退役した伝説の魔術師は静かに暮らしたい〜かつての仲間が俺の隠居を邪魔してくるんだが〜

@lirulipin

第1話 プロローグ~英雄は眠らない

 この世界は神様が七日間で造ったらしい。

 製作期間がたった一週間にしては、この世界はよくできてるとつくづく思う。

 なにせ太陽と月は毎回きっちり空を横切るし、物はたいてい上から下に落ちるし、男と女はくだらないことでいがみ合う。

 神様がしっかりこの世を造ってくれたおかげで、俺たちは今日も空が落ちてくる心配をせず暮らせるってわけだ。

 ただ、やっぱり無理がたたったんだろうな。

 神様は世界を造ったあと、長い長い休暇に入っちまった。おかげで人類は今日も争いを続けている。


 昔、教会でこの話を読んだ俺はこんな教訓を得た。

 人間、働きすぎるとろくなことにならない――ってな。


「だから俺はいつも堂々と言うんだ。それがどんなに使い古された言葉で、世間の連中が眉をひそめるようなことでも、世界の真理だと信じているから。すなわち、『働いたら負――』ぶふっ!」

 決め顔でお得意のセリフを吐き出そうとしたところで、俺の脳天をぶあつい帳簿が直撃した。

「だんな様、あまり恥ずかしいことをおっしゃらないでください」

 メイド服をかっちり着こんだ少女は、振りかざしたばかりの帳簿を胸に抱いてため息をついた。

「……何すんだミリィ」

ミリィは俺が経営している魔導古書店の従業員である。美人で働き者で気立てがいい。自堕落な俺にとっては願ったり叶ったりの人材なのだが、一つだけ困った点がある。

 働き者すぎるのだ。

「俺の言ってることがおかしいか。働かずに生きる。それが人類の夢だろう」

「だんな様の基準を人類にあてはめないでください。頼んでた拭き掃除、ぜんぜん終わってないじゃないですか」

「その前に昼寝していい? どういうわけかさっきからやたら眠くてさ」

「三日完徹で賭け札なんてする、だんな様が悪いと思います」

 両こぶしを腰に当て、お説教モードに入るミリィ。こうなると長いんだよな。

「ミリィ、今日は休日だよな」

「はい」

「休日は何をする日だ?」

「ふだんできないお仕事を片付ける日です!」

 フンス、と鼻を鳴らし大真面目な顔で答えるミリィ。

 どうやら彼女と俺は異なる言語体系を有しているらしい。

 説得をあきらめた俺は、部屋の書棚から一冊の本を取り出してミリィに手渡す。

「えーと、『労働者の権利~ブラックギルド撲滅運動史~』? なんです、これ」

「今日はそれを読むのがお前の仕事だ」

 ミリィは手渡された本をパラパラめくると、こてと首をかしげた。

「一週間休みなし、食事は水とパンだけ。うーん、何とかなるような」

 ああ、この娘の過去を忘れてた。

 今度ムリにでも遊びに連れ出そう、と俺が思案していると、店の呼び鈴が軽やかになった。

「いらっしゃいませー」

 俺とミリィは反射的に決まり文句を発した。が、今日は休日である。扉の前にもちゃんと「CLOSE」の札は下げているはずなのだが……。

 扉の前には、十五歳ほどに見える少女が立っていた。

「あなたがクラウス・グレイ?」

 金髪のおさげを左右に二房ふたふさ、ちょこんとぶら下げた生意気そうな小娘は、俺の顔をじろじろと観察して尋ねる。

「ああ……」

 その勢いに俺が思わずうなずくと、少女は一指し指をビシリと突きつけて言い放った。

「あなたに、本を探してほしいの」

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