第三章

「あれ? あれに乗ってるの村雨さんじゃないのかな?」

 土曜日の授業終了後の早めの放課後、川沿いの道路を駅の方に向かってスズと委員長は歩いていた。二人とも寮へは戻らず制服のままである。

 そうやって駅までの順路の一つを歩いていると、委員長が水の上を小型艇が走っているのを見つけた。眼鏡の奥から良く目を凝らしてみると、航走する艇の上に載せられた砲塔上のハッチから上半身だけ出して周囲警戒を行っている乗員が、学校守衛の1人として働いている人物であるのが分かったのだ。昨夜は200メートル先のイルカ型怪生物は良く見えなかったが、今は明るいので多少は遠くまで見える。

「おーいおーい」

 委員長が手を振ってみる。

 すると向こうも分かったみたいで、同じように手を振った。顔見知りを発見した小型艇は、航行していた進路を変えると、二人のいる方へと向かってきた。

「あれ? こっち来る?」

 手を振り返してくれるくらいで良いと思っていたのに、なんだかこっちに来てくれそうな雰囲気になってしまったので、委員長はスズを連れて、自分たちの方へと進路を変えた小型艇へ向かうべく、少し進んだところにある階段を下りると河川敷に下りた。それと同時に小型艇が川岸に擱座するような勢いで突っ込んでくると、そこで停止することなくそのまま砂の上を進んでくる。底面には金属製の履帯が回転している。水の上を走っていると小型艇にしか見えないが、これは水保の標準装備である水陸両用戦車である。

「村雨さん急に呼んでごめんね」

 波打ち際から少し離れた場所に停止した戦車へと委員長は走っていく。魔法少女でもある委員長は以前から何かとお世話になっているので、戦車が海の上から地上へと走り変える姿も見慣れたもので特に驚くこともない。スズは普段は早くは走らないので少し送れて後に続く。

 委員長が濡れた車体の脇に到着すると同時に、砲塔上のキューポラから水保の制服に身を包んだ女性が降りてきた。

「なんか私が呼んだみたいで悪かったけど、良かったの村雨さん、砂浜に上がって来ちゃって?」

 車体から飛び降りて砂浜に着地した女性に向かって委員長が少し申し訳なさげな声のトーンで言う。

「もうすぐ休憩で上陸しようと中で話してたから大丈夫よ」

 村雨さんと呼ばれた女性――村雨龍那むらさめりゅうなは、なんでもないことのように答えた。

 彼女は国外からやって来た人物で、水上保安庁創立時に協力した組織の所属であるらしい。その時の繋がりからか水上保安庁戦車隊に臨時隊員として所属していたり、同じ出資先である疾風高校の守衛に就いていたりする。

 彼女はこの神無川上空にも現れる空を覆い尽くすほどの巨大な雲を追って世界を回っており、暫くはこの地を拠点にして調査しているので、その活動のために戦車隊員や守衛をしていた。

 委員長とは、龍那が始めて疾風高校に訪れた初日に教師陣から紹介され(級長であるので)その時からの顔見知り。

 委員長は最初は龍那のことは「同い年くらいなのか?」と思ったのだが、付き合ってみると十五歳のようでもあり二十五歳のようでもあり数百年は生きているのでは? という感覚も受ける。とてつもない年齢不詳な彼女だが、いつも右手に手袋を嵌めているのが印象深いので歳のことは途中で気にならなくなってしまう不思議な人だ。

「遅くなりました」

 そこへ遅れていたスズが砂に足と義足をめり込ませるような歩き方をしながらようやく到着した。

「ああそうそう、こっちはうちのクラスに新しく転校生で入ったスズさんっていうんだけど」

「……?」

「――?」

 臨時戦車隊員と自動人形の女の子が、何故かお互いの顔を見つめあったまま動きを止める。

 え? なに? いきなり禁断の恋!? しかも人と機械なんて!? などと委員長が邪推した直後、見つめ合っていた二人は同時に首を傾げた。

「遠い昔にどこかで会ったことある?」

「何故か私の記憶回路にもそのような記録があるような気がします」

「わたしの知ってる機体の中ではアナタは見たことはないと思うけど」

「へ? 二人はなに、前からの知り合いなの?」

「千年ぐらい前からの知り合いのような気が……する?」

「私もそのような記録が微かにあるように感じます」

「村雨さんって千歳なの!? やっぱり!?」

「やっぱりってなによ!」

「……スズの方は?」

「私自身は千年ぐらい前に生産されたのかも知れません」

「……私は二人が何をいっているのかチンプンカンプンだよ」

「わたしも自分で何をいっているのかチンプンカンプンだよ」

「右に同じです」

「……というかスズが普通の人間じゃないってのは思いっきりスルーなの村雨さん?」

「いや、この子みたいな人型の何かがわたしの育親(しとねおや)だったり……」

「しとねおや?」

「いや、今のは聞かないでおいて」

「はあ? ……というかスズもスズでつい最近疾風弾重工からやってきたんだから、村雨さんと大昔からの知り合いのわけないじゃない」

「ああ、そういえば」

 スズの場合は公式情報としては疾風弾重工製の新型機械の動作テストということになっているのだが、それでもその前は機械神の中にいたので、目の前にいるこの女性と出会う可能性など無いのであるが。

「前世の記憶とかそんな霊的なものだったりするのかな」

「うーん、どうなの?」

 委員長の問いに龍那が再び首を傾げる。

「私の場合は、記憶回路が所々損傷しているので、それが正確な記憶かどうかは分からないのですが」

 スズは龍那と昔(それも千年前後の大昔)に会ったような記憶は、そもそも自分の中の記録回路に保存されていたものなのかあやふやであると説明する。

「それでもスズは壊れた記憶をどんどん再生しているんじゃないかな、色んな人と会ったり色んな経験をして」

 スズが自戒のようなことをいうので、委員長は思わずそんな言葉を口にする。昨夜の危うい場面も、今となってはスズに良い経験がさせてあげられたのかと、委員長は少しホッとしていたのだ。

「そうだとしたらスズってば凄いね、どんどん人間っぽくなってるじゃん」

「――それは凄いというのでしょうか?」

「そりゃ凄いでしょ。スズは自分には感情がないっていってるのに、人間っぽく思いの気持ちが生まれてきてるんだから」

「――」

「よっこらしょっと」

 委員長の言葉を受け、少し動きを止めて思考中だったスズを遮るように、戦車の上の方から声が聞こえた。

 砲塔右横の車体ハッチが開くと、龍那と同じ制服に身を包んだ女性が降りてきた。こちらはかなり小柄の女性だった。150センチを少し越えるくらいだろうか。女性としては少し大きめな龍那の隣に並ぶとそれが更に強調されるが、狭い車内では動きやすそうだ。

「ふぅ、色々点検してたら出てくるのが遅くなっちゃったよ。リュウナが守衛してる学校のクラス委員長さんの一人だね、お初にお目にかかります」

 龍那の隣に並んだ女性がペコリと頭を下げる。敬礼でもされるのかと軽く身構えていた委員長はそのフランクな態度に「ど、どうも」と虚を突かれたように軽くドモりながら答える。水上保安庁は厳密には軍隊ではないので、その点は大らかなのだろう。

「そっちにいるメカっが、新しく転校してきたスズちゃんだね、今後ともよろしくね」

 スズの方にもペコリと頭を下げると、「こちらこそ宜しくお願い致します」とスズもお辞儀を返した。

「あれ、この子のことは知ってたんですか?」

 学校守衛もしているのに本日初対面である龍那が、女性の知識を疑問に思う。

「そりゃー、現時点でのリュウナの保護者は私だからねー、学校任務先でなんかあれば、まずは私に連絡が来ますさ」

「なんでわたしには教えれくれなかったんですか、それに保護者ってなんです!?」

「秘密にしておいたほうが面白いジャン!」

 龍那と一緒にいるこの戦車乗りの人はずいぶん変わった人なんだなぁと、委員長は思った。スズの記憶回路にも「不思議な人」と登録される。

「まぁいいですよ、委員長が紹介してくれたし」

 しかしそんなことは既に慣れっこなのか、龍那は特に気にしていない様子。

「改めまして、こちらはわたしが水保でお世話になってる戦車隊のプロキシムム・カトルデキム隊長。こちらは一年の山本堵炉椎さんと、わたしが紹介するのも変だけど同じく一年のスズさんです」

 龍那が臨時とはいえ自分の上官にあたるプロキシムム・カトルデキムの方を先に紹介する。彼女とは委員長よりも若干付き合いが早い(龍那は守衛配属になる前から水保の臨時隊員になっている)のでそのようになるのだろう。

「ぷろきしむむむ? かと?」

 紹介された、戦車隊隊長である彼女の名前を委員長がなんとか言おうと頑張るが

「うん、舌を噛んじゃう前にムムって呼び方で良いよ! 舌噛んだらガブっとかエライことになりそうだしね!」

 口から血流の大惨事になる前にムム本人が止めた。

「プロキシムム・カトルデキム隊長、私はスズと申します。名字が必要な場合は疾風弾はやてひきスズとお呼びください」

 うって変わってスズの方は、機械であるので引っ掛かることもなく発音する。

「おお……私のフルネームを聞いたばかりでそんな滑らかにいえるとは……さすが疾風弾重工脅威の科学力は凄いね!」

「はぁ、どうも、伝えておきます」

 自分自身は疾風弾重工製ではないのだが、お世話になっている場所への褒誉なので、あとで報告しておこうと記憶する。

「ああそうそう、思い出したけど、ドロシーちゃんのお母さんとは、前に何度か会ったことあるよ現役時代に」

「ああ、そうですよね、水保のみなさんとは連携してお仕事するでしょうし」

 突然自分の、しかも母親の話題を振られて委員長は少し戸惑ったが、魔法少女と水上保安庁は深く関連のある組織であるのは、自分ももちろん知っている。

「我が水保にとっては、水上保安庁設立前からお世話になってるお師匠様みたいな人だからね」

「……私には日がな一日テレビの前でお茶をすすってる姿しか記憶に無いのですが」

「あっはっは、いかにも彼女らしい過ごし方だね。でも本当に凄い人って普段はそんなもんだよ」

「……そうですか」

 自分はのんびりのどかに暮らしている母親の姿しか殆ど見ていないので、勇ましく戦う(痛む腰をかばいつつ)母の姿なんて全く想像できないのでピンと来ない。

「さて、私らは休憩にしよっかリュウナ」

 んーっと両腕を突き上げて伸びをしながらムムが促す。

「二人もなんか食べたり飲んだりする? おごるよ」

 ムムがそんな風に申し出るが

「スズってばなんか食べたり飲んだりできるの?」

 委員長はスズにそんな機能があるのかと疑問に思うと

「水なら飲めます」

 自動人形はそんな解答をする。

「マジで!?」

 流石にその答えに委員長がビックリした声を上げた。

「私の口部を良く見てもらうと分かると思うのですが」

「ふむふむ」

 委員長がスズの口元を見る。

「口部の奥に小さくスリット状の穴が空いていると思うのですが、そこから水を体内に冷却水として入れることができます」

 確かに良く見るとスズの動かない唇の奥に、横棒のような小さい穴が空いているのが見えた。

「これは私の顔部の奥に設置されている拡声器スピーカーの音の通り穴の一つでもあるんですけど、ここを利用して頭部の方から冷却水を入れることもできるんです。本来の給水口は胴体部にあるのですが」

「すごいね」

 委員長は素直に感心した。

「よし、じゃあスズちゃんには水を買ってこよう。ドロシーちゃんの分ももちろんなんか買ってくるからね」

 スズは水なら飲めるということが判明したのでムムがそう促す。

「すみません」

「まぁ私ら二人合わせておやつ代は1000円しかないんで、一人あたま250円ぐらいのモンだけど」

「……なんかすみません」

「スズちゃんは好きな水の銘柄とかあったりする?」

「できれば首都水が良いです」

「首都水!?」

 ムムが試しに聞いてみるとそんな答えが返ってきたので素直に驚いた。

「あれって首都艦の水道水をただボトルに入れただけじゃん!」

「混じり気のない水であれば何でも良いのですが、重工の方で色々試してみた結果、販売されている中ではそれが一番クリーンでろ過機構の負担も少ないので」

「なるほどそういう理由なのね。じゃああったらスズちゃんはそれね。とりあえず四人分なんか買ってくるから、リュウナは整備をお願いね」

「了解です」

 ムムはそう告げると河川敷を歩き、スズと委員長が降りてきた階段を登って道路へと消えた。

 残される形になった龍那は水陸両用戦車の隣りに膝をつくようにすると、履帯の一枚一枚を丹念に調べ始めた。

「たいへんね」

 龍那の作業の邪魔にならないところで、膝を抱えてしゃがんだ委員長が思わず言う。スズはしゃがむと義足への負担が芳しくないと判断したので、委員長の隣りにどすんと女の子座りで座った。砂でスカートの中が汚れるが、元々スズはノーパンですし。

「まぁこうやって常に点検と整備をやっておかないと、いざって時に動かなくなるし」

 体を丸めて、転輪などを細かくチェックしている。元々が地上走行用に開発された戦車という乗り物が、常に水につかっている状態なので、通常の戦車よりもこまめな点検が必要なのだろう。

 龍那は守衛としてやって来る時に訓練用戦車に乗ってやってくるのだが、その脇で履帯の点検をしている姿を委員長も何度か見ていた。学校への移動用に使うものは舗装道路も走行するので、路面を傷つけないように履帯一枚一枚にゴム板が貼ってあり、それが剥がれ落ちていないか、また剥がれていたら予備の板を貼るなどの作業をしている。

「村雨さんは、次はいつ学校にくるの?」

 ムムが帰ってくるまで手持ち無沙汰となってしまった委員長は、龍那の作業の邪魔にならない程度で質問した。

「来週の月曜日は守衛任務日なんで行くよ」

「そうか、久しぶりね」

「そうだね」

「――」

 そんな風に委員長と軽く会話を交えながら作業を進める水保の臨時隊員の姿を、スズは静かに見ていた。

 彼女とは遠い昔にどこかで会ったことがある。それをお互いが認識し、スズの記憶回路のどこかにもうっすらとその記憶が残っている。落水した時に破損して間違った記憶が生まれてしまったのかも知れないが、そうとは言い切れない何かが芽生えている。

 私は機械神の中で働く機械。その機械神に関連した人間といえば、それは操士の他には無い。

 機械神の操り手である操士。

 彼女は永劫の昔、機械神の乗り手であったのだろうか。そしてその時に、機械神の中で私たちはどこかで顔を合わせていたのだろうか。

(――そういえば母さんに見せてもらった機械使徒、頭部から上が無かった)

 操士が操作を担う場所、操作室は機械神の頭部にある。

 機械神の代替機であろう機械使途も、操作室は頭部にあるらしく、そこが丸ごと失われているので調査が思うように進展しないとも雪火は告げていた。

 それは、なにか、関係があるのだろうか。

「――」


 龍那とムムと分かれたスズと委員長は、電車とバスを乗り継いでとある場所を訪れていた。昨夜の戦闘でスズが記録した写真を見せて、もう一人の専門家の意見を訊きに行く途上である。

 本日土曜日授業終了の午後、せっかくの午後から大きな自由時間をそのために使うことにした。

 今から15年前、この国は鉄車帝国と呼ばれる組織に侵攻され、それを迎え撃つ形で現れたチャリオットスコードロンとの戦いに巻き込まれていた。その際に戦いの舞台となってしまったこの国の政府は、教育機関における完全週休二日制という法律を廃止していた。

 その時期は、ある程度の騒乱が週に一回は起こる事態にこの国はあったので、年若い少年少女を一箇所にまとめておく方が避難させるにも管理するにも都合がよかろうという判断である。

 何しろ金曜日授業終了後から月曜日早朝の授業開始まで60時間以上もの連続した自由時間が子供たちには許されていた。それだけ長大な子供たちが単独で危険に晒される時間帯を、そのまま放置しておく訳にもいかない。

 そして時間短縮を行うならば、週末平常授業を復活させ、土曜の午前中だけでも学校という保護者の目が届く場所においていた方が良いという結論になり、教育機関における完全週休二日制は廃止される運びとなる。

 ちなみにこの教育機関週休二日制、法律制定後から特に経済効果が劇的に上がった事例も見られなかったので、廃止されたのも当然といえば当然の処置だったとは多くの国民も語る(涙を飲んだのは教師陣くらいだ)。

 というわけで二人――といっても現状では委員長だけなのだろうが――は土曜授業の半ドン終了後のわくわく感が少し残るまま、ここへやってきた。

 完全週休二日制はこのわくわく感をも取り上げていたのだから、逆に経済波及効果が減少してしまったのは当然なのだろうし、鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いが終わった後も法が復活することもないだろうとはいわれる。

「自然が綺麗な場所ですね」

 委員長のお供でやって来たスズが、周りの景色を見回しながら言う。

 何もごとも経験したいというスズの意向を汲んで、委員長も彼女のことを一緒に連れてきた。

 昨日はスズも含めて大変な目に合ったが、スズ自身も襲われた水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かのいる場所に行くわけでもないので、委員長も普通に連れて来たのだった。

 電車やバスの移動時は機械の彼女の姿を見てさすがに大丈夫かと思ったが、静かにしていれば遠くから見た分には人間と変わらないので、大きな混乱は無かったのは安心した。

 ちなみに更に混乱の元になりそうなゼファーは、本日はお留守番である。ゼファーがいなければ委員長は現状では変身できないので鉄塊(マジカルバトンという名のバール)も今日は置いてきた。今日くらいはあのロクデナシのいない平和を満喫したい。

「まぁ綺麗つっても田舎だけどね」

 スズの褒誉に渇いた笑いでありがとうを返す。

 ここは委員長の地元である。

 一応は町という括りになっているが、畑や果樹園なども至るところにあり、彼女の実家も御多分に洩れず、家の目の前は作物を育てる土地となっている。

「そういえばもうここにはゼファーは刺さってないんだな」

 作物も何も無くただ土の空白だけが残る実家前の畑を見て、少しばかり郷愁を覚えた委員長がぽつりと呟く。

 委員長が生まれてから15年、あのカカシはずっとここに刺さっていた。

 そしてここを通るたびに謎の風が巻き起こって、委員長はスカートを捲られた。

 人っ子一人いないこんな場所では、スカートの中が公開されても良いかと思ったが、それでもなんだか毎回毎回謎の風に捲られるのも悔しいので、下着の上からオーバーパンツを穿くようになった。

 そうして時が経って、数ヶ月前に母親から魔法少女を継承した時、その謎の風を起こす正体が、あのロクデナシカカシだと判明したのだ。

 女の子のケツ――この辺りには女の子は委員長しかいないから、委員長のお尻ケツが見たいがために、あのロクデナシはその身に秘められた超常の魔力を使って毎回風を起こしていたのだ。何という能力の無駄遣い。

 今頃は帰寮してくる女子生徒のスカートをめくって悪さしているのかもしれない。帰ったらとっちめないと。

「あのウスラトンカチはいつの日か薪にしなければならない……」

 郷愁は怒りへと変わり、何時しか実行してやる誓いへと変化する。あやうしゼファー氏。因果応報ともいうのだが。

「ただいまー」

 そんなロクでもない記憶の詰った畑を通り過ぎ、スズを連れた委員長は我が家に辿り着く。山本と表札のかかる家の玄関を抜ける。靴を脱いで下駄箱にしまう。

「スズはちょっとここで待っててね、足を洗うのを持ってくるから」

「すみません」

 委員長は鞄を置いて廊下を走ると風呂場で洗面器に水を溜め、干してあったタオルを引っ手繰って玄関に戻った。スズも準備のために三和土の上の上り框にゆっくりと腰を下ろす。そして鞄からスリッパ片足分一つとテーブルの足カバーのような物を出した。

「自分で洗える?」

「はい」

「じゃあ私は母さんのところに先に行ってるから」

「はい、作業終了後すぐに後を追います」

 委員長は足部の汚れを落とし始めたスズをその場に残すと、再び鞄を持って廊下を進み居間に入った。

「ただいま」

 委員長がもう一度ただいまを言う。

「おかえり」

 テレビを見ながらお茶を飲んでいた女性が振り向いた。

 彼女こそ委員長の母親であり、水保隊員が師匠と仰ぐ先代魔法少女その人である。

「どうしたの?」

「どうしたのって、連絡入れたでしょ、写真持って帰るからって」

「そうだったわね」

 そんな娘の帰還に母は特に驚いた様子も無く「お茶でも飲む?」と、ポットから急須にお湯を入れ茶箪笥に手を伸ばし、新しい湯飲みを取り出すと茶を注いだ。娘の方も毎日そんな風にしているかのようにテーブルの向かいに座り、出された茶に口をつける。そうして委員長が久しぶりに実家で体を落ち着けていると、廊下の方からゴツ、カシャン、ゴツ、カシャンという、家屋内には似合わない歩行音が聞こえてきた。

「お邪魔いたします」

 左脚にスリッパ、義足にはカバーを装着した室内歩行用装備となったスズが一礼と共に中に入ってきた。

「今日はまた、すげー友達を連れて来たわね」

 といいつつも、あまり驚いた様子のない母。これでも27年も異の存在と戦ってきたので自動で動く人形のような女の子が現れても特に動じないのだろう。もしかしたら27年前に戦っていた本物の負の魔法生物の中には彼女スズのような動く人形的な相手もいたのかも知れない。

「スズと申します。名字が必要な場合は疾風弾スズとお呼び下さい」

「スズちゃんか。まぁ立ち話もなんだから座って座って」

「右脚が義足なので失礼な座り方でしつれいします」

 スズはそう断ると、極力居間に敷かれた畳を傷つけないようにゆっくりと姿勢を低くしていつもの女の子座りで座った。隣りの委員長もその座り方を見て手伝ってやりたいとはいつも思うのだが、なにせ相手は150キロもあるので、もし姿勢を崩した時に巻き込まれたら押し潰されるので静観するしかない。

「スズちゃんもなんか飲む?」

「お水がいただければ。少量で良いので」

「お湯でいい?」

「大丈夫です。冷まして飲みますので」

 母は湯飲みをもう一つ出すと、ポットから少しだけお湯を注いでスズの前に出した。本人が少量と言うのでこれ位で良いのだろう。

「ありがとうございます」

 まだ体内に入れられる熱さではないので、スズもとりあえず自分の前に湯のみを置くだけにする。お湯を冷ました白湯は殺菌されているので、実は水よりスズの体には良い。

「で、母さんに見てもらいたいのはこの写真なんだけど」

 委員長は自分が飲んでいたお茶の湯のみを置くと鞄から紙袋を一つ取り出し、中に入っていた写真を母の前に広げた。昨夜戦闘後のスズの検査の為に学校に行くと「現像ならここでもできる」といわれたので、疾風高校常駐のスズの整備班に頼んだ。そして授業終了後に現像の終わった写真を受け取ってここまでやって来た。

「スズちゃんもいるけど、その話はしていいの?」

「スズもこの一件には巻き込まれちゃったからもう関係者だよ」

「なるほど」

「で、これなんだけど、母さんが一番最初に戦ってた頃の負の魔法生物に似てる?」

「うーん」

 水上保安庁の方からも連絡は受けていたので、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かの概要はある程度知らされていたが、いざ娘が手に入れてきた写真に写るその姿を見ると、ちょっとなんだか分からなくなってきた。

「……ゼファーはなんて?」

「水の魔物のような気配も、その類いの魔力も感じるけど、全く同じでは無いって」

「むー、私の考えと同じか」

 母も写真を見た第一印象はゼファーと同じ考えに至った様子。さすが長年共に戦ったパートナーと言うべきか。

「それと、我々の秘める魔力を憎悪する魔力というものを感じるともいってた」

「それも私の印象と同じか。私もこの写真を見ただけでも、なんか嫌~な気配を感じるもの」

 写真を見ただけでそこまで感じられるとは、さすが先代魔法少女というべきか。委員長は母の凄さをほんの少しだけ垣間見た気がした。

「あとこれもゼファーがいってたんだけど」

「なになに?」

「ウッドゴーレムじゃないかなともいってた」

「ウッドゴーレムか。そんな雰囲気もあるわね」

 母がそういわれてイルカ型怪生物が写る写真をもう一度良く見る。元魔法少女だけあってその辺の知識も豊富にあるらしい。

「でもサンドゴーレムかもしれないともいってたんだよね」

サンド?」

 委員長は最後に自分で撮った写真を探すと指で示した。道路に広がる砂の山。

「ああそうだ、本物も持ってきたよ」

 今度は鞄から口を縛ったビニール袋を出して、口を開いた。

「砂ね」

「うん。このイルカ型の怪生物はスズにボコボコに砕かれたあと最後にこれになったのよ」

「ふむ……って、スズちゃんがやっつけたの、これ!?」

 そちらの事実に母は驚く。

「委員長さん――ドロシーさんからは写真撮影を委任していたのですが、自分自身がこの写真に写る相手からの攻撃を受けそうになったので、恥ずかしながらお手の邪魔をしてしまいました」

「……あんたはその間なにやってたの?」

「……敵にぶっ飛ばされてブロック塀に埋まってた」

「まったく情けないわねうちの娘は」

「……いや、私があのままぶっ叩き続けてたら一晩くらいかかってたような気もするし」

「母さんがゼファーとやってた頃は本当に一晩叩いてたこともあったわよ」

「……」

 委員長も一応命懸けで戦っているつもりなのだが、母であり先代であるこの相手にはもう何もいえず縮こまるしかなかった。

「でさぁ、なんで三分の一くらいはあんたのケツ写真になってるの?」

「それは……」

 ギリギリと間接が固着した人形のようにゆっくりとスズの方を見る委員長。

「ゼファーさんが『淑女たちの形の良いおヒップを見定める審美眼を鍛えるのも勉強ですぞ』と直前に仰ってましたので、ちょうど適任な被写体だと思いまして」

 しれっと答えるスズ。スズ自身は様々な経験値を貯めるために、いたって真面目に行動しているだけなのだろうが。

「あのウスラトンカチは、この純粋無垢そうな機械少女に、かなり悪い方向で侵食している様子ね」

「母さんのツテで衛星軌道上からのレーザー狙撃かなんかでアイツを消し炭にできないかな」

「それは大賛成だけども残念ながらこの国にはそこまでの超兵器の配備はまだ無いわ」

 親子して物凄く物騒な会話をしているが、あの風使いはそんなことをいわれても仕方ないことをいつも実行しているのをスズも学んだので何もフォローしない。

「でも結構良いケツしてるわよねあなた」

「私のケツは良いから! そっちのイルカみたいな変な方をもっと良く見てよ!」

 委員長も母親も絶賛ケツトーク中で「お下品ですね」とはスズも思考するのだが、多分これが仲の良い親子の姿だと認識するのでそのままにしておく。

「でも、スズちゃんも襲われたっていうのも、なんか考えないといけないわねぇ」

 負の魔法生物であれば、まずは仇敵である魔法少女を倒そうとする。そして最大の障害を排除して後、他の人間達に災厄を撒き散らそうとする。その意味では正々堂々とした敵でもある。

「ゼファーも私も、人じゃないスズを見て三人目のメンバーなんじゃないかって相手は判断したのかもしれないとは思ったんだけど」

 実際にスズは戦闘人形としての力を発揮し、相手を倒してしまったのだが。

「魔法少女であるあなたをまず倒して、次にスズちゃんを倒して、最後にゼファーを倒す。まずは弱そうな方から順番に片づけで行こうとしていた?」

「……私、スズより弱そうに思われていたのか」

 昨夜の戦闘では実際にそうだったので、がっくりと来てしまう。

「でもここでもあのロクデナシが一番強い扱いになってるのが、一番むかつくんだけど」

「母さんもむかつくけど、あれも私ら魔法少女の魔力の元でもあるし」

 そう、委員長にいたっては現状ではゼファーがいなければ自力で変身すらまだできないのである。

「――あれ? ちゃんと写ってるじゃない負の魔法生物」

 もう一度写真を良く見ていた母が、一枚の写真から何かを見つけたらしい。

「え?」

「これよ」

 母が一枚の写真を指し示す。

 ぴらっと良い感じにスカートが捲れて、黒いオーバーパンツに包まれた委員長の形の良いお尻がアップで写る向こう、道路の奥の方に確かに人影が見える。

「スズ、なんか覚えてる?」

 自分のお尻のドアップ(しかもかなりのプリケツである)をずっと見なければならないのもなんだかなぁではあるが、そこは我慢して撮影者である本人に訊いた。

「えっとですね――」

 スズが自分の記憶領域を検索して昨夜の映像を思考回路の中で繰り返す。すると

「フード付きのマントで全身を覆った人間型の生命体が確かにこの場所にいたのを、私の記憶領域でも確認しました」

「ほらね」

 母が「でしょう?」と頷く。

「写真からでも分かるわよコレ。コイツは本当に本物の負の魔法生物よ。27年前に全部殲滅したとは思ったんだけど、まだ生き残りがいたのね」

「じゃあコイツが黒幕というか、ウッドだかサンドだかの怪生物ゴーレムを作ってる大元か。でもゼファーはその場にいたのになんで気付かなかったんだろう」

「このマントで気配や魔力を完全に断ってるんでしょう。アイツは一応腐っても腐りかけでも大魔導師級の風使いだからね」

 腐りかけでもとはまた酷いいわれようだが、それは27年も共に戦ってきた母なりの褒め言葉なのだろう……多分。

「スズが写真を撮って母さんがそれを見て、そうやって視覚情報を重ねてようやくバレたってところか」

 感覚器に反応しなかった魔力で動くゼファーを、スズが実際に見てようやくそれを動的固体と認識できたように、目視による確認は重要である。こうやって写真による間接的視覚情報でも、重要な情報を得る手段となる。

「しかし……凄い強敵なのには違いないよね」

 自分も実際に戦ってイルカ型怪生物の強さは身に染みて知っている。それの親玉なのだろうから、更に強いのは当たり前だろう。そんなものと戦わなければならないのかと思うと、委員長は頭が痛くなってくる。

「しっかしスズちゃんがいると便利ねぇ。あの腐ったウスラトンカチとはエライ違いだわ」

 結局酷い定冠詞が追加されている大魔導師級風使い。

「あのロクデナシとスズを交代できないのかな」

「激闘の果てにあのウスラトンカチが殉職でもすれば、代わりに誰かがパートナーになってもらうしかないけど」

「よし、抹殺はその線か」

 またまた物騒なことを話し合っている親子であるが、スズもあの風使いの自業自得なのだろうとやっぱり何もいわない。

「それとさ、これって海の砂じゃないのかな?」

 もう一度写真を全部眺めた流れで、なんとなく気付いた母が最後の写真に写った砂を見てそう言う。

「海の砂?」

「海底の底にたまってる砂とか、あんな感じ」

「海の砂……」

 鋼鉄性の岸・鉄岸に周囲が囲まれているこの国では、そこから出て外海へ行くのは困難である。鉄岸を越えて県同士をを繋ぐ飛行船などの移動方法は、さすがに日常的に必要であるので整備されているが、そこから途中で海上に降りる方法は一般市民にはない。だから海に纏わるものは手に入れるのが困難な稀少なものになる。

 委員長は回収してきたイルカ型怪生物の成れの果てである砂の入ったビニール袋を再び覗き込んだ。

「あの、宜しいでしょうか」

 冷まして白湯にしたお湯を口部スリットから流し込んでいたスズが、飲みながら喋るという自動人形らしい器用なことをしながらいった。

「なになにスズ、これわかるの?」

「その砂は首都湾海底の砂質と同質である成分が、感覚器センサーから検出されています」

「ほんとに?」

「間違いはないです」

 首都湾湾内に落水してしまい海底に落ちた際、その時に間接の隙間に入り込んだ砂質と同じものであると、スズの感覚器は反応している。先ほど砂浜に座った時に股関節に入り込んだ砂とは若干違う成分を感じるので、多分間違いない。

「首都艦近海の底の砂か……」

 それを聞いた母の顔が険しいものになる。

「そんなに難しい顔になってどうしたの母さん」

「水の魔物が一体どんな理由で現れるようになったか、あなたはもちろん知ってるわよね?」

「うん。中学校の歴史の教科書にも書いてあったし」

 この国の人間であれば水の魔物の出自は、それこそ物心が付く前から色んなところで話を聞いて大まかに知っていくことになるのだろうが、ちゃんと勉強して覚えさせられるのは中学一年の歴史の授業である。

 鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いの最中、鉄車帝国が繰り出した超巨大水陸両用戦車型鉄車怪人が倒されて首都艦近海に沈んだ時、その直後から水の魔物という異の存在が鉄岸を乗り越えて現れるようになった。そして後年になってその専門駆逐組織として水上保安庁が設立された。この国の歴史の教科書にはそこまでしっかり書いてある。委員長はまさかその手伝いを実の母がしているとは夢にも思わなかったが。

 しかしここで問題となってくるのは、水の魔物自体は、実は偶発的に生まれた存在なのだ。鉄車帝国が意図して作り出したものではない。

 それを偶発的ではなく、自らの意思で作れるようになったら? しかも自由に加工までできるようになったら? そしてその触媒としてもっとも適しているのが、発祥の地となった場所の砂だとしたら。

「これは……なかなか大変な事態になってきたかもしれないわね」

「……」

 母の言葉に、委員長は言葉が続けられなくなった。

「――」

 そしてスズも、これからの事態の推移を予想しているのか、湯のみを置いて静かに動きを止めていた。


 翌日日曜日、午前中。

 首都内湾上空を一機のパワードリフト機(民間用ティルトローター機)が飛翔していた。

 疾風弾はやてひき重工製のその機体のキャビンには、スズの姿がある。

 機械神から落ちて海底に沈んでいたところを拾われたスズは、養母となった疾風弾雪火はやてひきせつかの下へと、ことある毎に顔を出すのが義務付けられているのだが、本日は朝の時間帯が空いているということで彼女の下へ向かっている最中なのだ。

 というわけで迎えに来た疾風弾財団所有のパワードリフト機に乗っているという、なんだか物凄いお嬢様状態である。もっとも彼女はこの国有数の財団組織総帥の養女なのだから本当に超お嬢様でもいいのだろうが、スズ自体がかなりの重量物なので、もしかしたらただの荷物扱いなのかもしれない。

 疾風高校女子寮のある神無川から千刃沖にある目的地までは飛行機械であればひとっ飛びなので、ものの十数分で到着する。窓の外に見えてきた。

 首都艦近海に浮かぶ島の一つ、第弍海堡。東京湾水系の安全を守る水上保安庁の根拠地であり、疾風弾重工の様々な施設も抱える人造島である。

 南北に長い地形となっているその島の北の突端には、半潜水式石油プラットフォームのような海上施設が係留されている。これは疾風弾重工がかなりの昔――それこそ創設直後に作り上げた施設であり、水質調査などの複合施設であると対外的には発表されている海上移動基地である。

 形状的には石油を採掘する半潜水式プラットフォームのような形状をしているのだが、ただ通常は複数の柱(脚部)で構成される下半部分が、全て壁で覆われている。

 これでは移動する時にかなりの水の抵抗を受けることになるが、ごく短距離の移動しか考慮されていないのかも知れない。しかしそれでは近隣の水質調査しかできないということでもあり、昔から非常に謎めいた施設であることから「疾風弾重工が最初に作ったただの失敗作」などと揶揄される時もある。

 スズを乗せたパワードリフト機は、その巨大施設最上部に設けられたヘリパッドへと着陸した。

「お帰りスズ! 我が愛しき娘よ!」

 スズがキャビンから降りると、疾風弾財団総帥その人が直々に迎えに来ていた。

「ただいま戻りました母さん」

「うんうん、元気そうで何より」

 疾風弾財団総帥疾風弾雪火は、養女でもあるスズの体を抱きしめた。

「あの母さん、私のことを抱擁しても硬くて痛いと思いますけど」

「うん、ちょっと痛いね。でもオイルの匂いが良い感じに安心させてくれる」

「そうですか」

 間接を滑らかに動かすための油の匂いで、何故そんなにも嬉しそうな顔ができるのだろうと、スズはまた不思議に思う経験をする。

 雪火はそんな養女スズの硬い体と機械油の香りをひとしきり堪能すると、体を離した。

「さて、いつまでも感動の再会をしてる訳にもいかないからね」

 そういって雪火はヘリパッド隅の昇降機エレベーターの方へと歩き出す。スズもそれに続く。

「右脚の方はどう?」

 隣を歩くスズの歩き方がかなり自然になっている(歩行音は相変わらず凄まじいが)のを見て、雪火が訊く。

「はい、この義足にも習熟できてきたみたいで、飛行以外はかなり普通にこなせるようになってきました」

 さすがに空を飛ぶ補助まではこの義足には不可能なようだが、歩行に関しては義足で歩くための経験値が貯まってきたということだ。

「でもいつかはちゃんとした脚を作ってあげないとね」

 それもこの機械の少女との間でかわした約束なのだから、ちゃんと果たさなければならないと雪火も改めて思う。彼女からは現状でも多くのものを得ているのだから。

「この義足で歩いていると微妙に自重が軽減されているような気がするのですが、そのような機構が埋め込まれているのでしょうか」

 とりあえずは今の状態でも地上であれば満足に動けるようになったスズが、この義足のことを訊く。

「まぁ我が重工で開発中の重力軽減素子とかそんなん使ってるからね。さすが戦車10台分とか費用がかかってるだけあるわ」

「――以前は装甲車10台分と仰ってませんでしたっけ」

「そうだっけか? まぁ駆逐艦10隻分とかいってもそうは変わらないような気もするし」

 そんな恐ろしげなことを軽い口調でいいながら、雪火が昇降機に乗り込んだ。しかしその希少性を考えると戦略爆撃機10機分とかかかってそうな雰囲気でもある。事実は謎のまま。

 スズが続いて乗り込んでドアが閉まると、二人を乗せた箱が下降を始めた。

 昇降機が止まって再び扉が開くと、そこには歩哨の者が立っていて、雪火の姿を認めた途端一礼した。雪火は「ごくろうさま」と軽い挨拶を残して進んでいく。後ろに続くスズにも歩哨は一礼をくれたので「おつかれさまです」とスズも頭部を下に可動させた。

 そうして何人かの歩哨に守られた通路を二人で歩き、再び昇降機に乗り、最下層に当たるであろう通路へと辿り着いた。そこを更に歩いて進む。

 スズにはこの通路に記憶がある。自分が大型の車椅子に乗り、雪火に押されて通った通路である。だからその最奥の扉の先には

「――」

 首の無い鋼鉄製の巨人が、壁に貼り付けられるようにして立っている。

 疾風弾重工創始者が発見した機械巨人の安置される場所。実は半潜水式石油プラットフォーム型施設として建設したここがその場所なのだ。

 機械使徒の収められているブロックの下面が水面に浸かっているのは、数万トンある機械使徒を収めているブロックの床が抜けてしまわないように船のように浮力によって支えているのである。その意味ではこの施設は正方形をした巨大船と言えるのかもしれない。

「――!? 私がいっぱいいます!?」

 前回ここに始めて訪れた時とは違う雰囲気を感じたスズは、その様子の違う方へ頭部を向けると、整備台のような斜めに傾けられた板の上に、自分と同型の機械が寝かせられているのを発見したのだ。その数10体。

「おお、さすがにスズでも驚くか」

「私以外にも自動人形オートマータを発見できたんですか!?」

「フフフ、これぞ疾風弾重工脅威のメカニズム」

 田舎チョキの形にした右手を顎に添えながら、なんだかカッコいい台詞を告げる雪火。ムム隊長も同じようなことをいってましたが。

「発見したんじゃくて一から作ったのよ、ここで」

「作った?」

「まぁ作ったっていうよりはあなたスズの丸ごと複製品なんだけどね」

 右腕を元に戻しながら雪火が説明する。

 スズが交換条件として協力を了承すると告げた直後から、彼女の体を構成するパーツの採寸は受けていた。それは失われた右脚の代替である義足の製作の為でもあるのだが、このようにスズの複製品を作るためでもあった。

 スズに協力を求めた最大の理由は、この場に安置されている動かない機械使徒を動けるようにするためである。

 機械使徒の内部には常態維持のために小型の機械が無数に配備されているのは分かっていたのだが、その正体がスズの発見によって少女型の人型機械であると判明したので、もっとも手っ取り早い方法としてスズ自身の複製を行ったのである。

 スズそのものも超越技術オーバーテクノロジーの塊ではあるが、元々機械使徒を解析してかなりの遺失技術ロストテクノロジーを疾風弾重工は解析できていたので、スズの体の機構をかなり正確に再現することは可能であった。しかし失われた右脚だけは構造が不明なので、左脚を反転コピーしたものを取り付けている。もし右脚だけに違う何らかの機構が設けられているのだとしたら、彼女たちは動かないかも知れないという危険は孕んでいる。

「スズ自身が『自分には感情が無い』っていってたからね。だから思考回路の部分もなんとか再現できた。もっともまだまだ未成熟な部分は多いけど、スズのような万能機械じゃなくて、機械使徒を動かすだけに徹するものにすれば結構いけるところまでは仕上がってる」

 ただ、スズに飛行能力を与えている擬似火電粒子と呼ばれるものの再現までは無理だったので、彼女たちが目覚めてもスズのように飛ぶことはできない。そのような理由なので万全の状態では機械使徒は動かせないとはいわれている(可変能力自体は再現されている)。

「この子たち用の予備の脚をスズに付けてあげてもいいんだけど、あなたの性能を100パーセント補うことはできないと思うから、まだ義足それで我慢してね」

「いえ、私は大丈夫です」

 大重量である自分を支えるには出来たばかりの複製品を新たに繋いでもらうよりも、支えることに特化したこの頑丈な骨格フレーム状の義足の方が、現時点ではスズ自身も安心できる。

「まぁそういうことなので、この子たちはスズとは違ってただの作業用の機械でしかないから、現状では襲われたら簡単に壊れちゃうとは思うけど」

 二日前の金曜日の夜、委員長とゼファーのお供に出たスズが、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かに襲われた後に、学校に常設された専用の整備施設を訪れたのは、もちろん雪火にも報告が入っている。

「すみません、私が破壊されて交換条件が果たせなくなる処でした」

 最終的には相手を倒したのではあるが、自身が破壊されるかも知れない危険な状態であったのは確かだ。

「でもあなたは、ドロシーさんとお供のカカシを助けたんでしょ」

「結果的にはそうなりますが」

「ならいいじゃない。三人とも無事なら今さら問題にするようなことなんて何もないわ」

「そうですか」

 交換条件となった観察対象が、自分自身を危険に晒して契約不履行になったかも知れないのに、雪火はもう問題にすることはしないという。やはり人間とは理解の難しい不思議な生き物だとスズは改めて思う。

「まぁでも、何が起こっていたかは知る必要もあるので、その時の状況を教えてくれるかな」

「了解です」

 スズは先日起こったイルカ型怪生物との接触の一部始終を雪火に伝えた。

 それには委員長の実家で聞いた話も含まれるが、事前にこのことを養母である雪火にも報告する際に喋って良いのかと確認を取ると「かまわない」といったので、そのまま包み隠さず報告している。先代魔法少女とこの疾風弾財団現総帥は、もしかしたら旧知の間柄なのかもしれない。同じような場所で活動していたのだし。

「首都艦近くの海砂で作られたゴーレムねぇ」

 今まで起こった水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かに関することをまとめると、とりあえずそのような要約となる。

「しかもそれを作ったのが負の魔法生物の生き残りであるらしいと」

「そのようです」

「でもそれとは別にして、今回の事件もろもろが終わるまでは、護衛ぐらいは付けた方が良いのかなスズに」

「護衛、ですか」

 本来ならば自分の方が何かを護衛する立場であろうが(実際に機械神を護衛しているようなものであるし)、それが逆になってしまう場合もあるのだなとスズは思考した。機械神の中であれば他に同型機が多量に配備されているので代替などいくらでもいるのだが、この場所での現状ではスズ一機である。複製品の製造は行われているが、彼女たちがちゃんと起動するかどうかはまだ保障されていないし、オリジナルを失うわけにもいかない。

「スズが単体でもエライ強いのは分かったけど、もしものために、ね」

「母さんがそのように判断されるのでしたら、私は従うだけです」

「まぁ人選はこっちに任せてもらうけど、スズにも負担にならない良い人を見つけるから安心して」

「了解しました」

 とりあえず今まで起こったことの報告を終えたスズは、斜めになった荷台に並ぶ自分と同じ姿の機械の方を見た。

「この複製機たちは私の妹になるのでしょうか」

 ぽつりと、そんなことを養母に訊く。

「そうね、娘ってことにしてもいいんだろうけど、そうすると私がおばあちゃんになっちゃうんで妹にしておいてちょうだい。未婚でばあちゃんはさすがにツライ……」

「了解です」

 彼女たちは自分の同型機となるべく生まれてきたけれど、自分を元にして生まれてきた個体。その意味では機械神の中にいる仲間たちとは、また違う繋がりを持つ機体たち。

 彼女たちには一体これからどのような境遇が待っているのだろうと、長姉となったオリジナルは思った。


 報告を終えたスズは、機械使徒が格納されている秘密施設を抜けて第弍海堡を歩いていた。

『すぐ帰っちゃうのももったいないから、第弍海堡ここでも散歩して、色々見てから帰りなさい』と雪火に言われたので、色々見て回っている。

 まずこの第弍海堡に降り立って目立つのはその風車だろう。

 鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いの最中、強引に引き起こされた火山活動によって生まれた火山島が第弍海堡ここの基となっている。

 戦いの負の遺産として残ってしまった新島を造成してこの第弍海堡は作られたのだが、その設計においてもっとも問題となったのが排水であった。

 現代科学の粋を集めれば地面をかなりの高所に埋め立てることも可能ではあるが、地盤沈下などの影響も考えられ、また第一の目的である水の魔物をおびき寄せる巨大トラップとしての効果が薄れるとのことで、平均的な土地の高さとなっている。そう、この第弍海堡そのものが罠として機能しているのだ。

 しかし首都艦に隣接する地形から鉄岸に跳ね返る高波の被害を恒常的に受けるのは避けられないので、その排水目的として多くの風車が立てられることとなった。

 当初は電動式ポンプなどの設置も考えられたが、水の魔物というものは科学技術に囲まれた近代的な場所よりも、比較的のどかな地域に現れる傾向が強いと調査結果が出ているので、水の魔物をあえておびき寄せるために作られているこの第弍海堡には、その運用の殆どを人力で行う排水装置である風車が多く立てられることになった。

 そういったアナログな部分に水の魔物は好んで寄ってくるらしいので、第弍海堡では風車以外でも人力で行える部分は極力人力でまかなうようになっていて、アナログな生活自体も推奨されている。

 話を風車に戻すが、風車には保守保全を行う風車守という職が必要で、基本的に風車守というものは自分が見守る風車そのものに住むものである。

 つまり風車を運用するには風車守が必要で、風車守は人間であるから生活を循環させる拠点が必要である訳なので、この第弍海堡にも風車を中心とした生活のための町が作られることになった。本土から風車守たちのために物資の専用輸送も考えられたが、そのような味気ない生活では成り手もいないだろうという考えからでもあり、この場所が最初から住処そのものでもある水上保安庁隊員の娯楽や保養も含めてのことである。

 規模的には水保の施設を優先しなければならないのでかなりこじんまりとした街並みではあるが、それでも造成から15年経った今ではそれなりの規模に発展している。

 スズはその第弍海堡内の町の中を歩いていた。

「こういうのを可愛い町と言うのでしょうね」

 街並みをキョロキョロと見回しながら確認するようにスズが言う。

 風車施設に合わせた統合建設計画とはいわれてるこの街並み。疾風弾重工が開発してる、この国の風土にも強い建築素材の実験場という意味もある。

 この国の多くの街並みは常襲的に起こる台風や地震を考慮して殺風景な作りの物が多いが、この第弍海堡の町はそれとはかなり異なり、欧州地域のような家々が立ち並ぶ。多分最新技術を応用した地震にも強いレンガ(に見える物)や、台風にも強い木壁(に見える物)などが使われているのだろう。

 しかし本当のところは、水保の出資元の疾風弾財団の上役の趣味であるとか、造島計画に加わってる旧貴族の有締栓うていせん家の思惑でもあるとはいわれている。

 水上保安庁はもちろん国家直属組織であるが、その出資の殆どはこの国有数の財団連合である疾風弾財団が行っていて、有締栓家もそれに一枚噛んでいる。

 そのような背景があるので国から独立している(国から口出しできない)部分も多く、軍隊らしからぬ雰囲気が多く散見されるのはそのためである(厳密には陸保や海保同様軍隊ではないのだが)。

 そしてこの場所は水路も多い。

 スズは北端にある機械使徒の格納施設から南端に向かって歩いているが、ここに来るまでかなりの本数の橋を渡ってきた。スズは正確な数を把握しながら来たが、普通の人間であれば数えるのもうんざりする程である。

 この第弍海堡が水の魔物を誘い込むためのものであるので、必然的に水路の数は多くなる。

 そしていたるところに整備された水路は、もちろんそれは水の魔物をおびき寄せるためにであるが、この場所で暮らす者たちは物資や人員の輸送に役立てて有効活用している。本土(方舟艦)でも水路や運河を荷運びや人の移送に利用しているが、ここは町全体がそうなので規模が違う。

 ちなみにこんな見た目のスズが歩いているといやがおうにも目立つと思われるが、水保の根拠地でもあるので「疾風弾重工の新型機械が動作試験でもしているのだろう」とでも思われているのか、余り気にされている様子も無い。良いのか悪いのか。

「……あれ、スズ?」

 そうやって第弍海堡の南端(もの凄く巨大な空母型巡視船の係留桟橋があった)に辿り着くと、そこにある建物前広場にいた女性から声をかけられた。

「――あれ、リュウナさん?」

 昨日委員長の実家に行く前に砂浜で会った、水上保安庁の臨時隊員、村雨龍那だった。

「どうしたのスズ、こんなところで?」

「母さん――疾風弾雪火の下に参った帰りに、散歩しているのです」

「そう?」

「リュウナさんこそどうしたんですかこんなところで?」

「わたしの場合はこの場所が滞在地の一つだからここにいるのが普通よ?」

「それは失礼しました」

 スズはそういいながら龍那の下に行ってみた。彼女は建物前(彼女の所属する隊の詰め所と格納庫である)の広場に戦車を出して、色々と準備の真っ最中であったらしい。ちなみにスズはどんな場所へも入れる許可証を持たされているので、第弍海堡内であればどこでも出入り自由である(隣に浮いている超巨大空母型巡視船の中も入れるはず)

「これからどこかに行かれるのですか」

「明日は守衛をする任務日なんだけど、ムム隊長が『せっかくだから今日から行ったら』ってことなんで、今から女子寮の方に泊めてもらいに行くのよ」

 確かに昨日本人が来週月曜日が任務日であると語っていたのを、スズも記憶していた。龍那は本日はシフト上の休日であったらしいので、そのまま休みの日から登校日に移行しなさいという処置なのだろう。

「そうですか、私ももうそろそろ女子寮の方に帰るところです」

 第弍海堡の端から端までしっかり歩いたので、ちゃんと散歩は終了したと判断して、スズも寮の方へと帰還しようと考えていた処だった。

「じゃあせっかくだから乗ってく?」

 目的地は一緒ということで、龍那がそう誘う。

「いいんですか私が乗っても?」

「一般の人を車内に乗せるには何か許可がいるだろうけど、スズは一般の人ではないし、いいんじゃない?」

 ここで龍那がいっているスズは一般の人ではないというのは、スズが人ではない自動人形オートマータである事実ではなく、疾風弾財団の関係者――何しろ総帥の養女である――であるということをいっているようであるのはスズ自身にも分かった。

「じゃあお言葉に甘えまして」

 スズの方も帰寮の際は再びパワードリフト機を使う予定にはなっていたが、見聞を広めるためにも雪火の方から「自分で他に使いたい移動手段があったら率先して使ってみて」とはいわれているので、戦車に乗せてもらっても大丈夫だろう。

「じゃあわたしもちょっとやってみたいことがあるから、ちょっと待っててね」

「はい?」

 龍那はそう断りを入れると、車体右上面のハッチを開けて中に潜り込んだ。そして上半身だけ出して、親指を戦車の方に向ける。

「へい、そこの彼女、乗ってく?」

「――」

 スズはそれを見て聞いた瞬間、口に手を当てて首の間接をカタカタと小刻みに動かす謎の動作を始めた。

「……だめ?」

「いえ――笑いたいんですけど、私の発声機構からどうやって笑い声を出せば良いのかわからなくて」

 落ち着いた雰囲気のの龍那がそんな言葉遣いとか、戦車が車代わりとか、自分を彼女でナンパしてくれたとか色々可笑しい要素があるので、相手に対する対応として笑えば良いのだろうが、感情の無いスズには非常に難しく変な動きになってしまった。

「……喜んでくれたようでなによりよ」

 龍那はぽつりとそういうと、再びハッチから抜け出して出発準備を再開した。


「スズはさ、雲は見たことある?」

 操縦席で戦車を水上航行させている龍那が隣に座る自動人形に訊いた。

「雲?」

「そう雲。まあ雲とはいっても、この周辺地域の住民がみんな住んでる方舟艦隊の上空全てを覆うほどの、巨大な雲のことなんだけど」

 スズはそう質問されて記憶領域を検索してみる。

「機械神の外へ出ての作業中、二回目視したことを覚えています」

「そう」

「あの巨雲は方舟艦隊の上空程には留まらず、この星の一割は覆うほどの面積ですよね」

「……」

 スズの追加の指摘に龍那は少し沈思すると、再び口を開いた。

「今からすごく大事な話をするんだけど、スズは口は堅い方?」

「我々自動人形は機械神の常態維持と自分達の代替品創造探求の二つが行動理念です。その二つに即して必要であれば喋りますし、必要でなければ何も喋りません」

 龍那がそう前置きするとスズはそのように返した。

「良かった、スズはわたしの良く知る機械仕掛けの淑女たちと同じね」

 スズの返答に龍那は安心したように微笑を返した。

「さっき整備していたときに盗聴機の類いは見つからなかったから、今から話すことはスズだけとの会話になるけど」

「はい」

「わたしはあの雲を作り出した組織、黒龍師団に属する者。本当は今ごろ世界の全ては水没していて方舟艦も海面を漂うことになっていたと思う。でもそれはなかった。そしてなかった代償としてできたのがあれ

 龍那は自分の正体を語り始めた。

「わたしはあの雲を作った当事者の一人として、あの雲ができたことによってどれだけ世界に影響が出ているかを実際に見聞きして調べることに名乗り出た。だからこうして所属組織を出て旅をしている」

 水上保安庁に席を置いているのも彼女が方舟艦の中で行動しやすいようにであり、旅の途中である事実は変わらない。

「なんで急にこんな話をするのかというと、スズとの出会いもあの『雲がもたらした影響の一つ』なのかも知れないのかなって思ったのよ」

「?」

「わたしの立場からするとこのままスズを誘拐して本拠地に連れ帰っちゃうのが一番良いのよね」

 龍那がいきなり衝撃的なことを言う。

「わたしが本来所属する組織は将来的には機械神という大災害と同義の存在を全て集めて保管するのを最終目的とするもの。それを考えたら未入手の機械神から零れ落ちてきた個体オートマータがいたら、保護して連れ帰ってくるのが一番なのは間違いない」

「……」

「でもなんだろう、それをしちゃうと大事なことがここで終わっちゃう……そんな気がするの」

「……」

「わたしの育親も含めた本拠地にいる自動人形たちは連れ去られた仲間たちの救出を最優先に考えている部分が大きいけど、じゃあなんで連れ去られた方の自動人形たちは自力で脱出して戻ってこないんだろう? とも思うわけよね。向こうの世界で黒龍師団みたいな組織を作って力ずくで戻ってくる方法だってあるだろうし……ってその準備中なのかな作るにも時間かかるし」

「……」

「そういう見聞も含めてわたしは、旅に出たのかなーって最近思うのよね」

「リュウナさんは私をこのまま略取するのですか?」

「しないわ」

 そういうのと同時に水陸両用戦車が神無川外縁の鉄岸へ辿り着いた。履帯クローラーの前部を乗り上げると、そのまま斜面となっている鉄岸を上っていく。

「今のわたしはスズを疾風高校女子寮に無事に送り届けることを優先する。その方が良いように思うから。スズだってその方が良いでしょ?」

 スズは自動人形であるのだからこのまま龍那に本来の所属組織に連れ去られて、そこにいる他の機械神の新たな所属機となった方が賢明である筈。しかし今のスズは指示に従い女子寮に送り届けてもらうのが現時点では最良であると判断している。その判断材料がスズ自身にも良く分からない。

「今聞いた話は自動人形スズの心にある二つの行動理念に合うのなら喋ってもいいし合わないのなら喋らないでいい。自動人形を心から信用してはならないとはわたしの育親も良くいうし、わたしもそれを分かっている上でアナタに喋ったから」

「……人間って不思議な生き物ですね。みなさんを分かりかけてきたものがまた分からなくなりました

「そうだと思うよ。人間やってる自分わたしだって良く分からないんだから」

 龍那は手袋をした右手をひらひらと動かしながら応えた。


 龍那操縦の水陸両用戦車は第弍海堡から首都艦近海を神無川県まで渡り、鉄岸を越えて上陸した。そのまま疾風高校まで進むと裏門にある駐車場に止める。

 実はこれが龍那が守衛任務へと向かうシークエンスであったりする。用いられる車両は道路を傷つけないように履帯にゴム板を装着し、砲弾も全て降ろした訓練用車両で、水陸両用戦車の操縦訓練も兼ねている。

 通常の任務日であればこのまま守衛として歩哨に立ち、任務終了後は再び戦車に乗って第弍海堡まで帰るのであるが、本日は疾風高校女子寮へのお泊りが許可されているので、同じ寮の住人であるスズと共にその場所へと向かうのである。

「今のリュウナさんは学園戦闘物の女性主人公ヒロインみたいな格好ですね」

 龍那は戦車から降車したあと、側面のラックに取り付けてあった1・7メートルはありそうな長い棒状のものを取り外し、予め用意してあった長い巾着袋にそれを収め、左手に持っていた。

 水上保安庁女子隊員制服に身を包み、長大な得物を携えて校内を歩く、学生にも見える年齢不詳の女性。確かに学園に巣くう魔の狩人といった風情である。

「まったく同じようなことを、この前ムムさんにもいわれたよ」

 苦笑する龍那。スズがプロキシムム・カトルデキムのことを不思議な人と記憶領域に登録したのは間違ってはいなかったらしい。

 しかしスズの場合はその手の知識は一体どこで得ているのだろう? 雪火からその手の漫画でも買ってもらっているのだろうか?

 そうして龍那が戦車停車後の軽い常態整備(ゴム板が剥がれていないか等)を終えるのを待ってから、二人は疾風高校を出た。

「――」

「……」

 二人とも無言のまま女子寮への道を歩く。

 スズはとりあえず相手が何か行動を示さなければ喋ることがなく、龍那も元々がそんなにお喋りな女の子ではないので、黙々と寮への道を進んでいる。

「――?」

 そしてその沈黙の時間を破ったのは意外にも機械であるスズの方だった。

「リュウナさん」

「なにさ?」

「この先の三叉路の右から、何かが接近中であるのを感覚器センサーで捉えました」

 会話ではなく状況の変化が、スズの沈黙を無効化していた。寮へと進んでいる道路の右側にはまた道があり、そこから何かが近づいているのだという。

「人か車か、なにか?」

「二日前に接近遭遇した相手と同じような成分を感覚器では反応を示しています」

「ということは……」

 龍那も臨時とはいえ水上保安庁の隊員であるから、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かの出現は知らされている。それはその場に居合わせた国家所属魔法少女により殲滅(公的にはそのように処理されている)され、その後の調査・証言により大まかな概要などは、本来その手のものと戦う役目である水保や陸保の戦車駆逐隊にも説明された。

「……」

 二人ともこのまま進んでは危険だと判断した。歩を止めると身構える。龍那は左手に持っていた棒状の物を覆う長袋を外すと投げ捨てた。それは鞘に入った何かであり、龍那はその鞘からも抜くと、鞘も捨てて中身の柄を両手で持った。

「凄い斬敵兵装ですね」

 龍那の身長とほぼ同じ長さのありそうなそれ――両手持ちの大業物を見てスズが言う。

艦颶槌かぐづち、という名前らしい」

「かぐづち?」

「帆船や蒸気船の時代、敵艦に乗り込んで艦ごと叩き切るために作られたもの、そう教えられた」

「敵船を斬る武器ですか。では、それをリュウナさんに与え、用途を説明したのは、やはりカトルデキム隊長なのでしょうか」

「全くその通りよ」

「そんな気がしました――来ます」

 二人はそこで会話を打ち切り、三叉路に右からの出現に備えて集中する。龍那はスズを守るように一歩前へ出た。スズも通常状態では動きの遅い自分が前にいては邪魔になるのだろうと、少し後ろに下がる。

 最初、蛇の頭のようなものが見えた。そして同じような物が何本も出てくると、それが繋がった本体らしきものが現れた。

「――蛸ですね」

「……蛸だわね」

 蛸に人間の下半身をつけたようなもの――形容すれば正にそんな感じの何かが現れた。

「表層の作りからして、二日前に私達を襲ってきたイルカ型怪生物と同種であると判断して間違いないと判断します」

「ではあれが、近海の砂で作られたサンドゴーレム」

「多分そうです」

 何故リュウナがそこまで詳しい情報を知っているのかスズも疑問として思考したが、今はそれを問い質している状況ではないので不問にした。

 蛸型怪生物は蛸の特徴でもある口(漏斗)を蠢かせると、いきなりそこから何かを見舞った。

「!?」

 普通の蛸であればそこから吐かれるのは黒墨であるが、真逆の色である白色の物体が飛び出し、手前にいた龍那はそれの直撃を受けた。それは凄まじい勢いで放たれたらしく、彼女は道路わきの塀まで吹き飛ばされた。

「ぐぅ……」

「リュウナさん!」

 蛸型怪生物は更にそれを連射した。着弾のたびに龍那の体が跳ねる。そして瞬く間に塀の壁に完全に貼り付けられてしまった。

「リュウナさん!」

「スズ……逃げて……わたしのことは放っておいていいから」

「――、」

 スズはその言葉を聞いて、本当にその場を離れるべきなのかと思考した。現状での自分が一番に優先すべき行動は機械神の中への帰還であるはずであり、自身がここで破壊されてしまったらそれは達成できない。離脱を選ぶのは現状では最良であるはず。しかしスズの中では「何故か」それが一番の選択肢であるとは思考できなかった。戦車の中でリュウナにいわれた時と同じように。

 だからスズが選んだ選択ことば

「そんなことできません!」

 スズは龍那を壁に繋ぎとめている白い何かを引き剥がそうと壁に向かおうとしたが、蛸型怪生物はそれを許さなかった。今度はスズに向かって白い何かの連射を浴びせかける。

「!?」

「スズ!」

 一拍の後に、スズも龍那の隣りに貼り付けられた。

「く、――?」

 白い何かを食らったスズは、それが最初は粘性を帯びていたのに、徐々に硬化を始めているのに気付いた。

「リュウナさん!?」

 先に被弾していた龍那の方を見ると、全身に食らった白い何かがほぼ完全に固まっていた。そしてその完全硬化したものを見たスズは

「これは、サンドゴーレムの体組織と同じ物?」

 そう判断した。

 自分が二日前に砕いて破壊した、イルカ型怪生物が残した破片と全く成分が同じだった。自分の感覚器センサーがそう示している。

 相手を拘束するために特化した怪生物ゴーレムであるらしい。

 そして二人の動きを止めた相手は、スズの方に向かってきた。

 八本の触手が蠢き、スズの体の輪郭に合わせてその触手を後ろの壁に突き立てる。何本も何本も杭を打ち込むように続けられるそれは、まるで壁に貼り付けて動きを封じたスズをその壁ごと削り取って回収しようとしているようにも見える。

「……スズをどうする気!」

 敵の意図を悟った龍那が声を上げるが、動けなくした相手が何を戯言をいうのかといった雰囲気で、無視して作業を続ける。

「く……この程度で動きを封じたからって、安心すんな!」

 それを見た龍那が、意を決したように何かを願う。

 生まれながらにして持たされた自分の力。それは右腕に人の力で動く機械の手として形になっている。使い方を間違わなければ守りたいものを守れる力にだってなれるはず。その力、こんな時に使えなくてどうする。

「くぅ……!」

 龍那が右手に意識を集中させる。――そして

「近接打撃呪法――粉砕する烈気ビートフィジカル!」

「――?」

 スズは今、自分の隣り、龍那の右手の辺りに電磁誘導と重力制御の異常集中が生じたのを感覚器センサーで観測した。

 そのあまりにも凄まじい力の発生直後、白く硬化した蛸型怪生物が吐き出したものを突き破り、龍那の右腕が露出する。

「……まだ、よ!」

 龍那は自由になった右腕に再び力を込める。先ほどと同じ力が宿る。

「――?」

 今度はスズの感覚器が、重力が異常な動きをする重力震を感知した。その直後、龍那の右の二の腕や肩口に張り付いていた白く硬化したものがギシリと嫌な音を立てると、一気に亀裂が入って吹き飛んだ。

「……はぁ、はぁ、……覚えたてだけど、使えた」

『――?』

 そこまで来てようやく異変に気付いたのか、スズを壁ごと捕獲しようとしていた敵がスズを離し、龍那の方へ体を向けた。

「貴様! 機械神を破壊した孤高なる機械使徒の主の矜持を侵した罪、その身をもって償ってもらう!」

 拘束から抜け出た龍那は、左手に持ったままだった艦颶槌を右顔前に刃を構える左受け流しの構えにすると怪生物に突っ込んだ。刀身を大きく左から上方へと旋回させ、そのまま大上段へ刃を持ち上げ、旋回の勢いのまま右斜めから斬り降ろす。

 そのふねを斬りし剣、振り下ろすだけで颶風ぐふう巻き起こり、既にそれは剣を越えたつちとしての破砕。

「は!」

 裂帛の気合の元に振り下ろされたそれは、敵怪生物の肩口に当たり、そのまま右わき腹へと一刀の下に切り裂いた。

 蛸型怪生物は碎け、スズを覆っていた白いものも粉々になっていた。相手はゴーレムという魔法生物であるので、本体が倒されたことにより、吐き出された物も効力を失ったのだろう。魔法というものは精神的な繋がりによって保たれている要素が多いものなので、今回もその一例に違いない。

誇り高き使徒プルフラスの主であるならばもっと強くならないと……」

 龍那はそう吐き出しながら片膝を突いた。

「大丈夫ですかリュウナさん?」

 拘束を抜けたスズが、膝をついて脱力している龍那の隣りに身をかがめる。

「……だいじょうぶよ」

 凄まじい力を見せた反動からか凄まじく疲弊していた。

「リュウナさん、手袋が」

 艦颶槌を持ったままの右手の手袋が破けて中身が見えていた。堅い表皮の指――自動人形のような手部。

「この右の手首から先だけが自動人形あなたたちと同じ。わたしに持たされた力の具現」

 戦車で移動中に詳しい話しはしたからか変わり果てた右手をスズに見られても龍那は気にする様子もない。

「リュウナさん、今のは電磁誘導と重力制御なのでは」

「……そうよ、わたしたち姉妹に持たされた力。お姉ちゃんの方がもっと激しく強力に使えるけどね」

「私達自動人形と同じ力、そして機械神と同じ力が使えるのですね」

「そういうことになる、一応ね」

 龍那はそういいながら立ち上がった。

「とりあえず一旦学校へ戻ろう。怪生物あんなのがまだいるかも知れない。安全が確保されなきゃスズを寮にも連れていけないわ」

「了解です」


 再び学校の方へ戻るべく歩き出した二人の姿を、遠くから一人の人影が見ていた。

『アノ魔法少女ガ護衛デハ無カッタノカ?』

 折角護衛のいない移動中を発見し、隙を突いて襲ったと言うのに、別の何かに邪魔されてしまった。

『シカシソレトハ別ニアノ女、魔法少女以上ニ厄介ナ相手カモ知レヌ』

 怪生物を一刀の下に斬り伏せたあの力。あれはかなり危険なもの。

『今回ハ少シ急イテシマッタ様ダ。アノ女ヲ封ジル手立テモ含メ、少シ時間ヲカケテ準備ヲスル事ニシヨウ』

 その人影はそう言い残して、姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る