞にも、特別賞にも『視線』は載っていなかった。
驚いてSNSの澄河ささらのページを見に行くと、お知らせが書き込まれていた。
無自覚だったとはいえ、規約違反となる相互評価を行っていたので、受賞は辞退し、リード&ライトのアカウントも削除するとあった。
ただ、創作活動を辞める訳ではなく、どこかで細々とでも書き続けていく、今度は、誰に対しても胸を張って発表出来るようにするとも書かれていた。
なんと潔い決断だろうか。編集者として売り上げ至上の生活を続け、いつの間にか俺も薄汚れていたと気付かされる思いだった。
願わくば、いつか彼女の作品を俺が世の中へと送り出したい。
その為に、俺も編集者として胸を張れる仕事をしようと思いを新たにした。
クラスタ潜入捜査 篠浦 知螺 @shinoura-chira
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