第二十五話 file1 終

 すみません!投稿が遅れました。今回でファイル1は完結になります。最後までお付き合いください。よろしくお願いします。

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 僕は深い海の底から這い上がるような感じで段々と意識が覚醒していった。次第に聞こえてくる鳥や虫の声。そしてひんやりとした冷たい風が僕の肌を優しく撫でる。


 僕は重い瞼を上げて辺りを見る。


「あれ?僕はなんでこんなところにいるんだろう」


 起きてすぐ、ここが自分の家でないことに少しだけ戸惑った。だが、よくよく考えてみれば、美桜先輩と雫と一緒にBBQに来ていたことに気がついた。


 僕はベンチから寝ていた体を起こす。


「そういえばなんで美桜先輩たちはいないんだろう」


 少し不安になる。たしか食材を取りに出かけていたはずだ。それから僕も行こうとしたけど待っていて欲しいって言われたんだっけ?で、美桜先輩に待っている間にこれを飲んでほしいってことで飲み物をもらって飲んだ。そこから何だか眠くなって寝てしまったって感じだった気がする。


「僕は一体どれほどの時間寝ていたんだろう。寝ていたってことは少なくとも数分とかではなさそうなんだよね。もしも美桜先輩たちに何かあったらどうすれば...」


 僕は重い腰を上げて美桜先輩たちを探しに行こうと思ったが、やめた。


「僕みたいなド素人がこんな山の中に入って美桜先輩たちを探すなんて無理だ。逆に僕が遭難する羽目になる」


 ここは大人しく待つのが正解だと思った。幸い携帯は繋がる。あと少しして戻ってこなければ美桜先輩や雫に電話でもかければいい。それでも出ないなら警察に電話して捜査を依頼するしかないかもしれない。それは最悪の場合だからなるべく使いたくない手段ではある。


「とりあえず座って待とうかな」


 僕はまたベンチに座り直す。先ほどまで冷たい風や鳥の声、それから虫の鳴き声も聞こえてきていたが、今はそれらがピタリと止んでいる。なんだかそれがとても不気味に感じた。


「桜玖さん!戻ってきましたわ!」


 こちらに大きく手を振りながら小走りで美桜先輩が近づいてくる。僕はそれに対して大きく手を振って返す。


「先輩、遅かったですね」


「もう、一度こちらに戻ってきたのですよ。それなのに桜玖さんったら、気持ちよさそうに寝ているんですもの」


「それは、なんだか申し訳ないです」


 僕が少しバツが悪そうな顔をすると、美桜先輩は僕の肩にポンっと手を置く。


「そんなに気に病むことはありませんわ。桜玖さんが寝ている間にこちらはこちらで色々と準備ができましたわ。ふふっ」


「それこそ本当に申し訳ないです」


「だからいいのですわ。それに、もうそろそろお肉が焼けますわ。桜玖さんにはそれを一番最初に食べて欲しいのですわ」


「そんな、僕は結局寝ていて何もできなかったんですから美桜先輩が先に食べてくださいよ。僕はその後でもいいので」


 美桜先輩はまるでとんでもないというように首を振る。


「私は大丈夫ですわ。それに、今焼いているお肉は入手するのに少し手間がかかってしまって。それに、さっき仕入れたばかりの新鮮なお肉なのです!だから先に桜玖さんが召し上がってください!」


 僕は少し悩んだが、コクリと頷く。


「わかりました、それでは先にいただきますね」


 それを聞いた美桜先輩は、満足そうに頷いてから『お肉を取ってきますから待っていてくださいね』と言ってまた駆けて行ってしまった。


「本当に美桜先輩には頭が上がらないな」


 僕はそれから少しの時間待った。そうしていると、美桜先輩が紙皿と割り箸を持ってこちらに戻ってきた。皿の上にはそこそこな量のお肉が乗っていた。遠目からだととても綺麗に焼けていて、すごく美味しそうだ。だが、何だかお肉の焼け方が独特な気もする。僕は焼肉には月一回程度で行っているのだが、果たしてあんな焼け方をしたことがあっただろうか。なんだかとても柔らかそうな肉だなぁとは思った。まあ美桜先輩が仕入れた肉だ。僕みたいな庶民とは暮らしが違うのだから僕の知らないお肉が出てきてもなんも不思議ではない。


「桜玖さん、お待たせしましたわ」


 そう言って美桜先輩はゲラゲラと笑い始めた。いつもやさしく頼り甲斐があって、上品に笑う美桜先輩は目の前にはいなかった。笑い終わると、こちらを見つめてくる。その瞳はどこまでも深い闇が広がっており、先ほどまでと同一人物とはとても思えなかった。


 僕は本能的にこの場から逃げたくなる衝動に駆られる。


「やっとだ。この時をどれだけ待っていたことか」


 いったいなんの話をしているのだろうか。僕は震える体を無理矢理抱きしめて止めようとする。だが、美桜先輩が一歩、また一歩と近づいてくるたびにその震えは大きくなるばかり。


「そう怖がらないで。私は桜玖を愛しているの。世界一愛しているの。ねぇ、わかるよね?」


 僕は反射的に頷いてしまっていた。こんな場所じゃなければ嬉しくて舞い上がっていたかもしれない。だが、いつもと違う様子の美桜先輩に僕はもうそれどころじゃなかった。


「どうしたんですか、美桜先輩。なんだかいつもと違うような気がします」


 そう言うと、またゲラゲラと笑い出した。天に向かって吠えるように。


「何を言うの?私はいつも通りだよ。もしかして私がいつもと違うとでも?ねぇ、どうなの?」


「え、いや、いつもと違うような、気がします」


 僕は遠慮ガチに答える。今の美桜先輩はなんだか怖い。話し方はいつもよりも垢抜けているんだが、雰囲気が何だかいつもと違う。いや、雰囲気だけじゃない。何もかもが違う。


「美桜先輩、どうしたんですか?調子が悪いんですか?」


「調子?それは絶好調だよ!だってこの日を私はずっと待っていたんだから。私はやったんだよ。桜玖の言った通り、やりたいようにやったの。ねぇ、私を褒めてよ」


 いったい何を言っているのだろうか。僕は戸惑って何も言い返せない。


「それよりも早くこの焼き立ての肉を食べてよ!せっかく新鮮なんだから」


 美桜先輩は割り箸を割ってお肉を掴むと、それを僕の口元に持ってきた。


「あーん♪」


「!?」


なんだか恋人みたいなことをしているが、それに驚いたわけじゃない。普段の僕ならあたふたとしたと思う。だけど今はそれどころじゃない。


(なに!?この変な匂い。これ何の肉なの!?)


 独特すぎるその匂いに僕はむせ返りそうになる。それに、ずっと嗅いでいると何だか良くない気がする。


「美桜先輩!このお肉なんですか!?これ本当に!?」


 食べられるんですか?と聞こうとした時、無理矢理僕の口の中に肉を押し込んでくる。それに対抗しようと試みたが、思いの外美桜先輩の力が強く、抵抗は虚しく口の中に肉が放り込まれた。


(まずい!?何これ、やばいやばいやばい。吐きそう)


 僕は胃から込み上げてくるものを無理矢理飲み込む。それでも肉はまだ僕の口の中にある。獣臭はしない。でも独特な味がする。今まで味わったことのない味。


 僕はたまらずその場で吐き出そうとする。だが、美桜先輩は僕の顎を無理矢理押し上げて口を開かせなくする。


「がっ、あ、みお、せん、ばい!なに、をしている、んですか」


 僕はその手を退けるべく、抵抗する。


「ふふふ、せっかく私がさっき頑張って狩りをしてきたのだからしっかり食べてよね。残したりしたら」


 ふふふっと、また笑っている。いったい残したらどうなるのだろうか。


 僕は無理矢理飲み込んでから美桜先輩を見る。


「先輩、この肉はいったいなんなんですか!?」


「あれ?言ってなかったっけ?」


 美桜先輩はキョトンとした顔をすると。


「その肉はね。





 

               雫だよ。」


「は?」


 僕は何が何だかわからなかった。


 言われてみれば目の前の美桜先輩が異常すぎて周りに目が回っていなかったが、さっきから雫の姿が見えない。


「え、先輩?うそ、ですよね?」


「うそ?あっはははははははははははは」


 僕の喉がごくりと音を立てる。


「ねぇ、私桜玖に言われた通り頑張ったんだよ」


「な、なにを?」


「まず桜玖の周りをうろちょろしていた小蝿を潰した」


 は?いったい何を言っているんだろうか。小蝿?なんの話だ?


「あぁ、ごめんね。私はずっと邪魔者としか思ってなかったからそう呼んじゃった。そうそう、小蝿じゃなくてあいりね」


「え?あいり?」


 先輩は『そうそう』弾む声音で言って頷く。


「邪魔だから消した。ふふっ、最後は滑稽だったよ。廃ビルの屋上から無様に落ちて死んだんだから。あぁ、また見たいなぁ。あの大きな音を立てて破裂したあいり。見るだけでほんと嬉しくなっちゃう。だって桜玖の周りをうろちょろしていて目障りなんだもん」


「う、嘘ですよね?ねぇ、先輩」


 僕の言葉を無視して話し続ける。


「そして、椿!椿は最後まで抵抗していたけどそれがまたよかったよ!あの怨みのこもった目。あぁ、思い出しただけでムカついてきた。一番腹が立ったから希望を持たせてから盛大に殺してやったんだよね。あの苦しそうな顔!ほんと桜玖の周りには邪魔者しかいないんだから。本来ならあの位置は私のものなのに、それなのに椿ったら妹だからって桜玖にベタベタしすぎ。そりゃ、私に殺されるわ」


 もう何か学んだかわからなかった。


「それと最後は雫ね。あの子ずっと私が怪しいと思ってたみたい。手紙の件からなのか、それとも写真の件からなのか、それはわからないけど。まあ最後は私じゃないと思ってくれたみたいだけどね。あぁ、よかった。ほんと警戒解くとかただのバカでしょ。雫も私と桜玖の間には邪魔なのよ。だから殺した。ふふっ、あの顔は今も忘れられないなぁ。といってもさっきの話だから最近なんだけどね」


 僕はもう我慢が出来なかった。証拠はないが、それでも言っていいことと悪いことがある。


「美桜先輩!冗談はやめてください!美桜先輩がそんな人だとは思いませんでした」


 美桜先輩の表情に影が刺す。


「ねぇ、桜玖に言われたように頑張ったんだよ。ねぇ、ねぇ、褒めて来れないの?私、自分のやりたいようにやったんだよ。桜玖と結ばれるためにここまでしたんだよ。なのに、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ!桜玖は私を受け入れないって言うの!?ねぇ、なんか言えよ!おい、桜玖!!!!」


 僕は怖くなって逃げ出そうとする。だが、今の美桜先輩がそんなこと許すはずがない。


「おい、どこ行くんだよ。私の話を聞けよ。ねぇ、私がしたことは無駄だったの?ねぇ、答えてよ!」


「もうやめてよ!なんで先輩がそんなこと言うんだよ!冗談でも嫌だよ!なんで、なんで先輩がそんなこと言うんだよぉ...」


 僕は先輩に強く返してしまう。だって仕方がないだろう。こんなこと言われたら誰だってそう返してしまうだろう。だが、それがいけなかった。


「そっか、そうなんだ。桜玖も私にそんなこと言うんだね。あぁ、そっか、そうなんだ」


 先輩はさっきとは打って変わって静かに頷いている。すると、懐から何か取り出す。それは陽光に照らされてギラリと光る。


「先輩?なんでそんなものを」


「はは、桜玖。私はわかったんだ。私はどうやら選択を間違えちゃったみたい。これだと私たちは結ばれることはない。でもね、一つだけ結ばれる方法があるんだよ」


 先輩はキラキラする笑顔で僕に語りかける。だが、そんな表情よりもさっきから持っているそれにしか目がいかない。


「私決めた!桜玖、一緒に死のう?桜玖を殺した後に私も死ぬから。そうすれば一生一緒にいられるでしょ?」


「え、いや、何を言って」


 先輩何度か頷いた後に、『それじゃあ先に行ってね』と言ってそれを僕の胸に突き立てる。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 なんだ、これ。息ができない。体が寒い。痛い。いやだ、死にたくなんてないよ。僕が何をしたって言うんだよ。ねぇ、なんで僕は死ななきゃいけないの?ねぇ、なんで。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。


 ねぇ、なんで先輩は笑っているの?助けてよ。お願いだよ。ねぇ、僕を助けてよ。


 僕の声は先輩の耳には届くことはなく、そのまま僕は深い眠りについた。


 その後、ニュースではとある山奥で一人のバラバラ遺体と胸を一突きされたであろう遺体と首元にナイフが刺さった遺体が見つかったという。




〜あとがき〜

 皆さんここまで読んでくださり、ありがとうございます!キャラ紹介を載せたので、良ければそちらもちらっと見ていってください。


 とりあえずfile1 四方城美桜編を終わりにしたいと思います。ここまで書けたのは読者の皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました。


 好評であれば、file 2(別世界線)やfile1の美桜視点などを書いていこうかと思ってます。


 本当にありがとうございました。




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『第一章完結!』狂った愛はお好きですか? 〜現実世界において、ハーレムなんて存在しません!〜 熊月 たま @Imousagi

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