第二章

 首都内湾海底付近。

 機械神が通過したあの日、疾風弾はやてひき財団所有の潜水艦がスズを回収していった直後。

『疾風弾ニ先ヲ越サレタカ』

 海底に人影が佇んでいた。

 海底に人間が立っているという状況は、再循環式呼吸装置リブリーザーを背負った水中カメラマンが撮影している状況などが考えられるが、そこまで危険を冒して機械神をフィルムに収めたいと粘る無鉄砲者とも考えられなかった。

 しかもリブリーザーであっても少量の気泡は排出されるはずなのだが、この人物の周りには一切泡立つものが無い。更にはその格好が、フード付きのマントですっぽりを覆っているという、水の中では非常に場違いな魔法使いのような出で立ちである。

『ヨウヤク見ツケタ折角ノ個体。ナントシテモ手ニ入レネバナラヌ』

 彼――とりあえず彼と呼称する――は、彼もまた機械神から零れ落ちてきた物体、自動人形を欲する者の一人である。

 彼には独自の情報網があるので、機械神と呼ばれる物体の内部に常態維持のために複数の少女型機械が常駐しているという事実は以前から知っていた。そして彼がこれから実行しようとする事柄には、どうしてもその少女型機械が必要なのだった。

 彼も通過中の機械神から一体の少女型機械が零れ落ちたのは感知した。そしてその落水現場に急行したが、既に大型潜水艦と潜水艇の二隻が付近を捜索中であった。そして潜水艇前部の機械腕が少女の形をした物体を掴んでいるのを見た。あと一歩の差で彼は目標を逃した。

 潜水艇くらいの機械であれば十分破壊できるくらいの力を彼は持っていたが、目立つことは避けたかったため、身を隠して様子を伺っていた。

 潜水艇の丸窓の奥に、この国でも十指に入るであろう重要人物の顔を見たのだ。このまま潜水艇を破壊してしまえば、あの重要人物も失われることになる。彼女が急逝してしまえば、この国のバランスが崩れ、そこから何かがズレ始めて自分の計画も明るみに出てしまうかも知れない。それだけは避けなければならない。全ては深くしめやかに行われなければ。

 だから彼は、少女型機械を回収した潜水艇が、母艦である潜水艦に更に回収されるまで一部始終を、何もせず確認だけの時間で過ごした。

『マア良イ。再回収ノ手段ハ幾ラデモ有ル』

 今回は自分も必要とする少女型機械の、今後の所在が分かっただけで良しとしようと考えた。一字保管場所としては最高の環境に違いない。落下時に破損が生じていても、その修理作業もそこで行われるはず。

 それが疾風弾財団の最奥に安置されたままであれば、最悪、保安庁施設以上の防護といわれる財団重要施設への急襲も考えねばならないが、もとより破壊活動は得意だ。制限の無い破壊ができるのであれば人間相手に遅れを取ることもない。

 しかしてあの女総帥のこと、ずっと秘匿しておくなどはありえないだろう。必ず表に出してなんらかの調査を進展させるはず。再接触の機会は多量にあると考えられる。

『今ハ少シバカリ、預カリ所ニ預ケテオク事ニシヨウ』

 彼はそう己を納得させると、海中をゆっくりと進んでいく潜水艦を見送り、自分もその場から姿を消した。


「どこへ行くのですか委員長さん?」

 疾風しっぷう高校所有の女子寮の一室。

 消灯時間を少し越えたくらいの時間、夜着に着替えたはずの委員長が再びセーラー服に袖を通し身支度を整えて、自室の窓をガラリと開けた瞬間に、二段ベッドの下の段から問いかけられた。そこには自動人形オートマータが横たわっている。しっかり布団まで掛けていた。

「……寝てたんじゃないの?」

 バツが悪そうに、ゆっくりとベッドの方に顔を向ける委員長。硝子製の青い瞳と目が合う。ちなみに委員長は右腕にかなり大振りなバールを持っていた。首からは何故かカメラをぶら下げている。不審者かと思う姿。

「カチコミにでも行くのですか?」

 どこで覚えたのか、そんな風に訊くスズ。

「……もしかしたら、敵を倒しに行くってしたらカチコミかも知れないけど、ちょっと違うわね。というか寝てたんじゃないの?」

「寝てたといいますか、自動人形私達は休眠状態には入れますけど、基本的には眠らないで大丈夫な個体です。体を横にして間接に負担のかからない状態で常態維持をしていました」

「じゃあ目をつぶって寝たフリをしてただけ?」

「自分の現状での稼動状態を正直に説明しますと、そうなります」

 委員長は「ふぅ」と溜め息を一つ吐くと、出しかけた足を引っ込めて部屋の中に戻ってきた。

「えーと、私のことは保護者の人……スズが母さんって呼んでる人からどこまで聞いてるのかな?」

「国家公認の魔法少女の二代目だと」

「……そりゃそうよね、さすがに知ってるか」

 これじゃこっそり出て行っても意味無かったじゃんと、折角の苦労が台無しだと委員長はうな垂れる。

「あんたの母さん疾風弾財団の総帥なんだもんね、そりゃ何でも知ってるわよね。コソコソするだけ無駄だったわ」

 話は本日の日中へと戻る。

 スズは学校生活二日目にして、寮生活者となることになった。

 これは、折角うちの学校には寮があるのだから、極力みんなと同じ生活を送って、より一層の情緒の発展と記憶の再生を望みたい――という雪火の意向であるのだが、「なんだかそっちの方が面白そうだから」というのが真相だろうと誰しも思っていた。

 困ったのは受け入れ側の寮だったのだが、ちょうどたまたまスズが通うことになったクラスの委員長が寮生活者で、これもたまたま二学期が過ぎても一人部屋のままだったので「じゃあ委員長に任せれば良いか」と、すんなり決まってしまった。

 疾風高校女子寮は(男子寮の方もそうなのだが)生徒の情緒の健やかなる発展のために二人部屋が基本であるのだが、一学期の途中でとある理由により入寮した委員長は、新しい寮生も現れないまま一学期を追え夏休みを通り越し、一人部屋のまま二学期へと突入していたのだった。

 そんなちょうど良い役職にいる生徒が、ちょうど良く一人フリーだったのはある意味僥倖だったのだが、適任の面倒見係がいるということで、スズはそのまま委員長と相部屋となる。

 ちなみに彼女スズの常態維持に関するモニターなど諸々の機器は疾風高校の方に持ち込まれているので、授業終わりの放課後などに、定期検査はそこで受けることになっている。そのような理由なので疾風弾重工までは向かわずに済むようになった。もっとも、大掛かりな検査などは重工の方へ直接行かなければならないが、大体は学校そこでこと足りる。

 また、幅広い観測結果を得るために自宅というものも必要であろうと言う観点から、第弍海堡にある商店街の疾風弾財団所有の一戸を、彼女の自宅として設定している。この先彼女に友達ができて「スズの家に遊びに行こう」となれば、第弍海堡にあるその家へと行くことになるわけだ。養母である雪火の家へと行っても良いのではあるが「普通の家」として設定されている彼女の持ち家である。

 というわけで二学期開始二日目にして大問題を背負い込まされることになった委員長だったのだが、それ以前に自分の方で面倒ごとが発生していたので、それを片付けにこっそりと寮を抜け出そうとしていた処、その姿が相部屋の住人となった彼女に見つかってしまったということだったのだ。

 委員長はそれなりに特殊な出自の生まれの者である。

 どのぐらい特殊かというと、実の母が魔法少女であった――という程度の特殊な出自である。

 であった、というのはつい数ヶ月前に委員長がその跡を継いで、二代目魔法少女となったからである。つまり今は委員長本人が魔法少女なのだ。

 委員長の母親が現役の時代(母が10~11歳であった頃)に、本来倒すべき相手であった負の魔法生物と呼ばれる敵を完全に殲滅し、一度は引退したのであったが、その数年後この国はこの国全土を巻き込む動乱に巻き込まれ、その派生物として水の魔物と呼ばれる異の存在を生み出してしまう結果になる。

 罪なき人々に水の魔物の脅威が近づいた時、それに対抗できるであろう数少ない人間の一人として、委員長の母は再び魔法少女へと現役復帰することになる。

 そしてそれが今年まで続いており、つい最近になって娘である委員長が継承することになった。

 魔法少女としての希少なる力をこうも簡単に譲り渡した理由としては「腰がヤバくなってきたから」というのが真相であるらしい。最近は出撃の度に整形外科に一週間は入院していたという。

「水の魔物を倒しに行くのですか?」

 ベッドから抜け出て床に直接座ったスズが訊く。彼女は右膝から下が義足なので両膝から下を外側に出して座る、俗に女の子座りと呼ばれる座り方で座っている。ちなみに服装は寝巻きである。自動人形オートマータである彼女が室内着を着ていても何もならない(体が汚れるわけでもない)のだが、そこは普通の女の子としての生活を極力送りなさいという雪火からの指示に従っている。

「今回はそういうわけじゃないんだけどね」

 養母である雪火から同室の相手の事情はある程度訊いているのだろうと判断した委員長は、出掛ける前に今から何をしに行くのかを彼女に説明しておいた方が良いのだろうと思い、委員長もスズの前に座って一旦腰を落ち着けた。持っていたバールも床に転がすと、重かったのか肩をクキクキと鳴らす。

「水の魔物ともなんとも呼べない、良く分からない何かが近くに出たっていわれて、それの確認に行こうとしていたのよ」

 水の魔物自体は15年前に創設された専門駆逐組織である水上保安庁により、その数は減って来ていた。だからこそ魔法少女の出撃回数も年に数度と減り、高齢となった委員長の母(といっても引退時で37歳であったが)でも、水保の駆逐隊だけでは数が足らない場合の緊急時の傭兵的な戦いで済んでいた。

 だからこそ今まで続けられていたのだが、委員長が次代の魔法少女となった今年、そしてつい先日になって、その相手をしていた水の魔物に似て非なる物が発見された。まるでその継承を待ち構えていたように。

 今から27年前――委員長の母が現役魔法少女だった頃に目撃された、負の魔法生物に良く似ているともそれは報告されていた。

 負の魔法生物の復活。それが本当ならば、その討伐が本職であった魔法少女がまずは出向かなければならない。

「まぁ一応その手のモノの専門家なので、実際に見てそれが何かって判断しに行くのよ」

 近くで、その水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かの目撃情報を知らされた委員長は、報告された現場まで今から行ってみるつもりだったのだ。

 寮の門限を過ぎた時間ではあるが、そのような事情での外出を禁止したりするような野暮な寮でもない(この寮も疾風弾財団の持ち物である)。しかしなんだか後ろめたい雰囲気もあったので委員長はこっそり出て行こうとしていたのだった。

「あの、委員長さんがそのような理由で外出されるのでしたら、私もお供しても宜しいでしょうか」

「……はい?」

 同部屋の住人の提案に、委員長の頭の上に疑問符が載る。

「なんでまた? いちおう危険な場所に行くんだけども?」

 遭遇した相手が全く敵わないような相手であれば、委員長もすぐさま撤退するつもりであったのだが(似ているというだけで母が相手をしていた頃の負の魔法生物と同格とは限らない)、一応は危険な場所に赴くのである。

「母さんが『色んなことに顔を突っ込んで見なさい』といいますので」

 スズが全く感情の起伏の見られない機械音声で答える。そうやって様々な経験地を貯めるのが、記憶の再生の早期な手段の一つでもあるのは確かではある。

「えーとスズってさ、疾風弾財団所有の重要な観察対象だって聞いたんだけど?」

 しかし、そんな貴重な観察対象であるスズが、危険な場所に顔を突っ込んでそのまま失われたらどうするんだろうと委員長は思う。

「で、たしか作業用……なんだよね?」

 同室となる者は、疾風弾重工の新型作業用機器の試作品のようなものである――とは、委員長も寮母からなんとなく説明を受けていた。多分寮母の方も疾風弾重工の方からはなんとなくまでしか説明はもらっていないのだろう。

「はい、そうです」

 スズはそう問われて、素直にそう返事した。自分が通常は機械神内部の常態維持に従事する作業用の人型機械であるのは間違いないので、それは問題なく答えられる。

「作業用だったら戦いの場面……ていうか前線に出ちゃだめなんじゃないの?」

 作業用機械とは基本的に脆いもの。いくら両方とも履帯を履いているとはいっても戦車と油圧ショベルが戦ったら、ショベルの方には勝ち目がないのは委員長にも分かる。更に彼女は試作品なので、精密で壊れやすい部分も多いのではないだろうか。

「一応逃げ足は速いので」

「そうなの?」

 しかし彼女スズはそれでも大丈夫だと言う。

 昨日今日と彼女の学校での生活ぶりを見ている委員長はその動きが非常に緩慢なのを知っている。周りにある物を壊さないように気をつけての行動なのだろうが、機械特有のトロさを持った女の子という印象は強い。

「えーと、じゃあ変形して飛んで逃げるとか?」

 彼女の特技(?)を自己紹介時に訊いた本人が、改めてその特技の真価を尋ねる。

「今の私は右脚が義足なので数秒しか飛べないので現段階では脱出手段としてはあまり有効ではありません。緊急時の際は地上を走ります。全速力で」

「走る? スズは走れたの?」

「走行は可能です」

 ゆっくり歩いているシーンしか見れていない委員長は、元々彼女は構造的に走れないものだと思っていた。

「ただ、私が全速力で走ると色んなものが壊れます」

 車や航空機と同じで、動き出して速度が付けば走行での高速移動も可能であるらしい。ただ、周りに与える影響も大きい様子で。

「……例えば?」

「地面に大穴が開いたり」

「あぁ」

 最大の陸上動物である象が全力で走ったら時速40キロほどは発揮するのだが、それだけの巨体で大重量物が高速移動するとなると周りに与える影響も凄まじい。直撃すれば乗用車クラスの車両であれば跳ね飛ばすくらいの圧力は発揮する。

 スズは巨体ではないが大重量であるのは確かなので、全開走行をしたら大変なことになるのは間違いない。その義足も全速力で走れば削岩機並みの貫通力がありそうだ。停止するのも一苦労だろう。

 スズはそれだけの力を持っているので、多分危険を察知したら全速力で走って近くの陸上保安庁の駐屯所にすぐさま逃げ込めと、雪火からは指示されていると思われる。全開で走る象を止められないのと同じで、鋼鉄の彼女を普通に考えられる手段で捕獲しようとするのは無理な相談だ。

「……まぁスズが自分で身を守れるっていうんなら、着いてきてもらっても良いのかな」

 やはり一人で向かうのは心細いものもあるので、正直にいえばありがたい。一応委員長にも魔法少女として一緒に戦うパートナーはいるのだが、それがロクデモナイ奴ではあるので。

「じゃあ、スズには撮影班をお願いしようかな」

「さつえいはん?」

 委員長は今まで首に下げていた金属の物体を外すと、スズに渡した。

「なんでしょうかこれは?」

「ん、カメラよ。ライカって機種らしいけど。詳しいことは私も知らないけれども」

 ライカとは独国産のカメラの一機種の名称である。ちなみに委員長が持っているのはWW2時に独国空軍で使われていたクラシカルな一品なのだが、本人はそこまでは知らない様子。

「私の父親が昔使ってたらしいんだけど、今回の件に関して実家から送ってもらったの」

 相手の姿を画像記録として残すのも今回の任務であるので、記録媒体として実家にずっと置きっぱなしになっていたコレを借りたのだ。

「ああ、壊さないでよ、それ一つで新車の車一台は余裕で買えるくらいの値段するからね」

 細部の機構を確認するようにくるくると取り回していたスズに、委員長が軽く注意を促す。そのカメラの出自は知らないが、値段に関しては良く理解しているらしい。女性にありがちな機器に関する評価ともいうが。

「私の義足は装甲車10台分と説明されましたが」

 自分の記憶領域から情報を引き出して、カメラの一通りの使い方が予測できたスズが、自分の義足あしの方を説明する。スズの義足は、旧時代の異文明が残した遺失技術ロストテクノロジーの代替品となるために作られたものなのだから、急造品とはいってもそれぐらいの費用はかかっているだろう。

「……まぁあなたが壊しても、あなたの母さんが修理代は出してくれるか」

「そうだと思います」

 それから委員長はスズが着替えるのを待つと、一緒に寮から出てきた。スズは委員長と同じく疾風高校の女子用セーラー服。私服は今のところ無いので外出着はこれしかないのであるが。

 スズの重量では窓から出たら大変なことになりそうだったので、出てきたのは普通に正面玄関からである。もちろん寮母にはちゃんとおことわりを入れて、理由もちゃんと説明して出ることにした。剥き身の大バールも、寮母も何に使うのかは分かっているのでそのままスルーである。

「……」

 寮の玄関から表に出ると、門の脇の花壇に一体のカカシが刺さっているのが目に入る。畑でもないのに何故? とみんな思うが、委員長が母から魔法少女を継承した直後から、このカカシはこの場所に刺さっている。

「……」

 何故か強烈な存在感を放出しているそのカカシを極力無視するように、委員長が務めて平静のまま門まで歩く。感情の無いスズはそのまま後に続く。

 その時

「――んっ」

 突然不自然な風が吹き、委員長もスズも下から煽られるような風を受けた。制服のスカートが見事にめくれ、委員長は黒いオーバーパンツ、スズは腰部が曝け出された。スズは制服は着ているが下着の必要性は感じられないので未着用である。

「そちらの人形のお嬢さんも良いおヒップの造形をしておりますな。しかも剥き出しとは!」

 どこからかロクデモナイ台詞が聞こえてくる。その発声源はカカシの刺さっている場所辺りなのだが、委員長はかたくなにそちらの方を見ないようにしている。

「出撃でしたら我輩も連れて行きませんとなりませんぞ娘殿」

「あの、今カカシが喋りましたが?」

 自分の感覚器の反応からすると、その声の発せられた場所はカカシのいる所であるのは間違いないのだが、多分同じように聞こえているだろう委員長が、かたくなにそちらの方を無視するような態度を示しているので、確認のため尋ねた。

「スズ」

「なんでしょう?」

「聞かなかったことにしよう」

「それが最良の判断であるならば私は委員長さんに従います」

 風にスカートをめくられたくらいなんでもないと、二人は何事もなかったかのようにすたすたと門へと向かうが

「ちょっと待つですぞ! 我輩がいないと魔法が使えませんぞ!」

 委員長はそれを聞くと「チッ!」と盛大に舌打ちしながら、遂にカカシの方へと振り向いた。

「……アンタがいなくてもバールこれさえあれば、変身くらいは自力でできるんじゃなかったっけ?」

「それはそうなのですが、今の娘殿の経験値では無理ですぞ。母殿並の魔力の強さを持たねば」

 委員長はそれを聞いて再び「チッ!」と盛大に舌打ちする。それとは別に自分の母が魔法少女としては意外に凄い人だったと改めて知って違う意味で感心してしまうが、その代償が腰破壊であるのも知っているので複雑な気持ちにはなってきてしまう。

「委員長さん、あのカカシさんは?」

「……私が魔法少女として戦う時のパートナーよ、不本意ながら」

 スズの質問に委員長が苦虫を噛み潰したような顔で答えると、そのパートナーはスポッと花壇から抜け出て、片足跳びけんけんで二人の前までやって来た。

「改めて御挨拶させていただきまする人形の淑女よ、我輩は風使いのゼファーと申しますれば、以後お見知りおきを」

 ゼファーが自己紹介しながら体全体を傾がせて頭を下げると、スズも「はじめまして」と頭部と腰部を動かしてお辞儀をしている。

「娘殿、この素敵な人形のお嬢さんはどうされたのですかな? 我輩にも紹介してくださらずに」

「キサマのようなド変態に、純真無垢なこの子を紹介したらこの子が汚れるわ!」

 スズはある意味素直な女の子(破損している記憶回路の修正のために、多くの人と触れ合い、ある意味人間のような情緒をやしなう学習中でもあるので)であるから、ゼファーのロクデナシぶりを嫌というほど知っている委員長にとっては、一番近づけたくない相手であるに違いない。

「委員長さんはなぜそこまでゼファーさんを敵視するのですか? 一緒に戦うパートナーではないのですか?」

「……コイツはね、女の子のケツにしか興味がないのよ」

「ケツ?」

 その意味するところが分からないスズは少し動きを停止した。人間でいえば首を傾げているという処か。

「ケツとはなんですか? 締結とか決議とかですか?」

「……お尻のケツよ」

 そう説明されてスズは自分の記憶領域にある言葉から検索してみる。

「それは臀部の名称の一つとして見つかりましたが、ずいぶんと下品な言葉に該当します。委員長さんのような年頃の女の子が使うべき言葉ではありませんが」

「……良いのよ、コイツと付き合ってるとケツっていった方が精神的にも安定するのが分かってくるから」

「そうですか」

 スズはそう返しながらも、自分のような自動人形オートマータにもケツとお尻の違いが分かってくるのだろうかと、少し考えてしまう。人間とは複雑な生き物だなと改めて記憶する機械の彼女であった。

「ゼファーさんは何を動力にして動いているのでしょうか?」

 現状においてもう一つ分からないことがあるスズは、それを本人(?)へと尋ねた。

「動力?」

 それを聞いた委員長とゼファーが声を合わせるように同時に聞き返した。

「私達自動人形オートマータであれば燃料電池、人間であれば心臓等。しかしゼファーさんには起動の要となる機構が私の感覚器センサーからは感じられないのです」

「……そういえばゼファーって魔法生物なんだっけ?」

 このロクデナシとパートナーとなって数ヶ月、その辺りの話は全くしていなかった(というよりもしたいとは微塵も思わなかった)委員長は、改めて訊いてみた。

「魔法生物というよりは魔法道具マジックアイテムに近いですな。無機物に精神体スピリットが憑依しているような状態でありますし」

「え、じゃあこの鉄塊バールと同じ?」

 右手に持っている大バールを委員長が左指で指し示す。

「マジカルバトンの方には我輩のような精神体は入っておりませぬが、同じか違うかを問われますれば同じと答えるしかありませんな」

「ではゼファーさんは魔法が動力ということになるのでしょうか」

「そうなりますな」

 スズの問いにゼファーはそう答えた。

「私が以前常駐していた場所は、魔的な要素も加味して作られたものだったのですが、私自身はほぼ全てが機械仕掛けなので、魔的装備が未装備な私ではゼファーさんのような存在を感覚器で感知することができなかった様です」

 スズ自身が機械神から落ちてきたとはあまりいわない方が良いとは雪火からいわれていたので、その部分はぼやかして説明している。スズ自身も機械神がこの国では災害の一つとして指定されているのを教えられたので、無駄に混乱させてはいけないとその名称を出すのは控えている。

「でも今は視覚情報でゼファーさんを確認できていますので、ちゃんと動的個体として認識できています」

「すごいですな」

「一応私も学習進化型の機械ですので」

「何ごとも勉強ですぞ」

「はい」

「淑女たちの形の良いおヒップを見定める審美眼を鍛えるのも勉強ですぞ」

「はい」

「そこははいっていわなくて良いから!」

 委員長はそう絶叫しながら右手の鉄塊バールでゼファーの頭を思いっきりぶん殴った。


 というわけでゼファーを加えて三人となった一行は、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かを探しに町へと出た。

「……それにしてもこの時間に出歩くのに向いていないわね二人とも」

 ゴツ、カシャン、ゴツ、カシャンと重厚な音を立てながら歩く細身の女の子と、コッツンコッツンと竹製の脚で飛び跳ねながら移動するカカシを交互に見ながら、委員長が軽く溜め息を吐く。夜を迎えた町並みには、二人の歩く音は結構響く。

「すみません」

「いや、スズの場合は仕方ないよ脚が不自由なんだし」

「両脚が万全であってもそれなりの歩行音は出ますが」

「そうなの?」

「歯車の回転音や間接の可動音などは、通常歩行では結構出ます、機械ですし」

「まぁスズは良い子だからそれくらいは我慢するとしてだ」

 委員長はクルリと、飛び跳ねるカカシの方へ顔を向ける。

「あんた風使いっていうくらいなんだから、風に乗って空を浮いて移動とかできないの?」

 やるせない怒りをここぞとばかりにロクデナシにぶつける。

「もちろん可能ではありますが、それなりに魔力も消費しますゆえ、いざという時に娘殿の介添えが出来なくなりまするが?」

 そのもっともな返しを聞いて委員長は「チッ!」と三度盛大に舌打ちした。

「今夜は、その水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かと遭遇したら、撮影だけこなして後は離脱するのですか」

 首間接から下げたカメラの状態を確かめながら、今夜の行動の最終確認をするようにスズが訊いた。

「まぁ危険な存在で、それが倒せるなら倒しちゃっても良いけど」

 委員長はそう言いながらスズが下げるカメラにちょこんと人差し指をつけた。

「それとは別に今後のことも考えて、もっと詳しい専門家に見てもらうための素材を写真ソレで用意するってのが、今夜の一番の目的かな」

 そこまでいって、それで何かに気付いたように委員長がゼファーの方に向く。

「ゼファーだって負の魔法生物と戦ってたんだから、アンタが直接見ただけで済まないの? わざわざ写真撮って先代母さんに確認してもらうなんて面倒くさいことしないでさ」

 委員長が写真機を持ち出しているのは、写真に収めた水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かが、本当に負の魔法生物なのかどうなのか先代魔法少女である委員長の母親に判断してもらうためなのだが、自分の隣りには27年前に一緒に戦っていた相方がいるではないかと、今更ながらに気付いた。

「母殿とは切り離された時に別々に戦った局面もありますゆえ」

 敵の策略により、ゼファーと先代(母親)は離れ離れになっての戦闘もあると、ゼファー本人が説明する。その時に母だけが遭遇した敵と同種のようなモノであれば、それはその場にいなかったゼファーには判断がつかないということである。

「それに我輩個人の意見だけでは、判断を下すのは危険でございましょう。やはり共に戦った母殿の意見も踏まえまして最終決議とした方が理想かと」

「……まぁ、ゼファーのいうとおりか」

 この風使いのゼファーは、何百何千と生きているかは分からないが、長く生きているだけあってさすがに博識である。その点では頼りになる相方であるのだが、心の底から信用できないのは、彼が紳士でありつつも変態という枕詞が付く種別の紳士だからである。

「――少しお待ちくださいお二人とも」

 そうやって三人で町中を徘徊していると、スズが唐突に二人と止めた。

「どうしたのスズ?」

「12時方向200メートル前方十字路を、左道路から右道路へ向かってゆっくりと奇妙な物体が移動中であるのを確認」

「!?」

 委員長はスズの指示した正面の十字路を目を凝らして見るが、普通に人間の視力しかない委員長(しかも眼鏡女子である)には、何かが左から右に向かって移動しているのは分かったのだが、その形状までは全然見えない。

「ふむ、あれはイルカですかな、脚がついていて普通に陸を歩いていますが」

 魔的存在であるゼファーは、さすがにここからでも見えるらしく、大体の形状を把握した。

「こんな時だけ魔法的なんやらかんやらな不思議力を発揮して! ムカつく!」

「いや、普段から魔法的なんやらかんやらな不思議力は発揮しておりますぞ? そうでないと立つことも出来ぬゆえ」

「スズ、その奇妙な物体ってのはこのゼファーとどっちが奇妙だと思う?」

 ロクデナシに教えられるのは悔しいと思ったのか、第一発見者であるスズに訊く。

「――同等であると思いますが」

「よし、あれが水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かに違いない!」

「酷いですぞ娘殿ーっ! それにそんな簡単に答えを出してしまってはいけないですぞ!」

「女の勘よ」

 うるさいゼファーに委員長はさらりと答えた。

「それと自動人形オートマータ殿も何気に酷いですぞーっ!」

「?」

 スズは正確に回答しただけなのだが、何故怒られてしまうのだろうかと一瞬混乱の思考を覚えたが、委員長が目標発見と宣言したので、それ以上は記憶領域の片隅へ一時保管するにとどめた。

「私が気付かれないようにこっそり走っていくから、二人はゆっくりで良いから極力音を立てないように着いてきて」

「了解ですぞ」

「了解しました」

 委員長は二人の応答を聞くと、そのまま小走りで走った。200メートルをほぼ全力疾走で駆け抜け、十字路の角からこっそりと顔を出す。

「……なにあれ?」

 委員長には、遊園地で風船などを配っている気ぐるみにしか見えなかった。ゼファーがいったように確かにイルカの姿をしていた。それがジャンプする直前のように直立で立ち上がり顔だけ前方へ向け、胴体の半ばからは人のような脚が一対生えている。

「多分あれはゴーレムの類いですな」

「うわぁびっくりしたぁっ!?」

 突然耳元で囁かれた声に、委員長は思いっきり声が裏返ってしまった。慌てて口を押さえる。イルカの気ぐるみのような何かは、その声には気付かなかったのか、二本の脚でのしのしと歩き続けている。

「びっくりさせないでよ! それとなんでもうアンタがここにいるのよ!」

「極力静かにということでしたので、風の力の跳躍で一足飛びで跳んでまいりました」

「……そんなんできるんだったら、いつもそれで移動しろ!」

「まぁ目立ちますゆえ」

「……で、今ゴーレムとかいってたけど?」

 ゴーレムとは、魔術によって生み出され魔力によって動く魔法彫像の総称である。

「じゃあ今回の騒動には魔術師が関与してるってこと?」

「そうなりますが……」

「そうなりますが、なによ?」

「通常ゴーレムとは、ほぼ完全な人型をしているものなのです。それは長い年月をかけて動く彫像というものを作り出す研究が行われ続けた結果、ほぼ完全な人型をしていれば制作可能という領域にようやく人間は辿り着けたからです。それは魔術師である人間が自分の肉体を模して作るからこそ、動く彫像のような物の制作も可能になったからであります」

「なんかまだるっこしいわね、スッパリ簡単に説明してよ」

「簡潔に申せば、人間の魔術師ではあのような人型以外のゴーレムを作るのは非常に難しいのです」

「……なに、地獄の底から大魔王でもやってきて、あんなん作って町中徘徊させてるとかいいたいの?」

「その可能性も無きにしも非ずですぞ」

 とんでもないことになってきたと、思わず背中に嫌な汗が流れてくる委員長。

「アンタは人型はしてないけど、何で完成したのよ?」

「我輩には可動部が無いゆえ」

 ゴーレムとは本来固体であるはずの物体を流体のように動かすのである。それは途方も無い魔力が必要だろうし、人間が作るのであれば「極力人の形を外さない」という制約が無ければ製造不可能なのも頷ける。

「あれは種別としてはウッドゴーレムですな」

「ウッドゴーレム? 土製ってこと?」

「確かに、海底の地質に混じるものを感覚器センサーから感じます」

「うわぁびっくりしたぁっ!?」

 また再び耳元で囁かれた委員長は、再度声が裏返り、もう一度口に手を当てる。いつの間にかスズが後ろにいる。

「なんで二人ともいつもは騒音撒き散らしながら歩いてるのにこういう時だけ静かにできんのよ、びっくりするでしょ!」

「極低速で歩行すれば、ほぼ無音で移動可能です」

 さらりと答えるスズ。壁に手などを突いて、機体にかかる重量配分を分散しながらゆっくり移動すれば、人間が気付かないほどの静音移動ができるのだろう。

「というかそっちも凄いけども、あれが土製だってすぐ分かるんだスズは。すごいわね、そんなことまで分かるんだ」

「はい、一応その手の感覚器センサー完備してますので」

「我輩はすごくないのですかな」

「キサマは黙ってろ変態紳士!」

 そうやって三人が再び揃うと、十字路の角から三段重ねになって顔を出し、改めて目標を確認する。

「ところで変態紳士」

「なんですかな娘殿」

 変態紳士と呼ばれて遂にスルーですかゼファー氏。

「あれは母さんと一緒に戦っていた負の魔法生物なの?」

「そのような気配も、その類いの魔力も感じられますが、全く同じでは無いですな」

 ゼファーが魔的存在の一体としての、的確な答えをする――が

「ただ」

「ただ、なによ?」

「我々の秘める魔力を憎悪する魔力というものを感じますな……って、振り向きましたな」

「!?」

 二本足のイルカの姿をした水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何か――イルカ型怪生物はその場で反転すると、何かを探すように頭部の両サイドに付いた瞳をキョロキョロと動かし、最後に三人が顔を出す角の方に顔を向けた。

「まずい、目が合った!」

「目標に照準指定ロックオンされたのを私も確認しました」

 スズが簡潔に解説してくれた通り、イルカ型怪生物は体を揺らしながらこちらに近づいてくる。

「とりあえず水の魔物ではないのは確かですな」

「そりゃそうでしょ! ていうか結局戦わないとダメなの!?」

 ゼファーが相手から自分たちの魔力を憎悪する魔力を感じたといったのだから、その言葉に間違いは無い。ゼファーは自他共に認めるド変態だが、魔術の使い手としては最高峰の存在の一体であるのも間違いは無い、残念ながら。だからあれが何にしろ、魔法少女の敵であるのは証明されてしまったのだ。

「なにか――私に似ていますね」

 結局生じてしまった戦いの前に、少しビクついている委員長の背へと、スズの静かな機械音声が投げかけられた。

「……スズ?」

「――」

 委員長がスズの方を見ると、硝子製の青い瞳がゆっくりと近づいてくるイルカ型怪生物を静かに見つめていた。

 ゴーレムとは意思の無い動く彫像。その半ば操り人形として作られた相手・そして自分を照らし合わせているのだろうか。

 その物悲しさを感じさせる硝子の瞳を見て、委員長は何かが吹っ切れたように、道路の角から飛び出した。

「スズは機械仕掛けの自動人形、あっちは魔法仕掛けの自動人形……確かに似ているかも知れないけど」

「けど?」

「スズはスズでしょ」

 右手に持った鉄塊をズイっと突き出す。

「そして私は私!」

 委員長は左手で眼鏡を外すとポケットに入れ、バールを両手で持った。

「いくわよゼファー!」

「承知!」

 ゼファーは風の力でピョンと飛び上がると、委員長の左斜め後ろに着地した。

「ゆけドロシー、変身ですぞ!」

「わかってる! へんしん!」

 魔法の杖・大バールが光輝き、その光に包まれた衣服が粒子化して消失し、新たな衣装が物質化マテリアライズされる。数瞬の後、そこには赤と白を基調にしたコスチュームに身をまとった魔法の戦士が誕生する。

 ボディは赤をメインカラーにしたフリルドレス。ところどころ反対側に白を散らしたアシンメトリなデザイン。肩はチューリップのつぼみの袖に、二の腕から指先までは赤いレザーのロンググローブ。手首の周りには真っ白いフリル。

 脚は膝上のオーバーニーのブーツ。素材もロンググローブと同じでレザーで色も同じく赤。くるぶしの辺りには白いリボンがあしらわれる。解けた三つ編みが燃えるような赤毛に染まり、頭の後ろに大きなリボンがついた。

 そうして最後に膝上のフレアスカートが、脚を下から撫でる不自然な風でぶわっと捲り上がって一連のシークエンスは完了。何故かそこの中身だけ変身しておらず黒いオーバーパンツのままだが。

「魔法少女マジカルドロシー推参!」

 マジカルバトンという名のバールを相手に突き出して、マジカルドロシーとなった委員長が名乗りを上げる。

「あの、マジカルドロシーさんというのは?」

 魔法少女への変身を間近でずっと観察していたスズの、変身完了となった委員長への第一の質問がそれだった。

「ドロシーとは娘殿の本名ですぞ」

「??」

「……山本堵炉椎やまもとどろしーですあらためましてどうもはじめまして」

 イルカ型怪生物との戦いの前にエライ厄介ごとが残っていたと、我らがクラス委員長、山本堵炉椎(15歳)は戦闘前に少し脱力してしまったのだった。

 ホント、なんつー名前を着けやがったんだと。まぁ魔法少女を継承させることを考えて(名前にも魔力の強さを左右する言霊が含まれるのでおいそれと偽名も使えない)に、それっぽい名前にしたのだろうが、年取ったらどうするんだと、堵炉椎さんはいつも思う。

「私は委員長さんは『いいんちょう』というお名前だとずっと思っていました、私と同じで名字無しなのかと」

「……それでも良かったような気もするのは何故だろう」

 自分の名前の問答に虚しさを覚えた委員長は、力が抜けたまま鉄塊の先端を敵へと向ける。

「……ゼファー、あれはどうすれば倒せるもんなの?」

 とりあえず戦いに気を向けて気合を入れなおそうと委員長はするが

「いつも通りマジカルバトンでぶっ叩けば良いのではないですかな。しかしゴーレムとは硬いと相場が決まっておりますゆえ覚悟してくだされ」

 またやる気が半減される情報がもたらされる。

「この前何とか倒した鉄車怪人と同じくらい硬いってこと……?」

「あれはアイアンゴーレムではないのでそこまでの硬度はないと判断いたしますが、粘土も焼き固めれば結構な固さになりますゆえ」

「……何れにしろ、また手が腫れるくらい叩かないといけないってことよね」

「あの、何かお手伝いいたしましょうか?」

 十字路の角から体を半分だけ出してカメラを構えているスズが、委員長が戦いにためらっているのを感知して、とりあえず訊いた。戦闘でも自分が何か役に立てればと。

「いや、いい。スズはそこでちゃんとカメラで撮影してて。スズは作業用、戦闘用は私!」

「了解しました」

「よし、スズをこれ以上巻き込んじゃいけないからね! がんばるわよ!」

「その意気ですぞ!」

 委員長は一つ気合を入れ直すと、近づいてきたイルカ型怪生物と対峙した。

 大きい。身長は2メートルを軽く超えるだろう。高校一年女子の平均的な身長である委員長にとっては見上げるほどの巨体。しかし自分はこれと同じくらいの大きさの水の魔物や鉄車怪人と対戦してきたのだ。相手の大きさだけでは遅れを取ることは無いと思う。

「……」

「――」

 委員長とイルカ型怪生物が少し間を空けて対峙する。

 魔法少女である委員長の方からは手を出さない。まずは本当に相手が敵意を示した存在なのか確かめなければならないからだ。こんな成りをしているけれど、もしかしたら助けを求めているのかも知れない。例えその身から自分達に対する憎悪の力を感じても、操られているだけなのかも知れないのだから。

 ただ相手を確認しただけで戦闘を挑むのであれば、それは虐殺でしかない。そしてそれは魔法少女の行為には入っていない。

 ――のだが

 イルカ型怪人は、前ヒレのような右腕を軽く振りかぶると、なんの躊躇もなく委員長に向かって叩きつけてきた。

「うぉっとぉ!?」

 体を逸らせてそれを鼻先でかわすと、バックステップで間合いを一旦広げる。

「むぅ……なんでこっちから先手必勝! って、先に攻撃しちゃいけないのよ!」

 しかし委員長自身は、自分から先に攻撃してはならないという暗黙のルールが解せない様子。

「いちおう正義の魔法少女ですからな。先にボコボコに攻撃するのは倫理的にまずいかと」

「その最初の一撃を食らってそのままやられちゃったらどうするのよ!」

「そうならないように御身は魔法少女のスーツで強化されておりますゆえ」

「……いきなり強化されてない顔を狙われたんだけど」

「まぁ、そういうこともありますゆえ、日々の鍛錬を怠らないことですな」

「人事だと思ってぇーっ!」

 委員長はそう絶叫しながらイルカ型怪生物に突っ込んで行った。直撃を食らったら首から上がふっ飛んだかも知れない一撃を、相手は出したのだ。もう容赦は必要ない。相手は真に倒すべき敵となった。

「やー!」

 委員長が相手の目前でジャンプする。魔法少女のスーツで強化された跳躍力に、ゼファーが風を起こして更に高く舞い上げる。

「?」

 それと同時にスズの地磁気感覚器センサーに少しノイズが走った。魔法の発現を近くで感知して誤作動を起こしたのだろうかと思考する。

 しかし考え込むスズはそのままに魔法少女の戦いは展開していく。委員長は尻の辺りに叩き付けられた風を、フレアスカートを帆代わりにして巧みに操ると天を登る龍がごとく上昇し、そのまま最高到達点から落下姿勢に入り、相手に逆落としをかける。

「いっけーっ!」

 地面への落着直後、相手と正対した委員長は、両腕で握った鉄塊(マジカルバトンと言う名のバール)を思いっきり振るった。

「いったーっ!?」

 何かが派手に砕ける音がしたと同時に、それを上回る委員長の悲鳴が轟いた。

「いて、いててっ!?」

 着地した委員長は、限界まで痺れた手を震わせながら、相手の反撃をかわすように一旦離れる。

「あれホントに粘土なの!? 鉄の塊殴ったくらいに痛かったわよ!?」

「先ほども説明した通り、粘土言えども焼き固めればかなりの硬度になりますからな」

 更には委員長が全力で鉄塊マジカルバトンを食らわせた辺りを見ると、見事に砕けているのだがイルカ型怪生物自体は意に介した様子が全く見られない。

「なんか、あんまり効いていないような気がするんだけども」

「それは、ゴーレムですからなぁ」

「……どゆこと?」

「固体を流体へと一時的に変化させながら動いているということは、基本は固体ということです。凄まじく硬いです。そして硬度の高いものは崩壊が始まると意外に脆いという欠点もありますが、ゴーレムの場合は流体としての組成も持っているので、その脆さもカバーできるのです」

「……つまり」

「ゴーレムは再生能力が無い代わりに、とてつもなく頑丈ということです。五体を少しでも動かせる部位が残っていれば、いつまでも動き続けるでしょうな」

「……なにそれ」

「そしてその五体を破壊するのも生半可な力では無理であります」

「……」

 そしてその時、委員長の覇気が削がれた一瞬の隙を突いて、イルカ型怪生物が迫ってきた。無造作に振り回した前ヒレの先端が委員長の体に当たり、そのままふっ飛ばされた。

「!」

 そのままブロック塀に叩き付けられる委員長。物凄い力で委員長の体の形に塀がへこみ、そのまま崩れた。

「娘殿!」

 ゼファーがフォローする間も無く、イルカ型怪生物が委員長の上に覆いかぶさるように迫……と思ったら、いきなり向きを変えて十字路の角からカメラを出して撮影係に徹していたスズの方に向かって行った。

「――?」

 何故自分が狙われるのか理解できなかったが、自分は高価な借り物を持っているのでそれは傷つけられるわけにはいかないと、カメラを守りつつ十字路の方に出てきた。

「スズ!? 出ちゃだ――ぐぅっ!?」

 下敷きになってしまった崩れたブロックの隙間から顔を出した委員長だったが、叩き付けられた際の激痛で今は息もできない。

「スズ殿!」

 ゼファーも風塊を何個も発生させ直撃させるが、さすがゴーレムだけあって多少相手の体を揺らせられる程度だった。少しだけ時間が稼げればもっと強い風術が使えるのに――焦りが走った時、スズの目前へと迫ったイルカ型怪生物は、その口を開けた。

「――?」

 本物のイルカと同じ作りの鋭利な歯が、スズの硝子製の瞳に映る。

 イルカとはおとなしいとされる生き物だが、基本的には肉食動物である。それを模したゴーレムならば同じ力か、それ以上の力があるはず。そして獣の本能に従うように、スズを頭から丸呑みしようと、上体を振り下ろす。

「スズ!?」

「スズ殿!?」

 絶叫する委員長とゼファー。本来は作業用の機械であろうスズがあんなものに噛み付かれたら、一瞬でバラバラに――

「――」

 しかし、何かを覚悟した委員長とゼファーの下には、何時まで経ってもその獰猛な歯の租借音は聞こえてこず

「やっぱりお手伝いいたします委員長さん――いえ、マジカルドロシーさん」

 代わりに最近聞きなれてきた機械音声が帰ってきた。

 思わず目を瞑っていた委員長が瞼を開くと、機械仕掛けの彼女が、今まさに振り下ろさんとしていたイルカ型怪生物の下顎を右腕一本で受け止めていた。

「す、スズ!?」

「スズどの!?」

 ゼファーもかなり強力な風術の発動準備をしていたのだが、スズが見せた怪力に思わず集中力が切れて途中で止まってしまっていた。ボフンと練っていた風の塊が霧散する。

「多分私が参戦した方が効率良く敵を殲滅できると思いますので、独自の判断により加勢いたします」

 スズはそういいながら空いている左手で首から提げたカメラを外すと、ぽいっと投げる。それは見事にゼファーの首の部分に紐が引っ掛かった。自動人形らしい見事なコントロール。

「とりあえず必要分の撮影は完了したと判断しますのでお返しします」

 スズはそのまま相手を押し込むようにそのままの姿勢で前進を始めた。小柄な少女からは考えられない怪力に、相手は何が起こっているのか分からないまま、踵を滑らせて後退していく。

 背後の委員長との距離をある程度稼いだスズは、手を離すと今度は自分が相手と対峙した。

「相手の硬度の計測は完了――腕部指部の打撃で破砕可能と確認。その際の腕部指部へのダメージは軽度なれど、戦闘終了後の要整備を求む」

 相手への接触によって、その体組織の硬さを測ったスズは、武器の携帯は無くとも自分そのものの機体強度のみで倒せると判断した。

「戦闘モードへ移行――周囲に与える被害は軽度――いきます!」

 スズは身を低くすると、そこから飛びかかるように右拳を振りかぶりながら地面を蹴った。蹴られた地面が抉られ、砕かれた土がつぶてとなって飛び散る。

 爆発並みの衝撃波を残して飛んだスズは、そのまま右拳を相手へと叩きつける。

 それを右胸の辺りに食らった相手は、スズが削った地面以上の破裂を起こし、右肩から先が砕け飛んだ。

「えええええぇーっ!?」

 一瞬で相手の半身をごっそり奪ったスズの驚異的力を見て、思わず委員長が叫ぶ。むしろ叫ばないといられない。

 スズはそのまま初撃を見舞った反動を利用して体を回転させると、今度は左拳で裏拳を放った。それが命中した相手の左わき腹辺りが大きく砕かれる。

「――このまま胴体を真っ二つに破砕する予定でしたが――さすがに硬いですね」

 スズはそう相手の硬度を評価すると、その高い防御力を崩すために、両の拳による連打を見舞い始めた。

 容赦も何も無い。削岩機で壁を解体するかのような勢いで、相手の体が崩れてゆく。しかも両腕なので削岩機並みの破壊力で二刀流である。

 夜の町並みに岩を砕く音が轟く。

 そして、圧倒的パワーを正面から食らったイルカ型怪生物は、ものの数分でただの固い土がごろごろと転がるだけになってしまった。

「――状況終了を確認――戦闘モード解除――強制冷却開始」

 土塊へと戻ってしまったイルカ型怪生物を見下ろすように立ち尽くすスズの体からブォーンというファンが回る音が聞こえてくる。加熱した機体を冷却しているのだろう。

「え、えっと……スズって説明では作業用の自動人形じゃなかったっけ?」

 押し潰されていたブロック塀からなんとか這い出してきた委員長が、恐る恐る近づいてくる。彼女自体その150キロという大重量を動かせる関節のパワーでぶん殴ったら、凄まじい威力であろうとは委員長も前から思っていたが、イルカ型怪生物を破壊したこの力は、自分自身を動かす間接の耐久力以上のものを発揮しているうように見受けられた。

「確かに私達自動人形オートマータは、基本的には常態維持の作業用にいる訳なのですが、常駐している場所そのものが戦闘フィールドになる可能性もありますので、私達一体一体にはそれなりに敵を排除できる程度の戦闘能力は持たされています」

 機械神という最狂の戦闘兵器の内部に突入して破壊しようと企む無鉄砲者などは普通いないのだが、それでも機械神が何らかの事情で停止した場合を強襲される可能性はあるので、自動人形オートマータ一体一体に高い戦闘能力も付与されている。

「私の飛行形態への可変能力は基本的には内部での高速移動のためなのですが、いざとなったら背面などに増加装備を装着して、戦闘機として空戦もできるんですよ」

「……そうなんだ」

 スズの凄まじい告白を聞いて、とりあえずなんとかそれだけ口にする委員長。委員長もゼファーも開いた口が塞がらない。

「うーん……これからはスズに魔法少女をやってもらえば良いような気がしてきた」

 魔法少女と名がついていても、魔法は変身時くらいで後は腕力勝負の殴り合いが殆どだから、それならば大パワーを見せてくれたスズでも出来るのではと委員長は思う。

「それは駄目ですぞ」

 首からカメラをぶら下げたゼファーが冷静に突っ込む。

「……やっぱり」

 スズに鉄塊マジカルステッキだけ渡して、後は別に変身しないでそのまま戦ってもらえば良いのではと思うが、やはりそうはいかない様子。やはり正当に継承されたものでないと務まらない血の掟があるのだろう。

「スズ殿ですと重すぎて我輩が風を当てても浮き上がらないかも知れませぬゆえ」

「そっちの理由かい!」

 単純に戦闘補助役の問題であるらしい。確かにスズは高速で動いたり空を飛んだりも出来るが、それは重量級兵器が内装された機能により一時的高機動を発するということなので、身軽さとは異種のカテゴリーであるから、持ち上げ係のゼファーも困るのは仕方ない。

「まぁその話は置いといて、それにしてもなんでスズまで襲われたんだろう?」

 今回はスズの隠された力(本人はずっと大公開だったのだが)により危機は脱したが、スズが本当に無力な作業機械であったら凄惨な結果になっていたのかと思うと、委員長は胸のした辺りの骨に嫌な痛みを感じる。

「我らが、三人組みの攻撃隊と思われたのかも知れませぬな」

 現状から推測して、もっとも無難な答えをゼファーが出した。

「……そうなのかな?」

 その予想を聞いて委員長も、心半分は納得した。いつもはゼファーと二人組みだが、見た目が全く人間には見えないスズが、今回から加わった追加戦士のように判断されたのかも知れない。

「……最初に突撃した私をまずは封じて、次に物陰に隠れていた補完要員っぽいスズを倒して、最後にゼファーと差しで勝負を着けるって魂胆だったか……って、それって何気にゼファーが一番強くて総大将っぽくなってないっ!?」

「違いますのか?」

「キサマーっ! 私の苦労も知らんとーっ! 今度本当に水保から火炎放射戦車借りてきて薪にしてやるからね!」

「火炎を使う戦車いくさぐるまとの決戦、風使いとして望むところですぞ」

「――あの、残った破片が砂になっていますが」

 言い合いに興じる二人に、その後の状況を観測していたスズが、機械人形らしく冷静に告げた。

 魔法少女以上の破壊力を見せたスズに壊されて、体を維持できなくなったイルカ型怪生物が、砕かれた土塊より更に細かくなっていっていた。

「元々が土や粘土ではなく、この砂で作られていたのかも知れませんな」

「てことはサンドゴーレムってこと? 砂でなんて作れるの?」

「作れないことはないですが、凄まじい魔力が必要ですな。普通はそれだけの魔力があれば最強のアイアンゴーレムを作る訳ですし」

「じゃあ、この砂にも何か意味があるってことなのかな?」

「そういうことなのかも知れませぬ」

「一応この砂も写真に撮っとくか。後はサンプルに少し回収してと」

 壊してしまったブロック塀など残りの後始末は陸保に連絡してやってもらうことにして、とりあえず当初の任務は完了した委員長一行は帰宅の徒に着くことにした。

「すみません、まずは学校の方に行っても良いでしょうか」

「学校? なんでまた? もう夜だけど?」

「結構硬いものを粉砕しましたので、腕部と指部の負荷等を常駐の作業員の方に検査してもらいませんと」

「ああそうか、最後は全部スズがやっつけてくれちゃったんだもんね。よし、まずは学校だ。陸保とかの連絡はそこでやってもらえば良いね」

「娘殿、その格好のまま再登校されるのですか」

「……へ? ああ、忘れてた変身解除しなきゃ」


『――』

 また再びにぎやかな足音を響かせながら疾風高校への道を歩き始めた三人の後姿を、とある人物が見つめていた。

『既ニ護衛ヲ着ケテイルトハ、疾風弾モ中々ヤル。シカモソレガ我ラガ仇敵、魔法少女トハ。サスガ疾風弾ト言ウベキカ』

 それは首都内湾の底でスズが潜水艦に回収されるのを遠くから見ていた、フード付きマントで体を覆った彼だった。

 今回は陽動を起こして、疾風弾財団所有物件の多いこの町を混乱させ、疾風弾所有のどの施設に自動人形はいるのかと判断するための策略だった。あの女総帥のことだから時期的に考えて隔離された重要施設から、民生施設へ移しての幅広い情報データ収集に切り替える頃だと踏んだのだ。

 そして今夜、その謀に乗って向こうの方から出てきてくれた。しかも仇敵を従えて。陽動作戦に投入した刺客は倒されてしまったが。

『向コウカラ最高ノ舞台ヲ整エテクレタノダ。此方モ最高ノ演技デ返ストシヨウ』

 本日生成に成功した砂のゴーレムの実力では、自動人形の捕獲は難しいことが分かった。多分護衛の魔法少女があのまま戦い続けたとしても、何れは砂のゴーレムの方が倒れていただろう。更なる高い能力を持つモノを作り出さなければ。

『シカシ――自動人形単体ガアレダケ強イノデアレバ、護衛ナド必要無イノデハナイカ? ダガソレモ疾風弾ノ思惑カ』

 彼はそう納得すると、その場から姿を消した。


【幕間】


 第弐海堡に用意されている自室にやって来た彼女は、此処に常駐する魔女の訪問を受けた。

「これをわたしに?」

 魔女が無言のまま渡した獣皮で頑丈に製本された薄い書物を受け取る。

「機械神術式?」

 厚く設えられた羊皮紙を捲りながら問うと、魔女は首から下げた蒸気掲示板に「そうです」と文字を表示させた。

「不思議ね、此処に書かれたものを読むと右手が熱く振動する」

 手袋に包まれた右手を握りながら言う。

「これは誰から?」

 魔女は「【書記】から送られた」と蒸気掲示板に表示させる。

「【書記】……確か一つの書を執筆している自動人形よね。これは一部写本なんだろうけど、自動人形でも扱えるけどそれでは意味がないからとわたしの下に来たのか」

 魔女は「そう」と蒸気掲示板に表示させる。

「分かったわ。これを使いこなせということなのね、機械神が未だに乗り手として認めないわたしに」

 何と言う皮肉か。彼女は思う。

「それと、あなたは喋れないままで良いの? お姉ちゃんに頼んであげようか?」

 魔女は「ここには喋れるようになる薬があります」と蒸気掲示板に表示させる。彼女は望めば何時でも喋れる立場にいる。

「そう。さすが方舟艦だけあって外の世界より進んでるわね」

 魔女は「あなたは紅蓮の死神をお姉ちゃんと呼ぶのですね」と蒸気掲示板に表示させる。

「それはそうよ、例え機械神を破壊するっていう神に匹敵する者だとしても、わたしにとってはお姉ちゃんだもの」

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