第42話 好きすぎて辛い【完結】


 ふり絞るようなセリフに、横を向いて、青木くんの顔をみると、瞼からいくつもの涙をこぼしている。


 切れ長の瞳から、透明な雫がいくつも、ポタポタと落ちる。

 ああ、綺麗だなと思った。


「お願いだからさ、ずっと、俺のことだけ見て、俺のことだけ思ってよ」そう言いながら、青木くんは泣きじゃくる。その姿は、まるで子どものようだった。


 この人は。

 純粋な心だけそのままで、身体が成長してしまったのかもしれない。



「なんでっ……ラブマジックが発生しないの?どうでも良いときには発生する癖に」と青木くんは、涙を袖でぬぐった。


「あきらめようと思ったけど……無理」そういって、青木くんは私をぎゅっと抱きしめる。昔よりしっかりとした背中。そして、懐かしい青木くんの香りがした。


「……青木くんって、私のこと好きなの?」そう聞くと「鈍ちん」といって頭を小突かれる。



 紗枝は、どうしようか固まっていた。

 え、ええ?今、どういう状況?

 青木くんに抱きしめられて嬉しいけれど。


 好き?青木くんがいまでも、私のことが好きなんて……そんなことあるんだろうか。


「えっと、青木くん、すっごくモテてるよね?」


「なに?モテているけど、関係ねぇじゃん。別に誰とも付き合ってねぇーし、付き合ったこともねぇーし」

 つまりは……青木くんって童貞なのか、と気になったけど、それについては触れないことにする。


「紗枝こそさ、誰か付き合っているヤツいるの?」

青木くんの瞳が濡れ、揺れ動いているように見える。


「いないよ」


「じゃあ、俺と離れてからは?」


「いない」


「そっか、じゃあ、紗枝は、ずっと俺が好きだったってこと?それとも、もう嫌い?」

 顔が熱くなる。

「言いたくない」そうそっぽを向くと、「お願い、不安なんだ。教えて」と苦しそうにこちらを見つめる。綺麗な黒い瞳がこちらを一心に見つめる。

 胸が焦がれておかしくなってしまいそうだ。


 青木くんが深呼吸をした後、「俺は、ずっと高校生の頃から紗枝が好きだったよ。紗枝以外……もちろん、好きになったことない」と教えてくれた。


 心臓が音を立てそうなくらい、バクバクしている。


「……私も、好きだったよ。ずっと、忘れたくても忘れられなかった」

 そう青木くんを見上げて言うと、さらにぎゅっと抱きしめられる。外気は寒いけど、身体はとても火照っている。


「そっか。今まで――本当、ごめんな」そう青木くんに言われた。


「なぁ、付き合っちゃダメ?」そう青木くんに言われて「ダメ……じゃない」と私は返す。何でこんなに青木くんは私を誘導していこうとするんだろう。


「青木くんは、そんなにカッコいいのに、何で自信がなさそうなの?」と聞くと

「……だってさ、俺は高校時代に自分の気持ちを伝えられなかった情けない男だから。見た目は、一部の人を狂わせる変な部分があると思うけど、人間関係だって得意じゃないし、ヨウみたいにうまく人をあしらえない。まともに誰かと付き合ったこともない。好きな女の子にだってどうアプローチしたら好きになってもらえるか分からないんだ」と、見つめられる。


「どうしたら、もっと俺のことを好きになる?」

 青木くんは、罪な男だ。


 写真集を購入したお客さんだって、自分が彼に愛されていると錯覚してしまうくらいだ。

 レンズ越しとはいえ、彼の写真を撮り続けた私が無事なはずなんてない。

 喉から手がでるくらい、彼に触れたい。触れられたい。

 だけど、仕事だからと我慢していた。私は必死だった。仕事のパートナーになれば、ずっと側にいれると思った。それに、綺麗、可愛いと言われて、喜ばない女性はいないと思う。心から好きが溢れてしまって、もう限界、そう思ったから、海外に高飛びしようと思っていたんだから。


「とっくに、好きだよ。バカ。ずーっと、ずーっと、忘れず好きだよ!」そう紗枝は自棄になって叫ぶ。


「そっか。紗枝の恋は死んでなかったんだ。よかった」青木くんはほっとしたようだ。


「さて、寒いし、部屋に戻ろう」

 そういって、青木くんの手をひっぱって部屋に戻る。


 青木くんは羽織っていたジャケットと、パジャマのようなトレーナーを脱ぐ。


「え、また、上脱ぐの?」そう狼狽しながらいうと、青木くんは「エロい?」とからかって聞いてくる。こいつは確信犯だと思った。


 それからの撮影はさくさく進んだ。

 青木くんも何だか吹っ切れたみたいである。


 このレンズ越しのそれはそれは綺麗な男の子が、私のことを好きなのかと不思議に思う。


「どれ、見せて」と言われて、PCで撮影した写真を確認する。


「この写真、エロイね。引き伸ばして、紗枝の部屋に貼って」と青木くんは嬉しそうに笑った。


「青木くん」


「さーえ」


「名前呼んで」


「善一郎くんは、私を自分のストーカーにしたいの?」そう私は問う。


「俺だって、いまだにむかーし一緒に撮影してもらった写真大事にしているし、ずっと好きだし、紗枝のSNSは毎日チェックしているし、仕事頼んでいるのも、もちろん仕事のパートナーとして尊敬していることもあるけど、それだけじゃない。紗枝に近づきたいって思った。だから、紗枝が俺のストーカーになっても、ただの相思相愛にしかならないよ」


「そっか」思ったより、青木くんが色々拗らせている気がする。

 でも、そもそも青木くんが悪いんだ。鈍いと言われても、抽象的なことは難しくて分からない。


「本当、紗枝に別の男が出来たらどうしようと思った。どう罪を着せて、紗枝から離そうかなって。祝賀会の時も紗枝に近づいた俳優の男がいたじゃんか。もう少し粘られたら、コネをつかって……」と怖いことを青木くんが言っている。そ、そういうキャラじゃなかったよね……。心配だ。


 それに、ちょっと面白かった。

 手の届かない遠くへ行ったと思った青木くんであったが、案外近くにいそうである。


「紗枝が俺以外を好きだったら、どうしようかと思った。俺の部屋に監禁して、閉じ込めて、俺しか見えないようにしてやろうかと思った」


 ブツブツ呟いているけど、青木くん、ヤバいこと言っちゃってるからね!と、紗枝は思う。


「青木くん、大丈夫?それしたら、捕まるよ」


「うん。捕まると思って、抑えた。それに万が一、それでも紗枝に嫌われたら、心が死ぬ……」縋るような瞳でこちらを見られる。


「私だって、青木くんが好きすぎて、嫌われたら心が死んでしまうと何度も思ったよ」


 好きすぎると、好きと相手に打ち明けられないということに気付いた。


「青木くんの写真だって、いつでも見れるように天井に貼っているし。気付かなかった?」


「天井は盲点だった。ベッド下は、運んだ時確認したんだけど」


「ははは」「くくく」

 二人で笑い合う。気持ちが通じるってこんなに、嬉しいんだ。


「そういや、マネージャーさん帰ってこないね」


「うん、ちょっと告白するからってお願いして、ホテルに戻ってもらった」


「そっか」地味に照れる。包み隠さない青木くんなんて、距離感のない青木くん以上に強敵である。


「はぁ、好きすぎて辛い―――、頭おかしくなっちゃいそうなんだけど」

私を見やる青木くんは、ゾクっとする程色っぽくて、私こそ、好きすぎて苦しい。


「どうしたらいい?」そういって、青木くんは私を抱きしめる。

私がアドバイスできることなんて、何もない。

っていうか、雰囲気がひたすら甘くて、思考が飛びそうになる。


「俺は、紗枝が怖がることは何もしないから。とりあえず、目つぶって」

 そう言われて、紗枝は目を瞑る。


 ちゅっと瞼にキスをされた。


 そして、唇に柔らかいものがあたる。

「……これは、俺へのご褒美」青木くんは、目を細めて笑った。





 ◇◆◇

 その後の話はというと、何故か南半球旅行は、青木くんといくことになった。しかも、新婚旅行で。あんなに、じれじれだった私たちの両片思いは、何だと思うぐらいに結婚の話がとんとん進んで。

 意外なことに、青木くんの事務所やマネージャーさんも「ようやく青木くんの願いが叶ったんだね!」と好意的だった。巷では青木ロスという言葉が流行るくらいの騒動にはなったけれど、今の所身の危険は感じていない。



 「紗枝、準備できた!」

 ライトグレーのタキシードに身を包んだ青木くんはとてもカッコいい。

 胸元には綺麗な銀細工のチェーンがきらりと光りを照り返している。

 漆黒の色の髪の毛はかっこよくセットされ、色気のある三白眼がこちらをにこやかに見つめている。


 「髪の毛、自分でセットした」と青木くんは嬉しそうに毛先をいじっている。


 私はというと、首からストラップで下げている一眼レフで、晴れ姿の青木くんをカシャカシャ撮影する。


「花嫁姿で、カメラ構えているの紗枝くらいじゃない?」


「そろそろ、入場だよ」そう係の人に言われて、私は慌てて、カメラを小さなテーブルに置く。

 今日はなんと、唐妻さんが結婚式の写真を撮影してくれることになった。


「大丈夫。紗枝。このタキシード買取りしているから、後で好きなだけ撮影していいよ」

 そう青木くんに耳元で囁かれて青木くんは先にいってしまった。


 お父さんと腕を組む。

 そして、チャペルへ入場する。


 おめでとう、と沢山の人から声をかけてもらった。

 楓ちゃんは「良かったね」とすでに涙を流している。


 バージンロードを進むと、青木くんが、こちらを笑顔で見つめている。

 そして、暖かな日差しが私たちを包んだ。


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好きすぎて辛い。 菅原一月 @sugawara1tuki

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