第7話 なんと

「寺田さん、今日はお疲れ様。」

昴が声をかけてきた。

「今日のエチュード、面白かったで。寺田さんは未経験っていうてたけど、案外ハマり役とかになるといい感じに化けるかもしれんな。」

ニコニコ笑って話しかけるその姿はまるで少年のようで何だか、心の奥底にスルッと入り込んでくる感覚…クリっとした純粋な目に楓は少し負けてしまう。


どこか子犬のような雰囲気だと思いながら楓は返答する。

「うーん、正直考え中。今まで経験したことの無い感覚やったから、なんて言ったらいいのか分からんのやけど……。でもなんか掴めそうな気がした。平城山君は明日も来るん?」

「多分、明日も来るで。自分には演劇しかないし。」

「じゃぁ、明日もよろしく。」

そだねー。なんて言いながら昴は楓の1歩先を歩く。

遠く前を歩いてるはずの文香が、平城山ー!早速ナンパなんかしたらあかんでー!と叫ぶ。

あの部長、完全に昴で遊んでやがる。違いますからー!と叫び返す昴。言葉の通り受け止める。バカ正直な子犬のようだと楓は思った。気がついたら詩織と芽衣は何やら2人で熱心に話し込んでいる。どうやら詩織と芽衣は同じアニメを見ているらしくあのキャラとこのキャラのカップリングやらこの事件の考察では…なんて熱い議論が交わされている。

夕暮れ近い黄昏。環状線の高架を同じバーミリオンオレンジの環状線が轟音をたてて通過する。

まだ見ぬ新しい世界に楓は一歩踏み出した……のかもしれない。



仮入部期間も終盤。下校時刻を過ぎシンと静まっている進路指導室の中で響き渡るキーボードの音。進路指導といっても商業高校故に就職の求人や進学に関する書類やメールは春先からやってくる。演劇部メンバーが今日も帰った後、一人作業をする福山先生。一段落し、時計の針をチラッと見ると午後7時を少し回っていた。コーヒーブレイクでもしようと席を立ち、コーヒーメーカーにコーヒー粉を入れたところでガラガラっと扉が開く。


「木ノ本ちゃん、職員会議お疲れ様やねぇ。コーヒー入れてるけど飲む?」

「お疲れ様です…いえいえ!私がやりますよ。」

「いいのいいの。座っとき。砂糖とミルク一つずつでいい?」

「ありがとうございます。はい、お願いします。」

きっといつもならバリバリのキャリアウーマンで赤縁の眼鏡に黒のスーツがよく似合う雰囲気の教師だが、今日はスーツも少しよれて顔の疲れているサインも隠しきれていない様子だ。コーヒーの香りが部屋隅々まで覆う。

「副担任の仕事も大変でしょ。」

といいながら福山は出来上がったコーヒーを木ノ本に渡す。

「いえいえ、私がやりたかったことですから。いただきます。」

「そうそう。確か木ノ本ちゃんってE組の副担だったよね?」

「はい、そうですが…。何かありましたか?」

福山は机の上に置いていた三枚ある入部届の一枚を木ノ本に渡す。

「今日この子が演劇部に入部してきたで。これから話す機会もあると思うし、見せとくね。演劇部の副顧問ですし。」

そこには演劇部への入部を希望する。

一年E組 氏名 寺田 楓と書かれていた。

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アクターズ・ハイ ~観てって!烏ヶ辻商業高校演劇部!~ 赤城 祐輝 @PANDA_Kuroshio287

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