魔女として

 グレーテルはその日、街の病院でひどい光景を目の当たりにしました。


 過去にグレーテルたちが助け、そして自分達の意思で家に戻った子供たちが、皆怪我をおわされて入院したのです。


 どの子供達もとてもひどい怪我で、まるでミイラのようでした。


「何てひどいことを……。」


 話を聞くと、魔女の家について問いただされたと言っていました。拒否すると殴られ、話したところでボロボロにされたというのです。


 そして、魔女がもし現れたらこう告げろと言われそうです。


『俺の名はヘンゼル。必ずお前を殺しにいく。』


 その言葉を聞いた瞬間、グレーテルの血という血が地面に吸われたように引いていきました。


 ヘンゼル……それはグレーテルの実の兄にして、彼女に暴力をふるって従わせていた男の名前です。


 手口と人相から、間違いないと断言したグレーテルは、すぐに老婆のところへ駆けつけました。


「お婆ちゃん、逃げて!ヘンゼル兄さんがもうすぐやって来る。」


 襲われた子供のうち何人かは、場所を話してしまっていたのです。突然の事に驚いた老婆に事情を話すと、老婆は子供たちにすぐに荷物をまとめるように指示しました。


「さぁグレーテル。あんたも逃げる準備を……。」


「私はこの家に残る。そうしないと、兄さんはずっとおばあちゃんを殺しにやって来るわ。」


 止めようとする老婆の手を握り、グレーテルは必死に老婆を説得します。


「お婆ちゃんは絶対に死んじゃダメなの! お婆ちゃんがいなくなったら、誰が子供たちを守るの? もう本物の魔女はおばあちゃんしかいないんだよ!」


 老婆を守るために家に残るときかないグレーテルに、老婆はやがて諦め、しかし別の提案をしました。


 それは、逃げずに最後まで二人の行く末を見届けること。


 子供たちを別の場所に逃がした老婆とグレーテルは、ヘンゼルが来るのを待ちました。老婆は森へ、グレーテルはお菓子の家でローブを纏い、そして彼はやって来たのです。


(敵をとると、叫んでいたけど、私は知っているのよ兄さん。私が居なくなって家族から失望されたって。)


 一人釜の前で座るグレーテル。釜はピカピカに磨かれまるで鏡のようです。おかげで後ろで何が起こっているのか写し出してくれました。


 斧を持つ兄は、昔とちっとも変わっていませんでした。


(敵とは、私のじゃない。自分のでしょう?惨めな思いをした自分の敵である、魔女のこと。)


 グレーテルは悲しくなりました。怖くて兄から逃げたのに、その兄を苦しめていたのは自分だったのです。


(いつの日か、少し顔を見せるだけでも、変わったのかな。けれどごめんなさい、やっぱり私は貴方の元には帰れない。)


 何も変わっていない兄へ、心の中で呟きました。


 やがて斧が振りかぶられます。

 あぁ、話し合いすら、しないのか。


 グレーテルは涙しました。

 それは兄へ失望したわけではありません。


 自分で決めたことですが、もう老婆や子供たちと会えないことが悲しいのです。


(もう一度、お婆ちゃんに抱き締めてもらいたかったなぁ……。)


 優しい走馬灯の中、グレーテルは静かに目を閉じます。


 あぁ、できることなら……。

 今度はお婆ちゃんの孫になりたいな……。


 そうして、斧は振り下ろされたのです。

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