老婆は一人涙する
事件から10ヶ月がたった頃。
森に新しくできたお菓子の家で、老婆は揺り椅子に座りながら写真を眺めていました。
「あれから随分経ったねぇ。」
老婆は写真に話しかけます。
お菓子の家はグレーテルの心臓が止まると燃えるように魔法をかけていたのです。
部屋に誰もいないと思っていたヘンゼルから見れば、老婆が火をつけたと勘違いしても仕方はありませんでした。
燃え盛る家からヘンゼルが出てこなかったのは、少なからず妹を殺してしまった罪悪感があったからでしょう。
彼にそれがなかったならば、本当に危険人物として処理してしまうところでした。グレーテルの死が、ヘンゼルを止めたのです。
「あんたは一度言い出すと聞かないから。けどねぇ……」
揺り椅子を揺らしながら、老婆は静かに涙をこぼしました。
「私なんかより、あんたが生きてておくれよ。孫が死んで悲しまない婆さんがどこにいるって言うんだい。」
そんな小さな声は、誰も聞いていません。
あの事件以降、自警団が老婆と子供たちを保護しました。そしてその親には虐待の容疑で捜査が入ることになったのです。
しばらく自警団の監視のもと、親子が元通り家族に戻れるようサポートすることになり、それにより、お菓子の家の子供たちは少しずつ親のもとに帰ることができるようになりました。
しかし残念ながら、帰ることのできない子供たちは、老婆が引き続いて面倒を見ることになったのです。
今では老婆のもとには子供は二人、あの女の子と寒さと飢えに苦しんでいた少年だけです。
その子供たちは、今は老婆の手伝いをよくしてくれるようになりました。
二人とも、グレーテルの代わりをしようと必死だったのです。
老婆もそれがわかってか、時々悲しい気持ちになります。
(あの子が帰ってきてくれたら、どれだけ嬉しいことか)
しかしそれが叶わないことは、老婆が一番よく知っています。どんな魔法でも、命を作ることはできないのです。
「おばーちゃーん!!」
グレーテルとの思い出に浸っていると、庭のほうから女の子が声をかけてきました。見ると、少年と一緒に大きなゆりかごを抱えていました。
「庭にね、お手紙と一緒にこの子が……」
ゆりかごを見ると、たくさんの暖かいおくるみに包まれた赤ちゃんが、すやすや眠っていました。手紙には、訳あって育てられないからと子供を捨てた親の謝罪文が綴られていました。
「ねぇねぇお婆ちゃん。この赤ちゃんおでこに模様があるよ。」
老婆が手紙を読んでいる間に、子供たちは赤ちゃんをじっと見ていました。すると、目を覚ました赤ちゃんはきゃっきゃっと、嬉しそうに笑ったのです。
「なんだか、キャンディーみたいだね。」
「ほんとだ、お菓子の柄だ!」
老婆が手紙をおいて赤ちゃんを抱き抱えると、確かに額に、キャンディーのような痣がありました。
老婆はそれに、見覚えがあったのです。
「お婆ちゃん……?」
「あれ、お婆ちゃん泣いてるの!?」
老婆はぽたぽたと、赤ちゃんを優しく抱き締めて泣いていました。その様子に子供たちはあたふたとあわてふためきます。
「ごめんねぇ、驚かせちゃって。でも、嬉しくてねぇ。」
老婆は赤ちゃんをつれて、家に入りました。子供たちも、あとに続きます。
「戻ってきてくれたんだね、グレーテル。おかえり。」
赤ちゃんをゆりかごに寝かせて、老婆は飾ってあった写真へと目を向けました。
そこには……赤ちゃんと同じく額にキャンディーの痣をもつグレーテルが、にこやかに笑っていました。
お菓子の家は魔女の家 ぺる @minatoporisio
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