逃亡した魔法使い
世界は不思議に満ちている。
人間たちは山を崩し、森を焼き、自らの領域を増やしていったが、その傍らに異形と呼ばれる彼らがいたことを忘れてはならない。
「私は魔女。坊やの師を名乗ったアイツは魔法使い。それから退魔師と、悪魔憑き。呼び名は時代によって変わったらしいけど、今はこの名が通っている。名持ちと呼ばれるのこれらの四人。名は変われど、与えられるチカラと果たすべき役目は変わらない。」
レディは前置きなく語りだした。
「魔法使いは行方を眩ませ、自らの役目を放棄した。」
ヒロはレディが何を言っているのかさっぱりだが、情報を理解しようと必死に頭に叩き込む。
「えーと、つまりシショーは逃げたってことですか?」
「そういうこと。つまり坊やは担保、みたいな?魔法使いが見つかるまでは、私の管理下にいてもらう。」
「えっと、具体的には……。」
「坊や、歳は。」
「15、です。中学三年。」
レディはじろじろとヒロを見て、ぽそっと溢した。
「小さいわね。」
「せ、成長期なんです!これから伸びますっ!」
ふっとレディは口角を上げた。
「威勢はいいようね。放課後できるだけ毎日、ここにいらっしゃい。魔法使いを探す手伝いをしてもらいたいの。もしかして、お勉強が大変で難しい?」
ヒロは受験のことを言っているのだとすぐに分かった。
今の季節は初夏。
高校受験は半年ほど先である。
ヒロは余裕の笑みを浮かべて言った。
「僕、要領はいい方です。志望校には余裕で受かる学力は持ち合わせていますよ。」
「それは頼もしい。では遠慮なく坊やに手伝ってもらうとしましょう。」
「レディ、」
知らない声が室内に響いた。
空気が、揺れた。
たわんだ。
そんな風にヒロは感じた。
「その子が、魔法使い?」
ヒロよりいくつか上であろう少女が、扉のあたりに立っていた。
「の、弟子よ。それでね、カオル。」
「嫌です。」
「まだ何も言ってないわ。」
「その子の面倒を見ろとでも言うのでしょう。おそらく、何も知らないであろうその子に、全て教えてやれと。」
「よくできました!そのとおり。」
レディはパッと起き上がり、満面の笑みで小さく一度、手を打ち鳴らした。
「嫌です。」
カオルは再度言った。
「ワタシ、イソガシイ。」
ひどい棒読みだ。
「ヤマネちゃんのこと気にしてるの?」
沈黙は肯定。
カオルはふいと顔を逸らした。
「別に隠すことはないわ。私は何でも知っているのよ。それにね、魔法使いの失踪も、坊やを私が預かることも。きっと、彼らには知られてしまっている。だから、気を使う必要も、隠れることもない。堂々と坊やを連れ歩いていいのよ。もちろん、ヤマネちゃんのところにも、ね。」
「互いに干渉してはいけないと、レディが言った。」
「それは、名持ちのこと?」
こくりとカオルは頷いた。
「構わないわ。だって貴女は、私の後継。まだ、魔女の名は私のもの。」
レディの言葉は、冷たく響いた。
「名持ちでない貴女や、そこの坊や。ヤマネちゃんは気にしなくていいことよ。カオル。坊やを駅まで送ってあげて。色々と戸惑うだろうから。」
反転、優しい声音で、レディは言った。
「それじゃあ、またね。可愛い坊や。」
パチリとレディは左目を瞑った。
ヒロは、赤い扉の前に立っていた。
隣には、カオルと呼ばれていた少女。
並ぶと視線が、ヒロより高い。
肩のあたりで切られた髪が、さらりと揺れて、カオルはヒロを見た。
「小さいのね。」
「せ、成長期だっ!」
私たちは繭の中 hayaseRyou @hayaseRyou
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