いいからさっさとカルマを積む作業に戻るんだ!

ちびまるフォイ

カルマを積みきった良い人間

「3組の佐藤が死んだんだって」

「まじか」

「輪廻転生してもっと良い自分に生まれるんだつってた」

「いやカルマ積めてないだろ」

「うん。あいつバカだからなぁ。十代で積めるカルマなんてそう多くないのに……」


世界が死を恐れなくなってもう何百年と過ぎている。

俺のこの人生もすでに輪廻4巡目になっていた。


人は生きている間に積んだ「善行カルマ」に応じて、

生まれ変わった自分にアップデートが加えられる。


もちろん、現世で悪いことをした人間は次の転生時には

さまざまな能力がダウングレードしていく。


そうしていくうちに世界ではいい人ばかりになって、悪い人はごくわずかにまで淘汰された。


「良いことかぁ……4巡目なのに最初から対して変わってない気がする……」


もう生まれ変わりも4回目。

前世の記憶はないのでどこまでアップデートされたのかもわからない。


過去よりはちょっといい人間になったのだろうか。

自己診断しても人より優れている点なんてどこにもない。


きっと、前世の自分もカルマを積まずにその現世をダラダラ過ごしていたに違いない。

来世への貢献よりも、現世での怠慢を選んだんだ。


「おのれ前世の俺! おかげでモテないし、勉強できないし、スポーツの才能もないじゃないか!!」


来世は勝ち組人生を送ると心に決めたので、

現世でカルマを積むために必死で努力した。


「おばあさん、荷物重くないですか!? 持ちますよ!?」


「お嬢ちゃん、風船がひっかかったんだね。取ってあげよう!」


「俺の全財産は恵まれない子どもたちにために使ってください!!」


思いつくかぎりのカルマをテトリスだったら負けるくらい積みまくった。

すっかり貧乏人となってしまったが、来世ではきっと勝ち組になっているに違いない。


さっさと死んで来世へと転生した。

さぞや良い人間に上方修正されていることだろう。


 ・

 ・

 ・


5巡目の山田太郎はごく普通の人間だった。


普通の家庭に生まれ、普通に勉強し、普通の運動神経。

異世界からは普通の人気で、友達も普通にいる。


「前世の俺、もっと頑張れよ!!」


輪廻転生を繰り返して名前が毎回変わると誰が誰かわからなるため、

何回死んで何回転生しても「山田太郎」は俺ひとり。


前世の山田太郎の努力が足りなかったせいで、

5回目の輪廻転生であってもさして充実していない人生になってしまったじゃないか。


「君は……山田太郎かい?」


「あなたは?」


「前世、つまり4巡目の山田太郎の友達だよ」


「は、はぁ……覚えてないですが」


「だろうね、前世の君からこれを受け取ったんだ。

 もし自分がうまれかわったら渡してほしいと」


「……メモ、ですか?」


中には4巡目で行ったさまざまなカルマが記述されていた。

おばあさんの荷物を持ったり、木に引っかかった風船を撮ったり、全財産を寄付したり。


「4巡目の俺はこんなにたくさんのカルマを積んでたのか!? なのにこの仕上がりかよ!?」


メモに書かれているカルマを本当に実行していたのなら、

もっと高層ビルの最上階でナイトプールに浸かりながら水着美女に囲まれているような人生になってしかるべき。


なのに今ときたら。


「これだけカルマを積んでもこんな程度のアップデートしかできないなんて……」


そりゃ1巡目に生まれたときよりはいい人生かもしれない。

でもそれはせいぜい誤差の範囲。


いい人生を歩んでいる人間は1巡目の時点で恵まれた才能を持ち、

それを発揮して規模のでかいカルマを積むことができる。

スタートラインの時点で俺の人生は大きく水をあけられていたんだ。


「これじゃ頑張り損じゃないか……」


「そんなことはないぞ、少年」

「おじさん……!」


「私はこれでも二巡目は大罪を犯した罪人だったんだ。

 だが今を見てくれ。こうしてまっとうな人生になっているだろう」


「たしかに……前世で悪いことをしたら五体満足は難しい。

 まして、一般の人の生活なんか得られるはずもないのに!

 いったいどんなカルマを積んだんですか!?」


「それはね、自然だよ」

「しぜん?」


「カルマを積む対象はなにも人間だけじゃない。

 動物、木々、そしてこの地球。人間も生物のひとつとして

 地球や動植物に良いことをしてカルマを積んだんだよ」


「そ、その手が……!!!」


前世では目につく範囲の困っている"人"を助けて回っていた。

でも困っているのはなにも人間だけじゃない。

もっと助けるべき規模のでかい対象がいるじゃないか。


「ありがとうおじさん! 俺、もっとカルマを積むよ!!!」


来世はもっと良い自分として出来上がるために。

この現世はカルマを貯めるための人生にすると決めた。


そして、ジャングルで密猟者に追われていたゾウを助けるために撃たれて現世を終えた。


死ぬ間際でも恐怖はなく、来世への期待で胸がいっぱい。


「これだけカルマを積んだのならきっと……がくっ」



 ・

 ・

 ・


6巡目の山田太郎はこれまでの山田太郎とはまるで違った。


大金持ちの家に生まれ、勉強もできてスポーツ万能。

あまりにイケメンすぎて玄関開けたら女子が出待ちしているほど。

週末には水着美女を呼んで高層ビルの屋上でナイトプールを開いた。


このあまりに恵まれすぎている境遇に前世の自分には感謝しかない。


「これこれ!! こんな人生を待っていたんだよ!! 最高だーー!!」


ハメを外しすぎた結果、酔った勢いで地面に埋まっていた不発弾へ車をぶつけた。

都市に壊滅的な打撃を与えたことですぐに逮捕された。


収監される独房で年老いた警察官がやってきた。


「お前……山田太郎か?」


「そうだよ。だからなんだってんだ」


「覚えておらんか。4巡目に友達だった……」


「うるせぇな!! 覚えてるわけ無いだろジジイ!!」


吐き捨てたきり、その老人とは合わなかった。

別れ際につぶやいた老人の言葉だけが耳に残っていた。



「あれだけ前世で良いことをしていたのに、どうして来世でこうなるんじゃ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いいからさっさとカルマを積む作業に戻るんだ! ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ