第6話 尻尾を掴む

アーサー王物語。


その物語に日本は関わってすらいない。が、昨今ではゲームなどに多くその物語は用いられ、その話を耳にしたことがある人は多いだろう。


おそらくは中世ヨーロッパ、石畳と煉瓦の街並みを想像する人が多いはず。


少なからず、前世の記憶を維持したまま、現代から転生してきた俺も例外ではなかった。


そして転生してきたこの世界には円卓の騎士という騎士たちがいて、島国の守護者となっている。


まさにアーサー王伝説そのものであった。


しかし俺の生きた現実世界の空想物語と、異世界がリンクすることはあるのか。


この世界もまた今の俺にとっては「現実世界」だ。


現実と空想が混じりあい、ファンタジーと化しているこの世界。つまるところ、この国はオタクの類からしてみれば夢の国だ。ネズミが二足歩行している国より夢の国だ。


そして俺の生きていた頃のファンタジー世界のイメージは、この世界にほとんど合致した。


しかし想像の範疇を超えていたのは、魔法によって代替されてはいるが、現実世界の中世よりも科学が進歩していることだ。


通信は魔法によってスマホが普及した現代並だし、ラジオどころかテレビが存在している。


異世界転生自体が、そもそも理解の範疇を超えていたので、もはやそんなこと俺は気にも留めなかったが。


「うん! 今日もフェルミナク通りは平和です」


天気は良好、目立ったいざこざも無し。調査に赴いた大通りで、ついそんな言葉が出た。


「ちょっと、騎士でなくても食べ歩きは行儀が悪いよ」


「足は止めてちゃダメなんだからこうするしかないだろ? はい、あーん」


「え、あーん…」


しぶしぶと言った様子で、差し出した串焼きをベルヴィアは頬張る。


俺たちもまだ24。一言でいえば若い。また実行犯に気取られないために鎧を脱いでいるので、街ゆく人から見れば、1組のカップルがデートしているようにしか見えない。


おそらく他のペアたちも、とある事件の調査なんて雰囲気をうまく隠しながら、調査を遂行しているであろう。


そもそもこの国では、円卓騎士がそこら辺を歩いていようものなら、たちまち人に囲まれ、立ち往生するくらいだ。


そんな中、2人の円卓騎士がろくな変装もせずに並んで歩けているのは、国民はほとんど、円卓騎士を肖像画でしか見たことがないから。


国民の大半が、円卓騎士をその鎧と紋章がなければ見抜く事は出来ない。


「しっかし、こんな人通りの多い通りを、人一人抱えて移動なんてできるか?」


「深夜ならともかく、ここはグリストリン家からはけっこう離れているし、可能性は薄いかも」


地図を広げ、ペンを取り出すベル。


グリストリン家の場所に✕とつけ、そこからこの通りまでのルートに線を引く。


「ひとまずここからグリストリン家への道を辿るようにして調査を進めましょう。その途中で聞き込みとかもできれば…」


「あ、おねえさーん。この串焼き5本くださーい」


「って聞いてないし」


もはや正直俺の気分は食べ歩きだった。


魔力痕跡さえ探し当てれば、あとは何をしようが犯人は芋づる式で見つかる。なら誰も怒りはしないだろう。


だが仕事真面目なベルはとてもそんな気分にはなれやしないだろう。それが少し悔しいのか、膨れっ面になっていた。


「はい串焼き5本で、300マニーになります!」


「ありがとう。あれ? 1本多くない?」


注文より多い串焼きを指摘すると、売り子のおねえさんは口を俺の耳元に近づけて、


「サービスです♡」


「…………はい?」


いつの間にか背後に嫁がいた。


かわいらしい膨れっ面が、一転し満面の笑みへと変わる。もちろん心は笑っていない。





「んであのおねえさんに聞き込みしてきたんだけど…」


「へー。見ず知らずのお姉さんと楽しくおしゃべりしてたんだ?」


「いえ聞き込みです。まぁ特に情報は得られなかったけど」


「それ結局おしゃべりじゃない!」


「まぁこんな人通りの多いところを逃走経路には使わんわな」


妻の怒りをあしらうため、あっけらかんとしてみたが、もうベルの顔は風船のように膨らんでいる。


しかし結婚してなお、こんな些細なことで妬いてくれるとは。その膨れっ面を眺めて、夫としては嬉しいのだった。


「今日の夕飯は唐揚げがいい」


串焼きを眺めてふとそう口にした。別に話をそらそうとした訳ではなく、ふと口から出た。


「はぁ…」


毒気を抜かれたようにベルがため息をつく。


「今ひたすらお肉食べてるのに、夜もまた肉がいいの?」


「まぁそういう気分だし。あの子たちも喜ぶかなーって」


唐揚げももちろん俺が一家にもちこんだ料理だ。


今では一家の食卓によく並ぶ一品となっている。


毎回つくれば、おいしいおいしいと齧り付く子供たちの笑顔が食卓に浮かぶ。


「……ふぅ。そうしよっか」


ただ一言、ベルはそう返してくれた。




────────


人通りの多いフェルミナク通りからアタリを変え、暗い路地裏を進んだ。


だから人通りが少ない、はずなのだが、


「うわー、これ結構な掘り出し物だぞ。おじさんこれいくら?」


「そんなガラクタに値打ちなぞないわ。銅貨一枚で充分だ」


「はぁ…。結局大通りを行っても、裏路地を行ってもやることは変わらないのね…」


裏路地を歩き始めてからは、最小限の会話で、真面目に魔力痕を探していた。


しかし、怪しい雰囲気の魔道具商を見つけた途端、飛びついていった俺にため息を漏らすベル。


ほんと、魔道具には目がないよね俺。


生粋の魔術師であり、故に魔道具にはことごとく興味をひかれる。


いつもどこかからガラクタを見つけてきては、変なものを作ろうとするのは性のようで、昔から変わらない。


「ありがとう、おじさん。でもさ、すこーし俺とお話してくれたら、気持ち分も上乗せで銀貨一枚、いや金貨1枚出してもいいんだけど…?」


「……何の話だ」


「ちょっと1つ聞きたいことがあるんだ」


値段の交渉かと思いきや、次の瞬間には聞き込みを遂行する。すなわちこのオッサン、けっこう怪しいのだ。


魔道具商は静かに瞑目して、質問を促す。


「この辺でさ、最近変わったことない?」


「変わったこと、だと…?」


「何でもいい。たとえば主婦さんたちの世間話が不穏だったとか、実際に不穏な空気がするとか」


例を挙げて、男の記憶に探りをかけながら、にたっと不気味な笑みを見せる。その目は、微細な嘘でも見抜くぞ、という雰囲気を演出するのが大事だ。


情報の売買をするにあたって大事なのは「駆け引き」である。


目で見て、手で触れて確かめることが出来ない実体のないものだからこそ、大事なのは「物を見る目」ではなく、「人を見る目」だ。


魔道具商もそれをよく分かっているからこそ、即答はせず、考え込む素振りを見せる。


そしてしばらくしてから、何かを決めたように向き直り、重たい口を開いた。


「……最近、ここらで知らねぇ奴らがコソコソしてんのを見たことがある」


「いいね。そういうの聞きたかった。で、どんな奴らだった?」


いいね、と口では言いつつも、妖しげに浮かべる薄笑を止めない。


何を思考するのか魔道具商の男は、少しだけ言葉を詰まらせた。


しかし、目の前の死神のような不敵な笑みに「ねぇねぇ…」と急かされ、反射的に言葉を紡いだ。


「明らかにこの国の奴らじゃなかった。奴ら、こんな暗(くれ)ぇ路地の中、大声で叫びながら、




────北の方へ走っていったよ」




はっきりとそう言い切った。


目は鋭く質問者を睨みつけていた。それは捕食する側ではなく、されそうになっている側の威嚇か。


逆に魔道具商から、その情報を食い尽くさんとする捕食者として、


「へぇー…。そうなんだ、助かるよ」


淡白にそう返した。


一方それを傍から眺めていたベルヴィアには、今2人の間で行われる真偽の駆け引きを感じ取れないので、「ちょっと、顔が怖いよ」と俺に耳打ちしている。


さも一般人を脅し、彼の持つ事実を抜き取ろうとしているようにでも見えていたのかだろうか。


そんな彼女を意に介さず、懐から取り出した金貨を指で弾き、魔道具商に渡した。


それからさっきまでとは打って変わって、一気に頬を弛め、


「ご協力感謝するよおっさん。やっぱ怪しいヤツのことは怪しいヤツに聞くのが正解だな」


「いや『怪しいヤツ』はさすがにしつれ──」


「いくぞベル。やっぱずっと張ってた北の廃坑で間違いないみたいだ」


「ちょちょ…ちょっと!」


そのまま大通りの方へと飛び出す。


律儀なベルヴィアはぺこり、と魔道具商に一礼してから、俺の後を追ってきた。



──────────


残された魔道具商は、手に落とされた金貨を握りしめることもなく、2人の駆けて行った方向を眺めていた。


「…………………恐ろしいな」


そう呟いた。


そのままゆっくりと金貨を懐にしまい、また何も変わらずに次の客を待ち続ける。


並べられた商品の中からは、さっきの客が掴んだガラクタがきっちりと消えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生騎士のペアレンツライフ まりる @google1546

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ