第一章

 本日、首都内湾。

 早朝の漁に出た漁船から、朝靄の中をゆっくりと進む巨大な人型の上半身を見たと、漁師が所属する海運局の方に通報が入った。

 それはそのまま海上保安庁、水上保安庁に通達され、一気にこの首都内湾周辺区域が厳戒態勢となった。神無川県沿岸部や第参海堡には巡視船や水陸両用戦車が起動状態で待機姿勢となった。湾内は漁も海上工事も一切停止され、粛々とした雰囲気でその日は始まる。

 朝靄が完全に消え、海の向こうから立ち上る朝日を背に受けながら、それは現れた。

 巨大な人型の上半身が海の上を静かに進んでいる。

 両肩には二本の筒を背負っている。

 それは大砲のようにも見えるし、何かを繋ぐための導管のようにも見える。

 この国に現れる機械神は、あの二本の筒をどこかに運んでいるといわれている。

 天国へ登れる螺旋階段か、地獄へ直行の落とし穴か、過去に戻れる時間隧道タイムトンネルか。それは誰にも分からない。

 その行き先不明かつ届け先不明なシロモノを運んで湾内通過中である機械神の、腰部に当たる部分のハッチの一つが開くと、少女がそこから頭を出した。そのまま上半身を出して周りを確認する。体にぴったりとしたボディスーツでも着ているのか、綺麗な胸の形が浮き彫りになっている服装。

 しかしこれだけの振動の最中にいるのに、彼女は顔色一つ変えないで状況確認を行っていた。彼女がいるのは腰の辺りなので腕や脚に比べればまだましであるが、それでも相当な上下動をしているはずである。

「――」

 彼女は硝子のような青い瞳を動かし周囲確認を続けると、ようやく目的のものを見つけた。外部機器を止めているボルトの一つが緩んでいる。

 彼女はハッチから全身を出すと手近な場所にあったフックを掴んで体を支えた。そのフックを掴んだ指が、間接ごとに隙間が開いていて、そこから回転や伸縮を組み合わせた複雑な可動機構が覗いていた。

 彼女は義手なのかと思うとそうでもなく、良く見れば手首・肘・肩と、指の関節をそのまま大型化したような間接で腕が繋げられていた。更には首にも胴にも股間にも隙間が開いていて同じような間接が見える。脚部も同様。

 彼女は機械神の中に常駐する少女の形をした人型機械、自動人形オートマータの一体。ボディスーツに見えたものは、彼女の外皮である表面装甲であったらしい。顔色が変わらないのも、顔面部で動く部分は眼球しかない硬質なものだからだ。

 機械神とは他の機械に準えると、艦艇ほどの規模の物体となる。それだけ雄大なものになれば、全くの無人で動くということも考えられず、艦船と同様に内部で常態維持を行う「何か」が必要になる。

 それは普通の艦や船であれば人間が乗り込んで行うことになるのだが、艦船が動くのは基本的には平面(二次元)だから可能なのであって、遊園地の大型遊具のような常に三次元機動を行っている機械神の中で作業するのは不可能である。

 重要部位(操縦施設等)には、機体機動を相殺する重力変動機構があるだろうが、手足にはそんなものはあるはずも無く、その部位に生身の人間が乗っていたら壁や天井に叩き付けられてミンチは確定である。

 根拠地に帰り着いての整備であれば生身の人間も乗り組んでの作業もできよう。だが、動くたびにどこかしら壊れていくのはこの手の巨大機械の常であるので、艦艇のように動いている最中でもある程度の修理・整備作業は出来なければならない。

 そこで考案されたのが彼女たち自動人形オートマータである。

 複雑な動きを可能にする機械腕を内部に大量に設置しておけば良いのではないかとも思われるが、やはり固定式では緊急時の柔軟な対応が難しいので小型の移動機械の常駐が考案されたのだが、人間と同レベルのフレキシビリティが求められた結果、ならばいっそのこと人型を模したものを――ということでこの少女型機械の設置となった。女性型であるのはその細い体で、どこにでも入り込めるようにだ。

「――」

 自動人形の彼女は、機体表面の軽度な損傷(ボルトの緩み)を察知して出てきたのであるが、自分が出てきたハッチから目標までは、機械神の表面を歩いていくには少し距離がある。

「――」

 彼女は少しだけ思考時間を取ると、次の瞬間にはフックから手を離してころんと転がるように身を投げた。そして空中で体を回転させながら――変形した。

 肩関節が上の方に折り曲げられ、肘と手首も深い角度で曲がり、腕全体が三角形を模した形になる。それが両腕分一対顔の前で組み合わされ、下腕で顔部を隠すようになる。デルタ型となった腕は、拳と肩の間にはトライアングルのように少し隙間があいている。

 脚部は膝下の部分が膝関節の前に移動し、足が下へ折れ曲がる。脛部分が前に押し出され、膝関節と踵の間に空白ができる形になる。

 膝関節があった部分には今は管状の機器が露出しており、踵にもある同じような形の機器との間に光線が走った。腕のトライアングル状の隙間には光球が灯る。

 これは機械神の中を高速移動するための飛行形態である。

 彼女達の体は機械が詰っている都合上、見た目に対して非常に重い。個体差もあるが平均で150キロはある。

 そんな重量物である彼女たちが素早く移動するのは問題も多いので、機械神内部での円滑な高速移動の為にこの形態へと可変する。細い体を更にコンパクトにまとめ、機械神からの受信、そして自らを飛行させるためのユニットを露出させた形態へと変形するのだ。

 トライアングル状になった腕は、その隙間の部分が機械神からの受信装置であり、本体からの無線充電と遠隔操作を受ける。これにより機械神の中であればほぼ無限の飛行能力と、機械神本体からから送られる壁との自動測距によりぶつからずの高速内部飛行が可能となる。

 脚部は飛行ユニットであり、擬似火電粒子を用いた浮遊素子を膝関節から踵へ流動させることにより飛行できる。

 更に人型であるから胴体にも間接はあり、カーブを曲がる時に腰も曲げることにより、角に添うように最小の旋回半径で狭い場所を進むことが可能。

 この飛行形態は機械神の影響下にあれば装甲表面の外部でも飛ぶことが可能であり、機械神から離れた状態でも極短時間であれば飛行可能である。

 彼女はその可変能力を利用して、少し離れていた目標まで一瞬で飛んだ。到着すると再び人型へと戻り、ここでも手近なフックを掴んで自身を固定する。

 自動人形は緩んだボルトを手で掴むと、そのまま回して締めなおした。この程度の軽作業ならスパナなどは必要ない。鉄製の彼女達の手指そのものが工具となる。

「――」

 作業を終えた自動人形が再び変形して中へ戻ろうとした時、高く打ちあがった波に飲まれた。

 それは機械で出来た彼女であれば、少し静止していれば凌げるはずの、なんてことのない物のはずであったが、固定しているフックの方が外れた。面積の割りに重量のある自動人形の体に当たった波の圧力を全部引き受けた結果、許容範囲を超えてしまって外れたらしい。海の波とは頑丈に作らている筈の艦艇の艦首を潰すほどの力があるので、今回も様々な作用が合わさって、このような結果になってしまったのだろう。

 波に流された彼女は機械神の外装に叩き付けられ、右膝から下が装甲と機器との隙間に入り込んでしまった。

 それを外そうとする暇も無く、もう一度強い波を浴びた。その水圧を受けた彼女の右足は、挟まった部分からバキリと折れてしまう。自動人形の体が波間に落ちた。

「――」

 彼女は左足だけ変形させて飛行を試みたが、いくら飛べるとはいっても波に揉まれてはなす術も無く、そのまま機械神の移動で背後にできた渦潮に飲まれて海底へと落ちていった。

「――」


「――?」

 再起動に成功した彼女は、自分が仰向けで寝かされているのを感知した。

 背面の感圧感覚器センサーからの情報によると、人間用の医療用ベッドに寝かされているらしい。そこから揺れを感じるので、移動している何かの医務室に運び込まれた様子。

 彼女は視覚での情報取得の為に眼球部を覆うカバーを開いた

「目を開けた!」

 視界情報が確保された瞬間、音声情報が入ってきた。女性の声だ。「おお!」という複数人のうめき声も聞こえる。

「――」

 眼球を動かすと、自分のことを見下ろすように仕立ての良いスーツ姿の人物が見下ろしていた。端正な顔立ち。男前と称して十分なキリッとした顔の作り。しかし彼女の感覚器センサーは騙されない。この人物は女性だ。

「ここはどこでしょうか?」

 それが彼女の発した第一声だった。

 しかし彼女の口は動かずに声だけ出てくるので、ベントリロキズムで喋っているような妙な感覚ではある。

「しゃべった!」

 相手の端正な顔から、軽くはしゃぐ女性の声が跳び出た。男物のスーツを着ているがやっぱり間違いなくこの人は女性だ。自分の感覚器に大きな損傷が無いのを自動人形は確認した。

 しかし状況把握のこちらからの質問は受け入れられず、男顔の女性は後ろに控えている人々と嬉しげに話あっている。

「――」

 まずは自分がどのような状況に置かれているのか把握しなければ。

 ここはどこなのだろう。機械神の中にある自動人形用の整備工場ではないのは確かなのだが。そもそも機械神の中に人間は居ない、現状では。

「わかる!? 私の声わかる!?」

 一回質問がかわされてしまった男顔の女性から、声が投げかけられた。こちらの質問が受理されるには、相手の質問にまずは回答しなければ要求が通らない様子。

「はい、女性の声です。あなたは女性です」

「!」

 そう判断した自動人形が、相手の質問に添うよう的確に答えると、その男顔の女性の顔が驚愕に包まれた。

「多くの女性を虜にするイケメン総帥の正体を早々に見破るとは、さすが超越技術オーバーテクノロジーの塊ですな」

「イケメンは余計だっつーの!」

 後ろに控えた一人の男の頭へと、そのイケメンな女性がコツンと拳を見舞う。

「ここはどこなのでしょうか?」

 自動人形が質問を重ねる。一向に答えてくれそうに無いので、とりあえずもう一度言ってみる。

「ああごめんごめん、ようやく出会えたあなたが目を覚ましてくれたのが嬉しくて、話が脱線したままだったわ」

 その総帥と呼ばれたスーツ姿の女性は軽く居ずまいを正すと、こう答えた。

「ここは海底に沈んでいたあなたを回収した疾風弾はやてひき財団所有の潜水艦の中よ」


 話は機械神通過という災害に見舞われる渦中の首都内湾に戻る。

 災害指定の物体が進んでいく内湾の海底には、一隻の潜水艦が鎮座してその動向をうかがっていた。

 艦橋には疾風弾財団総帥である疾風弾雪火はやてひきせつかの姿。先ほどのスーツ姿の女性である。

「……近くで見るとやっぱりすごいわね」

 伸ばした潜望鏡から海上を進んでいく巨影を見ながら、そうのんびりと呟く。

 疾風弾財団総帥という重要すぎる役職にいる彼女であったが、本日はたまたま予定が空いていたので(機械神通過により潰れた予定もいくつかあった)財団所有の潜水艦に乗り込んで近くで見ようと思っての行動だった。

 相手は台風や竜巻級の災害であるので、湾内を通過中は全ての水上船舶は活動停止となる。もちろん近づいての観測も禁止されている。

 しかし海の中まではその目も届かない。そもそも潜水艦や潜水艇を保有するのは殆どが国家直属組織であるのだから、禁止する必要が無いのである。その「殆ど」から外れている、財団所有の潜水艦を持ち出して海の中を進んできたというわけだ。この国有数の潤沢な資金のある組織ならではの裏技である。

「やっぱり疾風弾財団の総帥たるもの、機械神くらい近くで見た経験がないとね~」

 そんな雪火が、総帥らしからぬ鼻歌交じりで言う。

 物見遊山で大災害の間近まで来させられた他の乗組員はたまったものではないが、財団の中心組織である疾風弾重工の更なる技術力向上の為のサンプルを取るためでもあるといわれてしまえば、財団保有の潜水艦を出さないわけにもいかない。

「……ん? あれ、なんか落ちた?」

 機械神の腰の辺りを高い波が洗った時、その波間に吸い込まれるように何かが海面に落ちたように見えた。

「今のなんだろう?」

「調音の方でも確認しました。音紋から推測するに人のような物体が海面に落ちてそのまま沈下したと」

「ひと!?」

 機械神から人が落ちた? あれには人が乗っているのか? その報告を聞いた艦橋内のスタッフにどよめきが走る。

「ですが沈降速度が異常だと」

「異常?」

「人であるならば力士並の体重があるのではないかと」

「りきし? お相撲さんってことか? でもそれだけの太っちょだったら水に沈まないわよね? じゃあボディビルダーか?」

 脂肪ではなく筋肉が多量に付いた体であれば、逆にまったく水に浮かない。しかしその手の筋肉だけ発達させた者が力士並の体重になるのはおかしい。

 そもそも機械神になんでそんな体格の人間が乗っていて、そして何故海に落ちたのか?

「でも本当に人だとしたら、助けてあげないといけないわよね」

 雪火は潜望鏡を格納させると、この艦を預かる艦長の方に振り向いた。

「とにかくその落水地点に行ってみたい。潜水艇積んでるでしょ、回収はそれで。私も乗るからね」

「……まだ機械神は通過中で、湾内の安全が確認されていませんが」

「良いから急いで! 総帥命令よ!」


 潜水艦から搭載潜水艇に乗り換えた雪火は、人のようなものが落ちて沈んだとされる海域をさまよっていた。

「どう、見つかった?」

「いえ、まだなにも」

「この辺りに落ちたって報告なんだけどなぁ」

「再度母艦に問い合わせてみますか?」

「でも結局音拾ってそれで計測するだけでしょ? だったら目視で直接探せるこっちの方がまだ確実……って、あれじゃない?」

 潜水艇に設けられた丸窓に顔を押し付けるようにして海底を良く見ようとしていた雪火が、砂底に半ば埋もれるように横たわる、人型の何かを見つけた。少女のような小柄な体格。

 始めそれは廃棄された女の子型のマネキンのように思えた。片足が壊れて無くなってしまったものを不法投棄したのかと。

「逆探の反応は?」

「跳ね返ってきた反応は、金属質のものです」

「……じゃああれなのね、機械神から零れ落ちてきたものは」

 潜水艦に乗り込んでいる音響担当官が、力士並の重量がある人のような何かといったのは、多分あの少女のような何かが金属でできているからだろう。それで全てに合点が行く。

 雪火は艇長に接近を促す。

「外部マニピュレーター準備」

「了解です」

「始めて発見された個体だわ。慎重に回収して」


「というわけであなたのことを回収してきたのよ」

 雪火の乗る潜水艇は海底に沈んでいたオートマータを拾って母艦に戻り、母艦である潜水艦も疾風弾重工所有のとある場所へと帰還した。

「総帥、指定の物が届きました」

「ご苦労さま、そこに置いて」

 雪火と自動人形のいる医務室に総帥側近の一人が現れ、大きな車輪の付いた自走式の椅子を置いていった。

「なんでしょうかそれ?」

「車椅子よ。しかも太ましい人用の特注品」

 ここで行った簡単な調査で彼女の推定体重が150キロと分かったので、片足の彼女を運ぶために体の大きな人間用の大型車椅子を急遽取り寄せたのだ。もちろんこれも疾風弾重工製の製品である。

「さぁ乗って乗って……って、そういえば名前はなんていうの?」

 片足だけで立ち上がり、ベッドや手すりを支えにしながら車椅子に座ろうとしている機械の彼女を軽く支えながら、雪火が訊いた。名前がないと呼びづらいのは確かだ。

「私達は機械神の中で働く群体、自動人形オートマータです」

「いや、そうじゃなくてね、あなた個人の名前は無いのかなって訊いたんだけど」

「私の単体名ですか。製造番号シリアルナンバーならありますが」

「う~ん、ほとんど名無しか。数字だとなんか味気ないしなぁ……私がなんか付けるか可愛いの。構わないよね?」

「はい」

 車椅子にゆっくりと腰を下ろしながらオートマータが答えた。自身に個別名称が付くことによる問題は特に感じられないので素直に応じた。

「片足で金属質の硬い体っていうとブリキの兵隊みたいね。じゃあスズって呼ぼうか」

「スズ?」

 今の彼女の状態が童話に出てくるブリキ製の兵隊の様であるとなんとなく思った雪火は、メッキ加工する前の、元となる金属の名前を彼女に付けた。

スズっていうのはブリキの前段階の金属の名前よ。なんか女の子らしくて良い響きかも」

「……スズ」

「あ、ごめん嫌だった? だったら別の名前を考えるか」

 自動人形オートマータ――スズの動かないはずの顔が何か考え込む表情に見えた雪火が訂正しようかと申し出るが

「いえ、そうではないです。ただ、名前を付けてもらうという行為が私の記憶領域に無かったので、初めての経験で戸惑の動きになってしまいました」

「……それは、嬉しいってことなのかな?」

「嬉しい? 嬉しいとはどういうことでしょうか?」

「はい?」

 いきなり意味の分からない受け答えをされてしまって流石に雪火も戸惑う。

「驚かれるかもしれませんが、私達自動人形には嬉しいや悲しいといった感情の起伏はありません」

「感情が、無い?」

「私達自動人形には人間のような感情はありません。私達に投げかけられた言葉に、記憶領域にある最適解の言葉を選び出し、会話を成立させているだけに過ぎません」

 意思疎通が出来ているように見えて、実は人間同士の物を考えながらの会話としては成り立っていない。機械の彼女はそう説明する。

「私達は機械神の中で体を揺さぶられぶつけながら働くもの。人間であれば一瞬で肉塊になってしまうような苛酷な場所で作業するのですから、感情があっては邪魔になる事も多いです。私のように作業中に落下して失われてしまう場合もありますし」

 自動人形――オートマータとは、あくまで人の形をした道具であるとオートマータスズ自身が告げる。

「……」

 雪火は顎に手を当てて考え込む仕草をする。

「でもそれにしては、普通に感情豊かなお喋りが成立しているように思えるけど?」

「自動人形同士でたまに会話も成立するので、それで会話に関する経験値が貯まっていたのかも知れません」

 機械神内の振動に見舞われて自動人形同士がぶつかるなど珍らか的な接触をすると、音声――言葉と言う形で情報提供・情報交換する場合もある。つまり簡単な会話が成立するのである。それが機械的な簡素なものであっても何千何万と年数を重ねれば確かに自然な会話ができるようになるのかも知れない。彼女たちは人間のように老いで思考や記憶が劣化することもないのだろうから。

「……」

 しかし雪火には、あまりにも自然に会話が成り立っているのが、彼女の説明からすると少し異常に見えてきてしまうのだった。

「まぁそのことに関しては、あなたにもちょっと見てもらいたいものがあるから、詳しい検証はそのあとでも良いか」

 雪火は一旦この疑問は区切ることにすると、スズを乗せた車椅子を自ら押して医務室を出た。


 艦体と桟橋の間に設けられた敷板の上を、スズが乗った車椅子を雪火本人が押して渡ってくる。オートマータであるスズの体自体は細いので大柄な人間用の大型車椅子では座席スペースが余ってしまってなんだか変な印象である。

 桟橋にいた臨検の者も完全に顔パスのまま、雪火はスズと共に目の前にあるパイプやら機器やらが複雑に絡み合った建物の中に入っていく。

「私はこれからどうなるのでしょうか」

「あなた自身はどうしたい?」

 スズの質問を、雪火は逆に質問で返した。

「――私が機械神から零れ落ちてきたのなら、そこへ戻るのが私の求める最良の選択肢だと思います」

「証拠隠滅のために自壊とかするって言い出したらどうしようかと思ったけど、ホッとしたわ」

「とりあえずそのような選択肢は私の記憶領域には見つかりません」

 軽く胸を撫で下ろす雪火にスズが付け加える。

「で、今のあなたが一番やるべきことなんだろうけど、あなたは機械神あそこへどうやって戻るか分かるの?」

「――……?」

 スズはそう問われて、自分の記憶領域から帰還の方法を取り出そうとしたが、その領域が空白なのかブロックがかかっているのか、必要な情報が分からなくなっていた。

「この脚部以外にも、記憶回路へかなりの損傷を受けた様子です。以前なら持っていた記憶が現状では取り出せない事柄が多量にあります」

「機械神へ戻る方法も?」

「そのようです」

 そう会話を続けながら雪火は車椅子を押してどんどん進んでいく。

 かなりの重要施設であるらしく、要所要所に歩哨が配置されていて、その都度ロックのかかった扉が立ち塞がっていた。どうやら潜水艦が帰還したこの場所自体が極秘に作られた場所であったらしい。もちろん雪火の姿を確認した瞬間、歩哨がロックを開き、スズを連れた雪火はそのまま進んでいくのだが。

「機械神が毎回どこから現れてどこへ向かっているのか、あなたたち自動人形にはわかるの?」

「わかりません」

 内部で常態維持を任されているだけの機械仕掛けの群体たちには、そこまでの情報は知らされていない様子。だから重要機密破棄のための自壊も考慮されていないのだろう。

「じゃあ、機械神がまたいつ現れて……ってのもわからないってことなのね」

「そういうことになります」

 何度目かのロックつきの扉を潜り抜けた二人は、通路の奥にあった昇降機エレベーターへと乗り込んだ。もちろんここも歩哨付きである。

「そういえば『ようやく出会えたあなた』とおっしゃってましたけど、私のような個体が存在することを前から御存知だったのですか」

 昇降機を降りて、自動人形を乗せた車椅子は最奥へと進む。そこには最後の扉。

「端的にいうと――そうよ」

 潜り抜けたそこは、建物中とは思えないほどの広大な空間となっていた。

「あれは」

 感情の無い自動人形であるはずの彼女が、思わず質問した。会話によって新たに情報を入手しなければならないと思うほどのものがそこにいる。

 巨人が立っていた。

 壁から突き出した何本もの支柱に支えられ、巨人はそこに固定されるように立っていた。

 サイズとしては首都内湾に現れるスズを落としていった機械神に比べれば一回り小さいのだろうが、それでも80メートルはあっただろう。あっただろうというのは頭部が失われており、その分更に低くなっているからだ。

 しかしそうはいってもこれだけの巨体が目の前にいる威圧感は凄まじい。

「何百年と昔に、我が疾風弾重工の創始者が発見した機械巨人」

 スズの問いに答えるように雪火が詠うように語り始めた。

「長い時間をかけた解析を経て、機械使徒ディサイプルギアと呼ばれることだけはわかった」

「機械使徒……」

 スズはその名を聞いて少し記憶を探るように動きを止めると

「その名称だけは私の記憶領域に同名のものがあります」

 そう答えた。

「ほんと! いや~うちの解析班もちゃんと良い仕事してたのね、今度臨時ボーナスでもやるかな」

 スズの言葉を聞いて雪火は少女のように小躍りしながら喜んだ。

「それ以上のことはわかる? 用途とか?」

「――……すみません、記憶回路が欠損しているのかわかりません」

「まぁ今は良いや。それは記憶の欠損の他にも重要な機密を喋らないように頭の中にロックがかかっているのかも知れないし」

 雪火はそういうと、壁に固定された巨躯を見上げた。支柱に設けられたキャットウォークでは数人の作業員がなんらかの作業を行っている。解析作業は昼夜問わず続行されているのだろう。それも発見されたその日から。

「これがあなたが落ちてきた機械神の代替品なのか量産品なのかわからないけれど、たぶん機械神あれに似た物であるのは確かなのはわかっている。内部に入り込んでの解析もずいぶん進めたからね。私も何度か入ったことはあるけど、ホント凄いね。まるっきり地下迷宮みたいだったわ」

 解析というよりも探索よねと雪火が付け加える。そんな考古学の発掘を超える大掛かりな調査により機械使徒の中には、機械使徒の常態維持のために何らかの小型機械が数百体は常駐しているだろう痕跡は発見されていた。

 雪火の説明を聞いて、その解析による予想が大体あっているのをスズは伝えた。

「やっぱりそうだったか。でも、あなたのような物がいる痕跡は分かってたんだけど、まさかそのまんま女の子みたいな機械によって支えられていたとは、さすがに思いつかなかったわ」

 しかし、その内部作業用機械自体は、この機械使徒の中には一体も発見されなかったのだ。これがこの機械巨人の解析がままならない理由でもあった。

「まぁそれでもコイツを発見できてからいくらかの技術は解析してモノにできたんで、我が疾風弾重工はこの国では一番の重工業会社として君臨してこれたわけだけども」

 この巨体に秘められた超越技術オーバーテクノロジーから解析できた技術をフィードバックすることにより、疾風弾重工は他を圧倒する技術力を得た。そしてそれがそのまま、この国有数の資産を持つ財団組織の根幹となっている。

「それを色々踏まえて改めて説明すると、とりあえずあなたには色々修理が必要だと思うのよ、脚とか記憶とか」

 一通り大まかな説明を終えると、雪火は車椅子に座る機械仕掛けの少女に切り出した。

「それはそうなのですが」

 現状のスズは、右膝から下を失ってしまったので歩行ができないばかりか、空を飛ぶこともできない。車椅子という補助無しで動けるようにならなければならないのが、とりあえずの最優先だろう。

「記憶回路に関しては私たちがいじってしまったらあなた自身が壊れてしまうだろうから手出しできないけど、多くの人間に囲まれて、多くの会話を経験したら記憶が戻るかもしれない。これは人間に対する記憶の戻し方の処方だけど、あなたにも通用するかもしれない」

 記憶回路の欠損がそれで回復するのかどうかは不明だが、人間との会話を重ねる内に自分が使える語彙がたまり、そこから何かを引き出せるかもしれないのは確かだ。新たな情報取得も優先順位が高いとスズも理解する。

「とい

うわけであなたに交換条件を提示したいと思うの」

「交換条件ですか」

「そう。あなたの右足と記憶を修復するのと引き換えに、あなたの活動データをサンプリングさせて欲しいの」

「私の行動情報収集ですか?」

「そうよ。せっかく動く個体としてあなたと出会えたのだから、あなたのことを解析できる限界まで解析して、更なる技術の取得を望みたい。そしてここに突っ立ったままの機械使徒こいつも動けるようにしてみたいしね」

「それが全て成功して機械神の中に戻る方法が整ったら、私はすぐさまここから消えてしまうかも知れません。私には感情がないので恩を感じることも、裏切りに罪悪感を感じることも無いでしょうし。自分の目的を達するために全力を尽くすと思います」

 機械の彼女は機械の彼女らしく自分に施された機能であり枷を素直に伝えた。

「そういう正直なところ、逆に信用できるね」

 雪火はそれを聞いてクスリと笑った。

「人間っていう笑顔の裏では平気で嘘を吐く生き物に比べたら、今のあなたの言葉の方がよっぽど信頼度は高い」

 彼女も財団総帥という重責にあるのだから、そのような行為には何度も遭遇してきたのだろう。だからこそ、スズの素直な言葉は信用できると。

「了解いたしました。私も提示された交換条件を承諾したいと存じます。私自身の修理必要規模を考慮すると、このような潤沢な資金がある組織で拾ってもらったのは幸いだったと思考します」

「そうそう。素直でよろしい」

 いかにも機械少女らしい正直な利己的な答えに、雪火はまた笑った。

「というわけでスズには、条件の一つとして学校に通ってもらいます」

「はい?」


 疾風弾はやてひき財団の完全出資により設立された高等学校、疾風しっぷう高等学校。

 この高校は水上保安庁とほぼ同時期に設立されたものであり、元々の目的は水保(水上保安庁の略称)へ義務教育課程終了直後に早期特別入隊枠で入隊した高校未就学隊員を、月に何度か学校へ通わせるための受け入れ先としての支援施設として開校された。早い話がここは疾風弾財団の自由になる学校施設、ということになる。ちなみにこう見えても公立校である。

 本日はその疾風高校の夏休み明け第一日目である9月1日。

「今日は転校生を紹介する」

 休み明けで久しぶりに再会した同級生たちの歓声で包まれる中担任教諭が現れ、ホームルームの開始を促した。そこでの第一声がそれである。

「入って来い」

 二学期最初の始業式あわせで転校生がやってくるのはそれほど珍しいことではない(夏休みという我が子の長期休暇を利用して引越し準備を済ませる親御は多い)のだが、やって来た転校生自体が珍しかった。教室内に軽いどよめきが起こる。

 ゴツ、カシャン、ゴツ、カシャンという、掘削作業をしているような硬い木靴で歩いているような妙な音が聞こえる。床に何かを叩きつけながら歩いているのか、不思議な音と共に彼女は入ってきた。

 服装は普通に疾風高校の女子制服である。しかしその制服が覆っていない顔、腕、脚を見てほぼ全員が唖然とする。露出している部分は人間のような柔らかい肌ではなく、鉄のような硬質な物でできているのはすぐに分かった。しかも左足は普通に人間のような形状をしているのだが、右膝から下は太いパイプを組み合わせた油圧シリンダーのような形状になっている。

 ゴツ、という音はその義足のような右足で床を突く音であったらしい。とりあえず高校に通うにあたって義足を付けてもらった。右脚が膝から下が無いとはいえ自重はまだ130キロ以上はあるので、その大重量を支えるために太く頑丈な作りとなっている。

 左足も上履きの類いは履けないようなので、素足の硬いままで歩いているからそんな音なのだろう。細い体には似つかわしくない、あまりにもゆっくりとした動きで彼女は教室に入ってくる。多分床を踏み抜かないように気をつけているのだ。

 ざわめき始めた教室内を重い体を引きずるように、彼女は教卓の隣までやってきた。

疾風弾はやてひき重工よりモニタリングの為に今日から皆さんとここで学校生活を送ることになりました。スズと申します」

 教師から自己紹介を促された彼女は、そんな風にいいながら頭を下げた。喋っているのに口が動いていないのを見て、教室内に更に動揺が走ったように思う。

 多くの生徒は驚きに口を開けたまま。いくらここが疾風弾重工の自由になる施設といっても、女の子の形をしているからと自社製品の稼動試験まで高校ここで行うとは普通は思わない。

 しかしてほぼ全員が、彼女は疾風弾製の最新鋭試作品であると認識した様子。機械の彼女が実は旧時代に作られた遺失技術ロストテクノロジーの一つであると知ったら、生徒たちは更に驚いたことだろう。

「お前は名字はないのか?」

 しかしそんな生徒達とは驚きのカテゴリーが違うのか、教師はあくまでマイペースに自分の疑問を機械の彼女にぶつけた。

「名字はありません。名前だけです。シリアルナンバーならありますが」

「それだと色々不便かも知れんな」

 教師が腕を組んで考え込む。学校内の手続きなどの問題もあるのだろう。

 しかしそれは、教師は既にスズのことを普通の生徒の一人として扱っているということでもある。奇異の目を離せない生徒達とは違い、ある意味大人の対応だ。いや、ただ単に面倒ごとを背負い込むのが嫌なだけか。

「親……というか保護者の人とかは誰になるんだ?」

「保護者、ですか? 多分それは私をここへ送り込んだ疾風弾雪火はやてひきせつかになると思いますが」

「じゃあとりあえずその人の名字を名乗れば良いんじゃないのかな」

「そうですね、了解しました」

 スズはそういうと改めて生徒たちの方に向き直った。

「みなさまも名字が必要な場合は疾風弾スズとお呼びください」

 そしてもう一度改めて頭を下げる。

「みんな、せっかくの転校生だぞ、なんか質問とかないのか?」

 度肝を抜かれたままの教室内を解そうというのか、教師がそんな風に言い出た。教師用マニュアルに書いてある定型文の一つを実行しているだけに過ぎないのではあるが。

 しかしそんなことをいわれても、この状況で質問など思い浮かぶ者などいるはずも無く。

「なんだみんなないのか。じゃあ委員長、お前が代表してなにか質問を」

「えぇっ!?」

 最前列に座っていた三つ編みに眼鏡という典型的な委員長スタイルの女の子が名指しされた。この典型的委員長な彼女が、本当にこのクラスの学級委員長である。

「え、えっと……特技とかは」

 何かいわなければ収まらないだろうこの状況、委員長の彼女は対転校生向けの差しさわりの無い質問でお茶を濁した。

「特技ですか」

 スズはそれを聞くと躊躇無く

「特技は――変形です」

 そう答えた。

 特技とは特徴であろうと判断したスズは、自動人形オートマータの構造において一番の特徴はなんであろうと考えると、多分高速移動のための可変能力なのだろうと思考しそのまま答えた。

 しかし教室内の全員はその答えを聞いて「???」という表情になる。変形ってなに? どういうこと? と全員の顔に書いてある。

「今は右脚が義足なので不完全ですが」

 クエッションマークを頭の上に載せた全員を置き去りにしたまま、スズはそういいつつ少し後ろに下がると、両腕と左脚を変形させながらそのまま前へと倒れこんだ。しかしそのまま落下することなく水平になった状態で浮かび上がる。

「すごい!」「飛んでる!」「ほんとに変形だ!」

 スズのその特技(?)を見て、先ほどとはまた違う驚きの声が上がる。

「この状態で少しだけ飛べるのですが、今は右脚が違うので更に時間が短く――ああ、もう制御可能域を下回りました」

 スズがそういった瞬間、飛行形態となったスズの体が床に落ちた。教室内がものすごい地響きに包まれる。

「うわー!」「きゃー!」

 もちろんあちこちから悲鳴が上がる。しかもその悲鳴は他の教室からも聞こえてくる。それはそうだろう、力士級の重量物がいきなり1メートルほど落下したのだから、軽い揺れは起こったはず。階下の教室にはものすごい震動音が轟いたことだろう。

「お前の凄い特技は分かったから、元にもどれ」

 流石に腰を抜かしそうになった教師が言う。

「了解しました」

 飛行形態のまま床に転がっていたスズは、再び人型に戻るとゆっくりと立ち上がる。

「とりあえずお前の座る席だが……加藤の後ろが空いているな」

 そういわれた加藤がギクリといった顔をしながら後ろを見やる。各教室には水保からの受け入れ生徒用に何席か空席が設けられているのでもちろんこのクラスにもあり、それが今回は加藤氏の背後であり今回は転校生用に開放された。これからあの機械仕掛けの良く分からん女の子が後ろにいるのかと思うと、さすがに緊張してきてしまうのも仕方ない。

「お前の席はあそこだ」

「了解しました」

 教師に促されたスズは細い体を重々しく動かしながら席の間の列を進む。

 そして加藤氏の後ろの席に着き、ゆっくりと椅子に腰を下ろした瞬間

 バキリ

「――?」

 その破砕音を聞いた瞬間、スズがどう対処するかと思考する間も無く彼女の座った椅子が座の部分から真っ二つに割れて、そのまま尻餅を突いてしまった。再び盛大な落下音が鳴り、教室全体が少し揺れる。

 しかし今回は、生徒たちの悲鳴が上がることは無かった。

 その代わり「クスッ」と小さく笑う声がそこかしこで聞こえた。意外にドジっ子? みたいな声も聞こえてくる。

「すみません、この椅子が耐久年数を超えていたのか私の重量を支えきれなかったと判断します」

 スズの至極真面目な報告を聞いて、教室内が軽い笑いに包まれた。クラスメイトの殆どが、なんだかわからない彼女に対してどう対処して良いのか分からずに、自然と目の前においていた遮蔽壁が、スズが見せた人間くさい失敗を目の当たりにして一気に取り払われた様子。

「委員長、もうしわけないがひとっ走り職員室まで行って新しい椅子をもらってきてくれないか、使ってない新品を」

「わかりました!」

 教師が苦笑混じりにそういうと、委員長も笑いをこらえ切れないまま教室を跳び出して行った。

(――なぜ人間の皆さんは器物破損を起こしたというのに、そんなにも笑顔でいるのでしょうか)

 教室内に満ちる妙に嬉しそうな顔を、スズは理解できないでいた。


「ただいま戻りました」

 疾風弾重工本社ビルの上層階にある一室。そのドアを壊さないように極めて軽くノックしたスズは「開いてるわよ」という声を聞いて中に入った。

 ここは疾風弾財団総帥のために用意されているオーナールーム。

 総帥としての威厳を保つための豪華な椅子に座っていた雪火は立ち上がると、スズの前まで歩いていって出迎えた。

「お帰りスズ。どうだった学校は?」

 スズにはことあるごとに雪火の下を訪れて、学校生活などの経過報告をするのが義務付けられている。

 今は深夜の時間帯なのだが、スズは普通の女の子のように睡眠は必要ないということなので、雪火の空いている時間に合わせこのような時間となっている。

「椅子を一つ破砕してしまいました」

 登校第一日目にしていきなりしでかしたその報告を聞いて、思わず「ぷっ」と吹き出してしまう雪火。

「まぁあなたはおデブちゃんじゃないけどおデブちゃんだからね。今後は気をつけないとね」

「はい」

 今のスズは義足も含めて本来の全備重量(150キロ)と同じだけは自重があるので、いくら細い体とは言っても激しい動きは控えた方が良いのは当然である。

「それとなのですが」

「なぁに?」

「雪火さんは私のお母さんになるのでしょうか?」

 それを聞いた瞬間「ぶほぉっ!?」と、先ほどとは比べ物にならない勢いで雪火が吹き出した。

「お、おかあさん!? わたし結婚前でいきなり子持ちぃ!?」

「いえ、本日は教員の方から保護者の有無を求められましたので、私の保護者として雪火さんを私の記憶回路に登録させていただいたのですが、それに伴い私は雪火さんの養女として再登録されるのかと考えまして」

 狼狽する雪火に向かって至極冷静に報告するスズ。

「それでお母さんなのね……なにごかと思っちゃったじゃないっ」

 人前では動じた態度など絶対に見せることの無い疾風弾財団総帥をここまで混乱させるとは、さすが超越技術オーバーテクノロジーの塊、凄まじい性能である。

「そうか私、母ちゃんか……でも父ちゃんっていわれるよりはマシなのか……?」

 自慢(?)のイケメンフェイスに手を当てて考え込む姿勢になる雪火。

「まぁ良いわ、あなたのことを拾ったのも私だしね。じゃあ今日から私のことは母さんって呼びなさい!」

「はい母さん」

「ということは授業参観とかあったら私がスズの母として行くのか……なんか良いかも」

「高等学校には授業参観という行事は無いと私の記憶領域にはあるのですが、これは私の記憶領域の方が破損しているのでしょうか?」

「むむ、さすが我が娘、さっそく自動人形らしい的確かつ冷静な突っ込みを入れてくれたわね! 先行きが楽しみだわ!」

「はぁ」

 今からスズのことは中学校に転校させなおすか、疾風高校に授業参観制度を導入するかなどと恐ろしげな提案を出している養母の姿を、スズはやはりここでも理解しがたいとった雰囲気で見ているのだった。

「――難儀な題目を押し付けられたに等しいのに、何故人間はそんなにも嬉しそうな顔をするのだろう?」

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