第4話 女騎士団長との密会

「いやあ、お会いに来るなら連絡をくださればいいものを! クラウス殿も水くさい」

 美貌の女騎士はそう言って、蜂蜜酒ミードが注がれたゴブレットを優雅に傾ける。

 その様は一幅の絵画のようで、向かいに座る街人Aの俺は、はたから見たらさぞ場違いに映るだろう。

 あの後、ハーミットに誘われるまま、近くの料亭で俺たちは酒席に着いていた。

 ――変わったな。

 六年ぶりの再会の、率直な感想だった。奴とは昔、とある小さな事件の解決に協力した時からの知り合いだ。俺が知るハーミットの姿は、蒼穹そらいろの髪を血に染めて戦う根っからの剣士であり、正義感が強く、それ故に融通ゆうずうの利かないめんどくさい少女だった。

 目の前にたたずむ騎士団長サマとは、なかなかイメージが重ならない。

「悪かったな、お前んとこの部下、怪我させちまったみたいで」

 ハーミットは苦笑して、

「プルソンのことですか? 気にしないでください。己の技量もわきまえずに勝負を仕掛けた奴が悪いのです。今回のことはいい薬になったでしょう。それよりも……」

 大して飲んでもいないだろうに、ハーミットは頬にうっすらとしゅを差して、

「迫りくる大剣を軽くいなしたそうですね。魔術と見まごうほどの体技、強さは変わっていないようで安心いたしました」

 きらきらと瞳を輝かせるその表情に、ようやく俺は懐かしい少女の姿を見た。

「別に。昔だったら怪我させずに気絶させられてたさ。道の端っこまで吹き飛ばしちまったのは俺のミスだ」

 まあ、手加減できなかったのはそれなりにむかついていたという理由もあるが。

 しかし俺の謙遜がお気に召さなかった奴がいた。ハーミットのすぐ横に直立していた取りまきの騎士が不服そうに顔をゆがめ、

「おい、貴様。団長に向かって――」

 一陣の風が吹いた。

 取り巻きの前髪がはらりと床に落ちる。その眼前には、音もなく抜かれたハーミットの刃がきらりと光っていた。

「リック。今、私は旧交を温めているんだ。邪魔しないでくれるかな?」

 右手に剣を、左手にはゴブレットを握ったまま、ハーミットは表情を変えず部下に告げる。

 リックと呼ばれた部下は無言でうなずく。

「部下が失礼しました」

 ハーミットは何事もなかったように剣をしまうと、ニコリとほほ笑んだ。店の奥では、これ以上の争いを起こしてくれるなと店主が祈るように両手を合わせている。

 ――だからこいつと会いたくなかったんだよなあ。

 そんな俺の内心はつゆ知らず、ハーミットは笑顔のまま話を続ける。

「それで、ええと、私に相談したいことというのは?」

 向こうから本題を切り出してくれたことにホッとしつつ、俺はチラリと取り巻きの騎士を見た。それだけで察したハーミットは、部下を別室へ下がらせる。

「ミリオン家の書庫が襲撃されたって事件は聞いてるか?」

 ハーミットはわずかに眉をひそめるだけで、肯定も否定もしなかった。その反応から、少なくともこの事件がただの盗難で済まないことが分かる。

「詳しくうかがっても?」

 俺はレイラの名前を伏せた上で、事件のあらましを語る。話を聞き終えたハーミットは熟考するように顔をうつむけ、

「ふむ。ダイゼン・ミリオン氏が幽閉されたというのは聞き及んでいます。しかしその罪は横領であり、魔導書盗難の責任で、というのは初耳ですね」

 王立騎士団の長が知らない、いや、異なる情報を伝えられているということは、上の連中はよっぽどこの件を外部にもらしたくないらしい。レイラが俺を頼れたことも不思議なくらいだ。

「ひょっとして、その話はレイラ嬢から聞かされたのですか?」

 ハーミットの質問に、俺の方が虚をつかれる番だった。

「実はレイラとは友人でしてね。本を探すのを手伝ってほしい、と相談されていたんですよ」

 何だ、俺のところに来る前にハーミットを頼っていたのか。ん、待てよ?

「それじゃ何か、ウチを紹介したのもお前か?」

「ええ。あなたが古本屋を営んでいることも、『裏のお仕事』も知っていましたからね。そうですか。レイラもそういうお年頃になったんだなあと思っていたんですが……」

 看過できない発言だった。

「ウチがエロ本売ってることどうして知ってたんだよ!」

 ハーミットは童心に満ちた表情を浮かべ、

「『女騎士エミルダ』シリーズ、いつも楽しみにしてます」

 新刊が入荷する度に大量に購入してたのはお前だったのか。

「しかしレイラが探している本が、禁書の写本だとは知りませんでした。そう言ってくれれば対応も違ったものを」

 ハーミットは悔しそうに歯噛みする。

「気を遣ったんだろ。もし協力してたことがばれても、どこまで情報を知っていたかで罪の重さが違う」

 俺の言葉に女騎士はふっとほほ笑み、

「そう受け止めておきましょう。しかしあなたのせいで、部外者ではいられなくなってしまいましたね」

 俺はニヤリと笑い返し、

「昔さんざん助けてやっただろ。ここらで借りを返してくれてもいいんじゃないか?」

 俺のセリフを聞き終えた途端、ハーミットは高らかに哄笑こうしょうした。

「いいでしょう。このハーミット・シベリア。受けた恩は忘れません。毒を喰らわば皿まで。鬼が出ようと蛇が出ようと、我が剣のサビにしてくれます」

 なかなか頼もしいことを言ってくれる。

「最終目的は賊の捕縛ほばくですが、ひとまず写本の捜索が先ですね。『淫徳の宴~深窓の姫君はみだらな夢を見る~』必ず見つけてみせます」

 すげぇなこいつ。躊躇ちゅうちょなくタイトル言ったよ。

「ああ。くれぐれも慎重にな。あと、もし見つけたとしても扱いには十分に気をつけてくれ。俺も、捜索を手伝ってくれる奴らには、『超レアものだから絶対に素手で触るな。ページもめくるのも不可。お前の手垢てあかがつくたびに値段が一万レクール下がると思え』って言ってある」

 ハーミットは「承知」と、うなずき、

「ところで、賊が真に狙っていたという禁書は、いったいどんなものなのですか」

 周囲に人影はなかったが、俺は自然と声をひそめていた。

「『ネクロノミコン』。国喰らいの呪文を納めた特級の魔導書だ」

 その禁呪はかつて一度だけ、使われたことがある。完全詠唱ではなかったが、その時は街一つが消滅した。

「脅迫の手段としてか、あるいは本当に術を発動させるつもりなのかはわからないが、いずれにせよ禁書を渡すわけにはいかない」

くだんの禁書は『牢獄』につながれているのでしょう? それなら心配いりませんよ。むしろ、賊が残したという名乗りの方が気にかかりますね」

 ハーミットは窓の外の、宵闇よいやみに染まろうとしている空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。

「アンドラスの書架……その名をまた聞くことになるとは」

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