魔法使いの弟子と魔女

ヒロは魔法使いの弟子だ。

夏の夕暮れ、シショーに会ったあの日から、ヒロは魔法使いの弟子となった。

でも、ヒロはシショーに捨てられた。

何の説明もなく、シショーの所から追い出された。

違うって、心の隅では信じている。

けれど、シショーの言動はそうとしか捉えられない。

シショーがヒロに残したのは、魔女からの真っ赤な招待状一つだけ。

別れの言葉も、次の約束も与えられなかった。


「勝手に弟子にしたのはシショーなのに。」


やっぱり、理屈の通じない非科学的な現象や、シショーみたいな存在は嫌いだ。


ヒロは俯いて、小さくなった。





二階建ての、かなり年季入っていそうな、木造アパート。

招待状に書かれていた魔女の住処は、そんな場所であった。

魔女の住処というから、一体どんなところだろうと戦々恐々としていたヒロは、拍子抜けした。

なんてことはない。ごく普通のアパートだ。

ぎぃ、と悲鳴を上げる外階段を登り切って、一番端の奥の部屋。

そこだけ扉が真っ赤に塗られていて、ヒロはすごく帰りたい気分になった。

だけど、ここしかないんだ。

シショーにつながるものは。

深呼吸を一つして。

ヒロは招待状のとおりに、扉を三度叩いた。

「開いているわ。」

涼やかな女性の声が一つして、ドアノブがひとりでに動いて扉が開いた。

ここも、非現実的な不思議が起こる場所なんだと、ヒロは理解する。

シショーがいない今、ヒロは一人きり。

勇気を振り絞ってその扉の先に一歩、踏み込んだ。

瞬間、背筋がぞわっとした。

恐ろしいと、思ったのだ。

シショーのもとでは感じなかった強烈な違和感。

それが、ヒロをすっぽりと包み込んでいる。


パチン―――。

指を鳴らす音が聞こえた。

「ようこそ、可愛い坊や。」

「あ、」

驚きで、声が漏れた。

また、おかしな現象。

ヒロは一人掛けのソファの上に座っていた。

一歩、踏み込んだだけなのに。

目の前には、三人掛けのソファに寝そべった女性がいる。

彼女は赤いドレスを身に纏い、くつろいだ様子でいる。

うねる黒髪を指に巻き付けて、解いて。

そんな動作を繰り返している。

「私は魔女。あらゆる不可思議は、私の手の中。」

魔女が左の手をあげて、下ろした。

たったそれだけの動作の後に、室内にいくつもの小さな火の玉が燃え上がった。

「私のことは、レディとお呼びなさい。」

切れ長の目が、初めてヒロを見た。

吸い込まれそうなほど深く、黒い瞳だ。

レディはじっとヒロを見る。

「れ、レディ。」

おずおずとヒロが口にすると、レディは笑った。

「坊やは今日から、私が預かるの。」

突然の宣言は、シショーのことを思い出させた。

シショーもそうやって、ヒロのことを魔法使いの弟子にしたんだ、と。

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