七

 目が覚める。

 わたしは机に突っ伏して眠っていた。

 今さっきまであったことは、まだ少し覚えている。

 でも夢だったように思えて、実感は薄い。

 今は勉強を再開しなければ、という思いのほうが強い。

「穴は」

 ノートを見ると、アップルパイが描かれていた。

 穴ではなくて、円形に直線が何本か引いてあるただの絵だ。

 時間は。

 時計を見ると、午前零時をちょうど回ったところ。

 あれからほとんど時間は経っていない。

 ――いい仕事するでしょう?

 そんな台詞が聞こえてきそうだ。

 さすがは夢オチの紳士。

 手のひらを頭に当ててみる。

 あの柔らかな感触がよみがえる。

「ガロ」

 彼は自分の名をそう言った。

 ノートに名前を書いてみる。

 私は彼に自己紹介すらしていなかった。

「ユーナ」

 向こうでそういう名を名乗った。

 今もその名は向こうに漂っているのだろうか。

 口元に手をそえて、アップルパイの落書きに顔を寄せる。

 そっと自分の名前をささやいた。

 それから耳を寄せてみたが、もちろん何もきこえない。

 はたから見れば自分がおかしなことをしていると思い、一人でくすくすと笑った。

 わたしがこの部屋に漂わせた彼の名は、いつまで残るのだろうか。

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地獄晴れのちアリス 向日葵椎 @hima_see

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