第八話「真実を白日の下へ」

 コレットに襲い掛かる教皇ドミニエル。

 彼の刃をはねのけたのはパトリック王子でした。


 見事な剣さばきで教皇のナイフを受けきり、王子はコレットの盾になるように立ち塞がります。


「……ドミニエル様。これは一体、どういうことか……。説明していただきたい!」


 しかし、教皇はわなわなと震えたまま、何も答えません。

 そして視線をコレットから外すと、魔法陣の方にとっさに足を踏み出しました。



「殿下! いけません。魔法陣に入れては――」


 魔法陣に入った時点で神の祝福を受けてしまう。……わたくしがそうだったように。

 魔法を手に入れられては、これまでの努力が全く無駄になるだけではない。

 彼のような残忍な人間が生み出す魔法は、大いなる災いをもたらすと確信がありました。


 そんなわたくしの叫びが届いたのか、王子は教皇に向かって飛び出します。

 祭壇の上で、王子と教皇はもみくちゃになって倒れ込みました。



  ◇ ◇ ◇



「パトリック殿下。……血が!」


 祭壇に駆け付けた時、思わずわたくしは目を覆いました。

 王子が体当たりした時に刺さってしまったのか、教皇の持つ小さなナイフが血濡れになっておりました。


「わ……わたしが殿下を刺してしまうなど……!」


 教皇は自分のしでかしてしまったことに恐れおののいているようですが、構っている暇はありません。

 ディロックも慌てて傷口を押さえ、何とか止血しようと試みます。


 しかし血はとめどなく流れるまま。

 いつまでも流血は収まりませんでした。



「私に任せてください!」


 そう言うと、コレットは王子の傷口に手を触れます。

 その手がほのかに輝くと……なんということでしょう、あんなに深かった傷口がみるみるとふさがっていきました。

 王子の表情からも苦悶が消え、何事もなかったかのように起き上がります。


「さすがコレットですわ!」

「えへへ……。治癒の魔術は慣れているから」


 少しはにかむコレットが可愛くて仕方ありません。

 思わず抱き着きます。

 すると、王子が目を丸くしながらわたくしたちを見つめました。


「……驚いた。本当に仲が良かったのだな」


「あら、いけない。ついつい素の自分が出てしまいましたわ。でも婚約破棄の言質げんちはとってありますので、いまさら隠すほどでもありませんわね!」


「君って人は……」


 王子は呆れたように苦笑いになっておりました。



  ◇ ◇ ◇



 その後、大聖堂に集まった参列者は他言無用の約束の元、退席を促されました。

 恐ろしい行動にでた教皇は騎士団によって拘束され、王とパトリック王子の目前でこうべを垂れます。

 王子は陰った表情で教皇ドミニエルを見据えました。


「パトリック・グラースの名において命ずる。教皇ドミニエルよ、真実を白日の下にさらすのだ」


「少々お待ちを、殿下。彼は今までこそこそと暗躍していたやからです。問われたからといって、簡単に自白するわけがないではありませんか……」


 わたくしが口をはさんだ瞬間、急に教皇から表情が一切なくなり、虚空を見つめながら口を動かし始めました。


「わたしはコレットを殺すために計画していたのだ。そのどれもがまともに機能せず、悔しくてたまらぬ……」



 ……まさか、本当にしゃべり始めるだなんて驚きでした。

 ですが、王子はこの自白が当然行われるのだと確信しているようで、冷静なままです。


「殺す……。なぜそこまで思いつめていたのだ?」


「……憎かったのだ。このわたしを差し置いて、神の祝福をたまわろうだなどと。神の祝福は王のもの。そう思って長年、我慢し続けてきたのだ。……なのに公爵家ならまだしも、王となんのゆかりもない平民が、女ということを利用して殿下を誘惑するなどと、許せぬ……」


 まるでコレットが女性であることを利用しているような言い草に腹が立ってまいります。

 ただ、かなり以前からわたくしとコレットの密会がバレていたことは想像に難くありません。

 大聖堂の中に仕掛けを施すなど、簡単にはできませんから。



 でも、だとすると疑問が生じます。


「殺そうと思えばいつでもできたはず。……なぜ今日この時を狙ったのですか?」


 わたくしが問うと、教皇はうつろな眼差しのままに答えます。


「神の祝福を受けたかったのだ。わたしこそ神の一番の信徒。……なのに、手の届くところにあっても、決して祝福は受けられぬ……。だからこそ、今日を待ったのだ」


 その言葉を聞いて、ようやく先ほどの違和感が消えました。

 王子が婚約破棄を宣言した直後でもコレットの殺害を実行しなかった理由。

 ――それは、まだあの時点では魔法陣が開いていなかったからだったのです。

 魔法陣は王族が保管する聖遺物が必要と聞いたことがありますので、公の儀式を待つしかなかったかもしれません。



 そこまで聞いて、無意識にため息が出てしまいました。


「何から何まで、私利私欲ではありませんか……。なにが『神の一番の信徒』ですか」


 それは王子も同じだったようで、ため息交じりに教皇を見据えました。


「もうよい。十分だ」


 王子がそう言った瞬間、教皇ドミニエルの顔に表情が浮かびました。

 夢から急に醒めたように、おろおろと周りを見回しています。



 ……これはまさか、王子の魔法?

 王族は王族というだけで神の祝福の儀式を受けると聞いたことがあります。

 だから王子が魔法を使えても不思議ではない。

 状況を察するに、おそらく相手に真実の自白を強要する魔法なのでしょう。

 ……魔法に関する質問は厳禁ですから、想像するしかできませんが。


 思い起こせば、王子は幼い頃から嘘を嫌っておりました。

 だからこそ嘘のない告白を欲していたのかもしれません。

 そう考えると、『真実の自白』とはとてもパトリック王子らしい魔法に思えました。



 その時、教皇が突然うめきました。

 口からは血が流れ、脱力していくように見えます。


「ま……まさか舌を噛み切って?」


 バラされたくもない真実を語ってしまったのです。

 彼ほどにプライドの高い人なら、自死を選ぶのも無理はないのかもしれません。

 しかしコレットは教皇に駆け寄ると、迷わず手をかざしました。


「コレット! 立て続けに魔術を使ってはいけません! 無理をすれば精神が摩耗します!」

「目の前の怪我人を放ってはおけません」


 彼女の懸命な治療の甲斐もあって、教皇は目覚めます。


「なぜ死なせてくれない。恥をさらして生きて行けと申すのか?」


「どんなことがあっても自ら死を選んではならない。……そう教えて下さったのは教皇様です。それに、罪を憎んでも、その人そのものを憎んではならないと教えて下さったのも教皇様。……わたしはあなたを許します」


 コレットは瞳に涙をたたえながら、それでもそう告げました。

 自分が何度も殺されたことは知らないにせよ、大切な妹マルセルちゃんが囚われた事実がありながら、その言葉を口にできた。

 それは慈愛の一言では足りないほどの重みがありました。


 ……コレットは相変わらず甘いですわね。

 そう思いましたが、ここは彼女に免じて許して差し上げましょう。

 処罰も王のご判断にお任せします。

 コレットに救われた命、軽々に捨てないようにと願うばかりでした。



  ◇ ◇ ◇



 教皇が騎士団に連行されていった後、パトリック王子が深々と頭を下げてくれました。


「エクレールよ……。この度は皆の面前で恥をかかせてしまって済まない。……そして、どうか王よ。この愚かな男に、何なりと罰を……」


 すると、グラース王はおごそかな空気をまといながら王子の前に立ちました。


「――許す。聖女コレットは類まれな力の持ち主。神の祝福を受け、我が王家をさらなる繁栄に導いてくれよう。……それに、教皇は王族への敬意はあれど、大きな罪を犯そうとした。その企みを防いだ王子とエクレール殿には感謝してもし足りぬな……」



 そしてグラース王はわたくしに向かって頭を下げます。


「この埋め合わせは必ずする。ルヴニール公爵家への無礼がないよう、王家の誇りにかけて償わせていただく。この場はなにとぞ許していただきたい……」


「お……王よ。頭をお上げくださいませ」


 まさか王から謝罪をもらえるとは思ってもみませんので、動揺してしまいます。

 元々はわたくしが勝手に企んだ婚約破棄の計画でしたので、断罪される覚悟こそすれ、謝罪されるなど想定外でした。


 すると、さらにパトリック王子が両手で固く握手してくれます。


「ありがとう、エクレール。そなたのおかげでコレットを守ることができた。そなたに言われていなかったら、肝心なところでドミニエル様を疑えなかったであろう……」


「えっと……。わたくし、何か言いましたでしょうか?」


「今朝のそなたの罵倒ばとう。……あれは正直なところこたえたが、同時に目が覚めたのだ。僕は人の嘘で傷つけられるのを恐れるあまり、表面的なことしか見ないようになっていたようだ。しかしコレットを守るためなら全身全霊でと思った時、自分でも驚くほどに動けたよ……」


 まぁ……。

 まさか失敗したと思っていた暴言がいい方向に転ぶだなんて、思いもよりませんでした。

 王からの謝罪もそうですが、何が正解になるのか、わからないものですね。



 王子が自嘲気味に笑っていたところ、コレットが心配そうに王子に寄り添いました。


「殿下は過信なさらないで! 刺されて死ぬところだったじゃないですか……」

「そ……そうか。痛みがないので忘れていたよ」


「殿下は運動不足だから、これを機会に特訓しましょう!」


 そして笑い合う二人。

 この光景を見ることができて、わたくしは安心いたしました。

 今の王子ならコレットを守り、幸せにしてくれそうです。



 そして、わたくしは晴れて婚約に縛られない自由の身になりました。

 そう、自由の身に!

 いてもたってもいられず、ディロックに熱い視線を投げかけます。


「な……なんですか、お嬢様。ニヤニヤして……」


「そういえばディロックが言っていたことを思い出したのです。『身分の差を気にしないところは嫌いではない』って」

「あ……あれは殿下に対する……」


「殿下とわたくしが似てるともおっしゃいましたよぉ~。では、わたくしも嫌いではない。むしろ好きってことなのでは?」


「そ、そ、そこまで言っておりません! 俺をからかって楽しいのですかーっ?」


 逃げるディロックを見ると、頬が赤く染まっています。

 うふふ。恥ずかしがり屋さんなのですね。

 ディロックをどう口説き落とそうか、今からワクワクが止まりません。



  ◇ ◇ ◇



 その後、コレットは晴れて王太子妃となりました。

 わたくしたちだけが見守る静かな大聖堂の中、神の祝福の儀式も厳粛に執り行われます。

 光り輝く魔法陣の中央で、彼女は誰よりも美しい。

 心清らかな彼女なら、きっと素敵な魔法を授かるのでしょう。



 時戻しの魔法で解決した最初の事件は、これで幕を下ろします。

 王宮に入ったコレットが今後も事件に巻き込まれることになるのは、また別の物語。

 わたくしの苦労は、まだまだ続くようです――。



 完

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時をかける悪役令嬢 ~腰抜け王子に婚約破棄されたくて聖女と共謀したのですが、聖女がどうあっても死んでしまうので【時戻しの魔法】で気が済むまでやり直します~ 宮城こはく @TakehitoMiyagi

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